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ローレシアン王国編

レインメーカー

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その夜は夕食から就寝まで
アルナと共に、風邪のミーシャの世話をした。
どうせすぐにばれるし、二人にも話しておこうと思い、
ミルバーン城からさっきのセミーラのことまで
全て明かすと、ベッドの上のミーシャが
「……私も一緒に行きたかったな……それとオーク女は治ったら、まず、ぶん殴る」
と静かに呟いたので
「セミーラとも仲良くしてやってな。俺はその気はないから」
と一応効くか分からないが、フォローはしておいた。
アルナは、話よりも部屋までもってこられた夕食のほうが
興味がありそうだったので、その間、ずっと食べさせていた。

翌朝、俺はすっかり治って笑顔のミーシャに
馬乗りになられたのに気付いて起きる。
「兄さん!治ったよ!」
「おお、良かったじゃないか」
窓の外は相変わらず土砂降りである。
扉の開かれた寝室の方を見ると
アルナは床に敷いた布団で「すぴーっ」と寝息を立てている。
朝食でも食べるかと、ミーシャを体から降ろして
起き上がると、部屋がノックされる。
扉を開けるとアルデハイトである。
「おはようございます」
「メスオークは、お戯れに連れて行かれるとのことだったので、
 これから、ゴブリンだけを故郷に連れて行ってまいります」
爽やかな笑顔の下に何となく妖しいものを感じた俺は
「俺も行かせろ。ゴブリンたちの故郷を確認したいし」
と答え、続いてミーシャも
「私もーっ!」
と後ろで元気良く手をあげる。
アルデハイトは両手を上げ、首を振り、さらに大げさにため息を吐くと
「しかたありませんね……では朝食後に三名と下等生物一体で参りましょう」
と微妙に残念そうな顔で立ち去っていった。
「どっか適当なところで、空から落として殺すつもりだったな」
何でかは知らないが、何となく分かるのだ。
俺の勘が彼の顔を見たときからそう囁いている。
「そうなの?」
「あいつ、ゴブリンやオークを生き物として見てないわ」
「ふーん。まぁほとんど力馬鹿で頭悪いけど、同じ生き物ではあるよ」
彼らと会ったことあるらしいミーシャはそう呟いた。
人間側の認識もそんなものなのかもしれないな。と俺は思いながら
着替えて、ミーシャと共に食堂へと朝食を食べに行く。

早い朝食を食べ終わった俺たちは
寝入っているみんなの起床を待たずに、老ゴブリンのナーズルを起こし
全員でレインコートを着た。
そしてナーズルの故郷らしいローレシアン東南端のゴブリン集落まで
土砂降りの中、アルデハイトの翼で飛んでいく。
俺はミーシャもいることだし、一応自衛のために
彗星剣ルートラムを腰に下げていく。
「片道一ダール(時間)くらいはかかりますから、落ちないようにお願いしますね」
最上部で俺を両手で抱えたアルデハイトが述べて
その下で俺の両腕にそれぞれ硬く紐で身体を結ばれたミーシャとナーズルが頷く。
このポジションならアルデハイトが
"ついうっかり"を装って老ゴブリンを空から落とすことがないはずだと思い
俺がそうさせた。普通ならかなり無理な姿勢だが、重さも感じない。
やはり重量的にはアルデハイトは余裕らしく、
つまらなそうに視界の悪い前方を見て飛んでいる。
空を飛ぶ俺たちの下方では、沢山の山々や森、そして街や城が通り過ぎていく。
着くまで時間もあるしせっかくなので、俺は雑談をする。
「ナーズルは、帰ったらどうするつもりなんだ?」
「まずは村衆に真実を聞かせますな。それで受け入れられるようなら
 各村の長老へとそれぞれ伝令に行かせます」
「それで上手くいきそうな感じ?」
「どうでしょうか。五分五分でしょうな。"凶"の狂信者も多いですから」
「なんか手伝おうか?」
「そうですな。何かはっきりとした……"証"があれば良いのですが」
そういいながら、老ゴブリンは俺の腰に下げてある剣に注目する。
「それは……彗星剣では?」
「ああ、リグ・ベイシャとかいう水棲族と知り合いで、
 昨日、その使いが置いていった。何でかは全然わからんけど」
「すごいよねーっ。話を聞いてて誇らしかったよ」
ミーシャが素直に俺を褒めて
アルデハイトは"リグ・ベイシャ"の名前を聞き、微妙に不快な雰囲気を出す。
そして老ゴブリンのナーズルは
「その剣を、村の者たちの前で一振りしてもらえませぬか」
としばらく考えた後に頼んでくる。
「やったら説得できそう?役に立つなら何でもやるよ」
「ありがたい。よろしく頼みます。これで光明が見えてきましたわい」
嬉しそうに喜ぶ老ゴブリンに俺は役に立てるなら
良かったなと思い、そして上空の雨雲を見上げる。
あれ……?雲に微妙に隠れてるけど、なんか浮かんでないか?
「おい、ミーシャ……」
「浮遊城だ……久しぶりに見た」
「何だ、あれ?」
雲の下部分に突き出るように、避雷針を逆にしたような巨大な尖った先端を持つ
逆さまになったいくつもの塔が風に逆らって南側へと流れていく。
老ゴブリンはそれに気付くと目を瞑って、必死に何かを唱えながら拝んでいる。
それをうざったそうに見下ろしながらアルデハイトが

「あれは通称"レインメーカー"、第四空中城です。
 我々魔族の間では、元、気象兵器とも、気象装置とも云われています」

俺は初めて見て驚いたが、この世界では有名なものみたいだ。
「すげぇな……誰が作ったの?」
「決まってる!ロ・ゼルターナ神だよ!」
ミーシャが声をはりあげて、俺に教える。
「一説にはそうですね。我々も近年、何度か調査を試みているのですが
 周囲に強靭なガーディアンが何体も居まして、進んでおりません」
「ガーディアン?」
「マシーナリーはご存知ですか?」
「機械人間的なあれ?」
ミーシャの村の村長から第六の種族として存在しているという話は聞いた。
会ったことはまだない。思い返しても多分ないと思う。
「彼等が占有権を主張して、いくつかの浮遊城にすでに住み着いているのですよ。
 ガーディアンとは、マシーナリーの防衛装置群のことです」
アルデハイトは雨雲の中に突き出た逆さの巨塔群を何とも言えない表情で眺める。
魔族のことだ。マシーナリーとも仲が悪いんだろうなと思いながら
俺も眺めていると、再び雨雲の中へとそれは消えた。
やっと祈るのをやめた老ゴブリンは
「ありがたいものが見れました。幸先が良さそうです」
と俺にすっかり好々爺になった顔で感謝する。
「ふっ」
アルデハイトはその言葉を一笑に付して、スピードをあげた。

ゴブリンたちの集落というより、それなりに大きな村に着くと
雨がタイミングよく小雨になり
ナーズル帰還を慶んだ老若男女のゴブリンたちから大歓迎で迎えられた。
なんか、思ってたより好意的だな……。
むしろ、家とかゴブリンたちの服装とか
思ったよりきちんとしているし、人間たちの村と変わらないな。
などと思いながら俺はナーズルに導かれるままに、村の広場にある壇上に登り
ゴブリンたちやミーシャたちを下がらせて
彗星剣ルートラムを雨が止み、雲の間から光が差す
上空へ向け、軽く一振りする。
剣閃の軌道が蒼く残ったのに驚いた、その直後に
ゴオオオオオオオオオォォォォォという大きな衝撃音と共に
星屑が舞い散ったような美しい蒼い衝撃波が
空へと昇っていく。
一メートル無いほどの細身の片手剣だが
俺の剣術の威力を何らかの力で倍加しているようだ。
こりゃあ、簡単に相手を殺してしまいそうで、無闇に振れないな……。
と俺が消えていく衝撃波跡を見上げながら考えていると、
ナーズルがすばやく壇上に上がり、俺の前で声を大きく張り上げ
「皆も今の剣筋で分かったであろう。
 このお方こそが、真の流れ人!そして我等を救済するお方である!」
「偽者の"凶"などに従っている場合ではない!
 ただちに同族の各村、そしてオーク達にもしかと伝えよ!!」
「我等"見捨てられた種族"を救うのはこのタジマ様である!!!
 わしはこのお方に会ってすでに救われたのだ!!」
目を丸くしているゴブリンたちに演説した。
すぐに拍手と歓声に包まれた俺の後ろを振り返ると
笑顔のミーシャがパチパチと手を叩き、
隣ではアルデハイトが"やってられん"というダルそうな顔をしている。

蜂の巣を突いたように騒然としているゴブリン村で
ナーズルは村人たちに矢継ぎ早に伝令の指示を出しながら
「本当にお時間とらせました。
 おそらく我々はもう大丈夫だと思います。
 また、何かあればセミーラへと使いを出しますので
 お忙しいお三方は我々のことはお気になさらず、お帰りになってください」
そう俺とミーシャの手を交互に強く握りながら感謝する。
アルデハイトも俺が睨んだら、小指だけ出して一応、握手もどきはしていた。
そのあとで懐からハンカチを取り出し、指を拭いていたが。
ふと見上げると空は完全に晴れている。あれ……雨期どこいった。
「ねぇ、ナーズル。いつか、兄さんがピンチの時は助けてよね?」
「それはもう喜んで。こちらの態勢が整い次第、
 いつでもゴブリンとオーク全軍でお助けいたします」
ミーシャの抜け目無いお願いに、ナーズルは快く快諾した。

「セミーラを宜しくお願いします」
と頭をさげたナーズルの姿が小さくなっていく。
ここ数日で初めて晴れた空をアルデハイトに抱えられて飛ぶ。
ミーシャは今度は俺の腹と背中があたるような態勢で
縄で巻きつけられている。
ミーシャが「近いほうがいい」と言ったので
仕方なくポジションチェンジした。
まあ、魔族のアルデハイトや、異常な体力をもってしまった俺ならともかく、
普通の人間のミーシャが行きに続き、また一時間も同じ態勢で
全体重支えるのもきついだろうという気持ちもある。
「晴れたね」
「そうだねーっ。浮遊城が通ったあとは何故か晴れるんだよね」
「気象兵器ではないかと云われている所以ですね。
 周囲の空中の水分を吸い取って広範囲に放出しているのではないかと
 我等の国の学者たちは推測しています」
「ふーん。色々あるんだな」
「ほら、前方では雨がふっているでしょう?」
確かに山の向こうは雨雲に覆われているのがわかる。
何だ、晴れたのはレインメーカーのせいだったのか。
「ほんとだ。不思議だな」
「あーっ、もう青空終わりかぁ」
残念がるミーシャは
「雨期が終わるまで、またね、青空さん」
と上空の太陽に手を振った。
「雨期自体はレインメーカーとは関係ないのか?」
「断言はできないですが、おそらく違うと思います。
 たまたまレインメーカーが雨期の地域に出現する頻度が高いというだけでしょう」
アルデハイトはレインコートのフードを被りなおしながら答える。
「他の浮遊城はどうなってんの?」
「いずれ、直接見られる機会がおありになると思うので、
 その時に詳しく解説いたしますよ」
アルデハイトは異様に整った顔で意味ありげに微笑む。
再び土砂降りの中へと、俺たちは入っていった。
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