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ローレシアン王国編

中央山

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「高い崖だな。王都って実は高地にあるの?」

土砂降りの中
王都の方角へと伸びる道は、崖の下まで続いている。
「その通りです。王都に行くには二種類の方法があります」
「ひとつは知ってるよ!滝の裏側に広いトンネルがあるんだよね。
 そこをずっと昇っていくんだよ」
「そうですね。途中にはトンネルと外部の崖の壁をくりぬいて作られた街もありますよ」
「へー。面白いそうだなぁ」
どんな構造をしているか見てみたくはある。
「もう一つは?」
「本来なら緊急公務の者たち専用なのですが、
 先ほどの関所でどさくさに紛れ、クラーゴンから乗船許可をもらいました」
馬上のルーナムは意味ありげに微笑む。
「乗船?」
「はい。船に乗ります。これで二日ほど日程を短縮できる感じです。
 待機に二日ほど使いましたから、トータルではおよそ予定通りですね」
「よくわからんけど、早く着くのは良いことだと思う」
ミーシャが風邪にかかったりしているので、普通に歩いていたら
何が起きるかわからない。
話しているうちに土砂降りで視界の悪い俺たちにも
はっきりと見えてきた。

滝の水が落ちている先が大きな湖になっていて
そこには向こう岸に伸びる数本の長く立派な鉄橋と
湖の上に浮かぶ、鉄の塊のような黒光りする異様で大きな船があった。

鉄橋の上には疎らだが、俺らと似たような雨具を羽織った人たちが行き来している。
「あの船に乗るの?」
「そうですね。あれがもう一つの交通手段です」
俺たちの一団は二時間ほど歩くと崖下の湖にたどり着いた。
中央の滝裏にうっすらと巨大な穴が見える。
豆粒のような通行人たちが向こう岸の道を辿り、吸い込まれるように
滝裏に入っていくところを見ると、あそこが例のトンネルなのだろう。

俺たちは岸辺に金属製の橋のように広いタラップで接続された巨大船に乗り込んでいく。
全身鉄の塊みたいな船というか浮上している潜水艦のような異様な出で立ちだ。
その脇にポッカリ開いた大きな乗船口から
兵士にやたら丁寧に案内されながら俺たちは船内に入っていく。
後ろを振り返ると大馬車もそのまま同じタラップを進み、船内に入ってきている。
アルデハイトはとうとう帰ってこなかったが、まぁ誰も心配していないところをみると
ほっといてもいいのだろうと俺は判断した。
船内に入ると、例えがおかしいかもしれないが
宇宙船の廊下というか通路のような巨大通路が姿を現し
馬や馬車は俺らと別れて、通路を後部へと兵士が先導していった。
船の前部へと徒歩になった俺たちは進む。
明らかに機械仕掛けであろう電灯が室内を煌々と照らし
SFの宇宙船内のような雰囲気を俺や妹、そして元盗賊団たちは驚きながら見回す。
「ルーナムさん……失礼だけど、こんなもの作れる技術力があるとは思わなかった」
「言われると思っていました」
ルーナムはふふっと微笑み
「客室についたらお話しましょう」
通路の途中にある「302」と書かれた
全自動式で開閉する扉を潜ると、豪華な装飾に彩られた
大きな現代的な客室が姿を現す。
幾つかの広いソファと、室内中央には船外の様子が
前後左右の四分割で映った白黒のモニターがある。
「どうぞ」
ルーナムは俺とミーシャと、メイド二人、
そしてレインコートのフードを目深に被ってマスクをしているセミーラを中に入れる。
ルーナムは元盗賊団たちを隣の「303」に案内すると
こちらの部屋へと、戻ってくる。
落ち着いた様子のルーナムはソファに腰を下ろし
「おそらく二ダールほどで、王都へと着くでしょう」
とリラックスした表情で一息ついた。
俺たちも次々にソファに座っていき、ルーナムの次の言葉を注視する。
おお、あそこにあるのは冷蔵庫ではなかろうか。
俺は思わず立ち上がり、大きな冷蔵庫を開けると中には
蓋のされたコップに入った冷えた飲み物が各種沢山入っていた。

久しぶりに機械文明に触れて感動しながら、皆に飲み物を配っていると
ふと、どう考えてもおかしいと気付く。
あるはずがない。王族の住むホワイトリール城でさえ、中世程度の作りだった。
というより未だに火薬すら、ザルガスが幽鬼の森で使っていたものしかみたことがない。
二十一世紀の地球文明並のこんな装置をこの国が作れるはずが無い。
首を傾げながら、ソファに着席すると船内放送が響く。
「ええー、お客様、この度は我が船にご乗船頂いてありがとうございます。
 船長のリックと申します。半ダール(時間)後に本船は潜行、湖内のトンネル内を通り
 その後に王都中央山の誇る、水圧による上下移動システムで
 専用水路内を浮上を開始します」
唖然として聞いていると
「潜行、浮上を四回ほど繰り返しますが、揺れはほぼないのでご安心ください。
 各客室には動く絵の映る板がありますので外の様子は、そちらでご確認できます」
「では、良き船旅を」
プツッという音がして、野太い声の船内放送は切れた。
「すごいねぇ。人間たちは進んでるねぇ」
セミーラはレインコートを脱ぎながら部屋を見回して、驚く。
人間のミーシャも同じ表情なのだが……。
メイド二人は初めてではないようで、大人しく渡された飲み物をソファで飲んでいる。
ああ、必死に頭を働かせていると、何となく理解できた、つまり
「ルーナムさん。これ、機械族マシーナリーから提供されたものでしょ?」
見たことはないが、超技術を持ってるっぽい情報は各所で聞いた。
「さすがタカユキ様。その通りでございます」
「やっぱり菅がらみ?」
「それもその通りでございます。すばらしい」
「他もこういうのがあるの?」
「いくつかはございますね。この潜水艇も五つの方角に設置されていますし」
「話せる範囲で色々訊いてもいい?」
「もちろん。スガ様とマシーナリーの関わりからお話しましょうか」
「うん。頼む」
いつの間にかセミーラとミーシャもこちらへと顔を向けて
興味津々と言った表情である。

「スガ様は若きころ、世界を巡る旅に出たとき、
 ローレシアン八宝を持ち帰ったというのは以前お話しましたよね?」
「うん」
獄炎剣、ドラゴニアンバスター、怒りの神槌という
八宝のうち三つの名前はよく覚えている。
どんなものかは獄炎剣以外はまだ不明だが。
「その時に、大半が壊れていた八宝の
 整備や修理を買ってでたのが、マシーナリーたちです」
「菅とはいつ仲良くなったの?」
「そこはご本人が明かされなかったので、謎ですが、
 未だに定期的にマシーナリーの使節団が王都へと着て、
 この潜水艇も含め、その度によく整備してくれています」
「なんか菅に恩があるんだろうな。それかマシーナリー側に思惑があるのか」
SFや漫画にはよくある展開である。
恩を返すふりをして刃物でブスりみたいな。元文芸部……いや、
漫画部の読書量を舐めてはいけない。
「または両方かでしょうね」
「ここの船長や乗組員は人間なのかい?」
セミーラが三杯目のジュースを冷蔵庫から取り出しながら話に入ってくる。
「人間ですね。定期的に入れ代わりますが全て人間のみです」
「じゃあ最初にマシーナリーから教えられた操作を伝え続けているわけか」
「そうだと思います。この船も古びないですが
 おそらく七十ラグヌス(年)以上は造られてから経っていますからね」
近代的な見た目とは違って、船員たちの意識は伝統芸的なものなのかもしれない。
「王都の水圧システムとかいうのもマシーナリーが?」
「いや、それはスガ様が当時の学者たちと意見を交換しながら作られたみたいですね」
「あいつもやるもんだなぁ。ただの体育会系だったのに」
「マシーナリーって姿かたちを変えられるって聞いたけど本当?」
ミーシャも試しに質問してくる。
「詳しくは分からないですが、王都に訪れる使節団の方々は、
 我々とまったく変わらない人間の姿をしていますね」
アルナも以前に使節団の話をしていたな。
たしか同じ感じの内容だった。

そのあとは、外の様子をモニターで眺めながら
みんなで雑談をしていると、潜水艇が静かな駆動音と共に動き出した。
モニターを眺めると、ゆっくりと湖の中へと沈んでいく。
「おお、すごいな……」
「ねー。歩きルートは大変だからねぇ。前来たときはあがりきるまでほんとに二日かかったよ」
ミーシャが感動冷めやらぬ様子で教えてくれる。
「王都中央山は、一つの国ほどの広さを持つ巨大な段状の山になっているのですが
 それぞれの段、階層ごとに町や小さな村が大量にあります」
「その頂上に王都があるの?」
「はい。五段目ですね」
下が四段あるのか。
防衛的な意味はきっとあるんだろうけど、凄く特殊な地形のようだ。
それをこの潜水艇が水圧システムとやらでカットして進んでいくんだな。
そうこう言っているうちに、モニターでは湖の下に沈んだ潜水艇が
崖下の岩壁に開いた巨大な穴に入っていくのが映る。
「おお、こんなところに通路があるんだね」
綺麗にくり貫かれた水中のトンネルを潜水艇は進み、
切り開かれた場所に突き当たると水上に浮上して停止する。
モニターを見てみると、
船の周囲にはぴったり閉じられた水門のようなものがあるようだ。
そこで船内放送が再び繋がった。
「えーえー、現在、第二王子領からの緊急使者団が乗った潜水艇が
 南部の水圧システムを使っております。少々お待ちください」
「同時には使えないんだ」
「そうですね。五箇所のどれかが使用していると、他の場所は待つしかありません」
「どんな仕組みなの?」
「それ自体は単純ですよ。今の船が居る地点の下の水門を閉じて、
 水を左右の水門を開けて流し込むだけです。
 すると上部に通っている長い通路を船が浮上していきます」
「そうか、そうしたら船を水の浮力であげられるもんな」
「そしてここに流し込んだ水はキープして、次に浮上が必要な地点がでたら
 そこに移し変えます。それの繰り返しです」
「原理自体は単純だけども、たぶん、それを造る労力が大変なんだな」
「そういうことです。各水門の開閉も水圧による発電を利用していますので
 ここもマシーナリーの技術供与ですね」
「へー面白いなぁ」
再び船内放送が喋る。
「えーえー船長です。お待たせいたしました。浮上を開始します」
床下でゴスンッ!というおそらく下方の水門が閉まる鈍い音がして、
モニターを眺めると周囲の水門からゆっくりと水が流し込まれているのが分かる。
嵩をあげていく水に押し出されるように
潜水艇は順調に上方へと上がっていっているようだ。
「問題なさそうですね。よかった」
ルーナムがホッとした顔をする。
数十分かけて潜水艇が上方通路を抜けると、
周囲に葉っぱの生い茂った大樹に囲まれた湖が姿を現す。
ふたたび船の下方から水門の閉まる鈍い音がして
雨の降りしきる湖の中を潜水艇は優雅に進みはじめた。
ここが王都中央山の一段目なのだろう。
湖を抜けると、大きな河に入り、進んでいく。
モニターに映る周囲には街や村も見える。
「うおっ、橋が左右に開閉したぞ」
「すごいねー」
ミーシャも目を見張っている。
セミーラはメイド二人とともにソファで寝入ってしまった。
そこで再び船内放送が響く。
「えーえー船長です。大変申し訳ないのですが、
 現在前方で王都防衛軍による小規模なワイバーンの群れの討伐戦が行われており
 多少待機にお時間を頂きます。ご了承ください」
「戦闘があってるみたいだけど、大丈夫なの?」
不安げなミーシャが尋ねる。ルーナムは余裕の表情で
「はい。問題ないでしょう。王都防衛軍は優秀ですから」
「ところでアルデハイト大丈夫かな。飛行してきたら捕まってたりして」
俺もなんとなく訊いてみる。あまり心配はしていない。
「……何ともいえませんな」
「たまには良い薬じゃない?自分勝手なやつだしー」
ミーシャは旅館で提案を嫌がられたことを根にもっているようだ。
まぁ、どうにかするだろう。と俺はモニターで周囲の街や景色を眺める。
相変わらず土砂降りの雨が降っているのが分かる。
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