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戦いと旅の始まり

ギラナ

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両者のにらみ合いが続き、
山田が両手持ちしている大剣の刀身が白く発光し始める。


"……ふむ……災禍の力を持つヒトか……
 我の最後には相応しいな
 修羅の獣人よ……貴様もそう思うだろう?"


ドラゴンは山田を見つめたまま
念話で周囲に会話してくる。
「あたいに話しかけんにゃ。
 お前さんはヤマーダ君と戦えばいいだけにゃ」
戦いで削れた草地の上にどっしりと腰をおろしたミャーが
手をシッシッと払いながらのたまう。

「いくぞ……」

山田は歯を食いしばるのと同時にドラゴンの方へと跳躍した。
山田の足元のブーツが白く光り、高さ十五メートルほどまで飛び上がる。
同時にドラゴンも後ろ足で立ち上がり
山田の前に二十メートル近い巨体を聳え立たせた。

ブゥゥウゥウウウウウン!!!

風を切り裂いていく音と共に
立ち上がったドラゴンの前足めがけて
山田の両手持ちした魔剣アーデライドが振り下ろされる
それを右前足の爪で受け止めつつ
ドラゴンは山田に向けて口を大きく開いた。

クラァァァァァァァァァァァァアアア!!

不思議な高音波が周囲からドラゴンの口元へと集まっていく。
観戦しているミャーが不快そうに耳を塞いだ。

ヴァアアアアアアアアアアアアアア!!

次の瞬間
山田の頭上に向けて灰色の激しい炎が吐き出された。

「……!!」

頭からもろに高熱のブレスを受けたはずの山田だが
まったく傷ひとつない。
おどろいたドラゴンがたじろぐ様を見せる。
「ああ、さっきの"エアウォール"がまだ効いてたにゃね。
 あたいも忘れてたからノーカンにゃ」
ミャーがドラゴンに向けてウインクした。

着地した山田はドラゴンの背中側に素早く回り込み、
ダンマーズによって叩き潰された長い尻尾の真ん中を
刀身を縦にしておもいっきり剣で叩く。
そこから真っ白な光が周囲に美しく飛び散り
ハレーションを起こした。

ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

そのまま大地に倒れ、痛みにのた打ち回る
山田はドラゴンの尻尾に飛び乗り、身体の上を駆けていく。
そして仰向けの首元に両手で大剣を突きつけ叫んだ。

「どうだ!!僕に従え!!!」

首に美しく銀色に発光する刀身を突きつけられた
ドラゴンはのたうち涙を流しながらも山田を見つめる。

……

「どうした!!従うと言え!!はやく!!」
必死に呼びかける山田にドラゴンは
観念したように身体の力を徐々に抜いていく。

"……我はつまらぬ生を続けてきた……
 ただ竜として生まれ、戦い、そして滅んでいくだけだと思っていた……
 ……だが……奴婢に堕ちようと、おぬしという偶然についていくのも……"

「……」

山田はドラゴンの目を必死の形相で睨んでいる。

"……面白いのかもしれぬな"

ドラゴンと剣を突きつけた山田は無言で見つめ合う。
徐々に魔剣アーデライドの発光は止んでいき、
山田は、抜き身の刀身をドラゴンの首から離した。
ミャーがパンパンと膝の土を払いながら立ち上がり
「茶番だにゃ…」
と後ろを向きながら言った。
言葉とは裏腹に、肩はピクピクと震え、
顔は必死に笑いを堪えているようだ。
後ろ向きのまま、ミャーは宙に向けてドスの効いた大声をあげる。

「このグレイドラゴンは今日からここに居るヤマーダの家来である!!」

「このアラマスク王国軍北部総監ミーチャム・バルガサスが
 たしかに証人として見届けた!!」

あと、と付け足す。
「死ぬまで家来だにゃ!!逃げたらあたいが
 地の果てまで追いかけて微塵切りにして殺すからにゃ!!」

……了解した

ドラゴンのその念話を聞いた山田は
マウントを止めて地面へと下りた。
「契約成立だにゃ……っぷ」
ミャーは必死に噛み殺していた笑いに堪えきれず
「にゃはははははははははははははははははははは」
と地面の上を転げまわりはじめた。
「お酒!!!お酒はまだかにゃ!!にゃはははははははは!!!」
そのミャーを横目に見ながら
大人しくなり地面に伏せているドラゴンに向けて山田が話しかける。
「お前の名前は何ていうんだ?」

"……ギラナラグス・マガァニ・ツヴァルガアルという"

「長いな。略していいか」

"お主に任す"


「ギラナだ。ギラナでいいな?」


"……うむ、いいだろう……"




十分後に三人がやってきた。
「ミャーさーん!!お酒とニィナちゃん連れてきましたっ」
「大佐に頼んで地上、飛行部隊共に撤退させたぞ」
「あれーにゃんこさん泥まみれです!」
笑い転げすぎてマントが泥まみれで手を振るミャーに
ニィナが驚き、頭の先から膝までの全身の泥を払いまわる。
フェルマは、紫色の液体の入った大き酒瓶をミャーに渡した。
「にゃー"竜殺"か……いいチョイスだにゃ。
 ちょっとおそかったけどにゃ……。
 だけど頂くニャ!!ありがとにゃ!!」
「ミャーさん、朝早くから飲んで大丈夫か?」
ダンマーズが本気で心配そうに尋ねる。
「いやいや。おめでたい日は飲むに限るにゃ!!
 おめでたくなくても飲むけどにゃ!!」
「ドラゴンは?」
フェルマが不安そうに恐る恐る
山田とドラゴンの方を向くと、
大人しく伏せている灰色のドラゴンの横で
山田が高々と真っ黒な柄に入ったアーデライトを掲げた。
正午近くになり高くなってきたステラスターの太陽が
柄の銀色の装飾を反射させて輝かせる。

「すごいな。手負いとは言え、ドラゴンを屈服させたのか」

ダンマーズは、静かに伏せている巨大なグレイドラゴンを
眺めながら心底驚いている。
「ほとんどあたいの風魔法とダンやんの作った傷のおかげだけどにゃ。
 とはいえ、ドラゴンが戦力に加わるのはでかいにゃ」
「勇者様の人格のおかげですねっ」
フェルマはニコニコして輝く鱗粉を撒き散らしながら
山田の周りを飛び回る。
「いや、あいつが……ギラナが説得に応じてくれたお陰だ」
山田は少し疲れたらしく、アーデライトを持ったまま
座り込んで首を横に振った。

ニィナが伏せているギラナの鼻先までトコトコと歩いていって
ペコリと頭を下げながら

「こんにちは!ニィナといいます!よろしくです!!」

"……"

素っ頓狂な挨拶に少しだけ目を細め、すぐに閉じたギラナに
「ドラゴンさんは、つぶれたしっぽいたくないですか?」
と首をかしげながらニィナは尋ねる。
「あー……無属性のエンチャントでぶったたかれてるから
 相当激痛なはずだにゃ……にゃーどうすべか」

"……気にするな。三月もすれば治る"

薄目を開いたギラナがこちらを見つめながら喋る。
ドラゴンの念話を聞くのは始めてのニィナが
眼を見開き、口を三角にして驚いた。
「おはなしが……あたまにきこえます……」
「うむ。念話だな。俺も気持ち悪くて好かん」
ダンマーズも首を横に振って同意した。
「というか、お前らドラゴンは重度の無属性魔染すら治癒するのかにゃ?」
ミャーが興味深そうに尋ねる。

"……"

「にゃー同族の情報は簡単に売らんというわけかにゃ」
「いい心がけだにゃ。雑魚と思ってたけど、ちょっとだけ見直したにゃよ」
上機嫌で頷きながら、水のように重い酒を流し込むミャーを尻目に
フェルマはハタと気付いて、問いかける。
「勇者様、お怪我はありませんか?」
「ないな。ミャーさんのかけてくれた魔法のお陰だ」
「よかったぁ……」
心底ほっとしたフェルマの横で、ギラナは静かに巨体を伏せたままである。
「ところで、ギラナを安全な場所で保護したいのだが
 じいさんに頼んでくれないか」
「わかりましたっ。数日後には搬送態勢を整えてくれると思います」
「討伐に成功して僕の領地とやらができたら、
 ギラナもウェアウルフのみんなも、そこで暮らしてもらいたい」
「勇者様っ……」
フェルマは感動のあまり眼を潤ましているが
いつもの山田の他者利益優先ゆえのエゴの末の発言である。



「こ、このドラゴンを屈服させたです……と」

城へドラゴン討伐の連絡がこないので、
部下を引き連れ、自ら様子を見にはきたノルウイングは
予想外の事態に驚いて、眼を丸くする。
「おう。あのソウスケの力だ」
腕を組んで雄雄しく立ったダンマーズは、山田に向けてウインクする。
「上層部からそれとなく聞かされてはいましたが……。
 地球人と言うのは、恐ろしいものですな……」
「つきましては大佐にお願いなのですが……」
いいにくそうなフェルマは、ノルウイングに
安全地帯への搬送態勢が整うまでのギラナの保護を頼み込み、
最初は事態が飲み込めず、
ひたすら生返事をしていたノルウイングも
我に返ったあとは快く了解して、
必要な手配を素早く整えてくれた。

「にゃー!!余計な邪魔が入ったけど
 ここからが本当の冒険のはじまりだにゃ!!」

ノルウイングと兵士達がスイネリア城へと
ギラナを誘導していって誰も居なくなった草原で、
さっきまで岩陰に身を隠していたミャーが
思いっきり背伸びをし、北部大山脈へと吼える。
「もうよくないですか?ドラゴンも仲間になりましたし……」
フェルマが急に弱気になってミャーへと泣きつく。
「こんくらいじゃ、あのじいさん許してくれないにゃ!
 ……あ、いまのなし」
「つまりフェルマちゃんたちの雇い主は
 満足しないんじゃにゃいかにゃってことにゃ」
「うむ。マルスドゥのじいさんは多分許さんだろうな」
ダンマーズがさりげなくフォローする。
「はやくくあたらしいまちのごはんをたべたいです!」
ニィナは何故かやる気満々である。
「勇者様……」
「行くべきだろうな。新しい領地を作り、
 そこに住まわせないといけない人たちがいるだろう?」
すがりつくような眼で山田を見てきたフェルマを
山田は諭す。
「……しかた、ありませんね……」
渋々とフェルマは同意した。
「よし!!そうと決まったら早速山登りだニャ!!」
ミャーが山の方へと手を振り回す。
「もう十一時半だぞ……どんなに急いでも
 山頂のナナ・ラマの町につくころには夜中だと思うんだが……」
「ダンやん!兵法の基本の一つに"夜襲"というものがあるにゃ!!」
赤ら顔のミャーはビシッとダンマーズの顔を指差して言う。
「つまりは明朝には町の制圧完了だにゃ!!にゃははははははは!!!」
「少将……ミャーさん酔っ払いすぎてませんか?」
「うむ、だからさっき止めたのだが……」
「にゃんこさんおもしろーいですー」
「にゃはははははははは」
ニィナとミャーは腕を組んで回りながらダンスを踊り始め、
山田は肌寒い風に吹かれながら、それを眺めていた。
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