紫銀の戦乙女

白神 怜司

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Prologue

Prologue Ⅱ チュートリアル

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 MSOに登場するNPCは、学習する。
 エリックさんは、もはや誰かが中身を担当しているんじゃないかとさえ思える程に自然体の人間みたいなクオリティ。
 まだまだそういったAIがいまいち分からないらしいお姉ちゃんにとってみれば、いきなりインストラクターさんが現れたような気分なんじゃないかな。
 なんだか緊張した面持ちで説明を聞いている姿が、わたしにとっては少し新鮮に思えたよ。

 今まで一般化されている仮想技術は、どうしたって狭い室内だけだったり、移動を必要としていなかったりと、動きの範囲が小さいものばっかりだった。けれど、これがMSOだとまったく異なる。
 何せ、走ったり、飛んだり、はたまた魔法やスキルを使ったりと、その自由度は比にならない。
 わたしはもうとっくに自分の足で歩けなくなっちゃったから、現実世界の移動との差異なんて判らないけれど、お姉ちゃんはそうじゃないからね。現実の認識が強く出ちゃうらしくて、結構苦労しているみたいだった。

「……でも、もう慣れてきたのかな?」

 チュートリアルの最初は、障害物競走みたいなアスレチックを走破すること。
 さっきから走ってたお姉ちゃんはもう動きを自分で操っていられるみたいだし、心配はいらなそう。

 しばらく待っていると、なんだかちょっと疲れたような、それでも楽しそうに笑みを浮かべながらお姉ちゃんがこっちにやって来た。

「どうです? 動き方は分かりましたか?」
「はいっ! ちょっと最初は苦労しましたけど、今はもう大丈夫です」
「さすがはリーリア様のお姉さん、という訳ですね。では、次の段階に参りましょう」

 お姉ちゃんもエリックさんから私の名前が出されて気になっているみたいだったけれど、わたしもまだ驚かせたいから教えてあげない。

「さて、アリア様。一般的なMMORPGやRPGなどで遊んだ事はありますか?」
「少しだけ、ですけど……」
「なるほど。では、専門用語の説明は省いて、ここから先はMSO独自のシステムについて説明していきたいと思います」
「分からなかったらわたしも説明するから大丈夫だよ」
「ありがと、リア」

 少し不安そうにしているお姉ちゃんに微笑んでもらって、わたしもちょっと鼻高々。ふふん、お姉ちゃんより先輩だもんね、わたし。
 そんなわたし達のやり取りを見てから、エリックさんが指を立てた。

「では最初に。MSOではステータスといったシステムは存在していません」
「……え?」

 そう、MSOにはステータスっていうシステムが使われていないんだよね。
 最初から現実世界の一般成人ぐらいの運動能力を目処にされているから、運動能力がまったくない人でも、一般人なみには動けるし、その逆に現実世界で鍛えている人でも、一般人なみに運動能力が落ちて調整されちゃう。
 ステータスっていうのはあくまでも、強さを数値化して、戦闘時のダメージや回避、攻撃のヒット率だったりを定めるためのものだから。仮想世界で自分自身が全てを操って行動して戦う以上、ステータス値を定めてしまっても意味がない。

 変な話だけど、例えばRPGゲームや旧来のMMORPGみたいにステータスを定めたりしようとしたら、素早さが上がるような項目につぎ込みさえすれば、普通じゃない速さで動く事ができるようになっちゃうし、攻撃力につぎ込んだだけで弱い武器で硬い身体のモンスターを叩き殺したり、そういうちぐはぐさが生じちゃう。
 だからMSOにはステータスっていうものは存在していないし、純粋に武器や戦闘方法といったものを吟味しないとモンスターを倒す事さえできなくなっちゃう。

 エリックさんからその事を説明されたお姉ちゃんは、目を丸くしながらもどこか納得したように頷いていた。

「続いて、スキルや魔法についても独自のシステムが使われております。魔法は魔法の基礎を後ほど習っていただきますので、そちらで細かい説明もする予定となりますが、先程から他のプレイヤー様方からも同じような質問が向けられていますので、予め説明しましょう」

 サーバーのオープンと同時に、他のプレイヤーの人達もチュートリアルに参加しているからね。同じような質問を統合して、それらから最適解を見つけて答えるっていうAIらしさに思わず感心しちゃうよ。

「さて、MSOには固定化されているスキルや魔法といったものは、極少数しか存在していません」
「えっと、スキルとか魔法が使えないってことですか?」
「いえ、そうではありません。まずはスキルですが、スキルはそれぞれのプレイヤー様方の戦闘時の攻撃方法を分析したAIによってスキル化が認められ、初めてスキルが登録、使用が可能になるのです」
「えっと……?」
「お姉ちゃん、見ててね」

 お姉ちゃんに声をかけてこちらを見てもらった後で、腰に提げてた片手剣を抜いて構える。

「【スラッシュ】」

 一言呟いてから剣を振るうと、スキルが発動して、剣が薄っすらと赤く光って鋭く振るわれる。

「スキル化されると、こうやって攻撃が光るの。で、この光が赤いのが、統合された一般スキルとして認識されたスキル――『汎用型』だね」
「『汎用型』?」
「はい。多くの方が似たような装備をつけ、同じような攻撃方法で登録されたスキルは、それらが統合されるケースがございます。そういったスキルは『汎用型』――ただのスキルと呼ばれております」
「へぇ……、すごいですね……」
「リーリア様、『独創型』の実演もお願いできますか?」
「あれ? スキル消えてないの?」
「スキル情報は残っておりますので、ご心配ありません」
「ん、わかった。お姉ちゃん、もっかい見ててね」

 もう一度【スラッシュ】を使った時と同じように構える。

「【三連舞】」

 小さくスキル名を口にしてから、剣を振るう。
 最初に【スラッシュ】と同様の一撃を振り終わってから、そのまま剣を斬り上げながらくるっと一回転して、最後に再び横薙ぎ。
 一連の動作を行った剣は、さっきとは違って青い光を纏って軌跡を残した。

「こうやって青い光が出るのが『独創型』――ユニークスキルって呼ばれるね。ただの連撃とは違って、スキルとして発動されるとダメージ補正が入って威力が高くなるの。他の人がまだ似たようなスキルを生み出してないから、ユニークスキルのままなんだね」
「すご……。なんでそんなに速く動けるの……?」
「んー、でもやっぱりまだキャラクターレベルが一だから、身体がスキルに引っ張られてるって感じだよ」
「引っ張られてる?」
「うん。スキルを使うと身体がその動きを再現しちゃうんだ。だから自分の身体じゃないみたいな感覚になるの。自分で作ったスキルなのに、なんか複雑な気分だよぉ」
「ふーん……? でもすごいじゃない。リアが作ったんでしょ?」
「……にひひ」

 なんとなくお姉ちゃんに褒められてテンション復活!
 頭を撫でられて嬉しいです。

「ありがとうございます、リーリア様。ちなみに今の二つのスキルですが、他のプレイヤーの皆様にサンプルとしてご覧いただいても構いませんか?」
「うん、いいよー。あ、でも最初のアップデートが来るまで目立っちゃだめ、なんじゃないの?」
「ご心配には及びません。今の動きをサンプルキャラクターでトレースしたものを使いますので、リーリア様の姿は公にはなりません」
「そっか、ならいいよー。【三連舞】はすぐに誰でも使えるようになると思うし」
「ありがとうございます」

 他のテスターのみんなは、わたしみたいに速さを探求するタイプじゃなかったから『独創型』のままだけれど、色々な人がプレイすればすぐに誰かのスキルと統合されちゃうと思うしね。

「さて、話を戻しましょうか。先程のステータスの話ですが、代わりにプレイヤーの行動パターンなどによりプレイヤー本人の『特性』をAIが把握しつつ学習し、キャラクターレベルによって『特性』に合った能力があがる、というシステムを採用しています」
「『特性』、ですか」
「はい。例えば、リーリア様はテストサーバーでは連撃が多く、運動能力に特化した戦い方を好まれていました。それによって敏捷の『特性』が高く育っていたため、先程の【三連舞】をスキル以上の速さで発動する事さえ可能でした。ですが、防御面などは比較的成長していない初期段階のままとなっておりました」
「今は全部初期段階に戻っちゃってるよね?」
「はい、その通りです。スキル情報はそのままとなっていますが、キャラクター性能はリセットさせていただいております」

 テストの時のデータをそのままにしちゃったら、わたし達テスターと新規のプレイヤーの間に差が出ちゃうからね。ズルはだめだよ!

「そっか。レベルはまだ一だから、『特性』が育ってない。だからリアも身体が引っ張られるって言ってたのね」
「うん。追いつけなかったんだー」

 お姉ちゃんもようやく合点がいったらしくて、うんうんと頷いていた。

「あの、スキルにするのは自然とスキルとして認証されるのを待たなくちゃいけないって事ですか?」
「そうです。何度も同じような動きを戦闘の中で行い、スキルとして認証される必要があります。リーリア様が先程仰ったように、スキルとして認証されれば、その威力は通常の攻撃を上回ります」
「なるほどです……。ちなみにスキルの名前はどうなるんですか?」
「スキル認証者様に決定権がありますが、運営側が判断して名前を決定する事も可能です。また、不適切な名前であった場合はスキル認証者様から決定権を剥奪する場合もございます。ちなみに【三連舞】はリーリア様がつけた名前ですね」
「にひっ、かっこいいでしょ!」
「え、えぇ、そう、ね?」

 なんかお姉ちゃんがちょっと引き攣った表情で頷いた。
 むぅ、おかしいなぁ。

「さて、続いて魔法ですが、プレイヤーの発想次第で強力な魔法を扱えるようにもなると言えるでしょう」

 エリックさんの説明が続く。
 魔法は『属性』と『形状』、『行動』の三つを円の中に作り上げて発動させる必要があって、さらに色々な魔法記号とか魔法言語って呼ばれる情報を見つけていく必要があるんだよね。でも、ただ詰め込んで書いたりしても魔法として認証もされないらしい。
 わたしはそういう頭を使うのが苦手だったから、魔法は最低限の魔法しか使えないし、身体能力を強化するタイプの魔法しか手を出すつもりはないけれど、どうもお姉ちゃんは魔法の方が興味あるみたい。

「魔法を作成する場合は、メニューを開く必要があります」
「メニュー?」
「はい。視界の右下に白い丸があると思いますが、そちらに意識を集中していただけるとメニュー画面が出るかと」
「……わっ、出た」
「他の方からは内容が見えないように白い光のウィンドウだけが表示されます。右手の中指でスクロール、人差し指で選択が可能になります」
「うん。お姉ちゃん、ほら」
「あ、ホントだ。見えないのね」

 わたしもメニューを呼び出して、目の前に浮かぶ白い画面を見せると、お姉ちゃんも納得したみたいだった。

 ついでにエリックさんがアイテムの使用方法なんかを説明していく。
 アイテムはメニュー画面からタップして具現化しないと使えないこと。その代わり、ショートカットとしてメニューを登録しておけば、アイテム名を口にすれば手元にそのまま出現するってこと。装備もここで変更できたりする。

 で、魔法の作成は、メニューから魔法作成っていうのを選択する。

 目の前に出てきた魔法陣の外枠の丸の中に、さっき言ったような『属性』の記号とか言語を書き込んでいくんだけれど、キャラクターレベルだったり魔法特性が上がっていないと、書き込めない記号とか言語が出てきたり、そもそも書き込める容量が少なかったりする。
 お姉ちゃん、やっぱり魔法が楽しいらしくて、教えてもらった初期の記号だけで幾つも魔法を作り始めちゃった。楽しそうだし、そのまま待ってたらお姉ちゃんが我に返ったらしくて、少し慌てて謝ってきた。

「ご、ごめんね、リア」
「ううん。それより、せっかく作ったんだから試射してみようよ」
「そうですね。では――あちらへどうぞ」

 エリックさんが指差した先に突然現れた的を見て、お姉ちゃんが手を前に翳した。

「えっと……【火矢】」

 まずは手始めに『汎用型』を使ってみることにしたらしい。
 手の先に赤い魔法陣が浮かび上がって、炎の矢が飛び出して的へと一直線で飛んでいって、命中。的が黒く焦げた。

「わぁ……っ! あ、でもこれって、他人が使った『独創型』の魔法を見たら、魔法陣の形を真似されちゃうんじゃ……?」
「心配には及びません。他人の視点から見える魔法陣の形は必ず決まったものになりますので、術者の方にしか詳細は把握できなくなっています」

 魔法は発動時に魔法陣が浮かび上がるけど、エリックさんの言う通り、周りから見えるようにはなっていないからね。これもテストの時にそれが問題になったから取られた措置だよ。

「魔法は全六属性、風・地・火・水・光・闇となります。魔法特性の他にも使用する魔法によって属性特性もありますので、得意な属性を上げていくのが一番でしょう」
「はいっ」
「チュートリアルは以上となります。最初の町『アイネス』へとお送りしますので、アイネスに着きましたら、『冒険者ギルド』がありますので、そちらに行くことをお薦めします。そちらで簡単な戦闘と報酬を得られますので。あとはそれぞれの町などにいるNPCなどから情報を得たり、専用掲示板を使って情報を交換しながら楽しんでみてください」
「はい、ありがとうございました」
「ありがと、エリックさん!」

 わたしもエリックさんに挨拶すると、エリックさんは一礼してみせた。

「では、アリア様、リーリア様。行ってらっしゃいませ」

 わたし達の視界は、エリックさんの挨拶と共に真っ白に染まった。
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