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ルー・ライドルフ討伐

悪だくみ

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「ねぇ、バジャミア」

座り心地の良さそうな革張りのソファに座って
ノーナリオンは語りだす。
大きな角は黒髪の頭から消えて、真っ青に光り輝く豪奢なドレスを纏っている。

「この世界の神はね。あまり頭の良くないやつだと思うの」

真紅のスーツの胸に勲章をいくつも飾ったバジャミアは
四人乗りの馬車の座席から
外を眺めながら、目前の少女に表情一つ変えない。
「因果っていうのはありとあらゆる現象にあってさ
 それはどこの世界も例外ではないのよね」
外ではパレードが開催されているようで
音楽隊の華やかな演奏や、街頭からの人々の歓声が耐えない。
「凄く平易に言うとねー、ある特定の事柄が過去にAだから必ず未来にBになる。という様なことは
 ありとあらゆる平行世界や別次元の事象にあると思うんだけどね」
右手のステッキを足元でコツ、コツと二度叩いて
バジャミアは返答の代わりとした。
「創作者が無能だと、その法則が非常に緩く曲げやすくなるのよ。
 Aの結果が違うCにも、ありえないZにも、または同じAにも戻ることすらあるわけ。分かる?」
「……だからなんだ」
小さく呟いたバジャミアを見て、ノーナリオンは
大きく口を開けて喜ぶ。
「あはっ、やっと反応した」
一通り、クスクスッと笑い終わってから

「だからねー王子様。わたしが塗りかえるって言ってんの。
 この何千年にも及ぶくっだらない頭の悪い年表をね」

そして声を潜めて「秘密よー」とバジャミアの耳元で囁く。
「今なら"主役"すら居ないからね」
馬車は大きな凱旋門を潜り抜け、内部を影が覆う。

「私が彼女を来れなくしてあげる」

ノーナリオンの左目が暗闇の中で虹色に妖しく輝いた。



山田たち一向は、朝早くカーティー城を発ち
ルー・ライドルフの居城メガレリオン要塞へと北上をし始めた。
リーザーの領地から東部軍支配地域へと入ったが
数回の弱兵との小競り合いはあったが、他には抵抗と言う抵抗も無く、
途中のいくつかの焼け落ちた巨大な城や、
予想外に何事もなかったかのように平和に暮らしている村々町々を
ただ通り過ぎていくだけだった。

「んーっ。つまらないですなあ。
 "サービスし過ぎた"とはリーザー様のお言葉ですが」

馬車の角で座り込んで読書をしているユリウスが
ぶっとい腕を伸ばしながらのたまう。
弱兵との小競り合いも全て、ユリウスの豪腕とヒースグリフの剣術であっさり退けたのである。
フェルマはなるべくユリウスを見ないようにしながら
東部支配地域の地図を読み込んでいる。
リンはマーシャスに"気"の使い方を教え、ニィナは夕飯の準備に忙しい。
山田は途中で寄った村で買った新聞を読んでいる。
「酔わないですか?勇者殿」
「少佐はどうなんだ」
山田の返しにユリウスは嬉しそうに
「我輩、三半規管の出来が違うもので」
とカラカラ笑いながら答える。
「もらい物の癖に」
フェルマが嫌そうにボソッと呟いた。
「フェルマ、ちょっと聞きたいんだが」
「はいっ。なんでしょうー?」
フェルマは不満顔を振り払い、いつものように元気に山田の傍まで飛んでくる。

「グラニウス帝国……?でいいのか。……の第四王子が名家令嬢と"結婚"とここに出ているが」

「ああ、バジャミア王子ですね!
 カーティー城出発前にマルスドゥ様から報告はすでに入っていました」
「色白長身の美男子で生まれながらの天才魔法使い。次の賢者候補とも目されています」

「そしてなによりっ、アラマスクとの"非戦派"の方ですっ」

「先日通過した要塞跡が消滅した戦役にも若いころ、
 なんとっ、御身分を隠して一兵卒でご参加されていまして
 戦争の悲惨さを良くご存知のお方ですから、アラマスクにとっては
 このご結婚は"大吉"でしょうね」
嬉しそうに手足を振り回して説明するフェルマに、リンとマーシャスとニィナが聞き入る。
「第四と言うことは他にも王子は居るのか?」
山田の問いにフェルマは顔を輝かす。

「第一王子アーウィン・グラニウスは了見が狭く暗愚ですし、
 第二王子シュメイルは魔染病で寝たきりです。
 第三王子グライゴは商才はありますが、政治に興味のない男です。
 よって世間では、次の王帝は末弟のバジャミア王子ではないかとされています」

「あーっ、いいですなあ。
 我輩も宮廷に生まれて食っちゃ寝抱き生活したかったですなあー」
ユリウスの濃いウインクをサッと横によけながらフェルマは続ける。
後ろではマーシャスが腕を組んでウンウンと頷いている。
「シュメイルは好戦派筆頭格で帝国有数の武人だったのですが、
 三年前の西部戦線でミーチャム北部軍との交戦の後に動けなくなりました」
「狂人閣下とリーザー様が組んだあれですかな?身体半分くらい無くなってたって聞きましたぞ。
 よく生きて帰りましたなー」
ユリウスの補足も聞かないふりをしてフェルマは続ける。
「つまりですね。このタイミングで勇者様と私たちが、東部軍を退けることができれば
 アラマスク如いては東の大陸全体まで平和を手に入れ、かつてなかった繁栄をする可能性が高いのですっ」
「そうか。つまりルー・ライドルフを倒せば、人々の平和に役に立つんだな?」
「そうですっ!」
「平和大歓迎だよ!」
「アオーン!!村の皆とまた暮らせる!」
「よくわからないけどよかったです~」
皆が囃し立て、アツくなったフェルマに手を握られて
山田は本気で頑張ろうと思った。
その馬車内の角で、ユリウスが薄ら笑いを浮かべる。


そのまま二日ほど、似たような状況が続き
三日目の正午前にヒースグリフの手綱が止まる。

「山田王様、防衛線が築かれています」

手綱を握りながら、馬車の窓を開けて、ヒースグリフは状況報告する。
馬車を哨戒兵の目が届かない林のある丘まで後退させて隠しつつ
全員で防衛線を確認する、
眼前には、左右に恐らく数十キロにわたり、
なだらかな丘や平地に合わせて土でできた長城が築かれている。
「ここからメガレリオンまではどのくらいあるんだ?」
山田の問いにユリウスは少し考えながら答える。
「馬車で一日半くらいですかね」
「かなり長いな……」
「強行突破は無理ですね……」
フェルマが眉をしかめて口を引き締める。
「何かいいアイデアのある人はいないか?」
山田は皆を見回す。
「商人になりすますのはどうだか?」
「中を検査されたら一発ですね……」
フェルマが難しい顔をして答える。
「私とニィナちゃんで兵士を色仕掛けする!!キューン」
「気概は買うが、さすがに子供過ぎますなぁ」
ユリウスが腕を組みながら首を振る。
「高い丘の下に穴を掘るのはどうだ?山田王さんとユリウスさんヒースさんならできないだか?」
「可能ですが、我輩の目測で半月くらいかかりますからなぁ。さすがにリーザー様から怒られるかと」
一歩引いたところから皆を眺めていたヒースグリフが口を開く。

「囮作戦はどうですか?囮組と馬車組に分かれて、夜間に囮組が兵士を引きつけている間に
 馬車組が長城の一部を魔法で破壊して突破するのです
 囮組が屈強ならば、その数を絞れますし、合流も容易いと思います」

「……さすがです、大尉。あの長い壁も柔らかそうな土で、
 対魔コーティングされていないようですし、
 我輩、その案がいいと思いますぞ」
ヒースグリフと共闘してから
彼に一目置いたらしいユリウスがパンッと腕を叩く。
フェルマも口を結んだまま頷いている。
七人は作戦会議も兼ねて、休憩や仮眠をとりつつ夜まで待つことにした。


雲により月明かりの消えた真夜中、
皆、起きだして月明かりを頼りに静かに準備を始める。
馬車組はニィナ、マーシャス、フェルマ、そしてヒースグリフとリンだ。
ニィナ、マーシャス、フェルマは場車内で待機
ヒースグリフは御者兼護衛役、リンは馬車の外の天井で敵兵の動きを警戒。
もし戦闘になった場合はヒースグリフとリンとフェルマで戦うことになった。
長城の破壊はリンが自ら「私、あのくらいなら何とか"気"で壊せると思います!アオーン」
と申出たので彼女が担い、長城破壊に何らかの問題が起きた場合は
フェルマが風魔法で補助をすることにした。

そして囮組は山田とユリウスが務めることになった。
作戦は、長城の破壊予定地点からなるべく遠くで山田とユリウスが派手に魔法等を使い
衛兵達をそちら側に集中させ、十分引きつけたあとに
別行動隊ののリンが"気"で長城の一部を破壊して
馬車組はそこからメガレリオン近くの合流ポイントを目指す。
山田たち囮組は衛兵を蹴散らしたあとにユリウスの先導で合流を図る。
昼間の作戦会議中に山田は、ユリウスに
「この長城の他にメガレリオンまでに厄介な防衛拠点はないのか?」と尋ねたが
「我が軍の情報に寄ると"ない"はずです」と返されたので、それを信用することにした。
深夜二時を時計の針が指したころに
山田とユリウスが、長城を遠めに見ながら東側へと素早く移動しだした。
同時に五人の乗った馬車はゆっくりと哨戒兵から見つからない距離を保ちつつ
西側のユリウスが指定した破壊予定ポイント近くを目指す。


「ふぅ、我輩、コレクターでしてねぇ」

移動中ユリウスが山田に話しかける。
山田は魔剣を背中に背負い、ユリウスは素手でプレートメイルを着込んでいる。
二人は跳躍しながら東側へと高速で移動中だ。
「コレクター?」
「ええ。"良い部位"があったら貰うことにしています」
「?」
意味が分からない山田にユリウスは苦笑いして
「その時は多少汚いのですが、お目こぼしをどうぞよろしくお願いします。
 勇者殿……いや、山田王様」
と跳躍しながらうやうやしく頭を下げて
そして思いついたように
「まあ、滅多に居ないので、お気になさらず」
と煙に巻いた。
十分ほど高速で移動したところでユリウスがピタッと止まる。
「うむ。ここならよさそうだな」
一人ウンウンと頷くユリウスが仁王立ちしたそこは
延々と続く長城の手前に草木の少ない平野が広がっている見晴らしの良い場所だった。
「さ、どうしましょうか。引きつけるには
 シルバーエンチャントがもっとも効果的ですが、
 無理なら我輩がやりますよ?」
「……分かった。悪いが全力で僕に殺気を向けてくれないか
 殺気だけだ。実際に攻撃する必要はない」
「了解です」
その瞬間髪を振り乱し、両拳を大蛇の如くうねらせ、
口を歪め、目を吊り上げ別人のようになったユリウスが山田を睨み下げる。
するとそれに反応して山田の全身が銀色に発光しだした。
以前よりもさらに発光が強くなっている。
「おおっ、これが噂の……」
即座に殺気を消して、爽やかな青年の顔に戻ったユリウスが驚く。
山田は無言のまま魔剣を抜き、長城の方へと数回高く跳躍して寄っていき、
そしてその勢いのまま、十数メートルのその土壁を両手持ちで上から思いっきり両断した。
バグチャアアアアアアという拉げたような音を出して
銀色の粒子がそこら中に飛び交い、焦げたような臭いと共に土の壁は
派手に崩れていく。同時に

「敵襲ううううううううううう!!!!魔法剣!!!Ⅶクラス種別不明!!!」

という複数の兵士の大声と、それを呼びかける鐘の音が長城中に鳴り響き
数分後には暗闇のあらゆる方向から大量の兵士が駆け寄る音が聞こえてきた。
暗闇の中ブルブルッと武者震いをしながらユリウスがのたまう。
「いやーこの感覚がたまりませんなあ」
そして手足を軽く揺らして、準備運動をしながら尋ねる。
「人死には少ないほうが好みでしたよねぇ?」
「そうだ」
全身が鮮やかな銀色に発光している山田は静かに答えて、足音を聞いている。


一方そのころ
馬車組の五人は、長城の破壊ポイントのすぐ近くまで来ていた。
林の中に馬車ごと隠れて、数キロ先で山田のシルバーエンチャントが
銀色の閃光で城壁を破壊するのを確認すると、
「"暗視行"」
馬車の上からリンが緑色に発光する"気"で目の周囲を覆い、周囲を暗視する。
「アオーン……いいみたい。ここらの衛兵さんも東側に走っていった」
リンの合図で、ヒースグリフが馬車を長城の近くまで進める。
土で出来た長城の壁の前に着くと、リンが素早く地面に降りて
馬車から数十メートル遠くまで走っていく。
そこから十数メートルある長城の高さと三メートル弱の馬車の高さを見比べながら
「これくらいかな……」
と両腕で綿飴を作るように赤く太い"気"を練っていき

「よし、できた。"爆鎖行・赤"アオーン!!」

と真っ赤な"気"が渦巻く両掌を開いて合わせ
蝶の様な形にして、重心をかけながら思いっきり前に押し出した。
すると掌の中の"気"は、土の壁へと吸い込まれるように消え行く。
「あれ?失敗かな……キューン……」
戸惑って馬車の方を見るリンのすぐ横で、土の壁は内部から崩壊していき
綺麗に縦横五メートルの穴が壁の向こうまで空いた。
「やったった!!こっちこっち」
喜んで飛び跳ねながら手を振るリンの方へとヒースグリフは素早く馬車を向かせ、
リンを馬車内へと入れると、穴を潜り抜けた。


馬車が無事に穴を通過したころ、
山田とユリウスは、周囲を取り囲んだ数百の衛兵を相手に戦っている。
山田はなるべく相手を傷つけないように、銀色に発光する魔剣を派手に振り回し近づけないようにし
山田と背中合わせのユリウスはそれでも近寄ってくる兵士を殴り倒しては
人垣の外へと片手で投げ飛ばしている。
「ふぅ、キリがありませんな。良い素材も居ないし……」
殴っても殴っても増えてくる雑兵に辟易したユリウスが飽き気味にのたまう。
「少佐は、これからどうするつもりだ」
「フィアンセと結婚したいですね。あ、だめか。これ言っちゃ」
場にそぐわないジョークに自分でクスクス笑いながら
ユリウスは犬人や猫人の兵士を投げ飛ばし続ける。
「……いや、どう脱出するつもりだ」
山田は少し不機嫌になり魔剣を振り回して、周囲の兵士を遠ざける。
戦いながら少し考えたユリウスは
「うむ。もういいでしょう。フェルマやヒースグリフ大尉たちなら今頃
 城壁に穴をあけているはずです」
と深く頷いて、抱え込んだ敵兵士三人を遠くへと放り投げると、
先ほど山田が叩き斬った長城の壁を指した。
囲みを連れながら移動してきたので、十数メートルほど先のすぐ近くだ。
「あそこまで飛べますか?」
「今ならいけるな」
シルバーエンチャントが発動しているときは
山田の超人的な身体能力がさらに助長されるのである。
「さすがです」
二人は囲みの中心から一気に跳躍して、崩落した壁の中へと消えた。
兵士たちが追ってこようと殺到すると、近くの壁が反対側から
斜めに十メートルほど綺麗に切り裂かれ、銀色の粒子が派手に辺りに飛び散る。
追手の兵士たちがそれに動揺したり、見惚れたりしているうちに
山田とユリウスは長城内部へと走り去って行った。

「ここまでくれば、もういいだろう」
「ですね」
小一時間ほど走り続けて
汗をかいた山田は腰に下げていた水の入った皮袋を口に当てて一気に飲んだ。
ユリウスは汗一つかかかずに涼しい顔をして
雲が消え月明かりの照らし出す、何もない広い平原の周囲を見回している。
「ここから合流ポイントまではどのくらいだ?」
「逃げるときに少し東に逸れましたから、歩いて半日というところですね」
「確か、メガレリオンまでは、ほぼ何もないはずだな」
先ほど作戦会議でそう言ったのを山田は再び思い出した。

「はい。防衛拠点"は"ありませんね」

口元の歪んだユリウスは不適に微笑みながら、意味有り気に述べる。

「"七足の腕"がありますからなぁ……」

「どういうことだ」
その時、山田たちの周囲の地面が激しく揺れ動きだした。
安堵のため息をつきながら、嬉しそうにユリウスが呟く。
「ふぅ、やっとお出ましか」
地面を割り、巨大な緑色の年老いたエルフの頭を持つ
十メートル弱ほどの胴回りを持つ太い蛇のような緑の茎が現れた。
地面から生えた身体をうねらせながら二十メートルほど頭上で、
半開きの口から、滴る強酸性の涎を地面に落として焦げ付かせ、
間延びした縦長の空虚な顔で山田たちを見下げている。
「ちっ……"ランドハイムの長老"か。まぁ贅沢は言えんわな」
舌打ちをしながらユリウスは、胸のプレートメイルの中から
紫色に発光する小さなビーカーを取り出して
栓を抜き、一気に身体に振りかけ残りを飲み込む。
「あ、これですか。同化剤です。様々な免疫反応をほどよく鈍らせるわけです」
異様な化け物を目の前にしても
まったく動揺していないユリウスに山田は返す言葉が出ない。

「さあ、レッツお食事タイムといきますか」

ユリウスはウキウキした様子で手足をブラブラさせて準備運動をしてから
「勇者殿は手出し無用ですよ。間違って食べちゃったら、各方面から怒られますし」
言うが早いか、酸を避けながら走りより化け物の根元へと取り付くと
その豪腕で顔の上まで器用によじ登り、
着ていたプレートメイルを手早く脱ぎ捨て、下へと放り投げた。
すると、なんとその上半身には巨大な禍々しい口があり
大きく開けられた口内には、黒光りする鋭い牙が何本も生えている。
「では失礼」
太い白髪が疎らに生えている大きな頭の後ろに
ユリウスの胸に開いた大口が食らいつく。大きな老人の顔は苦痛にゆがみ
酸性の涎を垂らしながら、振り落とそうともがいて頭を振り回すが
ゆっくりと後ろ頭から、ユリウスの胸にある大口から食べられていく。
呆然とした山田は
真っ赤な血のような樹液と、口から酸の涎を撒き散らしながら苦痛に歪む
巨大な怪物の顔をただ、見ていることしかできなかった。
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