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ローレシアン王国鎮圧編

準備完了

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起きていたメイドを呼び止め、軽食を用意してもらい
屋敷の大広間のテーブルでサーニャと二人で食べる。
寝る前までに開放感に浸っていて、夕食を食べ忘れていたのだ。
部屋の壁に設置された暖炉がパチパチと音を立てている。
いきなり半年もスキップしたので、完全に季節感が狂っているが、今は冬なのである。
サーニャはラバースーツの上からジャケットを羽織って
軽食をモソモソと食べながら、さっきからずっと無言だ。
「サーニャさんっていくつなの?」
女性に年齢を聞くのは失礼だが、若そうなのであえて聞いてみる。
「24です……」
「お姉さんだなぁ。俺、今年17だ」
「……」
「どこ出身?俺は知っての通り、別の世界からきたんだけど。
 小さな町でさ。殆どの人が顔見知りって感じだった」
「……私の出身地は、第三王子領北西部にあるエッカードという小さな村です」
「なら一緒だね。お互い、小さな……えっと、コミュニティ出身だね」
「……」
反応が悪いので、家族の話をしてみる。
「うちは両親が共働きで、俺は出来の悪い長男で。年の三つ離れた妹がいて」
実は妹が居たのである。とはいえ、ミーシャみたいなはじけた感じではなく
地味で真面目なタイプである。今ごろ元気でやっているんだろうか。
「……」
「サーニャさんの家族ってどんな感じだった?」
「……私には、家族は居ません」
お、おう。さっそく地雷を踏み抜いたのか……俺は。
「疫病で……みんな……。私は、親戚をたらい回しにされて、気付いたら軍に入ってました」
重いな……しかし、世の中には色んな事情の人が居ることは
ガキの俺だって知っている。
「そうかぁ……」
そこでしばらく会話が途切れる。次に何を話しかけたらいいか
気を効かせたメイドが運んできてくれた温かいスープをすすりながら、考える。
よし、これだ。
「俺が、サーニャさんの次のバグラムの機械槍の使用者になったわけだけど、
 先輩として、何かアドバイスはありますか?」
「……うーん。"あいつ"は、気まぐれとしか……」
「やっぱ、あれは意志をもってるの?」
柄の先についていた銀色の顔が喋り捲っていたような覚えがある。
「そんな気がします……あ、ちなみに診断結果の
 タイプは何でした?私は"エンプレス"と言われました」
「最初に何か訊かれたやつ?なら"フール"だったな」
「あの質問で導き出したのはアルカナなのかな……調べてみるか」
軍人らしい鋭い顔に戻ったサーニャは、独りで考え込みだした。
「この世界にもアルカナってあるの?」
俺はテレビゲームのモチーフや、占いに使われているくらいしか知らない。
「二千五百ラグヌス(前)に"最初の占星術師"である流れ人、グエン・ビーが
 異世界から持ち込んだと云われています」
それ、冥界で見た奴だ。心の抜け殻が長い黒龍になっていたやつ。
言っていいものか迷っていると、吹っ切れた顔になったサーニャが
「私、タカユキ様に恋焦がれすぎて、
 軍人としての職務を忘れていたかもしれません」
といきなり真面目な顔をして、言ってくる。
どうやら機械槍の話題で、我に返ったようだ。
ありがとうバグラムの機械槍、ほんとにありがとう。
これからも使うたびに振り回されるだろうけど、全てこれで許すわ。
「でも、ずっと諦めませんから。
 いつか、愛人でもよいので、お傍に置いてくださいねっ」
ホッとしていると、意志の強そうな瞳で見つめて不意打ちを喰らう。
俺は冷や汗を流しながら笑顔で誤魔化した。

食事を用意してくれたメイドにお礼を言ってから、
俺たちは、それぞれの部屋に帰る。
何とか収まったようだ、良かった。と思って部屋を開けると
パジャマ姿のマイカが起きていて、窓際の椅子に座っていた。
「……サーニャ……収まったか……」
テーブルを隔てて、反対側の椅子に座りながら俺は、ふと気付いたことを言う。
「もしかして、守ってくれるつもりだったのか?」
「……うむ……私……寝ていれば……躊躇する……」
「それ、お前が危なくないか?」
「……隙見て……強い催眠術……かけるつもり……だった……」
「もしかすると、逆にサーニャのほうが、助かったのかもしれないな……」
アルデハイトはあれでまだ人間味があるやつだが
マイカは何を考えているか、底知れない。
「……その考え……正しい……私の忠実なる……下僕一号……逃した……」
マイカはフフッと怪しい笑いを浮かべながら、
テーブルの上の鍵束を手にとって、部屋からヌルリと出て行った。
俺はそれを普通に見送りながら、しっかり扉と窓の鍵を確認して
歯を磨いたり、用意されていたパジャマに着替える。
今度こそ、しっかり寝る用意をして、ベッドに横たわる。まだ真夜中だ。
俺はいろんな人に抱きつかれて、サーニャとゴタゴタしていただけだが
アルデハイトがしっかり裏で、ザルガスに作戦への参加連絡はしてくれているはずである。
大老ミイも夜通しで、俺たちの提案した作戦のために動いているはずだ。
明日は早朝から、ラングラール軍討伐戦である。
再び俺は眠る。


……


「ずっと昔、とある巨大な恒星の周囲に
 突如できたマントルの塊のようなエネルギー体の引力が
 隕石や小惑星を宇宙から呼び、衝突を繰り返したそれらは
 巨大な岩の塊になり現在のこの星の元となった、
 そこにさらに衝突した巨大隕石が吐き出され、割れ
 大きな三つの月が作り出された。
 だが何らかの理由、おそらくは、この星に影響する潮力の関係などで、
 その内の二つは不要と判断され、
 平行世界等の異次元へと放り込まれたと推測される」

えんじ色のローブのフードを被って、真っ白な長い髭を伸ばした老人が
天球儀のある小さな教室で、そのような内容を弟子たちに講義している。
生徒の一人の俺は、質問のために手を上げ、老人に訊ねる。
「不要と判断して、異次元へと月を放り込んだのは、誰なのですか?まさか神さま?」
教室では苦笑とも何とも言えない生徒たちの笑い声が起こる。
老人は難しい顔をして
「そう解釈するしかあるまい。我々は彼の方を、確かに感じるのだから」
苦々しく述べる。


……


そんな変な夢を見て目覚める。外を見るとまだ暗い。
たぶん五時くらいだろうか。
美射やら謎の爺さんやら、さすがに変な夢を見すぎである。
疲れているのかもしれない。
とはいえ、そんなことを言ってられないんだが、
寝癖を立てたまま、洗面所で歯を磨いていると、
呪布に包まれた機械槍を抱え、アルデハイトが部屋に入ってくる。
寝ていないようで、目の下に隈が出来ている。
テーブルの上に機械槍を置くなりアルデハイトは近寄っていく俺に愚痴る。
「ザルガス殿に一晩、飲みにつき合わされましたよ」
「……うわ、それは何かすまんかった」
すぐに駆け付けなかったのは寝ている俺に気を使っていたのだろう。
「仮眠して二日酔いでくるそうです。それくらいは許してくれと仰ってました」
「まぁ、迷惑かけたからな」
いきなり半年も俺たちが消えていた間のザルガスの心労は計り知れない。
それにしても……。
「よくつきあったな。嫌じゃなかった?」
「んーいい加減、人間に慣れたのかもしれませんね。別段ストレスは無いです」
と言いながら、アルデハイトは
寝室のベッドへとフラフラと歩いていって眠ってしまう。
まぁほっとこう。こいつのことだから寝過ごしたりはしないだろう。
俺は粛々と今日の準備をしていく。
彗星剣を腰に帯刀し、呪布にくるまれた機械槍を背負おうとすると
マイカが朝食に呼びに来る。

廊下で今日の作戦のことを復習しながら、俺たちは食堂へと向かう。
上手く行けば、二時間ほどでラングラール軍を壊走させられるだろう。
結構、大変な作戦なのだが、
ライグァークと戦った俺は……いや戦って無いな、怯えていただけだ。
そして冥界まで踏破……いや、したのかはわからんけど……
それに近いくらい変なモノを沢山見た俺は、まったく緊張していない。
よく考えるほどに何も達成していないが、経験しただけでも精神に良かったらしい。

食堂の扉を開けると
すでに薄めの軽鎧に身を包み準備万端のサーニャが、食事をしていた。
「おはようございます」
と晴れやかな笑顔で俺たちに手を上げたサーニャを直視したマイカがニヤリと
「……お前が……タカユキ様……諦めないように……私も……お前……諦めない……」
と怪しい呟きをしたのを、必死に身体で遮って隠し
俺も何とか微笑み返した。
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