弍楊仲 二仙

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夜の散歩

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夜の散歩は楽しい。
昼間は、息をひそめて家でパソコンとか
ネトゲにかじりついている俺も
人の寝静まった時間は誰も居ない世界の王様になれる。

俺は、今年の九月で二十九歳。三十手前の
無職って言うか、ニートだ。
人生ガタガタで、実家に逃げ帰ってから
延々六年くらい、ニート生活を続けている。
親は自分たちの仕事と生活が忙しいらしく
とくに俺に何も言ってこない。
友達とも、全部切れた。とくに未来の展望も無く
気付いたら、もう二十代が終わりそうである。
ただ、考えると死にたくなるので、そういう
絶望とかと真面目に付き合うのは、いつの間にかやめた。
そういうのは、暗黒の学生時代と、ちょっとだけの社会人時代に
散々向き合った。
これ以上向き合うと、たぶん、死ぬしかない。
いや、合理的に考えると死が最も効率良いような気さえしてくる。
道を外れて、このまま、生き続けても仕方のないような……。
なので、ある時に開き直って、頭すっからかんにして
昼間はソシャゲとかネトゲとかやり始めて
夜中は夜の散歩とかしはじめて
そろそろ三年である。

夜の十時とかに、自転車とかでフラッと
実家のある団地を出る。
そして坂を下り、ずっと国道を走って行くと大きな河を渡る四車線の橋へとたどり着く。
その橋を一度わたり、そして横道に入るとそのまま遊歩道だ。
一度、橋の下へと回り込んで
自転車を、下の河川敷に止めて鍵をかけて、
そのまま俺はフラフラとライトを持ちながら階段を上がり、
河川敷に沿って造られた
遊歩道ずっと歩いていく。
遊歩道の斜めに土が固められた左右には季節によっては
草が生い茂り、視界が悪い。
右側には、住宅や田園が広がり
左側には夏場などの洪水を防ぐために三段構えになった
広く高い河川敷が広がる。
草木の生える二段目までは、普段は水が来ないので
昼時には営業車とかトラックや軽トラ何か
が良く停まって休憩している。
三段目の頂上が、この遊歩道である。
三年間歩いて気づいたことは
ここで夜中には殆ど、散歩してる人なんて居ないってことだ。

時折、遠くから、
他の散歩者のライトの光が見えるとビビるくらい
誰もいない。
まあ当然だ。人けが無いし、街灯も立っていない。
安全な散歩にはまったく向かないのは確かだ。

高校の頃に買った
古いが頑丈な携帯音楽機から伸びる、ヒンジ型イヤホンを
耳にねじ込み音楽を流しながら歩けば怖いことは全くない。むしろ楽しい。
時折すれ違う、他の散歩者たちには
頭を軽く下げて、通り過ぎるだけだ。
ヘッドライトを巻いてランニングをしている中年のおじさんや、
ジャージ姿の俺より若い男とか
すれ違うのがほぼ男ばかりなのは、時間帯からして当たり前である。
むしろ、極まれに女の人が一人で散歩していると
心配になるくらいだが、
まあ、余計なことは考えないことにしている。

そんな、静かな遊歩道での散歩だが
時折、奇妙なことが起こることもある。
後ろから服を軽く引っ張られて、振り返ると誰もいないとか
靴音が、どう考えても二人分横から響いているように聞こえて
イヤホンを外すと、そんなことはないとか。
まあ、気にしないことにしている。
気にしたら負けだ。
そういう変なことにまで、気を回すつもりもない。
ただでさえ、人生崖っぷちである。
さらに心霊現象になんて、巻き込まれたら
心がぶっ壊れる気がする。
ということで、幽霊さんたち
居るのか居ないのか知らないが
俺も関わらないから、君らも関わらないでねと
思いながら、今夜も散歩を続ける。
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