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ローレシアン王国鎮圧編

手順の狂い

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ザルグバインが挑発を続けて、しばらくすると
鉄壁の正面の扉がゆっくりと開き、燃え盛る大剣を携えた真っ赤な髪のメグルスと
黄金の鎧に身を包んだラングラール。
そして五名ほどの黒装束の魔族が翼を羽ばたかせ、浮遊しながら出てきた。

ザルグバインは、隣で正座させていた赤鎧の兵士たちの尻を蹴って
門の開いた砦まで逃がしてやると、ゆっくりと虹色に発光する鎧を着こんでいき
血の様な真っ赤な両刃の大斧を両手持ちする、
周囲には先ほど、ザルグバインと共に暴れていた戦士たちも
鎧を着けて、剣や槍などのそれぞれの得物をもち、集合した。
俺はそれを飛行船の船首から、ドキドキしながら眺める。
「最大戦力同士で決戦ですか……見世物としては面白いですが……」
サーニャは片手で頭を抱え、難しい顔をした後に
「そこの人、船長にそろそろ出る準備をして貰う様に」
近くの船員に告げ、そして背中の月影を確認する。
俺も腰の彗星剣を左手で触ってみる。よし、ちゃんとあるな……。
鞘もきちんとベルトに装着されている。
そして俺は思いついてしまう。
「この飛行船や周囲の飛行艇って爆弾とか積んでるよね?
 今なら左右から回り込めば砦を破壊できると思うんだけど……」
「ザルグバイン様もそれが狙いでしょうね」
サーニャは素早く答えたあと、訝しげに
「ですが、ルーナムの姿が見えませんし、魔族の数も少なすぎます」
その言葉を聞いた瞬間
「敵影背後から!!数7!!飛行体です!!」

「魔族だああああああああああああ!!!反転せよ!!!」

船長が叫んでいるのを聞き、後ろを振り向くと
背後から物凄い勢いで飛んでくる翼を生やした人型の物体が見える。
確かに七体居るな……。それぞれ長い槍を構えている。
「後退して寄せてください!!!我々が迎撃します!!船員の皆さんは脱出の準備を!!」
「アイサーッ!!!」
船長の怒号の様な声が響く。
同時に月影を抜いたサーニャが俺の手を繋ぎ、船尾へと飛ぶように駆けていく。
飛行船はやけくその様な速度で後退しはじめ
魔族の方へと飛行隊から突出しながら、突っ込んで行く。
戦闘の展開が速すぎて、何が何だか分からないが、
俺は彗星剣を抜いて、手を引かれるままに船尾へと走って行く。
「確実に当たる距離になったら、全力で衝撃波を出してください」
「殺しちゃわないか……」
「多分大丈夫です。いいですか、全力ですよ」
船尾へとたどり着いたサーニャが俺に念を押しながら、月影を抜き構える。
月影は美しい青い刀身を揺らめかしている。
もう魔族は恰好まで目視できる。
砦から出て来た魔族たちと同じように全身黒装束で顔はマスクで覆われている。
皆、手足が長く長身だ。
「よし、今です!」
サーニャの叫び声に合わせて、こちらへと直進してくる魔族に向け
全力で彗星剣を振って衝撃波を出した。
ゴウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
という恐ろしい音をあげて、巨大な衝撃波が一体の魔族を襲い
身体と翼を切り裂かれたその一体は下へと落ちて行った。
「大丈夫かな……」
とクルクル回りながら落ちて行く魔族を心配する俺を
「人間より遥かに丈夫ですから。治療法も我々より進んでいますし」
と肩を叩いて落ち着けたサーニャは、いきなり一体が落とされて
動きの止まった上空の魔族二体を矢継ぎ早に指でさす。
「あれとあれに向けどうぞ」
言われるがままに、俺は衝撃波を二発放った。
踏みしめていた船体が揺れるほどの激しさで俺の身体から発せられた衝撃波は
上空の魔族二名を包み込むように襲う。
一体は防御が間に合わずに、切り裂かれて落ちて行った。
もう一体は寸でのところで避け
この飛行船目掛けて、槍を構え、猛スピードで降下して襲い掛かってくる。
俺は、衝撃波を乱射するが、右へと左へ素早く避けられて当たらない。
こいつ、相当手強いんじゃ……と思ったときには遅かった。
目前に殺気が迫り、もうダメだ。突かれる。と思ったところで
サーニャが両手持ちした月影を横に一閃して、魔族の槍を弾き飛ばした。
そこで俺は、苦し紛れに右手を素早く振るい
衝撃波を魔族のガードが開いた横っ腹に二発、クロスするように叩き込む。
まぐれ当たりで大ダメージを与えたようで
口から大量の血を吐いた魔族が甲板へと落ちてくる。

サーニャは懐からアルデハイトと飛行してきた時に
自らを縛り付けていた縄を出し、その魔族を素早く縛り上げ
さらに「うう」と唸っている魔族の首を両手で絞めあげて、意識を落とした。
「縄程度では、すぐに抜けますから、強力な睡眠薬も打ってもらいましょう」
サーニャはすぐに船員たちを呼びに行く。
「女なのか……」
顔を見て、俺は気付く。マスクが剥がれて、銀色の長髪が零れ落ちた。
魔族らしく、顔立ちは確かに異常に美しい
普段は前髪で隠しているがよく見ると完璧な造形のアルデハイトと比べても
この魔族は、はっきりと美形である。
顔の造りの繊細さは、女王ミサキといい勝負かもしれない。

船員たちと戻ってきたサーニャが
「大戦果です。魔族たちにとって、同胞の命は星よりも重いですから」
「アルデハイトが言ってたな……」
見上げると、空中を飛ぶ残りの四人の魔族たちは
こちらの様子を気にしているところを
他の多くの飛行船たちから攻撃され、追いやられるように背後へと去って行く。
その内の一人は、素早く地上へと降りてしっかりと墜落した二人を回収していった。
魔族が逃げ去って行くのを見た飛行船団の乗員達から、大歓声が空へと木霊する。
よほど魔族に勝ったのが嬉しいようで、俺の隣の船員など男泣きしている。
「裏をかいたつもりかもしれませんが、
 タカユキ様が空中船団の中に居ることまでは、読めなかったようですね」
サーニャはニッコリと微笑む。

捕えられた魔族の女は甲板で
屈強な船員たちがさらに縄と鉄の鎖でグルグル巻きにして
船室から次々にもってくる何やらよくわからない薬を何本も注射していた。
「これを使う日が来るとは……」
と皆、驚きながらも、嬉々として魔族の太ももや二の腕に注射していく。
「なんだあれ」
「魔族用の強力な睡眠薬ですね。ちなみに人間に使うと少量で死にます」
サーニャはそう言うと、チンッという音をさせて、月影を鞘に収めた。
俺も抜き身のままの彗星剣に気付いて、素早く鞘に戻す。
周囲の船員に
「あの、大老ザルグバインは、どうなったんですか?」
尋ねてみると、良い勝負をしているそうだ。
「タカユキ様、見てくださいよ。魔族が引っ込みましたぜ!
 囚われたこいつのことが気になってしょうがないんでさあ!!」
前方を見て、船員たちが囃し立てる。
砦の方向へと近寄っていくこの飛行船の船首に俺も歩いて行くと
魔族たちが飛行して、一斉に砦の中へと引いて行き、
代わりに大量の赤鎧の兵士が外へと出てきたが、
ザルグバインたちが一気に優勢になっている。
そして当のザルグバインは、真っ赤な斧を振るいながら、
燃え盛る獄炎剣を持つ、メグルスと一騎打ちをし始めた。

「作戦開始の時刻ですね。船長。船団に前進の合図を」
サーニャが喜んでいる俺たちに冷静に告げて、
「アイサーッ!!」
船員たちが一斉に船の持ち場へと、走って行く。
「我々が降下した後は、ただちに王都の厳重封印室までこの魔族を移送するように」
「了解しました!!任せてください!!ミイ様の喜ぶ顔が目に浮かびます」
「ひどい事はしないでくれよ」
「もちろんですよ。大切に扱います」
ニカッと笑った浅黒い肌の船員に、ホッとして、
オレンジ色の翼をもつハングライダーを組み立てているサーニャを手伝いに行く。
「これで降りるんだな……」
パラシュートの様なものだと思っていた。
俺たちは船員に支持をされながら、ハングライダーを組み立てていく。
「矢や飛行部隊を避けられますから。しかし相手の失態で
 魔族の空戦部隊は退き、対空のできるメグルスも大老様に封じ込められていますから……。
 必要なかったかもしれませんね」
「もう勝てるかな」
「おそらくは。とにかく、メグルスを捕らえるまでが我々の仕事です。
 あとは大老様たちと、アルデハイトさんたちに任せましょう」
テキパキと動きながら答えるサーニャはすっかり出来る軍人に戻っている。
よかった。俺との事など忘れているようだ。

数分後ハングライダーを組み立てた終わったころ、船長から声がかかる。
「所定の位置まで来ました。お二人を降ろし次第、我々は後退します」
「移送ご苦労様でした。捕虜を頼みます」
「了解です。中佐とタカユキ様もご無事で」
敬礼し合う船長とサーニャの真似をして俺も敬礼する。
ハングライダーの三角の操縦者の位置にはもちろんサーニャが乗り
俺はその背中に、覆いかぶさるように乗った。俺がベルトを締めたのを確認すると
「いきますよっ」サーニャが船体横の、手すりが空けられた部分から
足を蹴り出して、飛び出す。

ハンググライダーは一度気流に乗り、粉雪の中、上昇して、
そして、ゆっくりと砦の上空へと向かって行く。
サーニャは上手く操縦しながら、ザルグバインたちの居る方角へと
北側へと回り込みながら飛んでいく。
背後では飛行船団が、西へ向けて後退していく。
「気持ちいいな……」
ハングライダーで飛ぶとか地元でもやったことがなかった。
思ったより悪いものではない。むしろ好きである。
「ふふっ。余裕が出てきたということは良い兆しです」
つい、戦場のど真ん中で飛行を楽しんでしまった俺にサーニャは笑いながら
砦近くの、三階立ての廃虚の上にハングライダーを上手に着地させた。

すぐそこの開けた場所では、赤鎧のラングラール軍兵士たちと、
真っ白なローレシアン中央軍が入り乱れて小競り合っていて
その中央では、メグルスとザルグバインが恐ろしい勢いで打ち合っている。
近くには、護衛兵たちに囲まれた黄金の鎧を着たラングラールがその様子を見つつも
赤鎧の兵士たちに細かく指示を出している。
「……ラングラール捕えちゃわない?」
俺から見たらまたもや隙だらけである。半年ぶり二回目の光景だ。
さっき魔族の殺気を全身に浴びた身からすると
周辺の屈強な人間の護衛兵が、冗談抜きでもはや紙の盾にしか見えない。
「……作戦とは違いますが……もうこの際、いいかもしれませんね」
サーニャは冷静にラングラールの周辺の兵力と俺を見比べながら言う。
「メグルスは、ザルグバインに任せようぜ」
本来なら捕獲は俺たちの役だが、その作戦も
ザルグバインの突撃から完全に手順が狂ってきている。
だが、幸運にも全て上手くいっているようなので、もうその流れに乗ってしまおう。
「そうしますか」
頷くサーニャと軽くラングラール捕獲の手順を打ち合わせしながら
ハングライダーを身体から取り外した俺たちは
ちょうど下から階段を上り建物の様子を見に来たラングラール軍の赤鎧兵五人を
ヘルメット越しに思いっきり、素手や鞘に入った武器でぶん殴って気絶させ
鎧を脱がして、それを素早く着込み、戦場へと紛れ込む。

戦っているふりをしながら、
ジワジワとラングラールへと近寄る俺たちに、誰も気付いていないようだ。
ネーグライク以来だわ……また俺にやられるんかこいつ……。
と思い出していると、サーニャが俺の手を引っ張って
ラングラールの目前に、出て行く。
「ラングラール様!!ご報告があります!!」
俺と共にひざまずいて、サーニャはラングラールに呼びかける。
「何だ」
馬上の黄金の鎧のラングラールは俺たちの方を見て、
一瞬、戸惑い、そして
「おまえは……」
と言いかけた瞬間に、飛び掛った俺の鞘に収めた彗星剣で鎧の正面を突かれて、
さらにサーニャから鞘に収められた月影で兜を被った頭を痛烈に殴打される。
さすが元八宝使用者、叩かれたラングラールの黄金の兜は割れ目が出来
気を失った奴は、馬から崩れ落ちる。
その身体をサッと拾い上げたサーニャは
「今です。タカユキ様」と俺に囁く。
兜を脱ぎ捨てた俺は大きく息を吸い込み、できるだけ低めの声で叫ぶ。

「我は!!!ロ・ゼルターナ神の化身であり、菅正樹の親友である!!
 但馬孝之なり!!」

「貴様ら!!!我の居ぬ間に、味方同士で戦いあうとは!!!
 何たる愚か!なんたる背信!!全て討滅させてくれようか!!!」

ちなみに文言は、サーニャが考えてくれた。
しかし、我ながら、相変わらず良く通る声だなー……と思っていると
周囲の両軍兵士が全員、武器を放り出して、その場で跪き
震えながら俺に向け、両手を組み合わせるように祈り始めた。
メグルスは、一瞬、俺を見て唖然としたあと
ラングラールが捕えられているのに気付き、助けに走ってこようとして
真紅の大斧を携えたザルグバインから遮られる。
でけぇええええ。何メートルあるんだあの爺さん。
身長2メートル軽く超えてるだろ。間近で見た、ザルグバインの巨体に俺は目を奪われる。

再び、激しい打ち合い始めた二人を尻目に、兵士たちは俺に祈り続ける。
こんなに上手く行くとは……と思って愕然としている俺の前にサーニャが立ち
「私は、ローレシアン南部防衛軍中佐であり前機械槍使用者のサーニャだ!!
 貴様ら、今ならタジマ様は許すと仰っている。ただちに剣を収めよ!!」
と上手いこと、場を収めようとしてくれる。
今度は戦場全域のローレシアン中央軍もラングラール軍も全て武器や防具を放り出し
土下座するように俺に祈りだした。
さらに後方の廃虚に待機していたローレシアン中央軍の騎兵達までもが馬を降り
歩みよってきて膝をつき、祈り始める。
砦の正面門も開かれ、流れ出てくるように自ら武装解除した兵士たちが
俺の近くへと競うように集まってきて、祈り始めた。
「大罪人ラングラールは捕えた!!!戦いは終わりだ!!」
とサーニャが縛り上げたラングラールを頭上へと掲げる。
それにメグルスが向かってこようとして、
再び、意気の落ちないザルグバインに遮られ
剣と斧をしばらく炎を吹き上げながら打ち合わせた後
諦めたように大獄剣を地面へと突き刺し、膝を折り、降伏する意を示した。
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