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ローレシアン王国編

頼みごと

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「ゴルスバウにも流れ人だと……」

ザルガスが愕然とした後に、焦った顔をする。
おそらく、俺と成り上がる計画が、完全に狂ったからだろう。
「巧妙に隠れてはいますが、接触して戦闘した部隊からの報告だと
 そうとしか思えません」
ルーナムも眉をひそめる。
「半ラグヌス(年)前に、南部領端での大規模戦闘では
 押しに押され、ローレシアン八宝を三つ使い、やっと撃退しました……。
 相手とその部隊にも重症を負わせましたが、
 その際に八宝の使用者を二人殺されています」
うわ、なんか怖い話になってきたな。
そう思いながらもこの話に、何故か引きこまれているのが不思議だ。
「ふむ……。流れ人に対抗する力は何とかあるんですな」
ザルガスが少し安堵した顔をする。
「ええ、スガ様が残してくれた八宝で何とか凌いでいるのが現状です」
ルーナムはあくまで冷静な語り口だが、緊張感が漏れている。
「つまり、旦那がローレシアンに残ったのならば
 いずれはその流れ人と決戦を行う必要があるわけだ」
「遅かれ、早かれそうなると思います」
「ふーむ……」
ザルガスは髭をさすりながら、何かを考え
「旦那はどうしたいんですかい?」
俺に意見を求めてくる。
「んー……今のところ流れに従うしかないかな……。
 スガの残した王国をもっと見たいし、あいつの子孫にも会ってみたいかもな」
「……わっかりやした。というわけだルーナムさん。
 旦那はローレシアンに残るらしいぞ」
「ありがたいことです」
張り詰めていた表情を解き、ルーナムはホッとした顔をする。
ザルガスは少し意地悪な顔をして、すやすや眠るアルナを指差し
「あわよくば、流れ人である旦那の子種を孕まそうとしたんだろ?」
ニヤニヤしながらルーナムの方を向き直り、腕を組んだ。
「……」
複雑な表情をして、腕を組み、黙り込んだルーナムを
ザルガスも無言のままニヤニヤと見つめ続ける。
「シンタロウ様と私は、古い付き合いでしてな。
 病床の彼から頼まれたのですよ。アルナを」
それだけ言って白髪のルーナムは再び黙り込んだ。
「……あんた、思ったよりはるかに信用できそうだな……」
ルーナムを見直した様子のザルガスは
「旦那ぁ、この人を王国とのパイプ役にしましょうや。
 立場の確かさに加えて、この人間性、この人なら間違いねぇですわ」
「分かった。ルーナムさんもそれでいいか?」
「願っても無い申し出でです。私個人としても、
 第三王子領一同としても、本当にありがたいことです」
ルーナムは両手を差し出して、俺の右手を強く握り返す。
うっすらと政治的な思惑もあるんだろうなという感じはするが、
まぁ、ここ数日の行動で強面な見た目と裏腹に
部下思いで、俺たち兄弟のこともよく考えているザルガスを俺は信用したし
そのザルガスがルーナムを信頼できるっていうんなら、それでいいだろう。
今のところ他に行きたいところもないし、
とにかく、難しいことは信頼できる大人たちに任せることにした。

俺がアルナを背負い、ルーナムから案内されながら
再び城の中を自室へと戻っていく。
ザルガスは、城内を見学する許可をルーナムからとった後、一階ホールで別れた。

「重くは無いですか?」
アルナを背負いながら階段を昇っていく俺を
隣で並んで進むルーナムが気遣う。
深夜のホワイトリール城内は静寂の中に明かりが揺れていて
ヨーロッパ中世映画のセットのようだ。
「いや、不思議と重くはないんですよ。若干眠いですけどね」
「……スガ様と同じですね……身体が強靭になられているのか」
ルーナムは顎を触りながら、何かを考えている。
「お気づきだとは思いますが……」
「なんですか?」
ルーナムは非常にいいにくそうに
「この子はメイドには向いておりません」
「……ぶっ」
俺は噴出しそうになり、背からずり落ちかけたアルナを慌てて背負いなおす。
この人も苦労しているんだろうなぁ。
「……この城を出たあとも、あなた様のお傍にこの子を置いて欲しいのです」
「え……」
「ただでとは申しません。
 代わりに第三王子領から可能な限りのご支援をさせて頂きます」
「そんなに大事なことなんですか?」
「ええ、シンタロウ様にお約束したのです。アルナを幸せにすると」
「俺と居ても幸せになれるかはわかりませんよ……?」
戦闘に巻き込まれるくらいなら、
下手なメイドをやっていた方がマシなのではないだろうか。
「アルナは……私の見立てでは……スガ一族でもっとも色濃く
 始祖スガ様の体力的才能を受け継いでいます」
「……ほんとですか?」
全然分からなかった。
確かに力は強いかもしれない。あと細身なのに食う量が尋常ではないのも確かだ。
やたらよく眠るし。異常なパワーで人を振り回す。
「私もラングラール様や、その前のご主君と付き添って戦場が長いですから
 戦いに関する人の良し悪しは、多少分かります」
「あなた様と居れば、その才能が開花するかもしれません」
そこで俺たちは部屋へとたどり着いた。

鍵をかけ忘れた部屋へと入ると、
何故かバスローブ姿のミーシャとその担当メイドの
ふと眉黒髪のえっと……マイカだ。マイカが居た。
「あ、ルーナム様、ごきげんうるわしゅう……」
部屋に入ってきた俺たちに気付くと、マイカがスカートの裾をあげて
うやうやしく頭を下げる。
ミーシャは俺に背負われているアルナを見かけて叫びだす。
「こらーっ!!兄さんの背は私のものだ!!おりろーっ!!」
アルナを瞬時に引き摺り下ろして床に寝かして、かわりに背中に飛び乗った。
「……あの……」
背負われて幸せそうなミーシャが、若干引いている俺に
「さみしかったぁ……もう離れないからね」
と耳元に囁く。部屋を探し出して待っていたらしい。
そしてすぐにマイカが近寄ってきて見上げながら呟く。
「おんぶ……いいな。私もおんぶ……されたい」
「こらーっ!!ここは私のものだーっ!しっしっ」
「おんぶ……おんぶ……背中はみんなのものだと……思う……」
やりあい始めた二人を見ながらルーナムが
「……マイカもよければ連れて行ってください……支援を二倍、いや三倍にいたしますから」
と困りきった顔で恥ずかしそうに頼み込んできた。
「苦労されたんですね……俺はいいですけど、
 ザルガスにもできれば言ってみてもらえると」
「分かりました。マイカもくれぐれも失礼の無い様に」
「……はい。あの……ルーナム様……おんぶ……してもらえますか」
「……では失礼いたします。良い夜を」
ルーナムは、マイカの言葉には答えずに
部屋の扉を閉めると逃げるように立ち去っていった。
「……おんぶ……」
「がるるるるるるる」
俺を切望した眼で見つめるメイド少女に唸って
威嚇しているミーシャを背負ったまま
取り残された俺はしばらく途方にくれたあとに
ふと我に返り、床で寝ているアルナを片腕で脇に抱え、寝室へと入る。
そしてアルナをベッドに寝かせ布団をかけると、リビングに戻り、
寝室の扉を閉めた。
その間も背中のミーシャとついてまわるマイカの言葉での攻防は続いている。

とりあえず俺はぶーたれるミーシャを背中から降ろして
マイカを背負い、リビングを三周した。
「うん……理解した。もういい……」
マイカは頷いて、背中からスッとおりる。
それと入れ代わりに飛び乗ろうとしてきたミーシャを手で制して
「えと、マイカさんはミーシャが動かないとここに居続けるんだよね」
「はい……お役目……大事」
「アルナさんと寝室で寝てもらっていいから、
 その前に俺とミーシャの二人分の布団もってきて貰えない?」
「わかった……おんぶの……恩返し……する」
俺の言葉を理解したらしいマイカは
意外と俊敏な動きで部屋から出て行った。
「一人分でいいでしょー!添い寝!」
「いや、なんというか、そこはこう人として守りたい一線がだな……」
「なにそれーっ!添・い・寝ぇー!」
ぶーぶー言うミーシャを宥めていると、小柄なマイカが
折り畳んだ大きな布団を器用に頭の上にのせてもってきた。
この子もアルナみたいに何らかの異能なんだろうなと、一瞬感じたが
ともかく俺はこの女子三人、男一人の異常事態を乗りきらねば……。
床の布団を慣れた手つきで素早く二人分敷くとマイカは
「布団……好き……ナホンの文化……寝る……また明日」
と呟いて寝室の扉を閉めた。
よし二人片付いた。
あとは何故か俺の寝る予定の布団に寝そべり
爛々とした眼でこちらを見つめる、添い寝準備万端の妹を何とか避けねば
とりあえずタンスの中にパジャマのようなものが入っていたので
シャワールームで素早く着替える。
そしてリビングに戻り、ミーシャが寝ている反対側の布団に入る。
すばやくこちらに転がってくるミーシャの気配を背中にヒシヒシと感じながら
「なんか俺の話でもしようか?」
と切り出した。
頭の後ろのすぐ近くからミーシャの声と発情したみたいな吐息が聞こえる。
「いいよぉ……」
「昔ね。俺の父さんがさ、釣りに行ったときに……」

昔話作戦は効いたみたいで、三十分もすると
疲れていたらしいミーシャは隣で寝入ってしまった。
小さな明るいシャンデリアが吊るされている天井を見つめながら
俺は菅のことを考えてみる。
こんな風に彼も沢山の騒がしい仲間たちに囲まれていたんだろうか。
異世界に何十年もいて、幸せだったんだろうかなぁ……。
戦いや政治は菅の何かを変えたんだろうか。
俺はあいつが何をやって、そして残したのか……それをこれから見ていこうかな……。
うん、やりたいことができたな。
まぁ、夢かもしれないけどな!……可能性は低くなりつつある気がするけど……。
とにかく頑張ろう。
少し前向きになった俺は、寝入っているミーシャにタオルケットを被せると
目を閉じ、とても長かった一日を終わらせた。
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