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異世界転移~ジャーディーまでの道中

マルスドゥたちの策謀とジャーディーへの道中

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「よいかドワイド君、軍閥というものの一つのパターンとしてはな。
 最初は小さな暴力組織、そう、
  ヤクザ一家や、地元の不良の集まりから始まるのは知っとるな。
 そしてな、その小さな暴力集団の中にたまたま組織を大きくする才覚持つ者が
 居たとしよう。さあ、君がそうならどうするかね?」

古い木の机に姿勢を良く座っている。
水の入った丸い水槽が逆になったような透明なヘルメットを被った
細身でスーツ姿の魚人が答える。
顔はどことなく地球で言う鮎に似ている。
「まず、地域の治安を守り、世論を味方につけ、
 そしてより大きな公的組織に認知されることを狙います」
魚人はヘルメット内の水越しに不思議な響きの声で答える。
「うむ、さすが我がアラマスクアカデミー卒のエリートだ」
真ん中わけされた白髪と
豊かな白髭を蓄えた中肉中背の老人は
小さな教壇に立ちながら、満足そうに教鞭を揺らす。
「このような組織が多数現れるのは、国家の衰退時に多いのだ。
 警察機構などが弱体化して、国家的に治安維持が困難になり
 ヤクザや暴れ者あがりの暴力組織が、
 弱体化し腐敗した公的機関と絡み、代理の警察機構として認知され、
 さらに腐敗した軍隊などの横流し品で武装し、
 統合合併を繰り返し規模が膨張し、そして軍閥となる」
老人は実に楽しそうに、その温和な顔をニコニコさせ、
狭い研究室の窓から射す、午後の日差しを眺めた。
「さて、わが国で代表的な軍閥は何かね。ドワイド君」
「南部のテーベスター一家、西部のアラマスク解放戦線、
 そして我が国の、東部司令軍ですね」
「ほっほっほ。満点じゃ。はっきり東部司令軍まで言われるとは……
 こりゃ、一本とられたわい」
魚人は柔らかにニッコリ笑い、実に楽しそうな老人の次の言葉を待つ。
「テーベスター一家は、わしが大量の国金を使った裏工作と引き換えに
 主要戦力を前線に駆り出すことに成功し、今は弱体化しておる。
 生き残った"地鳴り"ダンマーズは戦力として有用なので
 優遇し、いずれアラマスク中央軍に組み込むつもりじゃ。
 アラマスク解放戦線は、グラニウス帝国からの資金提供を絶ったので、
 いずれ廃れるじゃろう」
「東部司令軍は、そうじゃなあ。
 ルー・ライドルフ東部総監にはそろそろ退いてもらわんといかんなあ」
「私の一族の住むマー・ム・イニアス共和国も
 ライドルフ総監には迷惑しております」
老人も迷惑そうな顔をして首を振った。
「そうなのじゃよ。残念ながら弱体した国家において、
 公的な軍隊が、事実上、司令官の私軍と化すことはよくあることじゃな」
「しかし、我が国には、今やマルスドゥ様がいらっしゃいます。
 軍閥はもはや必要ありません」
老人は手を広げ、いかにも楽しそうに笑った。
「おーおーおー何か秀才に無理やり褒めさせたようで済まんなあ。
 ほっほっほ」
ひとしきり楽しさをかみ締めたあとにマルスドゥは
パンッと手をうって真顔になり述べる。

「さあ、あとは我が子、フェルマの帰還を待つだけじゃ」

「……フェルマ嬢を養子にとられたのですか?」
ドワイドが不思議そうに尋ねる。
「いやいやいや、ものの例えじゃよ。ほっほっほ
 フェルマは、わが子のように思っておる。
 私には子供はおらぬし、もう、つくれぬからな」
ドワイドがその答えに柔らかに笑って返し、
マルスドゥも幸せそうにまた微笑んだ。


一方そのころ、
山田、フェルマとダンマーズは
バクティゴ発の乗り合い馬車に乗り
北にある副都ジャーディーを目指していた。

四頭の巨大な角が生えた大馬が引く
木製で屋根のある馬車内はかなり広く、
平らに整備された広い商業用道路を通っているので揺れも少なく快適で
周囲を見回すと、人懐っこそうな猫人や犬人等も沢山乗り込んでいる。
「この世界でもっとも人口が多いのが犬人と猫人です。
 愛嬌たっぷりで誠実な彼らはサービス業の大半を占めています。
 なので、様々な場面でよく顔を見ることになると思いますよ」
とはおしゃべりなフェルマの言葉だ。
黒スーツ姿のダンマーズは無言で馬車の端に目を閉じて座り込み、
学生服の山田は開いた窓から朝の荒野の風景を眺め、乾いた風に吹かれてる。
いよいよ今日でこのおかしな世界とも、
おさらばできるかもしれないという思いが山田の気持ちを楽にさせていた。
ぼーっと暑さに歪む地平線を眺めていると
高速でこちらに接近してくる四足動物の群れがある。

「ウェアウルフの襲撃だああああああ!!!!」

御者が叫ぶのと同時に、馬車内の人間たちは不安で青くなる。
山田たち以外には戦闘に長けている人間はいないようだ。
フェルマが御者の方に飛んでいき何かを告げたあと、
馬車がおもむろに停止すると
ダンマーズは目を開けてダルそうに外に出て行き
山田とフェルマもそれに続く。

ダンマーズは停止した馬車の東側に出て
馬車から二十メートルほど離れて仁王立ちすると
すーっと息を吸い込み、
こちらに駆けて来るウェアウルフの集団に雷のような大声で言い放った。

「俺は"鬼神"オラクルハイドの息子、テーベスター一家若頭
 王国軍特務大佐のダンマーズである!!!!
 その俺に狼藉を働こうとする主らは何者だ!!
 名を名乗れ!!!」

その恐ろしい声に怯えた狼人たちは、
馬車の十数メートル前で一斉に止まった。
よく見ると二十数人のその集団はみな着ている服はボロボロで
痩せこけている。子供も居るようだ。
「かあちゃーん。もうだめだよぅ……」
女の子の狼人が母親らしき者にすがりついて泣き出した。
おそろしい殺気でジリジリと前に押し出て行くダンマーズに
弱っているらしい狼人たちの集団は
怯えながら後ずさりしていく。、

「おいヤクザ。ちょっと待った。この人たち、何か困ってないか」

山田が威圧しているダンマーズの片手をとり制止する。
フェルマは首を振り、山田に説明を始めた。
「ウェアウルフというのはですね。このように馬車を襲ったり
 ひどい時は村を襲う無法者集団なのです。
 犯罪者に情けは禁物ですよ。勇者様っ」
そのフェルマの声に反応した年老いた狼人がこちらを睨みつけて叫んだ。
「ちがうっ!!わしらは元々南の山中で慎ましく暮らしていたのだ!!
 それを戦が……あの二回の忌まわしい戦さえなければ……このような真似など!!」
そのまま大きく声を張り上げた年寄りの狼人は倒れた。
「長老!!」「長老さま!」という声が一斉に起こる。
狼人たちは完全に戦意を喪失したようで、全員その場に崩れ落ちた。
「おい、フェルマ。僕はこの人たちを助けると決めた。
 何か助ける方法を考えろ。できることなら僕はなんでもするぞ」
「ウェ……ウェアウルフをですか……。んー。
 勇者様が言うのならしかたないですねぇ……。
 馬車にのっけて副都まで連れてっちゃいますか。
 そのあとはマルスドゥ様がなんとかしてくれるでしょ。
 しかしスペースがなー。怖がる一般客も中にたくさんいますし……」
フェルマは手を曲げて、お手上げのポーズをとる。
「おい、ヤクザ。お前の魔法で何とかならないのか」
複雑な表情でダンマーズが答える。
「うーむ。残念ながら俺の付与属性は土だ。単体では戦闘以外には役に立たない。
 あるいは、反属性の風の魔法を使えるものが居れば、力場の反発を利用し、
 宙に大きな板一枚くらいは浮かせて、馬車の後ろに引かせることはできるだろうが……」
そうフェルマを横目でチラチラ見ながらダンマーズが述べると、
"付与属性"という言葉に反応して、
しゃべりたがりのフェルマがしゃしゃり出てくる。

「勇者様、この世界にはですね。火水風土光闇の基本六属性というものがございまして、
 人は生まれると必ず、いずれかの属性を付与されるのです。
 例えば、猪人のダンマーズ大佐なら土、フェアリーの私なら風のように……あ……」

自分が風の魔法を使えることを忘れていたようにフェルマが驚く。
話をわざと引き出したダンマーズも完全に呆れ顔だ。
「ならフェルマ頼む。ヤクザも頼む。この通りだ」
山田は深々と二人に向かって頭を下げた。
もちろんいつもの利他的な行動が
自己利益になると思い込んでいる山田特有のエゴによるものである。
奥深い人間的な慈愛などが根底にあるわけではない。
だが、ダンマーズとフェルマは、
傍目には自分のプライドを投げ出して、
必死に他人を救おうとしているように見える山田に
深く感動してしまった。

そこからは早かった。
ダンマーズの土魔法により、縦横十メートル強、厚さ一メートル弱で、
周囲に高さ一メートルほどの転落防止用の囲いがついている
土でできた板が生み出されると、それをフェルマが風魔法で包み込んだ、
するとその巨大な板は、薄緑色に鈍く発光しながら
地面から一メートルほど浮き上がる。
「数年ぶりに風魔法を使ったんですが、上手くいきました……おおお」
一人で驚愕しているフェルマは放っておきつつ、
山田が、力なく崩れ絶望している狼人たちの集団に、
保護を目的に副都に連れて行くことを説明に行くと、
蘇ったような大歓声が上がる。
泣いて何度も頭を下げ、礼を言うものが絶えず、
大勢からこれほどの感謝されたことのない山田を
不思議な気持ちにさせた。

ダンマーズとフェルマの生み出した宙に浮く巨大な板は、
馬車の後ろに連結され、二十数名のウェアウルフたち全員が乗り込んだ。
怯える御者と乗客にはフェルマが
「王国軍大佐のダンマーズが、捕らえたウェアウルフたちを副都に連行する。
 彼らは隔離して馬車内には同乗させないので安心してほしい」
といつもの甲高い声で飛んで言いまわり、落ち着かせた。
その後、
何事もなく馬車は、宙に浮く巨大な板を引きながら走り続け、
荒野を抜け、豊かな農耕地帯や緑溢れる山林が見える大きな平野に
美しい湖を讃える農村を抜け、関門をいくつか通過すると、

夕暮れに照らされた石造りの大きな城門が見えてきた。
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