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ローレシアン王国編

緩衝地帯

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村の外で、五千七百人の兵士たちは小休憩に入る。
俺たちも座り込み、水を飲んだりして体力を養う。
遠くでは、
ラングーラールとルーナム、そしてビキニアーマーに着替えたメグルスが
数人の兵士を従えて、村の中へ入っていくのが見えた。
髭面のザルガスが、伊達メガネをかけ髪を整え綺麗なジャケットを着て
真面目な格好に変装した早耳のパナスとともに
座っている俺とミーシャに近寄ってきて
「旦那、ミーシャさん。行きますぜ」
と村へと誘う。
「ん?ああ、行ってみようか」
おそらく情報収集をしたいのだろう。それくらいは分かる。
ミーシャもすぐに理解して立ち上がった。

「じゃあ御頭、旦那、ミーシャさん!あとで!」
村の入り口でパナスはそう言い放つと、素早く近くの酒場へと入っていく。
「あの人、だいじょうぶ?」
一人で飲んだくれないか心配しているミーシャがザルガスに尋ねて
「がっはっは!!あいつぁ真面目な男です。
 信頼して好きにさせてあげたら、よう働きますぞ」
髭を揺らしながら、この体格のよい壮年の男は豪快に笑う。
「さ、我々も情報収集しますか、旦那。
 私が木材業者、旦那が息子、妹さんがその妹という設定で良いですかな」
「うん。ザルガスに任せた」
「兄さんがいいなら私もいいよっ」
俺たちは快諾して、三人で道行く村人たちに情報聞き回る。

「はぇーっ。レッドミラブの人が、こんなとこまでえらいことですなぁ」
「自慢の息子と娘です。いずれクルナミスの店を継がせたいと思ってるんですよ」
ザルガスが人の良さそうな農夫のお婆さんに胸を張り
俺たちも頭を下げる。この人で話しかけるのは五人目だ。
「ところでですね」
「なんですかな」
「今、この村の近くに大勢の兵士たちが駐屯してますが、
 何でここにきたんですかね?商売やりにくくてたまりませんわ」
ザルガス、おばあさんの耳に顔を近づけてボソボソ喋る。
「ああ、今いらっしゃるラングラール様なら、大丈夫だと思いますよ。
 とてもお優しいお方ですから」
「そうなんですか?」
俺とミーシャは昨日の異常な変態ぷりを思い出して、微妙な気持ちになり顔をふせる。
「ローレシアン王国とネーグライク王国のちょうど真ん中で
 どっちでもないこの村にも気を遣ってくれますからね」
「気を遣うとは?我々も、ここらで商売するとしたら何か貢物がいるのでしょうか」
お婆さんは「いやいやいや」と手を振って、
「あのお方はそういうものは求めません。我々も形だけの極僅かな税金のようなものを
 毎年村全体でローレシアンに納めるだけです」
「そうですか……お優しいですね」
「ところで、木材業者とおっしゃいましたが、この村に何をやりに?」
お婆さんは鋭い目をしてザルガスに尋ねる。
「あの森に良い木材が眠っていると、同業者から聞きましたのでね。
 この村の許可をとって伐採しようと思い、下見に来ました」
ザルガスは村の奥に広がるうっそうとした針葉樹の森を指差した。
「あなた騙されてますよ」
おばあさんは意外な一言を俺たちに告げる。
「幽鬼族の棲家です。行ったら死にますね。
 ローレシアンとの間にあの悍ましい森があるからこそ、
 我々の村や、東にあるネーグライク王国は平和なんです」
「……ローレシアン王国のラングラール様は、どこからこの村へ?
 我々はネーグライク伝いに歩いてきたのですが……まさか」
「さぁ……?」
おばあさんは、それ以上は言えないのか知らないのか
分からないような微妙な表情で
「仕事がありますので。お話できて楽しかったです」
と村はずれの麦畑の方へと歩いていった。
「肝心なことは喋らなかったな……。しかし大方わかりました」
ザイガスは俺を見る。
「そうだな。森が危険なことが分かれば、十分じゃないか?」
「よし。旦那、村の外に戻りましょう」
ザイガスはたむろしている元盗賊団たちの中へ戻ると
さっそく皆と情報を共有して、何かを話し込み出した。
俺とミーシャも二人で話し合う。
「ラングラールって、ただの変態じゃなかったんだね……」
完全にミーシャの中では変態としてラングラールの評価が固まりつつある。
「変態だけど優秀なんじゃないのか?」
「私はちょっとあの人、もう無理だけど」
「そうだな。ああいうのを子供に見せつけるのはよくないな」
「子供じゃないもん!十四だよ!」
「うむ。まあ俺も似たような歳だ。そう変わらないか」
「二人とも立派な大人だよ!」
この世界ではそうなのかもな。と俺は思う。
日本の戦国時代では十五歳で成人で、五十歳くらいで寿命だと
漫画部で読んでいた歴史漫画ではよく見た。ここも似たようなものなのかもしれない。

ミーシャと喋っていると早耳のパナスが帰ってきた。
酒場に長時間たむろしていたのにまったく酒の臭いがしない。
ザルガスが優秀だと言っていた事は、本当だったようだ。
「旦那!!御頭!!とんでもねーことがわかりましたぜ」
パナスは話を聞こうと近寄った俺たちに早口でまくしたてる。
「どうしたんだ!!」
ザルガスは尋常ではない態度で問い詰める。
元盗賊団たちとミーシャも不安そうだ。
「ラングラールたちはあの森を通って、ここまできたそうです」
「なんだと!!レイスが出る森をか!!」
「はい!ちげぇねぇって、村の人たちが皆言ってます」
「そんなにやばいのか?」
話の分からない俺が訪ねてみる。
「兄さん、幽鬼族は人間の天敵だよ……」
ミーシャがうな垂れて答える。
「それでか……大国の王子の遠征軍にしては、五千七百って半端な数も頷ける……」
ザルガスが推測を皆に語る。
「恐らく、森を通る間に最低でも三百は死んでる。
 考えたくもねぇが……元の数がもし一万なら、死者は四千三百だ。
 あの戦上手なラングラールが、
 平和ボケしたネーグライクとの戦闘で自軍を減らすわけがねぇ。
 レイスとの戦闘でさっぴかれたんだ。
 こりゃあ、俺たちも気ぃはらねぇとやべぇぞ」
一気に沈うつなムードになった元盗賊団は座り込む。
「あぁ……最後に故郷のママのケーキ食いたかったな……」
「死ぬ前に、女抱きてねぇな……」
「ローレシアンについたら、欲しい本があんだよ……」
「騎士や貴族になる夢が……」
「わりぃことしてきたし、人間に殺られるのはしかたねぇけど、レイスにはな……」
屈強な男たちが愚痴を述べながら、
全員もう死ぬのが当然という表情である。

「お前ら、メソメソしてんじゃねぇよ!!!!!」

腕を組んだザルガスが口ひげを揺らして、元盗賊団を一喝する。
「おめぇらも昨日聞いただろ!!ここにいるタジマの旦那は
 "流れ人"様だ!!しかも、運のいいことに、俺たちと同じ人間の身体をしてる!!」
いきなり太い指をさされた俺は驚いて、ザルガスを見る。
「いいか!!てめぇら!!俺たちは旦那についてけば間違いはねぇんだ!!
 例え、あの森でこれから死のうとも、歴史に名が残る!!」
「いや!!忘れようと歴史がしても、生き残った俺たちの誰かが
 死んだやつらの名前を意地でも歴史に残す!!」
「生き残れば、まちがいなくいい思いも出来る!!」
「旦那と妹さんを含め、一人も欠けずにあの森を乗り切るぞ!!
 これまでも俺たちはそうしてきたじゃねぇか!!」
ザルガスはそう全員に吼えるように語って、
その檄に闘志を取り戻した元盗賊団が腕を振り上げて吼え返した。
「よし、あとは旦那とラングラール殿の武運にかける」
仁王立ちをして腕を組んだザルガスは、しっかりと全員を見回し、
馬車の中の不要なものを村に売りに行くなど
早くも過酷な森の中を進むための準備をし始めた元盗賊団たちに
「それでいいんだ」と頷くと、
俺の肩を叩き、鼻息荒く
「任せましたぜ!!」
と一言告げて、皆を手伝いに力強く歩いていった。
俺とミーシャは困惑しつつも、
武装や不用品のチェックなどを丁寧にし始めた。
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