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冥界編

ライーザ

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「ええーっ!!兄さんそれって、
 私たち化け物と親戚になったってことじゃなーい!!」

俺は結局上手く眠れずに、起きだして来てご飯を食べ始めた皆に
連れていかれた概念界で起きたことを説明すると
ミーシャが驚きながら突っ込んできた。
「あ……そういうことになっちゃうのか……」
俺は全然頭に無かった。
むしろビギネメス夫妻は弟の親と言うことだから
下手すると、我々の義理の両親と言うことになってしまう……。
いや、義兄弟だからそれは無いのか。とか俺は頭の中が混乱してくる。
雰囲気に吞まれ、何も考えてなかったああああああああ!!なんてことだ……。
「……獄門師……親戚……いいね……」
マイカは朝食のスープをすすりながら冷静に言い
その後ろでアルデハイトが口を押さえながらも、堪えきれずに爆笑している。
「あははっ……冥界に弟を作り、獄門師と親戚になるとは……
 ははっ、ついてきてよかったです……あははは!」
「よくわかんねぇけど、タカユキ様すげぇっす。パネぇわ」
ジャンガスは干し飯を齧りながら、ひたすら頷く。
「すごくなーい!弟……ソウタ君だっけ?……それができたのは嬉しいけど……」
ミーシャは文句を言いながらも満更では無さそうである。
「えーと、煉獄、氷の世界、仮初と抜けてきたから
 あと二つで黄泉までたどり着くんだっけか?」
俺は話を変えようと皆に問いかける。
「……そう……"不安"と"白夢"こえたら……黄泉……」
「その後は亡懊宮と三途の川を抜ければ、"胎動界"です」
「胎動界?」
初めて聞く名詞である。
「果てですよ。この世界の。もっと下は
 輪廻に繋がると云われる巨大ブラックホールが口を開けています」
「……人の……形……胎動界……まで」
「何か分からんけど、凄そうだな」
「マガルヴァナは胎動界の審判員の一人でした」
「……魂の罪、裁いていた……でも強引……」
「ちょい待ち。すまん。とりあえず食べ終わったら行こう。
 そろそろ頭の記憶容量がパンクしそうだ」
俺は手を振って、話しの止まらない二人を止める。
どちらにせよ、その胎動界までは行かなければならない。
話を聞いたって聞かなくたって同じである。
「ふふ。では、片づけをしましょうかね」
アルデハイトは機嫌よくテントを畳み始めた。
それを見て、飯をかきこんだジャンガスが手伝い始める。
ミーシャとマイカは朝食の後片付けをする。
俺もどちらかと手伝おうとして、マイカに止められる。
「……少し……ゆっくりしておけ……疲れてる……」
気遣いに従うことにする。

俺は壁に背をつけてへたり込み、皆の片づけを見つめていた。
思いついたままにやったけど、とんでもない結果にならないといいなと
ソウタのボサボサの頭を思いだしながら
洞窟の天井に祈る。魂だろうが幽霊だろうが俺が弟と決めたらもう弟である。
どんなことになろうが、それは変更できない。
目の前を亡者がたまに通り過ぎていく。
皆、それぞれに傷を負ったり負わなかったりしている。
そうか……生きていて、傷や痛みや身体が時間に耐えられる限界を超えたら
俺も必ず死ぬんだな。それはこの世界に居続けても
元の世界に戻れたとしても間違いなくそうである。
そう考えたとしたら、限られた時間で俺は何が残せるんだろうな。
俺を慕ってついてきてくれる人や、関わってくれた人、
優しくしてくれた人たちに何を残したらいいんだろうな……。
そうボーッと考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。



……



「ねぇ但馬」

「何だよ、美射」
夏前の教室で休み時間に友達数名とダラダラ話していると
美射が近寄ってきた。
「あ、俺ら、用事あるんで。楽しんで」
「まてまてまて。行くなあああ……」
俺の大げさなリアクションに
気のいい友達たちは笑いながら、廊下へと去っていく。
その空気の読み方は必要ないだろ……と思っていると
「ばかっぷるー!!」
と廊下から全員に変顔で一斉に煽られて、俺は机に突っ伏す。
美射は頬を膨らませながらも何となく嬉しそうな顔をした。
そして真面目な顔に戻って、俺に話しかけてくる。
「さっき職員室に電話があってね。お婆ちゃんがね。あんまり長くないんだ」
「……その話、今じゃなくてもよくね。
 というか帰ってからメールとかアプリでしてくれ」
俺は机から顔をあげて、美射に抗議した。
入院している美射のお婆ちゃんが長くないのは何度も聞かされて知ってる。
美射だってとっくに覚悟はできているはずだ。
親戚でも何でもない俺には、話を聞く以外にやれることもない。
「今じゃなきゃダメ」
美射は上目遣いで俺を見つめてくる。いつものやつだ。
「……しゃあねぇな。聞くわ。で、俺は何したらいいんだ」
「今から一緒に、入院している病院まで来てくれない?」
「は!?」
いや、授業は……まだ午後までみっちりあるぞ。
高校へは、ほぼ擬似エスカレーター式みたいなもんとはいえ、
中三で受験生の俺らが授業放って、学校脱出して良いものだろうか。
「一緒に来て欲しいの。どうしても但馬と最後の挨拶をしたいから……」
「……」
「もう会えないかも……せめて、言葉が伝えられるうちに……」
泣きそうになった情けない顔で頼み込んでくる美射を見ていて、
考えるのが面倒になった俺は通りがかった友達に
俺は具合悪いから早退すると先生に言っといてくれ。と告げ
カバンに教科書をぶち込むと持ち、同じく帰る用意をした美射の手を引き
学校を出た。

いや、違うな……。

……実際は美射の申し出を俺は素早く断って、友達の輪に戻り
あいつは一人で泣きながら行った気がする。
これはこうだったら良かったのになという
都合の良い昔の記憶なのかもしれない。
本当は
どっちだったんだろう……。
もし、一人で行かせていたなら酷いことしたな……。
いや、親戚でも彼氏でもなく
ただの友達の俺に、無理なことを頼んできた美射が酷いのかな……。

どっちが正しかったんだろう……。


……


起きるとアルデハイトの背に括り付けられて背負われていた。
眠っていた俺を連れてきてくれたようだ。
「ああ、すまん。ここはどこ?」
アルデハイトは飛んでいる。彼の身体の手足には
他の三人も括りつけられている。
「"不安"です。歩くと時間がかかりますので、飛んでいくことにしました」
下を見ると、高低差の激しいアスファルトやコンクリートでできたような
無機質な世界に、断続的に地震が起きている。
コンクリートでできた山が崩れ、アスファルトの地面に
地震で地割れが起きて、亡者たちが飲み込まれている。
空からは太い稲妻が何本も落ち続け、アルデハイトは鼻歌を歌いながら
それを察知して避けていく。
「すっげぇなー。よくこんな世界つくれたもんっす」
ジャンガスは怯えるより感心している。
無言のミーシャは恐ろしさに眼を瞑っているようだ。
マイカも黙っているが、背中からは表情は見えない。
速度を速めたアルデハイトは素早く眼下に洞窟を見つけると
その中に急降下して滑り込んだ。
「こわかったぁ……」
「今までは変なものは見えなかったんですが、今回ははっきりしてたっすよ」
ジャンガスとミーシャが眼を丸くしながら
アルデハイトの手足と自らの身体を括りつけた縄を外していく。
俺やマイカも素早く縄を外す。
「"不安"からは特殊な死者たちのための地獄です。
 なので罪などの多寡に関係なく、視覚化されます」
「……浄化されれば……スキップして……輪廻……行く」
マイカがカンテラを灯しながら、補足する。
「大半の人はここまで辿りつきません。
 "仮初"を抜けた洞窟中に、ほぼ、人の形を失います。
 ここまでくるのは、よほど自我が強い亡者だけです」
アルデハイトが
ミーシャを透過して、奥へと向かっていく背の高く、がっしりした体躯の
意志が強そうな瞳を持つ砕けた鎧を着た、男性亡者を見つめながら話す。
見えていないらしいミーシャはその視線の先を不思議な顔をしながら
話を聞いている。
「進もうか」
皆の縄をナップザックに詰めた俺はそれを背負いながら言う。
「そうですね。時間は大切です。とくにここでは」
アルデハイトは意味ありげに答え、スタスタと軽い足取りで先を進み始めた。
彼の着ている虹色のレインコートがぼんやりと先を照らす。
俺たちもマイカの先導についていく。

道中はほとんど亡者は居なかった。
ただ、早歩きの俺たちが追い抜いていく亡者たちは
老若男女、皆、どこか威厳と屈託がある。誰もが一筋縄ではいかなそうだ。
黒いローブを着た真っ白な顔の老人を追い抜くときに
マイカが隣を歩く俺に囁く。
「……大老……パスカル……居た……とても早い……まだ死後5ラグヌス(年)……」
「大老って、ローレシアンの?」
「……そう……偉大なる……賢人……数少ない……正気の……魔法使い……」
「なあマイカ。ローレシアンってもしかして
 今まさに、菅が率いた優秀な前世代が消えていっている最中?」
話の通りなら、あの"不安"を人の形のまま
素早く通り抜けていっているような亡者である。ただものではないはずだ。
「……その通り……そして……タカユキ様……こなければ……おそらく……」
「ぶっ壊れていた?」
マイカは口を閉じて、それには答えずに、前方を指差す。
「大老……マムーシャ……ミゲルス……夫妻……早い……。
 七ラグヌス……ここではすぐ」
そこには、精悍な老夫妻が手を繋いで、ゆっくりと歩いていっている。
俺が貰った領地の元領主の二人である。名前はしっかり覚えている。
通り過ぎる際に夫婦の顔を見たが、
二人とも強い意志と優しさが感じられる良い表情だった。
「マムーシャ……先……ミゲルス……待ってた」
「そうか……」
俺は夫妻が良いところへと行き着きますようにと祈った。すると
「……ありがとう……スガの国を……よろしくね……」
と後ろから追い抜いた二人らしき、男女の重なった声から呼びかけられる。
急に色んな気持ちが噴き出てきて、もう泣きそうだ。
「……振り返る……ダメ……心に刻め……」
マイカは俺の手を素早く握って、前方へと引っ張っていく。
俺たちの背中では何も見えないミーシャとジャンガスが楽しそうに
小さな声で談笑しながらついてきている。
そちらに意識を集中して、俺は重たい気持ちを振り払った。

その後も数人の亡者とすれ違いながら
また二時間ほど歩くと、見えるすべて
地面から空の果てまで、真っ白な世界へとたどり着く。
「うわっしれええええええ!!!白すぎる!!」
ジャンガスはミーシャの手を繋いだまま元気よく驚く。
ミーシャは
「今度は大丈夫そうだね。変だけど怖くは無さそう」
と心底落ち着いた顔をする。アルデハイトはもう既にかなり先を歩いている。
俺たちも遠すぎて豆粒のようになった彼を早歩きで追うことにする。
歩きながらマイカに解説を頼むと
「ここ……白夢……虚無の世界……」
「虚無?」
「……目的を失った世界……資質や……経歴でなく……
 ……純粋に……ベクトル……問われる……」
「よくわからんけど、俺らは大丈夫なのか?」
「……我等……迷う暇なし……今なら余裕……なり……」
マイカはそう言い切って、俺の手を引き、先を行くアルデハイトを追う。

真っ白な世界をアルデハイトを目印にまっすぐ歩いていくと
また二時間ほどで、洞窟へとたどり着いた。
そこに入るなりマイカがカンテラをつけながら
「……休憩!!……休むぞ!!」
と手を上げて皆に大きく呼びかける。
アルデハイトもいつものようにわざわざ先から戻ってきて
皆と一緒にカンテラを囲んで、休憩をとる。
俺は、地べたに座って、水などをのんでいる皆を見つめていると、
"白夢"を越えて来た亡者がこちらを見ているのに気付く。
右手が二の腕から先が無く、胸に大きな痛々しい切り傷がある女性だ。
恐らくその傷が致命傷だろう。
胸を斜めに深く裂いている切り傷なのに、その中心は
貫通して背中の向こうまで風穴が空いている。
どんなことをされたらこんな風になるのか。
斜めに斬られた後に、深く突かれたのだろうか……。
背丈は少し高めか、軽鎧を纏った格好からして武人だろう。
顔はウェーブかかった茶色いロングヘアーに隠れているが、おそらく美形だ。
乾パンを齧っているマイカに視線を投げ、確認すると
「……話してよい……ここまで来た亡者は……未練は無い……」
と言われたので、手を縦に振って呼んでみる。
その亡者はゆっくりと近寄ってくる。
「珍しいご一行だなと思って見てしまいました。
 失礼だったらもうしわけありません」
女性は丁寧に俺に頭を下げる。
「名乗っていいもんなの?」
マイカに訊ねてみる。ここは慎重さが重要だろう。
「……よいだろう……彼女すでに……審判を……待つのみ……」
「兄さん、そこに誰か……居るの?」
ジャンガスに抱きつきながらミーシャが怯えた表情で俺に尋ねてくる。
「うん。でも怖くないから二人は安心して休憩していいよ」
「ういっす。ちょっとカンテラ借りるっす。いい機会だし、向こうで話してます」
ジャンガスは気を利かせて、震えているミーシャを連れて俺たちから少し離れる。
あいつ、中々いい男だなと思いながら、俺は女性の亡者に着席するように促す。

「どうもありがとうございます。私はライーザと申します」

右手の無い女性は俺の隣に座りながら、自己紹介をする。
「あ、どうも。但馬孝之と申します。この人たちは俺の仲間です」
女性は微笑んで俺の顔を見つめる。
やはり綺麗な人だ。目鼻立ちがすっきりしていて涼しげだ。
そしてただ綺麗なだけでなく、何かを持っている顔だ。
それが何か分からないが、人とは違う。
いや、もう亡者なので人とは"違った"が正確かもしれないな。
「"瞬きのライーザ"ですか……」
その隣に座ったアルデハイトがライーザをマジマジと観察しながら
意味ありげに呟いた。
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