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冥界編

違う階層

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「さみいっすね」
洞窟に入りカンテラを灯しながらジャンガスが言う。
旗が取り外された槍を持ち、辺りを警戒しているようだ。
「……感覚……それは……生きてる……証……」
マイカがよくわからんことを呟き、俺は
「レインコートでよかったら着る?」
「たすかるっす」
ナップザックの中から雨避け用にもってきた灰色のレインコートを取り出し渡す。
そこで思いだした俺は、かなり先に
軽やかに歩いていくアルデハイトに大きく声をかける。
「虹色のやつ、今、渡していい!?」
「あ、覚えていてくださりましたか。ありがたく頂きます」
アルデハイトはわざわざ戻ってきて、俺の手から
丁寧に虹色のレインコートを受け取ると、さっそく着た。
「なんかすそれ。すごそうなんですけど」
ジャンガスが興味深そうに
鈍く虹色に発光するレインコートを着たアルデハイトを照らす。
「"良いもの"です。
 本当に良いものとは、それをつける資格のある者に自然と集まるものです。
 例えばタカユキ様とか、この国で"今なら"ラングラール様ですかね」
上機嫌なアルデハイトは俺を遠まわしに褒める。
ジャンガスは俺とアルデハイトを交互に見ながら
「俺もそうなりたいもんっす」
一人でウンウンと頷いていた。

再びアルデハイトは勝手に先を歩き出し、
俺たちはマイカの先導でそれに続いていく。
「ん……兄さん、ここどこ」
俺に背負われている眠っていたミーシャが起きだして小さく呟く。
「あれっすあれ。えーとなんだっけここ」
「……マガルヴァナの……故郷……冥界への入り口……」
なんか今、マイカが怖いことを言った気がするが、俺は何も聞かなかったぞ。
「ああ、もうついたんだね」
ミーシャは背中から降りると、俺からレインコートを受け取って羽織る。
そしてジャンガスに
「付き合いたいならちゃんと守ること!!」
といきなり指をビシッとさした。
おお、ミーシャがとうとう俺以外の男に……と感動していると
「兄さん以上になったら認める!!」
さらに偉そうにのたまう。
それは難しいんじゃないかな……頭はともかく、体力的なこととか……。
「がんばるっす!!さあどうぞ、お姫さま」
しかし、ジャンガスはめげないでミーシャに手を差し出す。
ミーシャは俺をチラッと見ながら、その手を握った。
ミサキ女王との一件を見て、ミーシャなりに考えたのかなと思いながら
俺は最後尾で皆の様子を見ながらついていくことにする。

その後
二時間ほど、ゆっくりと俺たちは進んでいった。
洞窟は広く深い、そして少しずつだが、降りていっている感覚がある。
怪しげな気配は無いが、何となく感覚が狂っていくような感じに包まれている。
「なぁ、マイカ。このまま進み続けても大丈夫か?」
「……今回のメンバー……世の汚れと……無縁……たぶん……行ける」
「世の汚れ?」
「……しがらみ……後悔……罪……虚無……大人なら皆……もってるやつ」
「それがあるとやばいの?」
「……ここから先……少し……階層が変わる……」
そう言っている内に、いきなり洞窟が途切れ、目の前に燃え盛るような
だだっぴろい真っ赤な荒野が現れる。
空も赤みがかっていて気味が悪い色だ。
「な、なんすかここ」
「兄さん……」
ミーシャたちが不安げに、マイカと俺を振り返る。
二人とは対照的に遠くでアルデハイトは気持ち良さそうに
両腕を上に突き出して身体を伸ばしている。
あいつかなり背高かったんだな。
細身で微妙に猫背だったから気付かなかった。
と思いながら、俺はマイカに尋ねる。
「ここは?」
「……煉獄……生前の罪……焼かれる……場所……」
「……何も無いんだが……」
「……罪なければ……見えないし……聞こえない……進もう……」
マイカは真っ赤な荒野を直進し始める。
ジャンガスたちもカンテラの火を消してそれに続く。
遠くではアルデハイトがスキップしているのが見える。
うんざりするほど代わり映えの無い景色を
さらに二時間ほど進むと、再び壁際に洞窟を発見して、中へと入る。
「アルデハイト……休憩……夕飯タイム……戻れ……」
マイカが呟くと、魔族の聴力で聞きつけたらしいアルデハイトが
ゆっくりこちらへと戻ってくる。
俺たちはカンテラをつけ、地べたに座り、乾パンや水などを分け合う。
「マイカさんどうでした?今年は中々、悲鳴や拷問が多かったでしょう?」
「……世界の乱れ……いまひどい……」
マイカはマカルを剥きながら嬉々とした顔のアルデハイトに答える。
俺は何となく怖い話を避けようと
「目的地は、どのくらい先なんだ?」
「あと四つほど抜ければ、目的の黄泉まで辿り付けます」
「兄貴、それ一日以上はかかるんじゃないですか……」
ジャンガスが恐々とアルデハイトに訊ねる。
「その通りですよ。どこかで寝る必要もありますね」
「食料とか足りるのか……ああ、俺が食べなければ、いけそうだな」
ナップザックの中を眺めながら理解した。
こんなときのための流れ人ボディである。空気を食べていよう。
「食料といえば、皆さま、大事な話です」
とアルデハイトは全員の顔を見ながら話しかける。
「ここで出された食料をどんなものでも口には入れないように。
 戻れなくなりますからね」
うわー。これオカルト系の話でよくある、
あの世の食い物は食ったらダメ系の話じゃないか。
ということはここは……この世界のあの世とか……まさか……。
「まじっすか……」
「わ、わかった。気をつける」
ミーシャとジャンガスは戸惑いながらも受け入れる。
俺も頷こうとすると
「ああ、タカユキ様は例外です。むしろ、どんどん食べて頂いて結構ですよ」
「……えぇぇ」
「……とりこんでいけ……免疫……つけられる……」
マイカが謎のアドバイスをしながら俺の背中をポンポンと叩く。
まぁ、流れ人である俺は、
空気吸ってる時点ですでに何か食べてるみたいなもんらしいので
どっちにしろ、すでに手遅れではあるのかもしれない。

食事し終わった俺らは、再び洞窟の中を歩き始める。
感覚の違和感は収まったが、微妙に周囲に人の気配を感じるようになる。
それも大量である。全員俺たちが進む方向と同じ方へと
降っていっている。
「これ……次……進む……人の群れ……」
マイカが俺の隣に並んで歩きながら話しかけてくる。
「二人は感じていないのか?」
ミーシャとジャンガスは手を繋ぎながらも怯えている様子は無い。
「……二人若い……それに……どちらかというと……清廉……」
「引っかからないんだな。俺はやっぱり同化してるの?」
「……エネルギー……取り込んでいる……すぐ見え始める……」
うわー、そういう怖いのはいいんですけどおおおおおおおお!
そう内心思いながら、俺は渋々とマイカの隣で
人の気配だらけの洞窟内を歩き続ける。
一時間ほどするとジャンガスの持つカンテラに照らされて
洞窟内を歩く人々が見え始める。

真っ青な顔で五体満足な者、血だらけの者
頭や手足が無い者、上半身だけで這って進んでいる者
そういう亡者の群れが、洞窟内を大量に進んでいっている。
うん。血とか傷とかリアルである。リアルで怖い……
いやリアルで怖いとか言うほど、語彙が吹っ飛ぶほどリアルで怖い……。
遊園地でお化け屋敷に入れない俺は早くも気絶しそうだ。
「……」
「……大丈夫……彼ら……こちら見えない……」
マイカが俺を安心させる。
「良かった……こんな人らに声かけられたらショック死するわ」
「でも、たまに……」
マイカはそう言うと、目の前で立ち止まって
見えていないらしいジャンガスたちに必死に何かを話しかけている
ボロボロの服を着て真っ黒なボサボサの頭をした裸足の子供を見つめる。
「……私……答えたら……ダメ……でも……」
と俺を見てくる。理解した俺は。
「分かった。話しかけてくる」
気を紛らわせに俺はその子の所まで言って話しかける。
少なくとも人の形をしているので怖くはない。
「お兄さん、僕の話が分かるの?」
「そうらしい。君は?」
「僕、マルガ城に住んでたんだけど……兵士が攻めてきて……」
ああ……。そういうことか。戦争でね。
俺は近くまで歩いてきたマイカに
「どうしたらいい」
と訊ねる。マイカはヒソヒソ声で
「……望む道を……与えよ……」
と短く言ってから、俺にカンテラを渡し、そ知らぬ顔で進み始める。
「どうしたい?」
「帰りたい。お父さんとお母さんの居る世界に」
「俺もどうしたらいいか、よくわからんけど……とりあえずついて来る?」
「うん」
男の子はそう言って俺の後ろについてきた。

さらに一時間ほど歩くと、どこまでも続くような一面氷の世界に出た。
空は雲のない満面の美しい星空である。
先を歩くマイカはミーシャとジャンガスに
まっすぐ歩いていくように促すと、俺の少し前まで戻ってきて
再び進んでいく。
俺はマイカの後ろを距離をとりながら歩く。
その後ろには男の子もトボトボとついてくる。
歩きながら周囲を見回すと、カチコチに凍った亡者と
行く当てもなくさ迷っている亡者がチラホラ見える。
時々遠くで、地面の氷を割って幅数十メートルはありそうな巨大な手が出てきて
その上を歩いていた亡者たちを引きずりこんでいくのが見える。
マイカに解説を頼みたいけど、男の子がついてきている今は関われないようで
彼女は決して距離を詰めようとはしない。
そのまま二時間ほど歩くと、再び洞窟へとたどり着く。
今度は休憩無しのようで、前方を歩く三人はそのまま中へと入っていった。

「長いね」
と男の子が背後で呟く。
「そうだね。でも進み続けたらどこかに着くらしいよ」
「……お兄さんの言う通りにするよ」
男の子は諦めた風な物言いで、俺の後ろをペタペタと裸足でついてくる。
再び、亡者の群れに混じって洞窟の中を歩き続ける。
いい加減、この状況にも慣れてきて、次第に余裕の出てきた俺は、
周囲を歩く亡者たちを観察し始めた。
性別男女半々で格好は軍服からパジャマ、そして全裸まで様々である。
種族は人間のみだ。他種族は居ないらしい。
手足のある者、無い者、姿かたちも千差万別だ。
うー、マイカに解説聞きたいけど、前方を歩く彼女はやはり近寄ってこない。
しかたないので俺はカンテラを掲げ、亡者たちを観察しながら歩き続ける。
男の子は無口なまま、ペタペタと裸足でついてくる。
亡者を観察するのにも飽きた俺は、男の子に話しかける。
「生まれもマルガ城?」
「そうだよ。お父さんとお母さんと妹の四人家族だった」
「お父さんの仕事は?」
「城の兵士さんだったよ。強いんだ」
「そっか……」
誰か一人でも生き残っていればいいんだが、と思いながら俺は次の質問を考える。
すると洞窟の前方から、腕が六つある紫の肌をした異形の
全裸の巨体マッチョが歩いてくる。

三メートルはありそうな身体に乗った頭は一つ目で、
頭頂部に一本の角が生えているのが分かる。
全裸だが、股間に性器はらしきものは無い。
そいつは前方を歩くミーシャとジャンガスを透過して、
さらにマイカを頭を下げながら避けて、俺の手前まで来た。
亡者の群れに慣れた俺は感覚が麻痺しているようで
異形のモンスターを見ても何も思わない。
恐ろしい外見に反して、敵対心は一切無さそうなのも無感覚に拍車をかける。

「獄門師のビギネメスと申します。流れ人のタジマ様でございますね?」

そのモンスターは多数の腕を前にまわし、揉み手をしながら
俺と並んで歩き出しながら話しかけてくる。
「何で名前知ってんの?」
「先ほど先頭を歩くアルデハイト様からご紹介されました」
「……あいつか。よろしく」
俺は自然にその異形から差し出された左手と握手をする。
冷たい。この世のものではないからだろうか。
「後ろの少年をご所望ですか?」
所望?こいつには欲しがっているという風に見えたのか。
「いや、欲しいとかそういうわけではなくて、
 ついてきたから、連れて来ているというか」
ビギネメスは、俺の後ろを歩く少年を一つ目でしばらく見つめて、
「魂は美しいですが、使役するにはパワーが足りませぬな」
と評してきた。
「使役?」
「ええ。ここには"式神"をお求めに来たのでは?」
「ああ、アルデハイトの奴が適当な説明したっぽいな……」
俺はビギネメスに仲間が幽鬼に身体を取られたので
取り返したくてここまで来たことを説明する。
「あの、マガルヴァナですか……」
とビギメネスは事情を聞いて複雑そうな顔を俺に向けた。
前方では洞窟の途切れた先に緑の草原が広がっているのが見える。
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