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ローレシアン王国編

謁見室

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「きゃああああああああ」

というミーシャの叫び声で俺と飛び起きる。外はまだ薄暗い。
パジャマのまま、ミーシャが寝ている寝室に飛び込むと
半身を起こした下着姿のミーシャが
同じベッドで安眠しているアルデハイトを睨んでいる最中だった。
「兄さんだと思って抱きついたら……」
顔を真っ赤にしてアルデハイトを叩き起こそうとしているミーシャを
首を横に振って止め、服を着てもらい、寝室の外へと連れ出す。
そしてソファに座らせて落ち着かせつつ
ミーシャが気を失ってから、アルデハイトがここに来るまでの経緯を話した。
「……」
ミーシャは髪の毛を軽くかきながら、不快そうな表情でそれを聞いている。
「わざと捕まったみたいに話して、強がっているが、
 たぶん……本気で逃げられずに捕まったんじゃないかな」
これは俺の推測である。あいつが最初に王都に来た時
確かに王都中央軍に追われていた。
今回も何らかのルートで侵入を試みて王都中央軍に捕まったんだろう。
そして脱出の機会を待っているうちに俺の部屋まで連れてこられたわけだ。
「……あいつがしょげている所を見たかったなぁ」
ミーシャが悔しそうに呟く。
「いいじゃないか。適度に抜けているところもいいところだよ」
「兄さんは優しすぎるよ」
「世の中には色んな人がいるんだから、
 その人たちを性格の一面、種族や見た目で判断したら、中身が見えなくなるよ」
「そうかなぁ……」
ミーシャは頬っぺたを膨らませる。
俺は少し早いが冷蔵庫の中にマイカが押し込んでいた
厨房から貰って来た食料の残りの中から、食べられそうなものを出して
「いただきます」と言った後に
ミーシャとモソモソと食べはじめる。
食べているうちに妹の機嫌も直ってきたようで少しずつ話しかけてくる。
「アルナ探索隊はもちろん私もいくからねっ」
「いいけど、もう毒矢には当たらないでくれよ」
「うん。アルデハイトから解毒薬いっぱい作ってもらう!」
「いや……そういう話じゃなくて」
「あいつが居れば何とかなるでしょ」
「頼りっぱなしもどうかなと思うけどな。あいつも大変だろ」
「うふふ。今回メンバーは、アルデハイト、マイカ、私と兄さんかな」
「そうなるかもしれない。ザルガスは部下たちが丸々居てほしいはずだしな」
政治とかの偉い大人たちの交渉役はザルガスに任せるとして
俺はそれ以外にも、色々と考えないといけないことがありそうだな。
ぼんやりとそう思いながら、窓から外の様子を眺める。
曇り空だが、朝日が少しずつ昇って来ているのが見えている。
「今日も小雨だな」
「そうだよ。最後の大きいのは明後日くらいかなぁ」
「雨が早く終わってくれることを願うわ」
俺は乾パンをかじりながら、ぼーっと呟いた。

その後、起き出してきた二人を混ぜて四人で
テーブルの上に広げられた食料を食べ、朝日に照らされながら雑談していると
部屋の扉が叩かれる。

「タジマ様とそのご一行様たち!1ダール(時間)後に!女王陛下との謁見式がございます!正装等、ご準備の程をよろしくお願いします!」

と壮年の男性兵士が外から告げてきて、すぐに去って行った。
マイカとアルデハイトがすぐに連れ立って
寝室のクローゼット内に用意されていた正装を引っ張り出してきて
みんなで雑談しながら着替え始める。
「うむ……いよいよ……タジマ王子様……兼お大臣様……爆誕……」
「まだまだですよ。私の見立てでは
 タカユキ様の最大版図はこの惑星半分以上です」
「……二人ともやめてくれ……すでに荷が重いんだから」
「マイカと私も領地もらえたりしてね。もちろんアルデハイトは無いけど」
とミーシャが鏡を見ながらネクタイをしめているアルデハイトを茶化す。
そしてマイカと共に寝室へと着替えに行った。
「私は平等な権利の保障された世界で育ちましたから、
 そういう野卑な欲望はございませんよ。知識欲のみですね」
「いやいやいや、俺も一応はそうなんだけど……」
「流れ人というのは、否いやが応にも人の上や前に立つ宿命なのです。
 私はただの一魔族にしか過ぎません」
「……重い……重過ぎるな」
「まぁ、自らの運命を楽しみましょう。
 タカユキ様が壮健でこそ、我々魔族も安泰というものです」
そう言いながらアルデハイトは、
結び慣れていない俺のネクタイも結んでいく。
そしてスーツの上着を俺に渡してきた。
たぶん、こういう格好をこの世界に正装だと広めたのは
生前の菅とかなんだろうなと思いながら、俺は皺ができないように丁寧に着ていく。
スーツ姿になった俺とアルデハイトは
寝室から出て来た色鮮やかなショートドレスを着たマイカ、ミーシャと
ソファに並んで座って、迎えを待つ。
「覚えとかないといけない礼儀作法とかある?」
俺はアルデハイトに尋ねる。
「人間の王族は古代は公の場で、即興詩を詠み合い会話を交わしていたといいますが
 現代はそれほど面倒な作法はないはずです。
 失礼の無い程度にかしこまりつつ、頭を下げれば良いだけかと。
 もし何かあったら、私が補佐いたします」
「ありがとう。詩かぁ……美射は下手なのよく書いてたな。
 渡されても、俺はわかんなかったけど」
「美射さんとは?」
アルデハイトは初めて訊く名前に興味津々である。
「ああ、すまん。元の世界の親友の女。こっちの世界では関係ないよ」
「そうですか……」
アルデハイトは何かを考えてから、話題を切りかえた。
「ミサキ女王は出席なされますかね。
 もう長くないと、我々魔族にも伝わってきていますが」
「……信念の人……あとは補佐役……待つだけ……それで変わる」
マイカがいつものように意味ありげに呟いた。
「……そうですか。ならば注意して観察してみましょう」
アルデハイトはどうやらマイカに一目置いたようで
彼女の話を、切り捨てずに、聞きながら興味深そうに顎を触って目を細める。
その後も雑談していると、扉が叩かれて開ける。外では
武装した女兵士たちが「王都の中央謁見室までご案内いたします」
と頭を深々と下げてくる。

俺たちは兵士の先導に従って歩き続け、十数分ほどで
三メートル以上はありそうな大きな金色の扉の外へと案内される。
こんな場所あったのか……。やはり広い……とてつもなく広いぞ、この城。
見回すと、俺たちが歩いてきた扉へと続く高い天井の通路には、
刺繍の入った幅広のカーペットが敷かれていたが
緊張していてまったく目に入ってなかった。
これからのことを考えると胃が口から飛び出そうだ。

扉の前にすでにザルガスや元盗賊団の面々も待っていて
スーツ姿のザルガスは険しい面持ちで
他の皆も同じ格好をして緊張し、そわそわしている。
俺は一応、ザルガスと顔を覚えている元盗賊団の数人に挨拶しておいた。
いつもと変わらないマイカとアルデハイトは何かを話し続けている。
ミーシャは俺にくっついて、不安げな顔である。
「セミーラは?」
とスーツ姿でロンゲを後ろで縛ったミノに訊ねると、緊張を解いて、頭をかきながら
「邪魔しちゃいけないから、俺の帰りを部屋でじっと待つって言ってます。へへっ」
照れくさそうにしていた。

「お時間です!!ご入場を!!」

と言う兵士たちの大きな掛け声と共に、目の前の金色の扉が左右に開かれる。
すると
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
という異様に熱狂した歓声が謁見室内の上下左右から響き渡った。
一瞬想定していなかった事態に混乱しかけたが
周囲を見回すと何故だかすぐに理解できた。
左右端に囲うように三階席くらいまであるのだ。
そこには偉そうな服装の人々がズラッと何百人も、
いや、恐らくは千人以上並んでいる。
円形の全体は、ちょっとしたスタジアムの様である。
そのど真ん中のカーペットが敷かれた長い道を戸惑いながら
兵士たちの先導で奥へと進んでいく俺たちはドーム会場で花道を進むスターの様だ。
「実に悪趣味ですねぇ」
そう顔をしかめたアルデハイトが俺に囁きかける。
何とも言えない。とりあえず進むしかないだろ。と黙り
導かれるまま奥へと歩き続ける。

進み続けると大きな球状に穴が空き、何も無い空間の前へとたどり着く。
奥には深い縦線が高い天井まで伸びた黄金色の壁があるだけである。
しばらく待っていると上から、なんと人が乗った大きな玉座が降下してきた。
なんじゃこりゃああああああ!!と、俺たち一行のほぼ全員で驚愕するが
後ろでアルデハイトは笑いを堪えているようで、含み笑いが聞こえて来た。
しかし、アトラクション施設にありそうな仕掛けである。
なんか高速で座席が上下するやつ。それの玉座バージョンと言うか……。
おそらくこれも機械人マシーナリー製だろう。

一メートル以上の高さがありそうな玉座から
大きな王冠と派手なドレスが重たそうな華奢な少女が
長い茶髪のいかにも病弱そうな真っ白な顔を少し傾けて
下段にいる俺の方を向いてくる。
ああ、確かにこの人が女王だな。と思えるほどの美しく繊細な面持ちである。
恐らく菅の血は入っているのだろうが、面影はまったくない。
年齢は俺と同じ程度だろう。
そして、女王は力なく何か言おうとして、俺の顔を正視した瞬間に
顔が真っ赤になり、口を押さえて悶絶しながらいきなりアタフタしだした。
「……?」
大丈夫かこの人、と思いながら俺は一段高いところに座る女王の顔を見上げる。
すると王冠を取り外した女王が俺を見下ろしながら恥ずかしそうに口を開く。

「……けっ、結婚してください……」

「……え……」
俺たちと、見守っていたお偉方の観衆たち
全員が一瞬時が止まったように口を開いて、呆然としていると
その瞬間どこからか厳しい軍服を着た大老ミイが
大量についている勲章をジャラジャラさせながら駆け寄ってきて
「女王陛下はお具合が悪いようだ!私が代理で、流れ人但馬様と、そのお仲間に褒章を授ける!」
と城内に大声で宣言して、観衆たちは再び
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
と歓声をあげてきた。
「まずはタジマタカユキ様!!
 ローレシアン三思勲章を与え、王都中央山、二段目、三段目を与える!!」
「そして国防のために欠席をしているが、
 タジマ様と大戦果をあげたクラーゴン大佐にはローレシアン聖騎士勲章と、
 中将への特進、そしてゴルスバウ方面討伐司令軍の司令官を任す!!」
打って変わって一言も聞き漏らすまいと、静かになっている城内で、
ミイは次々に褒賞を読み上げていく
俺はその度に直立不動でミイに向かって頭を下げる。
後ろでは仲間たちが全員跪いている。
「タジマ様の仲間の"人間"たちには、それぞれ能力に応じた爵位を授け
 ローレシアン貴族としての地位を与える!!」
俺の後ろで元盗賊団たちが静かに喜び合っている。
そんなことより俺はミイの後ろから、
惚けた顔でこちらを見つめ続けている女王の視線が気になってたまらない。
相当、体調が悪いようだ。
「以上!!わが国はわが父、マサヨシ様ご存命のときの様
 強く、優しい国へと戻る!!我等の運命はタジマ様と共にある!!」
そうミイが強い口調で、観衆を見回しながら宣言すると
「うおおおおおおおおお!!!タジマ様万歳!!!」
それに応えた大歓声がやたら広い謁見室中に響き渡っていく。
俺は恥ずかしさと戸惑いしかない。
「そして、今一つ、重要な発表がある!!」
と大老ミイは、いつの間にか脇に控えていた、
裾に白いヒラヒラのついた貴族服を着込んだ壮年の男を指差す。
髪はクルクル巻かれた金髪のカツラだ。
音楽室のモーツァルトの肖像とかがつけてるやつだな……これは。
「えー、あー、ネーグライク国の国務大臣ナブリスです。
 この度は、タジマ様への正式な養子縁組の要請をもってまいりました」
場内から拍手が鳴り響き、俺はその壮年の男から
失礼の無いように丁寧に書状を受け取る。
男は渡し際に
「どうぞ、我が国をこれからもよろしくお願いします」
小さく頼み込んできた。
「ええ……ま、任せてください」
俺は何となく答えてしまう。
その言葉を聞いて、満足気な顔になったナブリスは素早く脇へと引き下がった。
「タジマ様はこれで、次代のネーグライク王座は確定した!!」
他国のことなのに言い切ってしまっていいんかい。
いや、勢いで言ってしまった方がいいのか……と考えながら俺は聞く。
「ネーグライク王族として、そして我が国の大領主として
 ローレシアンを支えてくれるであろう!!」
大老ミイが声を張り上げて、場内は再び歓声と拍手に包まれる。
俺はその様子を見ながら、この国にとっては、スガ家は支配者なんだなと改めて思い知る。
完全に満場一致である。誰も大老ミイに異論を述べそうな者はいない。
ミイはその様子に満足気に頷くと、突っ立っている俺に
「あとで、女王陛下のお部屋に」
と小さく伝えて、退席していった。
俺たちは歓声に包まれながら、異様な大謁見室を退出していく。
出た瞬間にアルデハイトが身体をよじらせて爆笑しだし、
その背中に、素早くよじ登ったマイカが後ろから両手で口を塞ぐ。
「……まだ……はやい……おもろいのは……わかる……が……」
「すっ、すいません……でも、ここまでとは……あははっ」
アルデハイトはマイカを背中から降ろしながら
周囲で困惑している兵士たちに、
「我々は先導いりませんよ、マイカさんができますから」
と丁寧に断って、元盗賊団たちを部屋まで案内するように促す。
そして俺たちはザルガスに領地管理などを予定通り頼んで
準備ができ次第、アルナを探索に行くことを手短に告げ、
マイカの先導で自室まで歩き出す。
途中で歩きながらもアルデハイトは笑い続ける。
「あんのっ……移動式玉座と言ったら……あははっ、スガ様も人が悪い」
「なんであんななの?確かに変ではあるけど」
「……あれは……観客席より……高い位置から……降りてくる……」
マイカがポツリというとアルデハイトは深く頷いて
「つまりはくだらないプライドの問題なのですよ」
「……???」
「王様が国民より低い位置に居たらダメなんでしょ?」
となんとなく気付いたらしいミーシャが言う。
「そうです。だからあんな変なことになっているわけです」
「……観客席……高すぎる……だから……玉座もっと高いとこから……」
「ああ、何となく分かった。それで上から降下してこないとダメなのか」
国民の誰よりも常に上にいないといけないのが王なので
一番高い観客席よりさらに上から、わざわざ下に降りていってやっているという
仕草を見せ付けないといけないわけである。
でも、そもそも……。
「あんな、観客席自体いらないんじゃないか?邪魔だろ」
アニメや漫画とかでよく見る謁見室は、左右に大臣が並んで
その奥に王様や皇帝などもっとも偉い人が
高い玉座に座っているといったシンプルものである。
ホワイトリール城も、ソーン城もそうだった。あんな変な造りにはなっていない。
「だから、そこが、この城を設計されたスガ様の意地の悪さなのですよ」
とアルデハイト笑う。
「……あらゆる場所で……不自然にして……王族の立場を……弱めている……」
マイカが補足する。うーん、何となく分かったような分からないような。
「しかし、天下のローレシアンの王城が、あんな情けない謁見室とは……くくく。
 中々、面白いものを体験させて貰いました。あははっ」
アルデハイトは思い出し笑いで悶絶している。
「それよりも……私の聞き間違いじゃなかったら
 女王様が"結婚"とか言ってなかった……?」
「ん?そんなこと言ってたか……?"決行してください"に聞こえたんだが」
ミーシャの問いに俺は首を捻る。
「んー。そうかもねっ。女王様だもんね。私の聞き間違いか」
まさか結婚とか言わないだろ。
高い教育を受けてきたであろう王族が、正式な公の場でだぜ?
ありえんだろ。曲がりなりにも大国の女王様が、そんな変な女なわけがない。
ああ、そういえば大老ミイが後で来てくれ的なことを言っていたな。
仕方ない。昼飯食って、アルナ探索の準備が終わったら、
マイカに女王の部屋まで連れて行ってもらうか。
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