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ルー・ライドルフ討伐

虹魔法

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「フェルマをよくも殺ってくれたな……」

髪の毛が逆立ち、鬼のような形相になっているユリウスが
奥の玉座から静かに立ち上がった人物に唸る。
それには答えずに、その人物は扉の付近で警戒しているパーティーが
全身を見える位置まで歩み寄る。
広い室内は多数の魔力灯で煌々と照らされている。

「ようこそ……我が城へ」

身体のラインがはっきりと分かる真っ黒な装束に身を包んだ、
頭髪も眉毛もない真っ白な頭の、端正な顔の青年が
完璧な笑顔で微笑んだ。

「おおおおおおおおおおお!!」

堪えきれずにユリウスが跳躍して宙から殴りかかる。
全体重をかけたその重い拳撃を右手の人差し指で受け止めた青年は
ピンッと指を弾くと、ユリウスは
山田たちの近くの壁まで弾き飛ばされて
激しく叩きつけられる。

「挨拶が遅れた。余はルー・ライドルフという」

何事も無かったかのように名乗るルー・ライドルフを見て、
山田は本能的に身震いをする。全身が赤く発光しているリンの尻尾も下がっていく。
「うーん……まずいなぁ。……相の子かなぁ」
ティナは意味不明なことを呟きながら、
小声で何らかの呪文の予備詠唱を始めた。
叩きつけられて意識を失ったユリウスの傍にニィナが走り寄って行き、
袋の中から緑色の魔法薬を選んで、振りかける。
するとユリウスの周囲が発光して、彼は意識を取り戻した。
遠くからその様子を見ていたルー・ライドルフが、
ノーモーションでニィナの頭に向けて正確に
ナイフのような鋭利な刃物を数本投げつける。
予備詠唱しながら、素早く右手を伸ばしたティナが、
小さな透けた黄色い魔法盾をニィナの頭の前へと
出現させて叩き落し、瞬時に防いだ。

「……余と渡り合えるのは……お前と……そうだな
 ……ぎりぎりでお前……くらいだ」

その様子を見ていたルー・ライドルフは
真っ先にティナを指差し、その後にゆっくりと山田を指差し
また視線と指先をティナに戻す。
ティナは難しい顔で、ルー・ライドルフに見えるように大きく山田を指差し返す。

「……仲間が死ぬまでは出ぬか……よかろう。そやつと先に戦おう」

ヒースグリフが山田へと進言する。
「予想外に単独で出てきました。全員で行きますか?」
「……それが正解だろうが……」
山田はユリウスを一瞬で退けたルー・ライドルフの能力を
頭の中で換算して、ステラスターに来てからの今までの情報と合わせて
必死に様々なシミュレートする。
心とは別に、サイコとしての本能は先ほどから
"危険。絶対に回避しろ"と告げ続けている。

……全員でかかれば恐らく勝てる。勝てるだろうが確実に仲間が何人か死ぬ。
だが、僕一人で行けばいいのか……。
そもそも勝てるのか?僕がもし死んだら……仲間達は……。
思い出せ、何か手はあるはずだ。
ティナさんは直接戦えないようだ……いや、まてよ……。
一度見ただけで、僕が試したことはないが……。
ティナさんが居る今なら実現可能じゃないか……?

……そして、何かに気付いた山田は……、
「まずは、僕が独りで行こう!!」
そう宣言してから、小さくヒースグリフの耳元に囁く。
「"まず"はですね。了解しました」
ヒースグリフは山田の意図を素早く理解して、引き下がり
皆に何事かを告げに行く。
ユリウスが不満そうに頷き返し、ニィナはさっそく袋の中を探し始める。
リンはそのニィナを守るように立ち位置を変え、ティナは一瞬にやりと笑って
ニィナの前の魔法盾をあっさり解いた後、
最初の予備詠唱を終え、指をパチリと宙で鳴らし

「保持!」

と小声で叫ぶと、二つ目の詠唱に入った。

「……多少は楽しませてくれそうだな」

ルー・ライドルフは自分へと向かい直した山田を冷笑すると、
伸ばした左手と右手を下に開き、その掌中に
青色に輝く短剣と黒く蠢く鞭を出現させて握る。
「さぁ、十数秒後は棺おけの中かどうか……」
そう呟くと、山田の背後にいきなり出現して、
右手から斬撃を左手からは打撃を山田の頭めがけて繰り出した。
山田はそれをしゃがんでギリギリよけると
魔剣アーデライトを素早く抜いて身体を回し、
遠心力を利用して居合い斬りのように
ルー・ライドルフの足元を狙い、一閃する。
それを事も無げにジャンプして避けたルーは、
絶妙なバランスでアーデライトの刀身に乗り、不気味に微笑んだ。
「ふ……修行が足らんな……」
振り落とそうとする山田が魔剣を右へと大きく振ると
その力を利用してルーは
右上方ヘ、飛びあがり、空中で態勢をいれかえて
氷でできた足場を作り、それを蹴って山田へと加速をつけて突撃する。

「"ダークシャウトⅦ&ウォーターフォールⅦ"」

ルーがそう唱えると山田の周囲が真っ黒な黒い力場に囲まれて閉じ込められ
中で猛烈な爆裂が山田を襲う。
フェルマを呑み込んだ"ブラックボウル"を思い出し
ニィナが叫び声をあげた。
「だめです~!!!」
さらに大量の水が中へと注ぎ込まれ、猛烈な水流となって
山田をかき回し、そして闇魔法の爆裂とともに中が見えなくなった。
皆は拳を握り締めて、その光景をひたすらみている。
厳しい表情になったティナが再び指を鳴らして「保持!!」と再び言い放ち、再詠唱を始める。
「……雑魚が。終わりだな」
興味が失せた表情のルー・ライドルフが両手の短剣と鞭を掲げ

「"ダークエンチャントⅦ&ブルーエンチャントⅦ"」

と唱えると、短剣に青い光と鞭に黒い光がそれぞれ染みこんで激しく輝きだした。
そして無慈悲にもそれを山田を囲んでいる力場の中へと
同時に凄まじい勢いで叩き込む。

バグシャアアアアアアアアア!!

という何かが拉げた嫌な音が大きく響いて、
焦げた音と大量の煙を残して魔法は綺麗に消えた。
「い……いや~!!」
ニィナが大きく悲鳴をあげた。
煙の中には人の形をしていない何かが倒れているような光景が見える。
まったく意に介していないらしいルー・ライドルフは
真っ白な頭を撫でて、離れた場所に居る仲間達を見据え、
「望みどおり雑魚は消してやったぞ。さぁ……お前が余と戦え」
と再びティナを指差す。ティナは苦虫を噛み潰したような顔をしながら
呪文詠唱をやめることなく、ルー・ライドルフの背後を指差した。

「……?」

不思議そうなルーがそちらを振り向くと
全身を切り裂かれズタボロになった山田が、
恐ろしい形相で魔剣アーデライトを振り下ろしているところだった。
床が割れるほどのその一撃を軽やかにルー・ライドルフはかわしながら
横から山田を強く蹴り飛ばす。
吹っ飛ばされた山田は、何とか態勢を立て直して
足で踏ん張り、床の上に滑り止まった。
「……身体の丈夫さと、ずる賢さは……さすが地球人と言ったところか」
先ほど山田を襲った魔法の跡に残された
魔剣の拉げた長い鞘とボロ布になったマントを見ながら、
ルー・ライドルフは口元に手を当て、暫し思案した後に

「しかたない。少し本気を出すか」

と呟く。
その瞬間ルーの下へと輝く金色の赤で描かれた大きな魔法陣が現れ、
彼を赤黒い光で包みこむ。
すると彼の全身の筋肉が膨張して服を突き破り、
骨格もゴキゴキと音を立てながら伸びていき
赤黒い肌に覆われて身長が二倍ほどになる。
逆立った金色の毛髪で頭が覆われ、その中から二本の太く長い角が現れた。
背後には六枚の翼が生える。
羽ばたきながら宙を浮くルー・ライドルフは、
閉じていた瞼を開き、金色の瞳で山田を見据える。
その瞬間、いままで無発光だった山田の身体が銀色に発光し始めた。
「そうか。余の殺気に反応するのか……それは、本気を出せずに、すまなかったな」
威圧感のある低い声に変わったルー・ライドルフは、
無感情に山田を殺戮しようとしていた自身を、
ひけらかすかのように嘲笑う。
「貴様らは、余に聞きたいことがあるのではないかな?」
余裕のルー・ライドルフは宙から全員を見回しながら問う。
足を踏ん張ったユリウスが声を絞り出して言い放つ。

「なぜ、アラマスクを裏切った!!なぜフェルマを!!」

その叫びにルーは冷たい声で

「よいか、地表の大半を支配する我らは、全であり個であるのだ。
 ……愚かな獣どもにはわかるまいがな」

と静かに答えてから、宙から山田へと襲い掛かった。
両手には先ほどの得物が握られている。

山田は襲い掛かってくるルー・ライドルフを銀色に発光した魔剣で受け止める。
チリチリという焦げた音が鳴りルーの赤黒い肌が焼けていくが
まったく意に介さずにルーは山田を押し込んでいく。
しかし銀色の発光が増した山田は、巨体になったルーを力で押し返し、
宙へと吹っ飛ばした。
飛ばされたルーは喜色満面となり、宙で羽ばたきながら
「ほう。才能は超一流だな……」とひとりごちると
シュウシュウと音を立てながら焦げた跡が自己回復していく自身を眺めて
「だが、修行が足りないと言った!!」
といきなり叫んだ。

「"ダークアイズⅦ&ハイドロエクスプロージョンⅣ"!!」

ルーが宙からハイレベル呪文を叫ぶと
山田の周囲に真っ黒な大きな眼がいくつも現れ、
瞼が開くと一斉にレーザーを山田に向かって照射する。
それを避けていると、山田の頭上に光が広がり始め、
周囲が激しい爆風に包まれて消し飛んだ。

凄まじい爆風で天井も壁も全て消えうせ、
ひび割れた床だけになった場所で
銀色に発光した山田は、
魔剣アーデライトを片手に持ち、宙を見上げていた。
欠けた月を背後にルー・ライドルフが無傷で羽ばたいている。
仲間の周囲にティナが、予備詠唱していた強力な魔法で
大きなバリアを張ってくれていた様で、全員無事だ。

「ふ……ふっはっはははははははははは!!!!」

耐え切った山田に実に満足な様子でルー・ライドルフは笑う。
山田は無言でそのルーを睨んでいる。
「地球人!!もっと早くに会いたかったぞ!!
 余に本気を出させたのはお前で二人目だ!!」

「"ダブルエンチャント・ダーク&ウォーターⅦ"」

そう、ルー・ライドルフは唱えると掌から新たな武器を取り出す。
剣先が歪な形で三叉に分かれている巨大な鉄剣だ。
その鉄剣の中へと魔力を注ぎ込むと、
真っ黒な水しぶきが刀身を包み込んだ。
「最後だ。地球人よ!!」
鉄剣を両手に構えるとルー・ライドルフは山田へと
宙から羽根を羽ばたかせ、全力で飛び掛っていく。
それを見た山田は、

「今だ!!」

と叫ぶと、魔剣アーデライトを頭上に掲げた。
すると仲間たちが口々に呪文や技を唱えて
アーデライトの長い刀身へと同時に放っていく。
魔法薬を口に咥えたリンが両手から
強い赤い気弾と、大きな緑の気弾を放ち、その背中をニィナが支える。
眼を瞑ったティナが両手をユリウスとヒースグリフの背中に
ぴったりと貼り付けて立ち、
仁王立ちしたユリウスが両手を前へと掲げて、右手から水魔法らしき青い光と
左手から闇魔法のような黒い光を放ち、
リンと同様に口に魔法薬を咥えたヒースグリフは、
右手から光の玉を、左から土色の光線を放った。
山田はそれら六色の魔法弾を全て刀身で受け止めると、
虹色に発光しだした大振りの魔剣アーデライトを
襲いかかってくるルー・ライドルフに
迷い無く、まっすぐと振り下ろした。

「にっ……虹魔法……だ……と!!」

それが彼の発した最後の言葉になった。
山田の目前で、鉄剣と共に左右に両断されたルー・ライドルフは
その周囲の空間ごと、虹色に歪んで美しく弾け飛ぶ。


とっさにティナが弾け飛んだ大量の粒子を魔法で、綺麗に囲んで隔離する。

「……"シールド"!?」

その魔法に呆然と尋ねたユリウスに
ティナは、リンが口に咥えた魔法薬を、焦った様子で数度指し、
"ドーピングの賜物よ"というアピールをしてから全員に向け、
一回踊るように華麗に回り
"フロートⅥ・ロングレンジ"と唱えた。
ほぼ同時に足場が崩れ始め、皆は宙に投げ出される
ティナは慣れた様子で飛ぶように宙を手繰り、
魔法の効果でゆっくりと落ちていく全員を空中でかき集めると
"ブーストⅤ"を自らにかけて、右足で宙を強く蹴り、
背後の崩壊していく巨塔を尻目に
要塞外へと仲間達を押し出していく。

「ん……?」

そのころ、要塞から大分離れた安全地帯に置かれた馬車内で
気絶していたマーシャスは目覚めた。
しばらく、真っ暗な馬車内を見回してから、手探りで扉から外へと出て行く。
欠けた月が照らす薄闇から周囲を見回して要塞を見つけたマーシャスは、
要塞上部の巨塔が崩れていく様を眺め
「みんな、やっただね!!」
そしてひとり、ガッツポーズをしてから気付く。

「あああああああああ!!僕またなんもしてないだああああ!!!」

と崩れ落ちた。すると不意に、背後に現れた気配が囁く

「……ん?何言ってるニャ。まーくんの仕事はこれからニャよ?」

冷や汗と共に、ゆっくり立ち上がるマーシャスに
ミャーが満面の笑みで
「ひさしぶり!!まーくん軍曹!!」
と小さな肩を、肉球で景気良く叩いた。

山田たち全員が、ティナの手馴れた誘導によって
要塞からかなり離れた平原に全員で着地すると、
要塞の方角から数十キロ先にも聞こえるような大声が響く。

「こ……こちら!!アラマスク北部軍特務制圧部隊の臨時参謀けっ……兼副官のマーシャス准尉である!!」

「わが国がこの反乱地域一帯をかっ……完全制圧した!!」

「抵抗しっ……しないものには危害は加えない!!」

「……モットオオキクダニャ……」

「……たっ……ただし抵抗するものは容赦なく殲滅する!!速やかに降伏せよ!!」

皆が平原に座り込んで、おそらく魔法による拡声であろうそれを聞いている。
物珍しそうに要塞方向を眺めるティナとは別に、
山田達は皆一様に、深い疲れを見せていた。
ユリウスは消え入りそうな欠けた月を見上げて、
聞きなれない言葉で
何かを小さく祈る。


















「この辺りでいいかい?」

「ああ、十分だ。千ラマでいいかな?」
「いやいやいや……行商のついでだし、それは貰いすぎだ」
恐縮する商人エルフのおっさんに金を押し付けて
俺は馬車を降りる。
肌寒い空気が心地よい。
眼前には赤茶けた痩せた大地が広がる。
薄暗い、まだ朝日は出ていないな。欠けている月はもう消えそうだわ。
さぁ、どうするか。
グラニウスどころか
ダスメイデイアンとアラマスクの国境線すらとっくに越えたが……。

とりあえず俺は考えがまとまるまで、歩き続けることにした。
辺りは雑草が疎らに咲いて、
細い枯れそうな樹木が、弱弱しく並ぶ。
魔染地帯ほどではないが、かなり大地が痛んでいるな。
俺が半分寝ている間にでかいドンパチがあったんだろうな。
数百年もダラダラ生きてると世事には疎くなるもんだ。
どうも俺が思うに、グラニウスの戦争好きは元々酷いもんだが、
近年のアラマスクも相当のようだな。
さっき東の方から俺のご同輩っぽい強い反応を急に察知したが、
数分後にはそれが、これまた俺の得意な"虹魔法"によく似た
大量の魔法エネルギーに呑まれて掻き消えた。
ようしらんが、位置的にはアラマスク内だろうし、
あんなの下手したら内紛ってか、もはや内戦だろ?
領土内で"悪魔"vs"虹魔法"とか何やってんだかねぇ……?
……決めた。政府関係に入り込むかと思っていたが、
アラマスク軍と関わろう。
"神"とやらからの使命もあるが、単純に興味深いのだ。
正面から門を叩いて軍事教練官……いや、それはめんどいな。
では、いち武術者として乗り込むか。
そうだなぁ……。
責任は軽いほうがいい、そして身軽に動けるほうがいいな。
できるだけ上の立場のやつに顧問として雇われるとかどうだ……?
よし、それだな。ではそいつの興味を引くにはどうするかだな。
下を向いて考えながらダラダラと歩いていると、大木に当たる。
いや……やわらかいな……これは人の腹が。

「おい……てめぇ……」

見上げるほど巨漢で目つきの悪い猪人が小柄な俺を見下ろしていた。
身なりはドチンピラだな。
いかにもなチラつかせるための大斧を背負い
使い込まれた皮鎧は所々傷がついている。
何の用事か知らんが、夜明け前からごくろうなことだ。
とっさに俺はある面白そうなことを思いつく。
「にいちゃん。ここらの人?」
「だったらなんだ!!」
「ここらで一番偉い人って誰?」
「うちの組長だごらぁ!!
 そんなことよりこの落とし前どうしてくれるんじゃ!!」

……その三十秒後、俺の小指デコピン連打で顔が真っ赤に腫れ、
道には二つに折れ曲がった大斧が転がっているのを横目に
涙目で大人しくなったその男の手を引いて、
俺は彼の"組長"とやらがいる町へと向かっていった。

赤茶けた地平を歩きながら抜ける砂漠になり、
それからさらに歩くと地平線の向こうに町の影が見えた。
俺は遠くから衛兵を全員、軽い範囲催眠魔法で寝かし、
魔法で裏側の閂を抜き、
渋る男を急かして、木柵に囲まれた町の閉じている門を開けさせる。
門を潜って俺は驚いた。
オアシスの町だな。比較的大きい。
周囲の酷い環境の割りには緑も多いし、町中もよく整備されている。
男に誘導させて歩き続けると、奥の小高い丘へと道なりに進んでいく。
昇ってきた朝日が気持ちいいな。何年生きててもいいもんはいい。
屋敷の門番に客の来訪を告げさせて
鉄製の頑丈そうな正門を開けさせる。
……ふん。やはりヤクザ組織か。わりとでかそうだし悪くねぇな。
門から入った途端に、走り寄ってきた十数人の黒服に囲まれた。

「うちのガイリィをかわいがってくれたじゃねぇか!!」
「ぶっ殺すぞ!!」
「タマあるまま外出られると思うなよ!!」

数秒で彼らは全員、気絶して土を舐める。
通報したらしい門番は屋敷の外へと逃げていった。
首の骨を折らないように優しく、とても優しく背後から撫でたら、これだ。
最近の若者は柔らかいねぇ。
怯えきったガイリィと呼ばれた男に案内させて、巨大な屋敷の正面まで歩いていく。
んー金持ちだなぁ。一帯の権力者って感じか。
俺は舐める様に屋敷を眺めながら、
ガイリィをかるーく小突いて、屋敷の中から主を呼ばせに走らせる。
中々出てこないので、
桃色のライルラールと群青のマースミィの花が
朝の風に揺れる花壇にアクビをしながら腰掛けていると、
正面門から、また十数人の黒服たちと、執事風の小奇麗な老犬人が物々しく出てきた。
「おい。組長を出せと俺は言ったよな?」
黒服たちに隠れるように背を縮めた巨漢のガイリィを一睨みして、
老人の方を睨みつける。
仁王立ちしたその老人は、この"始原の悪魔"の視線にも揺るがない。
……ほぅ、大して強くもなさそうだが、肝が据わってそうで面白い。

「なぁ!!あんた!!そこのあんたがいい!!犬の爺さん!!」

「……なんですかな」
黒服の人垣に守られた老人は、あくまで厳しい姿勢を崩さずに俺を睨み返す。
「おれさぁ、アラマスク軍の関係者に会いたいんだけど
 ツテねぇかな?迷惑賃も含めて、紹介料ならいくらでも払うぜ?」
花壇から立ち上がりバッグを開け、
中から百万ラマの札束を数個握り、これ見よがしに掲げる。
大金を見て、微妙に動揺がはしった黒服たちと比べても
老人は揺るぎもしない。
「……」
「それなりに偉い士官様の武術顧問とかになりたいんだよなぁ。
 こう見えてクソつえぇぜ?疑うなら試してみてもいい」
ただ者ではなさそうなので、とりあえず目的を明かしてみた。
面倒になりそうだったら、直ちに姿を消せばいいしな。
ダメなら他行って、違う手を考えればいいさ。
ん?なんだ幻聴君。今日はやたらとうるせぇな。
二万三千年生きてるなら、もう少しうまくやれって?
けけけっ、行き当たりばったりが楽しいのよ。
人の流れを不意にかき混ぜると、
混沌に乗っかって様々な幸運や不運が流れてくるのさ。
それを楽しむのが一流の悪魔ってもんだろ。
「……」
犬人の老人は腕を組み、目を細め、
小柄で細身の俺を見定めるかのように
身体全体や表情を
鋭く観察しているようだった。
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