スイの魔法

白神 怜司

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【Web オリジナル】 地下都市と『紅炎の魔女』

『業火の祠』へ

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 数多くの魔法使いが生まれ、その存在が認知されて以来多くの魔法使いと呼ばれる存在が世間を騒がせた時代、エイネス。
 そんな魔法使いが齎した特殊な力の存在が明るみになり、【魔導具】と呼ばれる様々な道具が開発され始め、主要都市の文明レベルは高い水準に変わろうとしていた。

 エイネスという時代を一言で表すならば、【大魔導時代】と呼ぶのが相応しいだろう。
 魔法という力が一般に浸透するきっかけとなり、文明の発展を促した時代だ。

 繊細な力である故か、あるいは体質的なものなのか。
 当時から魔法の扱いに関しては、男性よりも女性の方がその才能を発揮する傾向があった。
 それは、その時代に名を馳せた七人の『魔女』という存在が物語る。

 青の魔法を歌う『氷界の魔女』。
 赤の魔法と踊る『紅炎の魔女』。
 緑の魔法と共に駆ける『螺旋の魔女』。
 黄の魔法を喚ぶ『断崖の魔女』。
 白の魔法で照らす『光牙の魔女』。
 黒の魔法に誘う『深淵の魔女』。

 ――そして、世界にその存在が語り継がれていた存在、『白銀の魔女』。

 彼女らは尊敬、あるいは畏怖。羨望、あるいは嫉妬の対象であった。

 たった一人の力が、世界のバランスを変えてしまうのではないかと言われる程の存在。
 だからこそ、彼女ら『魔女』はその存在を隠すかのように姿を消したのだと言われていた。

 代々続いた力の継承に限界が訪れ、ついに『狂化』が始まろうとしていたからであるが、世間にその理由までは知られていない。
 世間から姿を消した『魔女』の存在や噂はやがて風化し、もはや与太話ではないかとすら思えてしまうような、永い年月が経過していた。





「――ずいぶんと静かになってしまったわね」

 寂しげな声色だ。
 ヨミはその声の主の顔を見る事もなく短く返事を返した。

 幼い金龍、ファラスティナ。
 寂しげな声の主であるマリステイスに見送られ、永い時の眠りに就いた少女も。
 そして、数多くの『魔女』もまた、彼女の力によって眠りに就いてしまった。

 全ては、自分達が害を為す存在にならないように。
 ただそれだけの為に、『魔女』達は永遠とも思えるような永い眠りに就く。

 世間から忘れられ、姿を隠した『魔女』達の最期を見届ける。
 共に永い時を過ごしていた代々の『紅炎の魔女』の最後の後継者であるヒノカをも見送ったヨミは、そんな気紛れを起こしてマリステイスと共に時間を過ごしていた。

《永い時間をかけて魔力を散らし、少しでも体内の魔力を風化させる為の眠り。それでも『魔女』はいずれ目覚める。
 ……まるで呪いのような力を継承した者達の末路よ……》

「呪い、ね……。確かに『魔女』の力は、呪いと称するのが相応しいかもしれないわね」

 ヨミの言葉にマリステイスが同意を述べる。

《して、お主はどうするのじゃ?》

 ヨミの視線がようやく隣に立っていたマリステイスに向けられる。
 寂しげな表情を浮かべたまま、それでも相変わらずの柔らかな笑みが張り付いた魔女。

 ――ヨミにとって、マリステイスは不思議な存在だった。

 それぞれの『魔女』の力を押さえられる程の『宝玉』を作り上げながら、『狂化』の兆候すら見せない存在。
 この空に浮かんだ大陸で、一体どんな生活をしてきたというのか。
 彼女の過去を知る者は誰もいない。

 代々継承されてきた『魔女』の宿命とは無縁にすら見えてしまう、完全な『魔女』。
 マリステイスに対してヨミが抱いている印象はそれだ。

「……私は、彼女達を救うと決めた。だけど、このまま時を待つ、という訳にもいかないでしょうね」

《なに、お主なら何百年生きようが驚かぬ。今更じゃしのう》

「フフ、そうじゃないわ。これが原因よ」

《ん、何を……――ッ!》

 紫紺のローブを捲って見せたマリステイスの腕には、これまでなかったはずの変化が生まれていた。
 腕の一部が黒ずみ、まるでジワジワと身体を侵食するような痣とも呼べる何か。

《――おぬし、『狂化』の兆候が出ておるではないか!》

「えぇ、そうよ。もう時間はあまり残されていないわ」

《な……ッ! 笑い事ではないっ!
 他の『魔女』達はおぬしの力があって初めて眠りに就く事が出来るのじゃぞ! おぬしは一体どうするつもりじゃ!》

 それぞれの『魔女』の封印には、マリステイスが付き添い、術式を完成させる必要がある。
 眠らされる側と眠る側、二つの力によって初めて眠りに就けるのだ。

《……いつから、そうなっておったのだ……》

「最初の『宝玉』を作った時から、予兆は出ていたわ」

《……ッ!》

 今更、マリステイスを眠らせる事が出来る者はいない。
 むしろそれさえ理解した上で、この心優しい『魔女』は自分以外の者達の為に、その力を振るった。
 それは簡単に出来る事じゃない。
 自分の身の内に潜む病魔が刻一刻と自分を蝕んでいるその最中に、自分よりも他者を優先させてみせたのだ。

 縋るようにやって来た他の『魔女』を救う。
 昔から付き合いがあるような、旧知の仲という訳でもなく、ただそれだけの関係であったにも関わらずに。

 他の魔女達がその名を知らしめるより以前から知られていた、伝説となっていた一人の魔女。それがマリステイスだ。
 そんな彼女ならば大丈夫だ。
 ヨミは自分がそう高を括っていたという現実を目の当たりにしながら、歯噛みする。

 そんなヨミの頭に、マリステイスの手が乗せられた。
 振り返ったヨミの眼に映ったのは、変わらない静かな笑みを湛えていたマリステイスだった。

「……心配しないで、ヨミ。後は私がどうにかする」

《……妾に出来る事は……?》

 その返答は、静かに左右に振られる事で返された。

「……ありがとう」

 何故無力な自分に感謝の言葉を告げるのか、と。
 どうしてずっと黙っていたのだ、と。
 たくさんの言葉をぶつけてしまいたかった。

 しかしそれは、あまりにも稚拙な言葉であるとヨミは理解していた。
 自分が納得いかないという理由で、マリステイスに当たるのはお門違いであると、そう感じてしまった。





《――そうして、あくる日。マリステイスは妾の前から――あの空を浮かぶ島から、姿を消したのじゃ。
 あの者が一体何処で、どういう最期を迎えたのかは妾も知らぬ》

「……じゃあ、マリーは……」

 ヨミによって告げられたマリステイスの過去に、ファラの表情が曇る。

 六人の『魔女』の封印。
 マリステイスの『狂化』の予兆。
 それらは、ファラの与り知らぬところで起こっていた出来事だ。
 まだ生まれたてで幼かったファラに全てを告げるつもりはなかったのだろう。

 当時のファラは、主に仕えているという自覚もその意識もなかった。
 ただ生まれたてで幼く、気が付けばマリステイスと共にいたという意識しかなかった。
 それはまるで母のような、そんな存在であったと言える。

「……何も知らなかった……」

《そう気に病むでない。あれは心配性であったからの。周りに弱音を吐く事も、頼る事も出来ぬ不器用な女じゃったからの……――》

 懐かしむかのように眼を細め、ヨミは半ば呆れたようにファラへと続けた。

《――いずれにせよ、マリステイスがその後どうなったのかは解らぬ。どうにか『狂化』を逃れたのか、或いは自らを封印したのか。
 まぁ、少なくとも『狂化』したという可能性は拭い去っても良かろう》

「……どうして?」

《おぬしの新たな主の存在じゃ》

主様スイの……?」

《左様じゃ。あれは少なからずマリステイスの因子を受け継いでおる。直系の子か子孫か、生まれ変わりと言っても過言ではなかろう。

 ――「いずれ現れる私の力を受け継いだ存在が、必ずアナタ達をこの呪縛から解き放つ。それまで待っていて欲しい」。

 そんな彼奴の予言通り現れた銀の縁者。無縁なはずがなかろう。
 あの少年の遠い祖先がマリステイスである、と。そう考えるべきか、或いは……――》

 歯切れの悪いところでヨミの言葉が途切れ、何かを逡巡してみせた。

《――……いや、よそう。アレ・・は完成などしないはずじゃしのう……》

 ヨミが何かを思い出したかのように呟きながら、首を左右に振る。
 その呟きは、ファラの耳にも届いてはいなかった。





◆ ◆ ◆





 一方、リツカに『宝玉』の眠るという場所を教えてもらったスイとタータニアは、フォルタの街の外れへとやって来ていた。
 ユーリは現在、リツカと共に街の自警団に連絡を取り、リュカの捜索に当たっている。
 後から合流する予定だ。 

 フォルタの都市部から離れ、人の立ち入りを拒むような結界が施された洞窟へと続く道。
 それはまるで、ノルーシャの家の近くの森に施されていた結界と同じようなものだったのだろう、とスイも当たりをつける。

「……多分ここだね」

「多分?」

「うん。魔力の残滓が漂ってる。結界は、壊されたのかもしれない」

 右眼の魔眼を通してスイが状況を推察する。
 リツカから聞かされた道と、この辺りを漂う魔力の残滓がそれらの痕跡を物語っていた。
 中空に眼を向ければ、魔力の糸がまるでその場所を何かに食い破られてしまったかのように、繋がりを失って漂っている。

(……これって、まるで……)

 ――自分の『無』の魔法で強引に突き破ったかのようだ。
 スイの脳裏にそんな感覚が思い浮かぶ。

 スイの右眼に映る結界とは、簡単に言えば魔力を糸のように張り巡らせ、紡いだような形である。
 それらが微妙に人の感覚を狂わせるように誘導したり、視覚的情報を錯綜させて道に惑わせたり、といった作用をもたらせる。

 そんな結界の中央。
 まっすぐ人が通れるように円状に浮かび上がった、明らかに人為的な空間。
 間違いなくそれらは何者かの手によって、強引に結界を破った痕跡であると言えた。

 そんな真似が出来るのは、スイの知る限りでは二通り。
 一般的に考えられるのは、より強力な――それこそ結界の限界を超えるだけの魔力を放出し、その空間を吹き飛ばすという手法だ。
 だが、それをすれば周囲の地形にも影響が出る程の強い力の放出を要求される。

 スイの右眼に映ったのは、ただ結界だけを意図して食い破ったような、そんな印象を受ける光景だ。
 まずそれはあり得ないだろう。

 だからこそ、まるで自分の持つ『無』の力を駆使したかのような、そんな気すらするのだ。

「どうしたの?」

「……あ、ううん。こっちで合ってるみたいだ。急ごう」

 隣りから声をかけられ、スイが表情を崩す事もなく返事を返し、歩き始める。
 その横顔に、タータニアもまた何かを感じ取ったのか、真剣味を帯びた表情でスイの横をついて歩き出す。



 しばらく歩いた先にあったのは、一つの洞窟だった。
 横穴が開けられたような洞窟の中からは濃密な魔力の気配が溢れ、その余波を受けてか周囲の空気が重苦しいものに変わっていく。
 魔眼を持たないタータニアも、右手の甲に『門』を刻まれて以来、魔力に対しては敏感になっている。その余波を肌で感じてか、僅かに顔を顰めた。

 濃密過ぎる魔力の流れは、人にとってはプレッシャーにも似た重苦しさを感じさせる。
 そんなものが溢れて来るのだ、決して気分が良いものではない。
 奥へ奥へと足を進めていた二人の顔は、その余波を肌で感じたせいか、じわりと汗が滲む。

 周囲を警戒しながら、背中にかけていた両手剣をいつでも引き出せるようにタータニアが僅かに身構えながらスイの隣を歩いて行く。
 スイはと言えば、右眼を使って周囲の魔力の微妙な違和感を見つめながら、推測を続けていた。

(やっぱり……。あの入り口の結界も、ここの魔力もそうだ。何かしらの方法を使って、魔力そのものを消している……?)

 違和感が生まれる程の、魔力の不自然な流れ。
 先程の結界の場と同じように、人が通れるだけの空間だけが魔力の濃度が薄くなっているようにすら見える。

 推察出来る可能性としては、やはり魔力や魔法そのものに影響を与えているとしか考えられない。

「……スイ、あれを」

 タータニアの声にスイが魔眼の発動を抑えて前を向いた。

「……『業火の祠』……」

 リツカから聞かされていた、『宝玉』の眠る祠の名をスイが呟いた。

 高さにして三メートル程はあるだろう、両開きの鉄扉が侵入者を拒むかのように立ち尽くしている。
 複雑な施錠の為の紋様が刻まれた重厚な扉へ、ゆっくりと二人が歩み寄る。

「……開いてるみたいだね」

 扉は、人が通れる程にではあるが開かれていた。

 リツカが言っていた、巫女の『鍵』の役割は祠の最奥部にある『宝玉』が眠る間にある扉だそうだ。
 つまりここの扉はただ単純に、魔法によって施錠されていただけだ。

 だが、開かれた扉に刻まれた魔法陣の回路には魔力の残滓すら残っていない。

 強引に施錠の魔法を食い破り、力づくで開けた。
 そう考えるのが妥当だ。

 だとすれば、一体この先にいるであろうリュカを連れ去った何者か。
 それは一体、何者だというのだろうか。
 スイは警戒を顕にタータニアへと振り向いた。

「行こう」

 二人は『業火の祠』へと足を進めていく。
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