上 下
32 / 90
ローレシアン王国編

化身

しおりを挟む
「……」
全員に沈黙が流れる。
「あれ?どうしました?相手も下等生物ですし、ちょっと散歩する程度ですよ」
アルデハイトは言っていることの重大性を分かっていないようだ。
元高校生の俺でもやばい話をしているのは分かるんだが。
ルーナムが口を開く。
「アルデハイトさん、それは本当ですか?」
「ええ、タカユキ様の前で嘘はつけませんからね」
アルデハイトは前髪をかきあげて、異様に整った顔で微笑む。
「旦那、こいつが言っている以上にやばい賭けですぜ」
席に座りなおしたザルガスが俺を向く。
「分かってる。もし成功してもこの国の制度とか軍隊とかを
 勝手に飛びこえるってことだよな」
「ですなぁ。ローレシアン政府から不興を買うのは間違いない話です」
ザルガスが腕を組んで頷いて、ルーナムも軽く頷いてから
「私は、反対ですね。もしやるとしても王都で
 王や大老たちと顔合わせが済んでからでも良いはずです」
「反対多数かな」
「そうですか。ではしかたありませんね」
アルデハイトが顔から表情を消して、椅子を俺の後部へと
もっていこうとしている途中だった。

「……やってみても……よい……とおもう……」

いきなりマイカが発言する。
「マイカ。黙っておれ」
「いや、ルーナムさん。せっかく居てくれるんだから聞こう」
俺はマイカの方を向いて発言を促す。
「……ほうっておいたら……ひとが……たくさん……しぬ」
「そうなのか?」
「……ゴブリンと……オークも……たくさん……しぬ……」
マイカの発言の根拠はまったく分からないが、
声の響きで不思議な説得力がある。
「ゴブリン……オークたちは……だまされている……」
「誰に騙されているんだ?」
「わからない……でも……誰かを……ずっと待っている……」
「……」
明らかに筋の通らないことを言っているが
不思議と理解できてしまう。
「マイカは、俺たちが行った方がいいと?」
「うん……すぐに……いったほうがいい……」
再び全員に沈黙が流れる。
「少し、分かる人に聞いてもいいかな?」
「はい。何なりと」「なんでもいいですぜ」「なんでしょうか」
マイカ以外の三人が同時に返事する。
「ゴブリンやオークって何族なの?」
「下等生物です」「魔族に作られた生物ときいていますな」
「幽鬼と人間の中間と言う説がありますね」
全員違う答えでなるほどわからん。色んな説があるのね。
「……かなしい……しゅぞく……親が……いなくなって……とても長い……」
マイカが不意に呟いたその答えが、なぜか俺には一番腑に落ちた。
「わかった。行こう。これもなんかのご縁だろ」
俺は立ち上がり、提案が結果的に受け入れられたアルデハイトが
嬉しそうに頬を赤くしてうやうやしくお辞儀してきた。

準備するために自室に戻ると、ベッドに寝かせられたミーシャが
アルナから食事を食べさせてもらっているところだった。
「てへへ、ごめんね」
近くに来た俺に、恥ずかしそうに謝ってくるミーシャに
「いや、いいんだよ。しばらくここからは動かないから
 ゆっくり治してくれよ」
そう声をかけてから、棚からレインコートを取り出す。
「どうしたの?」
とベッドから声をかけてくるミーシャに
「ちょっとアルデハイトと街を探索してくるよ。すぐ戻る」
と心配させないように告げてから
「アルナ。ミーシャを頼んだよ」
「はい!おまかせくださいっ」
元気良く返事してくれたアルナに感謝しつつ、俺は部屋から出る。
廊下にはすでにアルデハイトが壁に寄りかかり待っていて
「念のために武器と鎧も馬車から出してください」
と俺を外へと連れて行く。
心配そうにロビーで待っていたルーナムに
「無理っぽかったら、すぐに帰ってくるよ」
と声をかけて、俺はレインコートを羽織り
土砂降りの外に出て、旅館脇の馬車の停車場のある広い場所へと向かい
馬の外された大馬車の中から
ネーグライクの女王から貰ったプレートメイルを
レインコートの下に着込んで、そして帯刀した。

レンガの旅館前に虹色に薄く発光する
不思議なレインコートの様なものを着込んだアルデハイトが
フードの下から
「ふむ。人間のものにしてはいい装備ですね。
 でもタカユキ様が使うには、少しひ弱ですが」
と俺の武具を評してから、大雨で視界の狭まり誰も歩いていない周囲を見回し
「では、いきますか」
と背中から真っ黒な巨大な両翼と
レインコートのフードの頭上から頭に二本の見事の角を出現させた。
「おお……」
「我々には、人間を怖がらせてはいけないという法があるのですよ」
「意外と厳しいんだな」
「すべては我々のためです。スガ様には力で教えられましたから」
俺を背中から包み込むように抱きしめると
アルデハイトは土砂降りの雨の中を飛び立った。
すぐに今居た大きな街の建物群が小さくなり、後方へと消えていく。
「速いな」
「我々としては普通ですね。ところで作戦ですが」
「ああ、そういえば何も話してなかったな」
いくらマイカの意見に何かを感じ取ったとしても
ノープランで戦場にぶっこんでいく俺も大概である。
勢いだけで行動するのもいい加減にした方が良いのかもしれない。
「オークやゴブリンの集団は必ずまとめ役が一体居ます。
 今回は二種族なので二体でしょう」
「それを探し出して、叩けと」
「あっさり殺すのが一番ですが、タジマ様はどうなされたいですか」
「ひどい事は無しがいいな。甘いかもしれないけど」
「わかりました。捕えましょう」
そうしているうちに、大量の兵士に囲まれている大きな
中世ヨーロッパ風の城が見えてきた。
城外の兵士たちは、雨が降っているので遠巻きに取り囲んでいる感じである。
「攻める側は四万くらいいますね」
「足りなくないか?中にいるのは二万だろ」
城攻めには最低守る側の五倍人数が要る。
読んでいた歴史漫画では当たり前の兵法である。
「でしょうね。この国の南部は特に兵士が弱いですから、
 例えどんな良将がいても、援軍が来るまでは攻め落とすのは難しいでしょう」
アルデハイトはそう言うが否や、俺を城の中心部の高い塔の屋根へと着地させる。
土砂降りで視界が悪いせいもあり、
城壁の上のゴブリンやオークの衛兵たちは気付かないようだ。
というか、彼らの姿かたちは漫画やら映画に出てくるそのまんまである。
ゴブリンは緑色で猫背の少し小柄な感じで、
オークは大きめの豚が八頭身になって立ち上がったような巨体だ。
塔の先端の槍のような装飾品に摑まり、
珍しそうに城全体を眺める俺にアルデハイトは
「やつらは相変わらず醜いですよ。外形から知性の欠片も感じられない」
大きな二本の角の生えた頭を振る。
そこで俺は気付く、この屋根のすぐ下の部屋で泣いている声が聞こえないか
アルデハイトにも言ってみると
「ああ、中に人間が居ますね」
といきなり石でできた屋根を足で踏み抜いた。

「ひぃぃぃぃいぃぃぃ!!」
俺たちがその穴から塔の中の室内に降り立つと
髪の毛が乱れていて、高そうなドレスが
ビリビリに破られた女性が壁の端まで逃げ、大きな悲鳴をあげる。
「城主の家族か何かで、逃げ遅れたんでしょう。人質ですな」
「安心してほしい。俺らは味方だ」
と諭しても角の翼のあるアルデハイトを指差して、口をパクパクする。
「ああ、いけない。消しときます」
アルデハイトは翼と角を消してフードを取り外し微笑む。
さらにそれを見て女性は泡を噴きながら気を失った。
「放っておくのが良いでしょう。
 まずは今の音を聞いて、駆けつけて来た衛兵たちの鎧を奪います」
「どうしたあああ!!」
その言葉と同時に槍を持ち鎧で武装した大柄なゴブリンの衛兵が二人
部屋の扉を開け、中へと駆け込んできた。
アルデハイトはゴブリンのヘルメットの上から思いっきり頭を殴る。
それを見た俺も真似をしてみた。
硬そうな鉄を殴ったが、不思議と痛くない。
ヘルメットあっさりと凹み、ゴブリンたちは床へと気絶して倒れこんだ。
アルデハイトは素早く鎧を脱がしながら
取り外した部位から俺に投げ渡す、俺はレインコートの上から
着られそうだったので、そのまま着ていく。
「暑くはありませんか?」
「いや、感覚はあるんだけど、不快な暑さとか冷たさとか痛いとかそういうのはないんだ」
「ふーむ……そうなのですか。面白いですね」
アルデハイトは興味深そうに俺を見つめながらも
レインコートを小さく丸めて着ている旅装の中へと入れると
自らも鎧を着込んでいく。

どこから取り出したのか緑の顔料をアルデハイトは俺に渡し
自分の顔や手にも塗りたくる。
そして兜を目深に被ると、俺と自らの全身に
懐から出してきた青色の香水を吹き付ける。
「これで分かりません。下等生物どもの認識力はとても低いので」
アルデハイトはそう言うと、床から槍を拾い上げ
扉を開けて、塔の螺旋階段をおりて行く。
俺も慌てて後を追う。

「おい!!くっせえぞ!!たまには風呂入れ!!」
「ああ、すまない。忙しくてな」
塔から城内に入り、しわがれ声に声色を変えたアルデハイトが
すれ違ったゴブリン兵士を呼び止めて会話をいつの間にか始めた。
「……ああ、ナーズル様は人使いが荒いからな」
「お互い苦労するな。ナーズル様の今の居場所はどこだ」
「どうだろうか。今は地下室で会議してんのかな。何の用だ?」
「ちょっと城内で問題が起きてな。侵入者がいるとかいないとか。一応報告に」
「そうか……。まぁ、ここらの人間どもはクソ無能だからな。
 心配はないと思うが……地下室はあっちだ」
俺が隣で無言のまま、直立不動で黙っているだけで話が進んでいった。

俺たちは、石造りの城内を進んでいく。
アルデハイトはまったく迷わずに、城の地下へと進んでいっているようだ。
「迷わないのか?」
「はい。知覚範囲内ですから。
 最大範囲まで広げれば大体この城内のマップは把握可能です」
「ナーズルとかいうのがゴブリン側の首領か?」
「ええ。会話の内容からそのようですね」
ゴブリンの兵士たちとすれ違いながら、地下通路を歩いていく、
まったく疑われないのは、アルデハイトの言う通りの様である。
匂いと大体の形状と、そして肌の色で他者を見ているようだ。
本当に認識力が違うのだろう。
扉の前で立っていた衛兵に許可を貰い、会議室の中へと入る。

ジメジメした地下室の中で、異常な巨体や刀傷だらけ鎧を着込んだ
恐ろしげなオークやゴブリンたちが地べたに座り込み討議をしている。
「どうした。何の用だ」
「ナーズル様にご報告が」
アルデハイトは中央で討議の様子を眺めていた
禿げかけた白髪で片目の潰れているゴブリンに
塔から侵入者があったことを短く告げた。こいつがナーズルか。
なるほど、他のゴブリンと少し雰囲気が違う。かなり頭が良さそうだ。
「どうするセミーラ?」
ナーズルはすぐ隣の、ムチムチした大柄なオークの女に相談を持ちかける。
というかオークにも女が居るのか。始めて見たかもしれない。
低い鼻と長い髪を持ち皮鎧を着込んだそのオーク女は
大きなふたつの緑の眼でナーズルの話を聞く。
何かを話している二人を見て、
アルデハイトは兜越しに顔を寄せてくる。
「タカユキ様。この城の各種族の首領が確定しました。あの二体でしょう」
言うが速いか、アルデハイトはその部屋に居る全員の急所を突いて
地面に伏せさせる。それでも立ち上がってこようとしている
数名のオークを首を手刀で叩いて寝かせ、
ナーズルとセミーラの二人を懐から出したロープで縛り上げる。
俺とアルデハイトは二人でそれぞれ担ぎ上げ
「問題はここからどう出るかですね」
「通路通っていくしかないんじゃないか?」
「ですね」
アルデハイトは扉を蹴りあけると、
その勢いのまま外に居た衛兵をヘルメットの上から殴り
俺ももう片方の衛兵を殴り倒し、そのまま来た道を走り出す。

ゴブリンのナーズルを背負っているが、やはり重さを感じない、
高速で走りながらすれ違った兵士たちをなぎ倒していく
アルデハイトの後方で、彼が打ち漏らした兵士を蹴り飛ばしながら進む。
地下通路を出て、城内に入る。
アルデハイトは入ってきた塔へと高速で進む、
すれ違ったゴブリンやオークの兵たちは先ほどと同じように瞬時になぎ倒していく。
塔の螺旋階段を昇りきると、アルデハイトは
気絶したままの女性とそしてナーズルを背負ったままの俺の手をとり
翼を出して、縛り上げたセミーラを担いだまま
空へと羽ばたき、城の上空でホバリングしたまま止まった。
五人分の体重を軽く支えているその浮力に俺は驚く。
「ではタジマ様、私の言うとおりに叫んでください」
アルデハイトは自分の耳元まで引き上げた俺に言葉を少しずつ囁く。
囁かれるたびに、俺はその通りに大きく声を張り上げた。

「我はロ・ゼルターナ神の化身である!!不遜な貴様らに天罰を与えにきた!!」

ラングラール軍を追い払ったときに続いて
妙に通る俺の大声が土砂降りの雨音を突き破り、周囲へと大反響する。
ちょうどよい感じに稲妻も周囲で鳴り響きだした。

「ゴブリン、オーク!!そして人間どもよ!!無益な争いをやめよ!!」
「さもなくば!!我は貴様らを残らず殲滅するであろう!!」
「すでに、大罪人ナーズルセミーラの両名は捕えた!!」
「次は人間どもの首領の番である!!」
「殺すのは一ダール(時間)ほど待ってやる!!直ちにこの城で争うのを止めい!!
 それぞれの故郷へと帰れ!!」

「これでいいのか?」
俺としては信じられない。こんなこけおどしで軍隊が争いを止めるものなのだろうか。
「ええ。下等生物どもは迷信にすぐ惑わされますし、
 人間は無闇に信心深いですからね。かならず効果はあるでしょう」
アルデハイトの言葉通り効果はすぐに現れた。
空から見ていると、城の周辺の数万人の兵たちの囲みがまずは崩れた。
次第に隊列を乱して行き、最後には蜘蛛の子を散らすように
雨の中、バラバラに遠くへと逃げていく。
「マジか……」
「こんなものですよ」
アルデハイトは心底見下した顔でその様子を見下ろしながら、冷徹に呟く。
続いてオークやゴブリンの大軍団が
城の全ての城門から吐き出されるように
武器や鎧を捨てて全力で逃走していく様が見える。
上手く行くもんだな……。文化の違いかな……。
「さ、我々も帰りますか」
「あれ?もう終わり?」
「はい。我々二人でこの城を占拠しても仕方ないですから。
 この二人は連行するとして。このご婦人は近くの安全な村にでもおろしますね」
「こいつら連れて行くの!?」
俺は驚いた。ゴブリンとオークを連れていくんかい。
「なんでですか?王都へと連行したら、タカユキ様の戦功がはっきりしますよ?」
「お、おう」
何となく釈然としないまま、俺はアルデハイトと共に近くの村へ降り立ち
雨に濡れない場所に女性を降ろすと、
俺たちはゴブリンたちの鎧を脱ぎ捨てた。
そしてアルデハイトが不思議な色のレインコートを羽織る間、
俺は捕えた二名の体についていた武装などの重いものも全て捨てていく。
それが終わると
縛り上げられたまま相変わらず気絶している二人の
背中の結び目をそれぞれの手で掴む。
その俺の背中をアルデハイトが両腕で抱き締める形で
再び飛んで、皆が待つ街へと戻っていった。
しおりを挟む

処理中です...