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中等部一年
満員電車
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人混みが苦手な笙真くんはさすがに満員電車で通学しようとは言わなかった。ただ、全身で電車通学に対する不満を表現している。これは昨晩、さつまいも当番で早く通学しないといかないから電車通学すると伝えたときからずっとこうである。
いつもなら風呂上りで塗れた髪を乾かしてくれるのに、昨晩はプイっと顔を背けられてしまった。
なので今日の私の髪の毛はいつもよりゴワゴワとしている。
不貞腐れて私の髪を整えてくれる手つきは普段と違ってテキパキと動かされていない。そして、いつもより乱暴に髪を梳かされている気がしなくもない。ゴワゴワにしたのは私の自業自得なので、頭皮が強く引っ張られても文句は言わなかった。
「笙真くん?」
「…もう少しでできるよ」
笙真くんがしてくれたのは三つ編みに編んだ後ぐるぐると巻き付けてお団子にした上品な髪形だった。縛ったゴムが見えないように巻かれていて、私はゴムが見えないか頭と鏡を動かして確認する。
「満員電車に乗るから崩れちゃうかも…」
心配そうにつぶやけば、笙真くんは当たり前のように答える。
「そしたら直しに行くよ」
鏡越しに目が合って、笙真くんは私の頭のてっぺんに軽いキスをする。
本物の王子様みたいで、私の心臓は笙真くんなのにどきどきと激しく鼓動する。
笙真くんは笙真くんなのに!
笙真くんに対してそんな風になった自分が恥ずかしくて、慌てて立ち上がれば笙真くんが自分の口を噛んでしまった。
「いたッ!」
「ごめんなさい」
慌てて謝れば、いたずらっぽい挑発的な眼差しで見つめられる。
これ以上変なことを言われたくなくて、どきどきしたくなくて時間だと言って慌てて部屋を出る。
笙真くんの笑い声が聞こえて、耳まで恥ずかしさの熱が伝わる。
笙真くんなのに…。どうしてどきどきしたんだろう?
駆けるように階段を降り、まだ心臓がドキドキしているのは階段を降りたせいだと自分に言い訳をする。
玄関にはいつもと変わらない樹くんが待っていて、私は少し落ち着くように自分に言って挨拶をする。
いつもの癖でネクタイをチャックするが、樹くんは侑大くんと違っていつもバランスの良い完璧な形だった。まるでネクタイのパンフレットからそのままくりぬいて付けたみたいだ。
「おはよう、待った?」
「待ったけど、私が早く来すぎただけなので」
樹くんとは小学校が一緒で、もちろん登校班も一緒だった。
低学年のことはよく帰りも一緒に帰っていて、同級生にからかわれたりもした。黒板に相合傘で名前を書かれたときが一番恥ずかしかったな。樹くんがサッカー部に所属してからは一緒に帰ることはあまりなくなったけど。
こうして並んで歩いているとなんだか小学生に戻ったみたいだ。
なんだか嬉しくなって歩く歩調が軽くなる。
幼児期の頃に食事も満足に与えられなかった私は同級生たちよりも一回りも小さくて、男の子にしては成長も早かった樹くんはよく私の兄に間違えられていた。
紫音になった私はさすがにひらがなは楽々と書けたけど、紫音になるまえの人生でも苦手だった二桁の掛け算を根気よく教えてくれたのも樹くんだった。
駅について私が切符を買っているのを、樹くんは少し離れたところでじっと見守っている。
きっと私が切符を買えないと思っているんだ。残念でした!私には若葉として生きた人生経験があるから、切符を買うくらいおちゃのこさいさいなのだ!
樹くんはICカードの乗車券を持っていて、切符を買う必要がないみたいだ。
樹くんのICカードのデザインはノーマルの緑にペンギンじゃなくて、見たこともないデザインだった。
ICカードについて聞いたら私でも知っている女の子からのプレゼントだと教えてくれた。
「胡蝶学院に入学すると聞いたらしく、電車通学だと教えてら限定で発売されたこのカードを渡されたんです。…お揃いらしいですよ」
笑うと笑窪ができる女の子はクラスでも人気者だった。樹くんと私のことでからかう同級生に怒ってくれたのもその女の子だった。
「……もしかして付き合ってるの?」
「付き合ってません。言い方がまずかったですね。私だけじゃなくて何人かでお揃いらしいです」
「ふ~ん」
樹くんとは違う改札を通り、うまく出てきた切符を取れなくて少し手間取る。少し先で待っている樹くんに謝りながら小走りで合流する。
樹くんは慣れた様子で電子版を確認することなくホームへと向かい、電車を待っている大勢の人たちの列に混ざる。
胡蝶学院は有名なセレブ校だからか、心なし人々の注意を引いているようだった。胡蝶なのに電車?という周囲の人の心の声が聞こえる気がした。
それなのに樹くんは涼しい顔をして、電車が来る方向をじっと見ている。樹くんは周囲の目が気にならないのかな?それとも私が気にしすぎなのかな?
じっーっと樹くんを見ても樹くんは私の視線に気がつくことはなくて、まっすぐ見つめる視線は一度も揺らぐことがなかった。
少しして電車が来て、大勢の人が吸い込まれるように電車に乗り込む。
人波に流されてしまった私は樹くんとは反対に流されてしまう。どうしようと思っていると、力強い手を引っ張られた。樹くんだった。
「大丈夫ですか?」
樹くんに守られるように腕を回されて、私は扉と樹くんに挟まれる格好となる。
見上げる樹くんの心配そうな表情に思わず見惚れてしまう。普段表情を現さない樹くんが心配そうに眉を下げて、真剣に私を見つめてくるのだ。
男の子はすごいな。成長が早いのかな?
こんな表情されたら誰だってドキッってするな。
だって回された腕は頼もしくて守られている気がするもん。まるで自分がお姫さまになった感覚になる。
…そっか、今朝笙真くんにドキドキしたのは笙真くんが王子さまだからだ。だから、ドキドキするのは自然な反応なんだ。
今みたいに、樹くんに守られてドキドキしているのも自然な反応なんだ。
だって、守られてドキドキしない女の子なんていないし、王子様にキスされてドキドキしない女の子なんていないもんね。
心臓がある場所に拳を当てる。
小さな声で嘘つきって心臓に言われている気がしたから。
樹くんは降車駅まで、私を満員電車の人混みから守ってくれていた。笙真くんに結ってもらったお団子も綺麗なままだった。
いつもなら風呂上りで塗れた髪を乾かしてくれるのに、昨晩はプイっと顔を背けられてしまった。
なので今日の私の髪の毛はいつもよりゴワゴワとしている。
不貞腐れて私の髪を整えてくれる手つきは普段と違ってテキパキと動かされていない。そして、いつもより乱暴に髪を梳かされている気がしなくもない。ゴワゴワにしたのは私の自業自得なので、頭皮が強く引っ張られても文句は言わなかった。
「笙真くん?」
「…もう少しでできるよ」
笙真くんがしてくれたのは三つ編みに編んだ後ぐるぐると巻き付けてお団子にした上品な髪形だった。縛ったゴムが見えないように巻かれていて、私はゴムが見えないか頭と鏡を動かして確認する。
「満員電車に乗るから崩れちゃうかも…」
心配そうにつぶやけば、笙真くんは当たり前のように答える。
「そしたら直しに行くよ」
鏡越しに目が合って、笙真くんは私の頭のてっぺんに軽いキスをする。
本物の王子様みたいで、私の心臓は笙真くんなのにどきどきと激しく鼓動する。
笙真くんは笙真くんなのに!
笙真くんに対してそんな風になった自分が恥ずかしくて、慌てて立ち上がれば笙真くんが自分の口を噛んでしまった。
「いたッ!」
「ごめんなさい」
慌てて謝れば、いたずらっぽい挑発的な眼差しで見つめられる。
これ以上変なことを言われたくなくて、どきどきしたくなくて時間だと言って慌てて部屋を出る。
笙真くんの笑い声が聞こえて、耳まで恥ずかしさの熱が伝わる。
笙真くんなのに…。どうしてどきどきしたんだろう?
駆けるように階段を降り、まだ心臓がドキドキしているのは階段を降りたせいだと自分に言い訳をする。
玄関にはいつもと変わらない樹くんが待っていて、私は少し落ち着くように自分に言って挨拶をする。
いつもの癖でネクタイをチャックするが、樹くんは侑大くんと違っていつもバランスの良い完璧な形だった。まるでネクタイのパンフレットからそのままくりぬいて付けたみたいだ。
「おはよう、待った?」
「待ったけど、私が早く来すぎただけなので」
樹くんとは小学校が一緒で、もちろん登校班も一緒だった。
低学年のことはよく帰りも一緒に帰っていて、同級生にからかわれたりもした。黒板に相合傘で名前を書かれたときが一番恥ずかしかったな。樹くんがサッカー部に所属してからは一緒に帰ることはあまりなくなったけど。
こうして並んで歩いているとなんだか小学生に戻ったみたいだ。
なんだか嬉しくなって歩く歩調が軽くなる。
幼児期の頃に食事も満足に与えられなかった私は同級生たちよりも一回りも小さくて、男の子にしては成長も早かった樹くんはよく私の兄に間違えられていた。
紫音になった私はさすがにひらがなは楽々と書けたけど、紫音になるまえの人生でも苦手だった二桁の掛け算を根気よく教えてくれたのも樹くんだった。
駅について私が切符を買っているのを、樹くんは少し離れたところでじっと見守っている。
きっと私が切符を買えないと思っているんだ。残念でした!私には若葉として生きた人生経験があるから、切符を買うくらいおちゃのこさいさいなのだ!
樹くんはICカードの乗車券を持っていて、切符を買う必要がないみたいだ。
樹くんのICカードのデザインはノーマルの緑にペンギンじゃなくて、見たこともないデザインだった。
ICカードについて聞いたら私でも知っている女の子からのプレゼントだと教えてくれた。
「胡蝶学院に入学すると聞いたらしく、電車通学だと教えてら限定で発売されたこのカードを渡されたんです。…お揃いらしいですよ」
笑うと笑窪ができる女の子はクラスでも人気者だった。樹くんと私のことでからかう同級生に怒ってくれたのもその女の子だった。
「……もしかして付き合ってるの?」
「付き合ってません。言い方がまずかったですね。私だけじゃなくて何人かでお揃いらしいです」
「ふ~ん」
樹くんとは違う改札を通り、うまく出てきた切符を取れなくて少し手間取る。少し先で待っている樹くんに謝りながら小走りで合流する。
樹くんは慣れた様子で電子版を確認することなくホームへと向かい、電車を待っている大勢の人たちの列に混ざる。
胡蝶学院は有名なセレブ校だからか、心なし人々の注意を引いているようだった。胡蝶なのに電車?という周囲の人の心の声が聞こえる気がした。
それなのに樹くんは涼しい顔をして、電車が来る方向をじっと見ている。樹くんは周囲の目が気にならないのかな?それとも私が気にしすぎなのかな?
じっーっと樹くんを見ても樹くんは私の視線に気がつくことはなくて、まっすぐ見つめる視線は一度も揺らぐことがなかった。
少しして電車が来て、大勢の人が吸い込まれるように電車に乗り込む。
人波に流されてしまった私は樹くんとは反対に流されてしまう。どうしようと思っていると、力強い手を引っ張られた。樹くんだった。
「大丈夫ですか?」
樹くんに守られるように腕を回されて、私は扉と樹くんに挟まれる格好となる。
見上げる樹くんの心配そうな表情に思わず見惚れてしまう。普段表情を現さない樹くんが心配そうに眉を下げて、真剣に私を見つめてくるのだ。
男の子はすごいな。成長が早いのかな?
こんな表情されたら誰だってドキッってするな。
だって回された腕は頼もしくて守られている気がするもん。まるで自分がお姫さまになった感覚になる。
…そっか、今朝笙真くんにドキドキしたのは笙真くんが王子さまだからだ。だから、ドキドキするのは自然な反応なんだ。
今みたいに、樹くんに守られてドキドキしているのも自然な反応なんだ。
だって、守られてドキドキしない女の子なんていないし、王子様にキスされてドキドキしない女の子なんていないもんね。
心臓がある場所に拳を当てる。
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******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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