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【Web オリジナル】 地下都市と『紅炎の魔女』
『鍵』の役目
しおりを挟む要領を得ないタータニアの説明を聞いたスイが、タータニアに追従する形でフォルタの街を駆けて行く。
街中を駆ける、フォルタの民とは全く違った出で立ちをした二人に周囲から視線が集まるが、そんな事を気にしている場合ではない。
ヒノカの限界。『狂化』の可能性。
もしも『狂化』が始まっているなら、よもやスイが躊躇っていられるような状況ではない。
一刻も早く、ヒノカのいる社へと向かう必要があった。
《ファラ、どう思う?》
さすがに三人で街中を走るのは目立ち過ぎるかもしれない。
そんなスイの提案から一時的に姿を消したファラに向かって、スイが頭の中で呼びかける。
意識を向けて訴える事で、主であるスイと〈使い魔〉であるファラの間に生まれた繋がりを介し、姿を現さず、口に出さずとも意思疎通を図るものだ。
ノルーシャのもとで、せめてそれぐらいは出来て当然だと教わった方法であった。
《……リュカ。あの子が封印を解いた可能性があるね》
《やっぱりそう思うよね……。でも、本当にそんなことするのかな……》
ファラの推測は確かにスイの脳裏にも過ぎったものであった。
ノルーシャの最期を見届けたリュカならば、ヒノカが辿り着く末路は理解出来るはずだ。
ヒノカに対して憧れと親しみを混在させ、まるで神を崇めるようなリュカならば、言葉は悪いがヒノカを消そうとしているスイの存在がいる以上、そうした行動を取る可能性は否めなかった。
だけど、とスイは思考を巡らせた。
《その危険性も、『紅炎の魔女』が――いや、魔女が『狂化』を望んでいない事も、あの子はきっと理解していると思うんだ》
《……それでも、人間は情で動く時もあるよ》
決してスイの言葉を否定する気はないが、ファラは同意せずに呟いた。
――ファラが人間に対して心を開かない理由。
それは何も、自分が金龍で、特別な存在であるという自惚れや自尊心から生まれたものではない。
そもそも『魔女』の持った力は強大であった。
故に崇められ――そして疎まれ、畏怖された。
ファラは見てきたのだ。
マリステイスと共に生きた時間。その宝物のような思い出と共に、マリステイスに対する人間の、愚かで、勝手な振る舞いを。
力を必要とした時は都合良く畏まり、そうではない時は目障りだとでも言いたげなまでに、冷たく、誰もがマリステイスに怯えた。
だから彼女は上空に浮かぶあの島で、ただ一人静かに生きたのだ。
かつてヴェルの教会で、学園で。
ファラがスイ以外の者とは関わろうとはしなかったのは、そういった彼女なりの人間に対する偏見が強いからだ。
目には見えないが、ファラのそういった仄暗い感情を受け取ったスイはふっと小さく笑った。
《……ファラは、マリステイスが本当に好きだったんだね》
《……うん》
《分かるよ、僕も。だからきっとリュカさんも、ファラがマリステイスを想うぐらい大事に想ってるんじゃないかな。そんな彼女が、ワガママにも似たような感情に突き動かされるような真似はしないと思うんだ》
人の間を縫うように進むタータニアの背中を見ながら、スイは続けた。
確かに懸念はした。疑ってみたのも一瞬ではあったが、やはりそれはないだろうとスイは確信する。
ファラの言葉が、かえってそれはないのだと告げていた。
本人が望んだのならば、それを叶えてあげたい。
本当に相手を想っているのなら、自分のエゴを押し付けるような真似はしない。それはきっと、相手ではなくて自分だけが満足するものだから。
まだ浅い付き合いではあるが、リュカがそんなワガママを貫こうとするような傲慢な人間だとはお世辞にも思えなかった。
だからこそ、リュカが「自分が悲しくなるから」とヒノカを匿ったり、或いは逃げようとしたりなどしないだろうと確信する。
疾駆するタータニアの背を追いながら、すでにフォルタの街を抜け、二人は社へと続く一本道の入り口へと近付いていた。
そんな二人の視界に、ちょうど洞窟から出て来たユーリが映る。
「ユーリさん!」
スイの声に、ユーリが安堵したような表情を浮かべた。
――二人が到着した後、ユーリは二人に中で起こった出来事を説明していく。
恐らくヒノカの〈使い魔〉か、或いはシャムシャオのような賢虎などに近い生き物であろうヨミの存在。
声から察するに「彼女」と呼称するのが正しいのであろうが、そんな介入者の存在が告げた言葉を、ユーリは一字一句違うことなくスイへと説明した。
その説明を耳にしながら、スイとタータニア、それにユーリの三人がヒノカの社へと向かって歩いて行く。
《――懐かしい匂いよの》
くるりと首を回し、二叉に別れた尾を揺らした白い狐――ヨミが立ち上がる。
双眸はユーリとタータニアに挟まれる形で立っていたスイへと向けられる。
――大きい。
スイの率直な感想はそれだけだ。
比較的背が低いスイと目線の高さはほぼ同じぐらいだろう。尾を合わせれば、体長は四足立ちで三メートル程はある巨大な狐。
とは言え、その大きさはシャムシャオが虎の姿を取ったものと大差なく、龍の姿を取るファラに比べれば小さい。あくまでも一般的な狐に比べれば、という前提がつく。
「ヨミさん、ですよね?」
《……ふむ、敬称をつけられるのは些か気持ちが悪いものじゃ。ヨミで良いぞ、銀》
「分かりました、僕はスイです」
《銀の縁者、スイと言うか。なるほど、確かに彼奴に似ておる。が、今代の銀はどうやらオスのようだのう》
彼奴と呼ばれたのは、恐らくはマリステイスだろう。今代の銀という言葉が些か引っかかるが、それよりもまず、オスと称されるのは何とも言い難い気分である。
複雑な心境を苦笑で噛み殺しつつ、スイはヨミの近く――正確には奥で浮かんだ女性の姿を見て口を開いた。
「その人が……?」
《『紅炎の魔女』、ヒノカじゃ。何者かによって封印を破られたせいで、今は妾がこうして手を貸しておる。すぐにでも解放してやって欲しいところなのじゃが……――》
球状の赤い魔法陣に囲まれて中空に浮いたヒノカを一瞥したヨミが、再びスイへと視線を戻した。
《――青、銀、緑。それに……。いずれにせよ、どうやらお主の炎との親和性は最悪なようじゃの》
ヨミが困ったように絞り出した言葉に、三人は理解が及ばずに首を傾げた。
「どういう、意味ですか?」
尋ね返すスイにヨミが呆れの混じったような態度でククッと笑い声をあげた。
《のう、ファラスティナよ。そろそろ姿を現さぬか?》
何故ここでファラの名が出るのか。そう尋ね返そうと半ばまで口を開けたスイの前で、金色の光を伴ってファラが姿を現した。
人型――それも、ノルーシャの前で見せていた十歳程度の少女の姿となったファラが真っ白なワンピース姿でヨミを見つめる。
「……ヨミ。元気そうだね」
《相変わらず雛鳥のようじゃの、ファラスティナ》
ヨミと対峙したファラが、どことなく気まずそうな空気を醸し出しながらヨミへと声をかけた。
どうやらファラとヨミの間にも、シャムシャオやノルーシャと同様に関わりがあったらしいと三人も当たりをつけ、会話の行方を見守っていた。
《懐かしい昔話に花を咲かせるのも悪くはないのじゃが、ファラスティナ。お主、『宝玉』についてはマリステイスから聞いておらぬのか?》
ヨミの問いにファラが小さく首を横に振った。
ふむ、と小さく声を漏らしたヨミが目を閉じると、呆れたように嘆息した。
《……やれやれ。マリステイスの抜け具合は何百――いや、何千年経とうとも妾も忘れは出来ぬだろうのう。それに、お主もお主じゃ。後継者に仕えるのであれば、必要な知識ぐらいは聞こうとはせんかったのか?》
「う……っ」
《どうした、情けない声を漏らしおって。図星を突かれて言葉に詰まったかの?》
「だ、だって、マリーは『宝玉』のことなんて何も……」
《たわけ。お主はいつまでそんな子供のような事を言い訳にするつもりじゃ。だいたいお主は、何の為に……――》
ひどく小さな声でブツブツと文句を口にするファラを、ヨミが一蹴してくどくどと説教を始めてしまった。
――あぁ、成る程。
二人のやり取りを見つめていたスイとタータニア、それにユーリの三人が心の中で同時に呟いた。
ファラはどうやら、ヨミにこうして責められるのが苦手らしい。
シャムシャオとファラのやり取りのそれは、まるで姉妹や幼馴染のようであった。
まるで仲が悪そうな、どこか喧嘩腰でありながらも意気揚々と会話に参加していたファラと、それを意に介していないようで、さりげなく毒舌を返すシャムシャオ。
それでも、なんだかんだ二人で過ごしている事も多かったとスイも記憶している。
だがヨミとの会話はまるで、口煩い母親に見つかった娘のようなそれである。
スイの感覚で言うなら、むしろ教師と出来の悪い生徒のようなやり取りを見ているかのような、そんな感覚である。
二人――とでもいうべきか、ファラとヨミのやり取りにそんな背景を感じていたスイ達の目の前で、ヨミに説教をされたファラが後退り、そしてついにはスイの背中の後ろに隠れてしまった。
うー、と唸りながら半ば涙目になりつつある少女姿のファラが、スイの身体を盾にするかのようにヨミを睨み付けている。
もはやその姿に金龍としての威厳はない。
特にタータニアとユーリは、ファラへの恐怖心が一瞬にして消え去り、いっそ親近感が湧いてくる始末であった。
《まったく……。それで、スイよ》
「へっ、あ、はい!」
《……何をお主まで緊張しておる》
「い、いえ、そういう訳じゃ……」
ジトッとした目つきで睨みつけるヨミへ、スイが苦笑しながら答えた。
自分の服を掴んで唸っている少女から自分へと矛先が向いたのかと感じてしまったのは事実であり、否定しようにもヨミにはそれを見抜かれているようだ。
《……まぁ良い。『魔女』とその縁者は遠い昔から顔を合わせておる。特に妾は、マリステイスに頼まれて色々と魔法や魔術の開発に携わっておったからの。そこの雛に色々と教えてやったこともある。とまぁ、積もる話は後で良かろう。
さて、スイよ。ノルーシャとメスティアの『宝玉』を手に入れているようじゃが――》
「――……メスティア?」
《……メスティアは氷の『魔女』だった者だ。が、やはり知らぬようじゃの》
ヨミの表情に僅かに影が落ちる。
氷の『宝玉』はアーシャの体内に眠っていた。
つまり、氷の『魔女』はすでにこの世界にはいないのだ。
ならば、『狂化』したのだろうか。
ふと脳裏に過ぎった可能性であったが、今はそれを頭の片隅に追いやり、ヨミはスイを見つめた。
《とにかく、その二つを手に入れておるのだ。ヒノカを消すには力も至らぬが、炎の『宝玉』さえ手に入れれば問題あるまい。幸い、『鍵』となる当代の巫女もその辺りにおるようじゃしの。ちょうど良かろう》
「当代の巫女……、リュカちゃんがそこに? どういうこと……?」
ヨミの言葉に反応を示したのはユーリであった。
先日から行方の知れないリュカの居場所。
もちろんヨミの言う『鍵』という言葉も引っかかりはするが、恐らくは『宝玉』を隠すか守る為の必要な術式を彼女は持っているのだろうと当たりをつける。
――しかし、次の言葉に三人は耳を疑った。
《『鍵』の役目は命の鎖を用いて『宝玉』を守ることじゃ。封印されたその場所へと続く門を破壊しようとすれば『鍵』は死に、門は次の『鍵』が生まれるまで強固な結界によって守られる》
「……じゃ、じゃあその門を開けるには、どうすれば?」
《言ったであろう、赤髪の。門は『鍵』の命の鎖によって守られている、と。
当然、そこに行くには『鍵』の命が必要になる》
つまり、当代の巫女は――リュカは。
その『宝玉』を手渡す為に、命を落とさなくてはならないのだ。
言外にそう告げたヨミの言葉に、尋ね返したタータニアは目を瞠り、ユーリはぐっと堪えるように瞼を下ろした。
その横で、スイは拳をぎゅっと握りしめる。
「……そんなの……!」
スイの小さな声が響き渡った。
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活動報告でも書きましたが、少しスランプ気味といいますか、迷走していました。
今回ようやくそれも落ち着いたので、今後は遅くとも一週間に一本はアップしていけると思われます。
最近、不定期になり、また長らくお待たせして申し訳ありません。
お読み下さりありがとうございます。
応援ありがとうございます!
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