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意識の底編

ドラゴン百日討伐の果て

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ホテルで目覚め、美射から引っ張られていって、
豪華な食堂で朝食を食べ、部屋に戻り服を着替えると
「よし。じゃ一日目ね」
美射が指をパチッと鳴らして、周囲の景色が一変する。
一面氷の世界である。寒くは無い。
脳内だからなのか、流れ人だからなのかは分からない。
「まずは北極に住んでいたアイスドラゴンのドラウニールから相手してもらうわね」
美射は、冬用のセーラー服にマフラーを巻きながら辺りを見回す。
「ドラウニール?」
「何万年前だか、何億年前だかにジョス・ラグナルドという
 女の子の流れ人に使役されたブルードラゴンね」
「どっちか分からんけど、どっかできいたことあるような」
どっちだっただろうか。色々ありすぎて忘れた。
「私も良くは分からないってことにしといて。ジョスは知ってるけどね」
意味の分からんことをほざいてきたが、とりあえずスルーしつつ
「まぁいいわ。倒せばいいのか?」
「そゆこと。じゃーどうぞーっ」
美射が、両手を思いっきり広げると、背後から五十メートルくらいありそうな
真っ青の鱗で覆われた首の長いドラゴンが出てくる。
二本足で立ち、翼を広げ、虹色の瞳で、俺を見下ろしながらそいつは
「こいつを倒せばいいのか……」
と地が震えるような低い声で美射に訊ねる。
「うん。手加減なしでね」
「いや手加減はし……」
サッと横に避けた美射の背後からブルードラゴンが
口を大きく開けて、巨大な氷の塊を俺に吐き出してくる。
とっさにそれを両腕で防ごうとした俺の体の前に身体を覆う巨大な盾が現れる。
その盾に隠れると、なんとか氷の塊を受け流すことができた。
「ごめんごめん。いつも使ってるのはこれよね?」
と美射が、彗星剣ルートラムを投げて寄こした。それを受け取ると盾は消える。
相手が死んでも、もうしらねぇぞ。
と本気になった俺は。彗星剣を鞘から抜いた。

半日の死闘の末に、殴り傷と切り傷だらけになった巨大なブルードラゴンが
俺の目の前で大きな音をさせながら、崩れ落ちる。
ブルードラゴンから噛まれた左腕がもげかけている俺も座り込む。
腕を組んでいた美射が
「両者、そこまで!!ドラウニールちゃんは、流れ人三十人手合わせ、明日も頑張ってね」
倒れこんで唸っているブルードラゴンが俺の眼前から消える。
「……?あいつもやってんの?脳内の作り出した幻じゃ……」
大体何万年とか何億も前の生き物だろ?今生きているわけがない。
「違うわよ。無意識の底の時間の流れは、次元が違うの」
駆け寄ってきた美射は話しながら、
謎の医療道具セットで俺のとれかけた左腕を素早く接合していく。
「よくわからんな。どゆこと?」
「んー。過去も未来も全てが繋がっていて、同時に存在するというか」
「なにそれ。SFの話?」
「もちろんリアル世界では、ドラウニールと但馬は会う事は絶対にないけれど、
 全ての生命体の心の奥深くは同じところにあるの」
「勿論、一部の強靭な生命体の精神しか、ここまで、意識があるままで、
 たどり着くことは出来ないけどね」
「よくわからんけど、これから現れる対戦者も全て
 意志がちゃんとあって、それぞれ何らかの方法を使って、
 この世界にあえて来ている訳だな」
俺みたいに薬飲んで、電気椅子に座ってるやつも居るのかもしれない。
「そういう感じ。ってリングリングちゃんが言ってたわ」
「眠龍!?知り合いなの?」
最近気になっている世界の謎ナンバーワンである。
とはいえ、他の謎は良く知らないんだが。
「どうだろ。なんて言ったらいいかな。多分これはもう言ってもいいんだけど
 私が言いたくないなぁ……」
「んー……すげぇ気になるけど、言いたくないなら聞かないわ。いつか教えてな」
「いつかね」
美射は微笑んでごまかして、周囲の景色を長閑な山頂の花畑に変える。
「ささ、今日は特訓終わりね。デートだあああ!!やったー!!」
カラフルなシートの上に広げられた
バスケットケースから、サンドイッチやおにぎりを出しながら
美射は俺にもポットからお茶を入れて勧める。
「これもやりたかったんだよねー」
「ここ中間田山だよな。海辺の」
地元の有名な山である。ここから見える景色は俺の済んでいた町を一望できる。
「ここに二人でずっと来たかったんだ」
「いつも校舎の窓から見てたな」
「そうだねー」
美射は微笑んで、俺にサンドイッチを勧める。
美味いな。ちゃんと味がある。
二人で雲が流れる青空の下、ボーっと景色を眺める。
「今日二日目だろ。もしかしてこんな感じで千日続くの?」
「そうですけどー。何かご不満でも?」
「いや、無いけど、こんなんでいいんかなと」
「大丈夫大丈夫。終わるころにはちゃんと強くなってるって」
何かを倒す、そして美射とのデートのループなのか。
というか美射、お前……千日分も俺とのデートプランがたまっていたのか……。
かなりストーカー的ではあるが、ある意味凄い発想力だな。
いや、感心している場合ではないが、しゃあない……付き合うしかない。

その後、ドラゴン倒す→デートするの繰り返しで
俺はとうとう九十九体のドラゴンを倒し、美射とも同じだけデートをした。
その内容はかいつまんで話すと、ドラゴン討伐の方は
三十二体目の半人半ドラゴンという、緑の鱗が生えた人間のような容姿の
メルチャ・ム・ルトバスにかなり苦戦した。十五時間くらい戦い続け
同時に倒れたところで、美射がストップをかけて終わった。
美射によると、流れ人なのだが、転生されたときに
何らかのエラーであのような姿になってしまったのだという。
ちなみに七千五百年前の東部大陸の支配者ということだ。
次に印象深いのは、七十八体目の半機械化ドラゴンのレガナゴドだ。
二時間にらみ合った末に、俺の彗星剣の渾身の一撃で勝負はついたのだが
恐らくコンマ一秒狂っていたら、奴の体中から降り注ぐミサイルや銃弾の嵐で
俺がバラバラになっていたであろう。
美射の説明では、俺の居る時代のずっと先に生まれたやつらしい。
正確な年数はあえて聞かなかった。知らないほうがいいような気がしたからだ。

デートの方は、本当に色んなこと考えてたんだな美射は……という感想しか出てこない。
二人で部屋の中で一日ダラダラし続けるというのもあったし、
街に買い物に行くとか、マラソン大会に出場するとか、海に二人で行くとか、登山するとか
図書館で読書するとか、一緒に同じバンドでライブするとか、ライブを見るとか
電車で遠くまで行くとか、コミケやロックフェスにいくとか
ファミレスで延々と駄弁るとか、心霊スポットに二人で行くとか
二人で教習所に毎日特訓が終わると行って、免許とってドライブするとか、
テロリストに囚われた美射を銃をもった俺が颯爽と助けるとか(デートなのかこれ)
バイクに二人乗りしている俺らが、二人乗りとスピード違反で検挙しようとしている
白バイを振り切って逃げるなんてものまであった。
ちなみに俺はバイクの免許は無い。これから取る前提の話らしい。
……怖いというか、このネタの尽きなさは、もうある種の畏怖を感じるレベルである。
俺をネタによくこんなに妄想を連ねたもんだと感心する。
しかもまだ、九百日分デートプランがあるという。
ドラゴン討伐で身体機能の向上は当たり前だが、
美射のデートに無心で付き合い続け、メンタルが鍛えられそうである。
そんなこんなでもう脳内世界に来て、今日で百一日目である。
「じゃ、最後の百体目のドラゴンね」
美射はいつものように、俺を指差す。
「しゃー!!!ばっちこいや!!」
多様な歴史上のドラゴンたちと戦い続け、様々な美射発案のデートを乗り越えた俺に
すでに死角は無い。
前夜は夜明けまで美射とパジャマパーティーデートだったが(そんなデートあるんだろうか)
不思議と眠気も疲れも無い。さすがに鍛えられたのかも知れない。
「どうぞーっ」
手を広げて景色を変えると、美射は横に引っ込む。
「あれ、ここどこかで見たような……」
見慣れた小屋、小さな滝のある池、周囲を森に囲まれた……。
そして目の前に現れたのは……。

「師匠!!」

そこには、ふくよかな壮年の感じのいいおばさんが立っていた。
金髪でショートカットの頭には魔女がかぶるような大きな帽子をかぶり
身体にぴったりの紫のローブを纏っている。
「あらあら、間に合ったわね」
師匠はパンパンと、自分の身体についた埃を掃う。
「立派になったわね。私が死んでからどのくらい経った?」
「師匠ーっ……」
俺は駆け寄って師匠に抱きついた。涙が流れているが
そんなことはもうお構い無しだ。
「よしよし。七ワンハー(月)くらいですかね?」
師匠が美射に尋ねている声が聞こえる。
「そうですね。ちょっと嫉妬しちゃいます」
美射の声色は、微妙に機嫌悪そうだ。
「仮の親子みたいなもんですから」
俺は二人の会話を聞きながら泣き続ける。
「おれ……もう師匠を殺さないからな!!例え殺されても、一発も殴らないぞ!!」
と振り向いて美射に宣言した俺に
「分かってるって。私も但馬にこんなに想われたいなーいいないいなー」
「そうお気になさらずに、私はもう消え逝く存在ですから」
美射に微妙に気を使いながら、師匠は小屋へと俺たちを案内する。
師匠は、キッチンのテーブルに座った俺たちにお茶を出しながら話し出す。
「死ぬ直前にね。ここに意識を移したの。
 いずれ、ここにたどり着くであろうあなたに、最後の言付けをするためにね」
「……」
「そんな寂しそうな顔をしないっ」
師匠は笑顔で俺の肩を優しく叩いて、着席した。
「あなたは、元の世界に帰りたい?」
師匠はスプーンでお茶をかき回しながらさり気なく尋ねる。
「帰りたいです」
「この世界に居続けたら、富も栄誉も全て手に入るわよ?
 それでも普通の日常に戻りたい?」
「俺、別に特別な才能もないし、元の世界に帰ったら
 きっといつか後悔すると思います。それでも帰りたいです」
つまらない日常がどれだけ大切だったか、この世界に来てから思い知った。
身の丈に合わない栄誉は、居心地の悪さを、延々と俺に与え続けている。
「そう言うと思ったわ。何もかも手に入れたスガちゃんも
 晩年はよく同じこと言ってたからね」
美射は静かに俺たちの会話を聞いている。
「菅と知り合いだったんですか?」
師匠は頷いて、話を続ける。
「死ぬ間際に見えたんだけど、あなた達はね。五人でセットなのよ」
「五人?」
「あなたとミイちゃんと、スガちゃんと、あと二人ね」
「誰か他にも来てるんですか?というか、美射も流れ人なの?」
美射はニコニコしながら、俺の問いに見つめ返すだけである。
「五人の中でミイちゃんが最初で、あなたが最後よ」
「そう考えると、スガちゃんは辛い役目だったけども、よく全うしたわ」
美射が頷いて、目頭を拭う。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。話が良くわからないんですけど」
「あなたが、この長い長いお話を完結させなさい。
 あなたの消えた物語が先に続くように、物語を抜けたあなたが望んだ先へ行けるように」
「……」
何となく意味が分かるような分からないような
師匠の言葉に俺は考え込んでしまう。
「つまり、この世界をしっかり平和にすれば……。
 そうすれば、元の世界に帰る道が開かれると……いうことですか?」
「後悔や、やり残しがないように、戦い続け、進み続けた先に
 ある日、ポッカリと日常の外へ出る穴が見つかるわ。分かるの」
この世界で出来た妹や弟、そして大切な仲間たちを無碍にせずに
同時に元の世界に帰る方法を見つけろということか……。
「運命の荒波を抜けだして、この世界を超えたとき、
 あなたに襲い掛かる真実はとても過酷よ。
 けれど、その時に、どんな悲劇でも変えられる力と心をあなたは手に入れなさい」
「それが五人の最後に一人に、課せられた使命よ」
師匠はそう言うと立ち上がり、美射に頭を下げる。
「お世話になりました。これで、ようやく無に還れます」
「師匠も冥界にいくんじゃ……」
俺の言葉に答えずに師匠は、ニッコリと微笑むと
光が差す小屋の入り口へと、出て行った。
「ガーヴィー……一万ラグヌス(年)生きた竜……」
美射は呟いて、師匠の出したお茶を見つめる。
「なぁ、美射、流れ人の"抜け殻"を俺は冥界で沢山見たんだが
 流れ人本人の霊体や魂を、一度も見なかったんだ」
「お喋りなアルデハイトもマイカも一度も
 俺が死んだらどうなるか、説明してくれなかった」
「……」
「もしかして、俺ら流れ人って死んだら……そして菅や師匠も……」
しばらくキッチンで二人で黙り込んだ末に美射が口を開く。
「行こう。行こうよ。百日討伐終わったし、明日は一日オフでデートねっ」
涙を拭った美射に手を引っ張られて、俺は小屋の外へと出て行く。
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