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IEWⅡ DISC‐1
33 同行
しおりを挟むリースたちは準備を終え、教会の外でサラに別れを告げている鈍の狼のメンバーと合流する。
サラはケイントの顔を見て「行かないで」と今にも縋りつきそうな顔をしているが、サラのプライドがそれを許さず、女心に疎いケイントがそのことに気が付く様子もない。
ケイントは最年少のリッキーを肩に座らせ、ほかの孤児院の子供たち一人一人の顔を見ながら「絶対に帰って来る」と約束をしていた。
スパークはというと、幼馴染だというスパークの伯爵令嬢から来た手紙の返事を足に付けた鳩を空に飛ばしているところだった。
ロック、ピスタ、リアーナは何やら三人で話をしている。
どうやらリアーナが旅に付いていきたいと二人にお願いしているようだった。
しかし、リアーナの旅路が許されるのはケイントが死んだ後なのだ。それを知るリースは複雑な表情で言い争っている三人を見つめるしかなかった。
リースがケイントの運命を変えたら、リアーナは危険な冒険に身を投じることもないだろうと。
リアーナは作中でも可愛いものが好きな普通の女の子だった。だが、愛するピスタと幼馴染のロックを守りたいと鈍の狼の仲間入りを果たすのだ。そして、初めて人を殺してしまったことに、心を痛め続ける。
リアーナのためにもケイントには生き続けて貰わないといけないのだ。
旅支度のリースたちを見て、ロックたちはいい顔をしなかった。
睨みつける鈍の狼たちにリースは負けじと睨み返し、アインスは気にした用もなく、ツヴァイも好戦的に睨みつけ、ルルリアナはオロオロとし、フィーアはそんな彼らに気が付いた様子もない。
「お前たちも付いてくるのか?」
ロックが威圧的にリースに問う。
「何か文句でも?たまたまおたくらと一緒の進行方向なだけよ。別に後をついて回るつもりはないわ」
ツンと顎を上げて答えるリースに鈍の狼の若者は不満げだ。
その様子を一歩引いたところで見ているケイントがクツクツと笑っている。肩に載ったリッキーはそんなケイントを不思議な顔をして眺めている。
「俺はてっきり護衛料を払わずにアモミカ王国に行きたいのかと思ってたよ」
「うぬぼれんじゃないよ!あたしたちの方がお前らよりもはるかに強いわ!」
「またそんなことを言ってるのか?言っとくけどここにはケイントさんがいるんだぞ!ケイントさんは世界にたった三人しかいないS級なんだからな!」
ピスタが敬愛するケイントをリースたちにアピールする。しかし五人からの藩王が薄いため、少々不満げだ。
「ふ~ん、すぐに三人追加されて六人になるからな」
「三人ってその女も含まれているのか?」
ロックがリースを指さし、ツヴァイが鼻で笑い、リースはなぜかムッと腹を立てる。
もちろんS級に自分がなれないとわかっているが、里紗はもともと負けず嫌いなのだ。その里紗の顔がひょっこり現れる。まぁ。リースも里紗も同一人物なのだから仕方がないのだが。
「リースのことじゃないよ。こっちのフィーアの事さ!こいつか昔、剣鬼って呼ばれていたんだからね!」
「おい!剣鬼はケイントさんの二つ名だぞ!剣鬼を名乗っていいのはケイントさんだけだ!」
ツヴァイの発言に、今度はスパークが尊敬するケイントを馬鹿にされたと思い怒鳴る。
「そいつが剣鬼だって?」
ツヴァイがねめつけるようにケイントを睨む。その視線を物おじせずケイントはひょうきんに眉を上げ受け止める。
「馬鹿言うんじゃないよ、そいつもなかなかの剣士だってわかるけどこいつの絶頂期の足元にもおよばないね!」
「なんだと!」
「そんな腑抜けた奴が、ケイントさんよりも強いというのか!」
「お前らがなんと言おうと、元祖剣鬼はこっちのフィーアだよ!元祖がいるからにはそっちが名前を変えるんだね!」
「ケイントさんが自分で剣鬼って言ったわけじゃないぞ!周囲の人間がケイントさんの凄さを認めて剣鬼と呼んでいるんだ!自称剣鬼と一緒にするな!」
「そのうちどちらが剣鬼なのか、人間どもは知るだろうよ」
今にも殴りかかりそうなロックをリアーナが腕を取り、ウルウルした眼差しでやめるように願い乞う。
ロックもリアーナの腕を振りほどけないようで、しぶしぶと後ろへ下がる。
惚れた弱みという奴なのかな?と、ロックの恋心を知るリースは思う。
「おいおい、俺は別になんと言われても構わないんだ。剣鬼という名前に愛着はないからな。それよりも旅路でこんなくだらない喧嘩をするなら、鈍の狼のメンバーだろうと置いていくからな。俺はガキの子守はしない主義なんでね」
そう言うとケイントは孤児院の子供たち一人一人の頭を乱暴に撫で、サラに詫びるように笑う。そして、地面に置いていたバックを拾うと一人ですたすたと歩きだしてしまったのだった。
スパークとピスタは慌ててケイントの後を追うが、ロックだけはまだリースたちを睨み続け動く様子はない。
「俺はお前たちのことを認めないからな」
「別に認めてもらえなくても構わないわ。私たちは鈍の狼に入るつもりはないし。ただ、アモミカ王国までの道がわからないから、あなた達に付いていくだけ。できるだけ邪魔はしないようにするから」
そうロックに告げると、リースたちはケイントの後を追い始める。
悔しそうに拳を握りしめてリースたちの後ろ姿を睨むロックに、遠慮がちにルルリアナが声をかける。
「ほんの短い間ですがお世話になります。リースの言った通り、私たちはあなた達の足を引っ張らないように頑張りますので、ロック様も少しの間我慢していただけないでしょうか?リースは鈍の狼様方の分までお弁当を作っていましたし、リースがケイント様にせめてものお礼にと、旅路の食事は自分に作らせて欲しいと申し出ていました。それで留飲を下げて頂けないでしょうか?」
ルルリアナがロックにそっと笑いかける。
ルルリアナの微笑みはやはり美しかった。人知を超えたその美貌でニコリと笑うルルリアナに誰が怒りを維持できるというのだろうか?
やはりロックもルルリアナの笑顔に顔を耳まで真っ赤にし、ごにょごにょと「もういい」と言って、慌ててケイントたちの後を追う。
ロックの胸はいまだルルリアナの微笑みに動揺しどきどきと激しく胸打つ。後ろから聞こえる「気を付けてね~」というリアーナの声に、ロックは罪悪感を感じてしまう。
俺が好きなのはリアーナだ!
俺が好きなのはリアーナだ!
ずっとリアーナが好きだったんだ!
夢中になって自分に言い聞かせていたロックは、いつもしていることを忘れてしまったのだ。それは見送るリアーナに何度も何度も振り返って、「元気に帰って来るからな~!待ってろよ~」と手を振ることを忘れてしまったのだった。
そして、いつもなら振り向きもせず危険な冒険へと向かうピスタにしか意識が向いていないリアーナも、ロックが振り返らないことに一抹の寂しさを感じているのだった。しかし、そのことをリアーナはまだ意識していない。
ピスタだけが二人の変化に築くことなく、尊信するケイントの後を追うのだった。
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