上 下
1 / 1

もう少し、そこで待っていな。

しおりを挟む

出会った頃の君を見た。
手を頬に当て、嬉しそうに微笑む仕草に心が躍った。

自分の気持ちを互いにぶつけあって、目が合ったら、バカらしくなって。
一生懸命、怒るのは好きだから。一生懸命、心配するのは、愛しているから。

歳を重ねて、忙しない世の中と真逆の自分たちに少しだけ誇らしげに思って。
そんな風に考えれる君が羨ましいとずっと思っていた。

先回りして驚かすことが大好きな君。
終える時まで先回りするなんて...。

僕は、君のようになれるだろうか。

君のいないこれからを。


///////////////////////////////////////////////////////////////////
「...ねぇ、佳津?
 あの子がいなくなってもう、5年。
 そろそろ、誰か良い人でも見つけてもいいんじゃないかな?」

亡くなった恋人、右京の兄、京弥さんが飲み終えたカップを置きながら言った。

「京さん...、その話は、まだ。
 俺にとって、右京はとっても大切で。」

「そうだよねぇ...。佳津は、右京のこと、大切にしてくれてたもんねぇ。」
と、カチカチとライターに火を灯しながら言った。

俺、佳津の恋人は5年前に突然、自ら命を絶った。一緒に暮らしていた俺は、原因もわからず途方に暮れ、周囲の友人に支えられながら今まで生きてこれた。京弥さんは、特に親身になってくれて、右京との時間も大切だが、俺の将来も大切だといってくれる良い人だ。二十歳で出会って5年一緒に暮らし、この先もずっと、右京と生きていくのだろうと見えなかった未来を描けかけたころだった。それから、5年。俺も30が来て、周囲が結婚、家族という言葉を平気で使う年代になった。何度か、上司や取引先から出会いの場を設けられたが、右京を想う気持ちは今でも変わらない。京弥さんもそろそろ、誰かを見つけてみてもいいのではと、言ってくれるが、そんな気持ちになることがない。
「...まぁ、佳津は、ノンケだからさ?
 女の人との結婚もありだと思うんだよね。
 理解してくれる人も、探せばいると思うし、右京といた時のことだって別に悪いことをしていたわけじゃない。   
 だからといって、無理やり誰でもいいって言ってんじゃないぞ?
 そろそろ、右京みたいにお前の事を考えてくれるヤツが出てきて欲しいなっていう、俺の勝手な願望だ。
 ま、お前にこれを言ってもどうにもなんないけど、俺もな、伝えておかなくちゃダメなような気がしてな。」

京弥さんはそう言って、大きく息を吸ってすっきりとした表情をした。
俺は、それを見て、ありがたい気持ちを増す。
「...そう言ってもらって、俺、京弥さんにここまで来させてもらいましたからね。
 分かってるんですよ、自分でも。
 あいつのことを考えてグズグズしてる俺を知って、あいつも呆れてるだろうし、あっちに行った時、愛想つかれてしまうんじゃないかって思ってしまうぐらいに今のままじゃダメだって。
 …でもね...。
 
 まだ、俺の中にあいつはいるんですよ。色も声も表情もそのまんま。
 ...なのに、触れようとすると...。」

ループするんだ。
あの頃のあいつが俺の傍にいて、あぁ、やっぱここにいんじゃんって、触れようとする。手を伸ばしても空をかすめるだけで、ぽっかりと穴があいて、どこに行ったんだって。わかってる。あいつは、もう、生きてない。もしかすると、ある日、突然、帰ってくるんじゃないかっていう変な考えも持ったりしてない。でも、まだ、俺の中でアイツはいる。
右京は、俺の傍にいるんだ。

言葉を失くした俺に、京弥さんは、優しく笑う。
「ほんと、あいつ、愛されてんな。
 死んでまで、こんなこと言ってくれる男を先に置いて逝きやがって。」

ため息をつきながら京弥さんは天井を見上げた。
何か込み上げてきそうな物をお互い、耐えているのは間違いない。

そうやって、あいつを何度も思いだして、怒ってくれる京弥さんには、感謝してもしきれない。少しずつだが、前には向けているような気がするのは、気のせいではないはずだ。
「京弥さん、俺、前には向けてますよ。
 だって、こんな風に俺の代わりに怒ってくれる京弥さんがいてくれるし、やっぱり、アレだ。
 あいつに会えるなら、俺を置いて逝ったことを後悔させてやりたいじゃないっすか」

久しぶり自分の口から強気な言葉が出てきて、驚いている。
右京と一緒にバカをやっていた時と同じ感覚まで戻ってきている、そう、自覚した。

「そ。
 それ、大切な。
 佳津の笑う顔、久しぶりに見れた...。
 あいつに後悔させてやれ。
 あの世で見守る?は?ふざけんじゃねぇって。
 「あれー、佳津、それ、僕の時と全然違うよねっ?!」って、焦らせてやれ。
 嫉妬させてやれ。
 で、幸せになってやれ。」

想像したら、可笑しくなってきた。そんな再会、ワクワクがとまらない。

「ありがとうございます。で、京弥さんも俺、好きですからね。
 オニーサン」

親愛に近い好きだけど、きちんと伝わっている。
「あぁ...。こうして、佳津は俺に奢らせるんだ、酷いなぁ...。」

すっきりとした俺たちは、会計を済ませようとレジの前に立った。
「あ、ゴチソウサマデス。」
すでに伝票は京弥さんの手の中。あとは、お礼だけだろう。
目配せで先に店の外に出てると言って、外の空気を吸った。

見上げた空は都会のビルで狭いけど、どっかで見てるのかな、右京。
ほら、これから、お前の事、嫉妬させてやる。
会った時、笑顔でいたいから、ただ、それだけだから。



佳津...5年前に亡くした恋人を想い続けている。30歳。社会人。
京弥...右京の兄。佳津の理解者。右京を失った悲しみから立ち直り切れていない。
右京...佳津を置いて自ら命を絶った恋人。享年25歳。
   原因は不明。恋人関係は良好だった。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...