D.S.~愛した人のために人生をやり直します~

レオパのレ

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序章

病院

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 気が付くと私は病院のベッドに寝かされていた。

 壁紙が可愛らしいピンクで風船や花を持ったテディベアが描かれている。

 どうやらここは小児科の病室らしい。

 両手は包帯が巻かれており、右腕には点滴が留置されていて、背中に傷があるからかうつぶせにされていた。

 動こうとした私を近くにいた看護師が制する。

 看護師さんは30代前半で、長い髪をシュシュでお団子にしていた。顔には愛らしいそばかすが散っており、少し吊り上がった目をしていた。ウサギのキャラクターが描かれているクリーム色のスクラブを着ていた。ズボンは明るい色のオレンジだ。

「傷は痛む?」

 私はぼーっとした頭で、顔を横に振り返事をする。

「頭がぼんやりするでしょう?痛み止めの影響だと思うからそんなに心配しなくて大丈夫よ。」

 自己紹介し、看護師さんは優しくニコリと笑った。

 私は首を精一杯動かすが、笙真くんの姿は確認できなかった。

「笙真くんは?」

 看護師さんは少し答えづらそうに眉をしかめた。

「元気にしているわ。心配しなくて大丈夫よ」

「…元気にしているなら、もういいです」

「…ごめんね、あなたは笙真くんを助けたヒーローだね!」

 看護師さんは慣れた手つきで、私をベッドに座らせてくれた。傷が痛まないようにクッションの位置を、私に尋ねながら調節してくれる。

 私が答えないのを気にした様子もなく、テキパキと看護師さんは的確にバイタルを取り、主治医の先生に目が覚めたことと水分をとってもいいか確認すると言って部屋を後にした。

 私は部屋から見える青い空へと視線を向ける。

 きっと、笙真くんのご両親が私と関わるのを嫌がったのだろう。

 公泰が私を紹介した時も露骨に嫌な顔をしていたことを思い出す。そして、浴びせられた罵詈雑言も。

 別に感謝してほしくて笙真くんを助けたわけでもないし、笙真くんや公泰のためであってご両親のために助けたわけではない。

 そう自分に言い聞かせていても、心の一部がひんやりと冷えていく。

 ドアをノックする音が聞こえて、先ほどの看護師が病室へと入る。

「水分とってもいいって」

 看護師さんは私に幼児用の野菜ジュースの紙パックを投げてよこした。

「3時のおやつの分のジュース。水の方が良かった?」

「これでいいです」

 私は受け取った紙パックのジュースにストローを刺す。

 初めて母親から保護され病院でこの紙パックを渡されたとき、私は飲み方をわからなかった。飲み方がわからなくて、紙パックの周りに水滴が貯まり、温くなっていくのを私は悲しい気持ちでずっと握っていた。

 でも今度は冷たいまま飲むことができる。簡単だ。

 そう思っていたが、包帯で巻かれた手と点滴中の手ではなかなかストローを紙パックにさすことができない。もたもたしていると、看護師さんが一言あやまり紙パックにストローをさしてくれた。

 お礼を言って、一口ジュースを飲む。喉に感じる冷たさが心地よい。

 私がジュースを飲み干したのを確認し、看護師さんはそっと尋ねた。

「あなたのお名前教えてくれる?」

 私は潤った喉が一瞬にしてカラカラになるのを感じた。

 笙真くんが紫音という名前をくれたけれど、私の名前は正確に言うとない。勝手に紫音と名乗っていいのかもわからない。

「……」

「あなたのお母さんはどこにいるの?」

「……」

 私がきつく握ったせいで紙パックがつぶれ、残っていたジュースがストローから勢いよく飛び散る。

「…ごめんなさい」

「大丈夫、気にしないで」

 看護師さんはペーパーでジュースをふき取るが、真っ白いシーツにはオレンジ色のシミが付いてしまった。

 看護師さんがただ手を挙げただけなのに、私は反射的に頭をかばい縮こまってしまった。

 看護師さんが私を殴るわけなんかないのに、小さな私の体は反射的に自分を守ろうとしたのだ。

 看護師さんの手が優しく肩に触れる。

「また、話に来るわね。ご飯は夕飯から食べてもいいって」

 私が勢いよく顔を上げ不安そうに看護師を見つめると、看護師さんはいたずらに笑った。

「まぁ、ここの病飲食本当に美味しくないけどね」

 病室のドアが再びノックされ、スーツ姿のいかつい男性が一人ときっちりとしたスーツに身を包んだ女性が入ってきた。

 刑事だ。

 一目でわかった。

 私の怯えを感じたのか、看護師さんが私を守るように刑事と私の間に立ちふさがる。

「この子は先ほど目が覚めたばかりなんですよ」

「えぇ、わかっています。短時間ですみますので」

 男性刑事の代わりに女性刑事が答える。

有無を言わせないその口調に、看護師さんはちらりと私を見る。

 私は安心させるように看護師さんに頷く。

「わかりました、五分だけですよ。この子の反応を見て無理だと思ったらやめさせていただきますし、このことは師長さんに抗議させていただきます」

 刑事たちは看護師を無視して、私に話しかける。

「お名前を教えてくれる?」

 優しく女性刑事が話しかけるが、私は看護師に対する態度でこの人は本当は優しくないと知っている。

 私は答えられないのもあって、ぎゅっとシーツを握りしめ視線を合わせず押し黙る。

「笙真くんを誘拐した犯人は目撃した?」

 再び、優しい声で女性刑事が訪ねる。

 犯人を殺してしまったと思っていた私は、ばっと顔をあげ女性刑事と視線を合わせる。

 女性刑事は困ったように相方の男性刑事を見た。

「…どういうことですか?」

「…笙真くんを誘拐した犯人はまだ逮捕されていない……。」

「嘘…。だって、私、あの人を殺したのに!」

 看護師さんと女性刑事が驚いたように目を見開く。

 ただ、男性刑事だけはわかっていたのか表情を変えなかった。

 男性刑事は私から目を離さない。男性刑事はゆっくりと瞬きする。男性刑事の目が優しく和らいだのを感じたが、次の瞬間にはすべてを見透かすような鋭い視線に戻っていた。

もしかしたら、私の見間違いかもしれない。

「君は誰も殺してなんかいないよ。犯人の血と思われる大量の血は現場にあったが、死体は見つかっていないし、奴が逃げる時の足跡が血まみれで残っていた。つまり、君は誘拐犯を刺したかもしれないけど、奴は逃げ切ったってことさ」

 その言葉に、鼓動で押しつぶされるかと思うほど激しく心臓が跳ねる。

「君の発言で、君が犯人を刺したことは分かった。まぁ、現場に残された凶器にも君の指紋しか残っていなかったしね」

 体が再びどうしようもないほど冷え込み、体の真が小刻みに震える。喉がゴクリとなり、視線は男性刑事の目から離すことができなかった。

「笙真くんはあなたをかばって、自分が刺したって言ったのよ。正直に話してくれないかしら?」

「違います!笙真君は刺してない!私が刺したの!」

 病室は私の荒い息遣いだけが聞こえていた。

「そうか…」

 男性刑事の手が伸び、私の頭をぐちゃぐちゃに撫でた。

「頑張ったな」

 撫でられた頭から刑事さんの熱が伝わり、私はポロポロと涙をこぼしていた。

「私、逮捕されるんでしょ?」

「警察官は悪い奴を逮捕するのが仕事なんだ。誘拐された男の子を助けたヒーローを逮捕することはできないよ」

 髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でられ、私はまるで父親に甘えるように泣きじゃくったのだった。
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