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冥界編

式神

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マイカはうな垂れた俺の手を引いたまま
鈍く金色に発光する石だらけの荒野を進んでいく。
隣に俺に手を引かれているライーザを訝しげな目で見つめているアルデハイト
そして、最後尾に話の尽きない二人がついてきている。

歩き続けていると少し、頭の混乱が落ち着いてきた。
菅のことは、ゆっくり考えればいい。
それよりも今は、目前に迫ったアルナ救出をなんとかしなければならない。
忘れていたわけじゃない。
延々と異常なことが起こりすぎていて、考える暇すらなかったのだ。
顔を上げる。歩きながら振り返って
その俺の顔を心配そうに覗き込んでいたマイカが、微笑んだ。

起こった事は仕方ない。
適当さだけが、良い意味でも悪い意味でも俺の持ち味である。
大人でも悩むような難しい話は、とりあえず置いといて
俺みたいな世の中のこと何もわかってねぇガキは
今やるべきことをやるだけだろ。
たかが俺ごときに、長く落ち込んでいる暇などないのだ。

「タカユキ様、ライーザさんに……」
アルデハイトは何かを言いかけて、ふと前方の気配に気付いて目を向ける。
「獄門師の方々のお出迎えですね」
前方には、昨日会ったビギネメスも含め三名の異形なモンスターたちが待っていた。
他二人はビギネメスとの姿と微妙に違っているが一見して同族だとは分かる。
真っ黒な肌で三つ目の頭の上からノコギリのようなものが生えている者と
もう一人は、緑色の腹からうねる触手が生えている。

彼らはこちらに気付くと、皆、六本ある腕を組み合わせて頭を下げる。
そして近づいてくる。
「亡懊宮は楽しんでいただけたでしょうか?
 ご不快な想いをされていたら申し訳ありません」
ビギネメスは、心配そうに俺に話しかけてくる。
複雑な想いがあるが、ここはまぁ、空気読んでやるか。と
「結構、興味深かったよ」
何とか余裕の表情を作って言った。ビギネメスは再び頭を下げる。
やり取りを見ていて、安堵のため息を吐いたアルデハイトが
「三途の川へ行く、お迎えですか?」
と三人に話しかける。
頭からノコギリの生えた真っ黒な獄門師が
「その通りです。差し出がましいようですが、
 保安上の都合で、滞在時間を短縮して頂きます」
と身体に似合わない、狂ったような甲高い声で答えた。
「……助かる……ここ……三日居るの……やばい……」
マイカが何か怖そうなことを言っているが、気にしないことにする。
「では、向かいましょう。潜ってください」
ビギネメスが六本の腕で空間を捻じ曲げて、大きな真っ黒な穴を開ける。
いきなり出現した大穴に、獄門師たちが見えていない二人は大慌てで
「に、兄さん!!何これ……」
「なんすか!!この穴なんすか!!すっげー!」
慌てているのか、喜んでいるのか分からない反応をする。
「ああ、前話したソウタのお父さんが今来ててな。
 三途の川まで連れて行ってくれるそうだ」
そう言うと、すぐに理解したらしきミーシャが明後日の方向を向き
「弟をよろしくお願いします!!」
全身を折り曲げる勢いで頭を下げてジャンガスも「ます!!」と続く。
その様子を横目で見たビギネメスは微笑んで、何も言わずに
自らの作った穴の中へと入っていく。
俺たちも次々に続いてそこへと入る。

穴を潜ると、虹色の水が流れる向こう岸の見えない大きな河が
多種多様な色でカラフルな石の転がる広い河原の向こうに流れていた。
「……あれ、思ってたより……」
明るい感じである。まったく陰鬱ではない。
三途の川とか言うので
もっと静寂に包まれていて、悲壮感のある場所かと思っていた。
「すっげええええええええええ!!!!虹色の河だああああああ!!」
ジャンガスがさっそく走って河まで駆け寄っていこうとして
ミーシャから腕を掴んで止められる。
「もうっ!!弟のお父さんがいるんだから静かにしてよっ」
ミーシャは頬を膨らませて注意をして、
ジャンガスがどこか嬉しそうに「ごめん、ごめん」と謝る。
うむ……"バカップル"の王座をそろそろ禅譲する時期がきているかもしれない。
……とはいえ、それの元凶である本物の美射はどこへ行ったのかはさっぱりだが。
あいつもどこかで元気にやっていればいいけどなぁ。
やつと二度と会えないというのは、若干寂しいが、ある意味で幸運でもある。
どうせどこかで元気にやっているだろう。
生命力旺盛で異様にしぶといのが美射である。

妹たちを見て、すっかり気分が晴れてしまった俺は、
先を進む獄門師たちや、マイカ、アルデハイトについていく。
道中ほぼ喋らないライーザもしっかり俺の手を握っている。
そして、なんとなくその顔を振り向いて見て、俺は気付いた。
くしゃくしゃの髪の毛の中の顔は、明らかに赤みが差している。
不思議そうな俺に気付いた、アルデハイトが前からこっちに寄って来て
「吸われてます。普通の人ならもう死んでますよ」
なにか意味深なアドバイスをして、再び前へと長い足で歩いて行った。
吸われてる……?生命力?まさかなぁ、俺はピンピンしている。
腹も減っていないし、空いている左手で頬だって触ってみるがこけていない。
何のことだろう。まぁ、いいか、今は色々と考えていると身が持たないる
カラフルな河原の上に広がる鈍く金色に光る空を見あげながら歩いていて
足元の石につまづきそうになり、前を見ると、
近くの河原に、大きな帆を張った木船が停泊しているのが見える。
その近くには平べったい真っ暗な紙の様な人間の形をしたものが
ウネウネと蠢きながら数体歩き回っている。
先行していた獄門師たちはその物体に近寄って何やら話しかけ始めた。
俺たちも静かに近寄っていく。
ミーシャたちはやはり船しか見えていないようで、近寄って物珍しそうに見ている。
そしてそこを煩わしそうに、平べったい物体たちが顔を向けながら避けていく。
ビギネメスがマイカへと近寄り
「一人6センで、36センありますか?河の渡り賃です」
と訊いてくる。マイカはポケットを漁って
「……小銭は……持ち歩かない……主義……でね……」
用意していたらしい札束をビギネメスに渡した。
かなりの分厚さである。
どこからもって来たかは……絶対に訊かないでおこう……怖すぎる。
ビギネメスはそれを両手で頭を下げながら受け取ると
平べったい物体たちへとサッと渡す。
するとそいつらは「キーッ!!キキャー!!」と発狂したように騒ぎ出し
マイカの前に素早く全員集合して、何と土下座した。
一瞬、怒っているように見え、俺は内心慌てていたが
どうやら喜んでいるようだ。
マイカはそいつらに俺たちを指し示し
「……私の……友人たちも……乗せてけ……大事しろ……」
と腰に手を当てて、あえて偉そうな態度で命令した。

俺たちはその平べったい物体……マイカによると"トーキー"というらしい。
トーキーたちに木製の帆船に乗せて貰って、河を渡っていく。
ビギネメスたち獄門師は、俺たち全員が船へと乗るのを見届けると
「帰りにまた来ます」と告げ、一斉に礼をして
再び空間に穴を空け、そこを潜り、去って行った。

トーキーたちは「キーキー」言いながら平べったい身体を駆使して
舵をとり、帆を張りながら、虹色の水が流れている河をなんと直進していく。
普通の河なら少なくとも多少は横に流されていくような流れを
船が直進していくのを俺やミーシャたちは驚きながら船首付近で眺める。
ライーザは甲板の横側に寄りかかり、三途の川の幻想的な光景を眺めていて
船の端に座ったマイカはボーッとしている。
アルデハイトは帆の支柱頂上に掴まって、河の向こう岸を眺めている。
いきなり立ち上がったマイカが
「ちょっと……きて……」
そう言って俺を船尾まで連れて行く。
「どうしたんだ?」
「……アルナ救出ついでに……式神……ゲットしておけ
 ……流れ人……認められた権利……でも……マガルヴァナ
 ……再使用ダメ……解放しろ……」
「式神か……俺にもいるんかな……」
菅みたいに無理やり連れて行くのもなんかなぁ。
国家転覆の陰謀くらいなら、アルデハイトとかマイカがいれば
余裕で何とかなる気がする。
「ここ……何度も……来られない……意味は……出たら……分かる」
「そうかぁ……そこらに居るトーキーじゃダメ?金渡したらついてこんかな」
「……トーキー……金に弱すぎる……裏切る……」
「確かにそんな感じだな」
マイカの横を通り過ぎるときに必ず頭を下げるトーキーの船員をチラ見する。
帆からスルスルと降りてきたアルデハイトが
「何やら面白そうな。話をしていますね」
と近づいて会話に混ざってくる。
「式神についてなんだが……」
と俺はアルデハイトにアドバイスを求めてみる。彼は少し考えた後に
「一番良いのは、概念界で一体と契約することですね。
 あそこに居るのは、ほぼ実態を持たない神や悪魔たちですから、
 式神にすることで身体を持たせ、強力に守護させることができます」
「ビギネメスに引き合わせてもらっとけば、良かったなぁ」
「……そこ行く時間……もう無い……アルナ救出したら
 ……すぐ……出してもらう……」
マイカが首を横に振る。
「次の手は菅様のように、ここ黄泉や胎動界から異形を引っ張ってくること。
 まあ、相手によっては、少し面倒な手続きが必要ですかね」
「その手続きって、無理やり封印したりとかだろ?それは嫌だな」
首に鎖をつけて、地上まで引きずって行く趣味は俺にない。
「ふーむ。ならば下策ですが、死者を式神とすることもできます。
 まぁ、大抵は嫌がるので、これもほぼ強制的ということになりますが」
「……わざわざ……黄泉まで降り……また……現世戻る……二度手間……」
マイカが捕捉する。
「そうか……絶望的なのは分かった。諦めるか」
「式神の居ない流れ人の方が、多いですから。
 手に入れられずとも、お気になさらずに」
マイカも仕方無さそうにブンブンと首を横に振る。
トーキーたちが一斉に「キーキー」と甲高い声で鳴き始め
船が対岸の港に接岸されていくのを告げる。
船首付近ではジャンガスが騒いでいる。
港の先には、どこまでも広がる煌く世界が広がっていた。
瑞々しい湿原に蓮のような神秘的な花が咲き乱れ、
その間を布きれを着た様々な種族の人たちが
連れ添って幸せそうに歩いている。
パッと見、おそらくマシーナリー以外は居るのではなかろうか。
三途の川の川辺に座り、下半身の尾ヒレを三途の川の虹色の水に浸している
水棲族の身体の大きな女性も俺の目に止る。
リグ・ベイシャに良く似ているので親戚かもしれないな。
見上げると、鈍く金色に光る空に、大きな翼を広げたアルデハイトによく似た
魔族らしき美男美女たちも並んで飛んでいる。
そして、ジャンガスの騒いでいる内容を聞くにやはり見えていないようだ。
「人間たちの言うところの"天国"です」
アルデハイトが目を細めながら教える。
「……辿りついた死者たちは……ここで……審判受け……
 ……通ったら……自らの形……忘れるまで過ごす」
「人の形を失くした後は、輪廻へと吸い込まれて行きます」
アルデハイトは、遠く黄金の空の中心で渦を巻く
真っ黒なブラックホールのような巨大な穴を指差した。
「キーキー。キキャ」
近寄って来たトーキーが接岸された港にかけられた
木製のタラップを指差し、話していた俺たちに船から降りるように促してきた。
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