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IEWⅢ DISC‐1
59 悪役
しおりを挟む「森林消防隊の方々ですよね?」
リースはわざとらしく微笑み、ロークに質問する。しかし、答えたのは女好きだという設定のキューリーだった。
「僕たちの事ご存じなんですか?」
キラキラした目で嬉しそうにするキューリーにロークが水を差す。
「どうせ、英雄ワインズに紹介してくれって申し出だろう?俺たちの事なんか知らないし、眼中にもないに決まってるさ。二つ名がまだ付かないホットショット隊なんだからな」
確かにロークの森林消防隊に二つ名が付くのは、この後の大きな山火事を鎮火させた時だったはずだとリースは思い出す。それまでロークが所属する第十七森林消防隊は厄介者の集まりで、ゴミだまりと言われていたはずだ。
「ブラコンを拗らせているローク君は少し黙っててくれるかな?僕はこの美しいお嬢さんたちと話をしているんだからね」
舌打ちしたロークは、ルルリアナが差し出したメニュー表を見ながら食後のデザートを選んでいる。
「それで今朝も山火事を消してきたってこと?」
「そうですよ。お嬢さん。カルマと名付けられた厄介な山火事でね。まるで生きているかのように僕たちを翻弄したんですよ。防火帯をいくつもうまくすり抜けてね!しかし、安心してください!僕たちホットショット隊が見事消化しましたからね!ほんの小さな火傷をしてしまいましたが、あなた方お嬢様の命に比べたら大したものではありません!」
そう言ってキューリーは袖をめくり、右腕の本当に小さな火傷をリースとルルリアナに見せる。
「お嬢さん方、気にする必要は全くありませんよ。山火事で袖をめくって火傷をしたバカがこいつですからね」
リースは苦笑いをしてコナンのカップに珈琲のお代わりを注ぎ、ルルリアナはロークが注文したデザートを取りにショーケースへ向かう。
「それにしても最近、山火事が多いみたいですね」
「確かにそうなんだよ。春の終わりから秋まで山火事は多く発生するが、まだ七月だというのにすでに去年の山火事の件数を超えているんだ。それにいい山火事もすごく少ない」
「いい山火事?」
リースが首を傾げるとコナンは再びごくごくと珈琲を飲み干し、お代わりをリースにねだる。こんなにカフェインを取って大丈夫なのだろうかと思いながら、リースは珈琲のお代わりを注ぐ。
「山火事にはいい山火事と悪い山火事があってね。もちろん悪い山火事というのは死人がでたり人々の住宅が燃えた山火事のことを言うんだ。そもそも山火事は悪いことばかりではなくてね。枯れ草を焼いて、土に栄養を与えてくれる。生態系の維持には欠かせない物なんだよ。多くの植物は山火事によって恩恵を受けるんだ。でも、最近の山火事はそう言った植物の種までも焼き尽くしている。そこがおかしいんだ」
ふむふむとリースはコナンの言葉を考える。やはり、「アイス・エンド・ワールド」のシリーズスリーのラスボスはすでに動き始めているのだ。
ラスボスを止めるにはどうすればいいだろうか?シリーズスリーのラスボスはデビルマ山脈のどこかに封印されている火の大精霊の封印を解き、力を手に入れるのだ。
リースはロークに三つのケーキを渡しているルルリアナを見つめる。
うん、そうしよう。今回はアインスやツヴァイではなく封印が得意なルルリアナにお願いしよう。ルルリアナに協力してもらって、火の大精霊の封印を強化してもらうおう。それが無理だったら、ルルリアナにも火の大精霊を封印してもらうのもいいだろう。
リースが空になった珈琲ポットを抱えてキッチンへと向かうと、モップにもたれるように項垂れているチャーリーがいた。
「早うあいつらを追い出してや。床が汚れてしゃあない。掃除をするこっちの身にもなってや」
チャーリーを無視し、新しく淹れた珈琲がポットに貯まるのを待つ。
入口の鈴が鳴り、ロークに似た緋色の眉目秀麗な男性が入ってきた。服装もローク達に似た森林消防隊の防火服に身を包んでいる。違いと言えば男性の左胸元にフェニックスのワッペンが付いている。
リースは危うく珈琲ポットを落としそうになってしまった。
目の前にロークの実の兄であり、森林消防隊「緋色の翼」隊長ワインズ・スパシニタ、「アイス・エンド・ワールド」のシリーズスリーのラスボスがにこやかに微笑みながら立っていたのだから。手にはリース達が作った折り紙の鶴が握られていた。
「弟の隊…森林消防隊がこの店に来ていると思うのだが。君に追い出されていなければの話だが」
チャーリーはワインズの防火服が全く汚れていないことに気をよくしたのか、手を揉みながらワインズを案内しようとする。
リースはチャーリーの襟を後ろから引っ張る。「グエェ」とチャーリーがつぶれたカエルのような声を出し、リースを振り返る。
「ちょっと、お客さんを差別するのは店員失格よ」
「何をいってるんや。今は店員かもわからへんけど、わしゃ根っからの商人やで。金を持ってる客の匂いはわかる。あの人に親切にして損はあらへんねん。この兄さんはあの煤汚れ共とはちゃう」
へこへこした態度でチャーリーはワインズを「花の小部屋」へと案内する。
ローク以外の第十七森林消防隊はワインズの登場をもろ手を挙げて喜んでいる。ロークはというと、ワインズの姿を見るとまるで隠れうように椅子に深くもたれかけ、不貞腐れた子供の様に口に加えたフォークを唇だけで上下に動かしている。
「英雄様の登場だぞ!」
「ワインズ!今回も助かったよ!予想以上に火の回りが早くてね!お前がいなかったら俺たちは今頃カルマにマル焦げにされていたところだった」
「ドミニクさん、そんな風に言わないでください。あなた達十七番隊が下準備をしてくれていたからこそ、私が迅速に鎮火させることができたんですから」
「お前はいつも謙虚だよな」
ドミニクはワインズの肩を抱き、反対の手で拳を作りワインズの緋色の髪をぐしゃぐしゃにしている。
キューリーもワインズとハイファイブを交わし、コナンも珈琲のカップを少し上げて挨拶をしている。ゼオルグはワインズを崇拝し、タイランはワインズが一面に載った新聞をウィンクして指さしている。
ロークだけがワインズの登場を喜んでいないようだった。
やはりロークはゲームのシナリオ通りにできすぎた兄であるワインズに劣等感を抱いているようだ。そんなロークを気にしつつも、悪役であるワインズがどこまで火の大精霊について情報を掴んでいるか探るべく、柄にもなくワインズに甘い声を出す。
「きゃあ!」
「きゃあ?」
歓声を上げたリースにチャーリーが怪訝な顔を向ける。
「今回の山火事を消したっていうワインズさんですよね?」タイランが持っていた新聞を奪い取り、ワインズにサインを強請る。「ずっと前からファンだったんです。ここにサインを頂いてもいいですか?」
「もちろん、喜んで」
ワインズはサインに慣れているようで素早く新聞にサインをする。その間に、チャーリーがリースの耳元に囁く。
「客を差別するのは良くないんやろう?」
ハイヒールでチャーリーのつま先を踏み、笑顔のままでチャーリーに警告する。
「黙ってて」
踏まれたつま先を労わるようにケンケン足でチャーリーはリースから離れる。
「警告はしたさかいな。好きにしたらええ。火傷するのはそっちやさかいな」
チャーリーの不吉な言葉を無視し、リースはワインズへと向かい合う。
「コナン副隊長から伺ったのですが、最近の山火事はなんだか不審なところがあるとか?それなのに、ワインズさんは今回の山火事も一瞬で鎮火させたみたいですね。本当にワンズさんはすごいですぅ!」
「そんなにすごいことではないんですよ」
「今回の山火事も落雷が原因だったと聞いたのですが、本当に落雷が原因だと思いますか?私はてっきり誰かが人的に起こした火が原因なのかと思っちゃいました!」
リースの問いに、ワイワイと賑わいでいた花の小部屋がシーンと静まり返る。
「……どういう意味かな?」
「だって、子孫を残すために火災を必要とする植物の種まで残らないほど高温の山火事だったんでしょ?そんな山火事が落雷で自然に発生したものとは思えなくて」
「少し前まで森林保護とうるさくてね。森林の木々を一本切るのにお役所の許可が必要だったんだ。しかし、最近になって過度な森林保護は火災の原因になることがわかってね。草木が鬱そうと生茂る山では条件次第ではより高温になる恐れもあるんだよ」
「へぇ~~~、そうなんですね。私はてっきりワインズさんみたいに強力な火属性の魔法を使う人が意図的に山を焼いたのかと思っちゃいました。おバカな私ですみません」
リースのあざとい視線をワインズは落ち着いた態度で受け止める。しばしリースと睨みあった後、ワインズはかっちりした態度からゆったりと椅子へと座り直す。
「面白いお嬢さんですね。それでもし…もしも本当に誰かがデビルマ山脈の山々を意図的に焼いているとしたら、目的は何かな?」
「大きな力を手に入れるためとか?」
「大きな力?どんな?」
「そう。犯人はあの山に神をも殺せるほどの大きな力が手に入ると信じているのよ」
リースの言葉に、ルルリアナを筆頭に花の小部屋にいる人々が声にならない悲鳴をあげる。それほど、リースの言葉は不吉な言葉なのだ。
しかし、花の小部屋の中のワインズだけはリースの言葉を面白いと思ったのか、口元に弧を描きながら尋ねる。
「そんな力が本当にあるのだろうか?」
「…さぁ。あなたが知らないなら誰も知らないと思いますけど」
ワインズの金色の瞳が怪しく輝く。その輝きには一切の優しさはなく、リースを自分の野望を邪魔する敵だと認識したと告げているかのようだった。
「君は私の何を知っているのかな?」
リースはワインズにしか聞こえないように小さな声で囁く。
「あなたがとっても悪い男だってことを知っているとだけ言っておくわ。あなたの野望は叶わない。今ならまだ引き返せるわ。英雄のままでいられるのよ。諦めなさい」
クツクツと心の底から面白そうにワインズが笑い、ロークが初めてワインズに視線を向ける。
「本当に面白いお嬢さんだ。私がなそうとしていることは野望ではない。正義だ」
「おいおい、二人とも何をひそひそと話しているんだ?」
ダニエルが心配そうに交互にリースとワインズの顔を見比べる。ワインズは心配しないようにとダニエルの肩をポンと叩く。
「女性にこんなやり方で口説かれたのは初めてだ。珈琲美味しかったよ」
ワインズはリースに軽く頭を下げると、過重なチップを含めた金額をテーブルへと置いて魔女のいとこを後にしたのだった。
それをきっかけに、第十七消防隊のメンバーもぽつりぽつりと帰りだし、ロークだけが魔女のいとこに残ったのだった。
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