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意識の底編

意識のみの滞留

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百九日目の「名前の無いプラズマ球」での初の敗戦からは
またすんなりと連勝し始めた。
さり気なく、プラズマ球との戦いで
上空から衝撃波連射→落ちながら渾身の幽鬼斬→
そして着地してからハリケーントルネード斬りの斬り上げ二回→竜巻発生、という
格闘ゲームのような技のコンボも完成していたので、
にゃからんてぃの予知によって、相手の攻撃を避けながら、
間合いを詰めて、それらを放つだけでわりと楽に勝つことが出来た。
とはいえ、予想もつかないような多種多様な攻撃を繰り出してくる
歴代の流れ人たちによって
時にはヒヤリとすることもあったのだが。

初の一敗からの百三十連勝中に印象に残っている流れ人は二人だ。
一人目は、戦った後に美射が顔を顰めながら教えてくれた「悪意王マルケス」
本人が余計なことを一言も喋らなかったので
どこ出身か誰にも分からなかったらしいが
見た目からして白人と黄色人種のハーフのような感じだ。
スラッと背の高い身体についている黒髪オールバックの頭は賢そうで
パッと見悪人のような感じはしなかった。
彼は、目前に現れた俺とにゃからんてぃのコンビを見た瞬間に見抜いたらしく
「やめだやめ。予知者と、体力バカのコンビと戦うとか、アホらしくてやってられん」
と両手のナイフを投げ捨てて、即座に降参を美射に告げた。
美射は、素早く「勝者!!但馬!!」と言い放ち
俺に話しかけようと近寄ってくるマルケスを消した。
「ちょっとくらい話を聞かせてくれても……」
という俺に美射は激しく首を横に振り
俺の来た時代の遥か昔に現れたマルケスがどれだけの悪人だったかを聞かせてくれた。

類稀なる優秀な流れ人としての能力と、超高知能を最大限に悪用したマルケスは
あらゆる生物を自分の駒として利用して、悪逆の限りを尽くしたようだ。
とても口では言い表せない様な、生きた人間を使った悪辣な遊びを繰り返し、
自分以外の全ての生命体を虐げて、一時は惑星の三分の一まで
自らの国の領土を広げたが、敵対した暗黒の皇帝竜オギュミノスにより捕らえられて
深海の海底火山神殿にある、次元永久回廊に封印されたようだ。
あれは封印された後に暇つぶしで、無意識の底まで降りてきた状態のマルケスらしい。
様々な流れ人に悪意を吹き込んで回っているので、美射たち手合わせの管理者側は
手を焼いているということだ。
「怖いな……というか俺の時代もまだ生きてたりして……?」
「どうかなぁ。永久回廊の時間の進みは遅いから、もしかしたらね……」
「できれば死んでいた方がありがたいな……」
「そうだね」
美射は目をそらしてそう言うと、そそくさと
「中世のお城に住む、若き未亡人美射を尋ねに来た、騎士の俺と従者にゃからんてぃ」
という設定のデートを始めた。マルケスの人格的な恐ろしさより
お前の無限の俺に対する想像力のが、怖いわと思いながら
最近、様々な役を与えられてノリノリなにゃからんてぃと渋々やる。

二人目は、地球から見てマゼラン星雲の方角にあるガス状の星から来たという
ガス生命体の「ヒハニーキ・発音不明」という流れ人だ。
灰色の小さな雲の様な、ヒハニーキとの戦い自体は
にゃからんてぃの指示する方向へ幽鬼斬三発でカタがついたが、
それから、俺たちは美射も交えて延々とこのガス生命体と話し込むことになった。
「どっからきたのー」
から始まり「二人はつきあってんの?」
「その猫っぽい化け物は何?あー式神ねー、いいなー俺もいつか欲しい」
「人間の物理的な交尾はどうやんの?ちなみに俺らは混ざり合えばいいんだけど」
と物凄い量のシモネタも交えた軽妙なトークをうんざりするほど聞いて
答える羽目になった。
最後には「おれ、寿命まだ三千ラグヌス(年)くらいあるから、また会ったらよろしくねー」
と煙で顔を作ってウインクして、彼は消えた。
というか、五分で終わった戦闘の後の
七時間に及ぶ、意味の無いお喋りにうんざりした美射から消された。
「……俺の時代にも……もしかしてまだ居る?」
「いるねぇ……東部大陸の火山ガス地帯に気持ちよく浸かって、
 話し仲間の老ドラゴンたちとマッタリしてるよ……」
「何でこの星に呼ばれたの?」
「さぁ……特に子孫や功績も残さないし、
 何で来たのか、何がしたいのかも、もう誰にもわからないよ」
という初の"無目的流れ人"というわけの分からない存在がヒハニーキである。
戦いも弱かったし、話も長いわりに特に聞くべきところはなかった。
何だったんだ、あいつと思いながら俺とにゃからんてぃは
「地球が大災害で滅びた後、二人残された美射と俺、そして猫」
というロマンチックと言うより、むしろディストピアといった感じの
デートに拉致されていった。
久しぶりに猫役に戻されたにゃからんてぃは
「にゃという響きは……」といういつもの不満を述べながら仕方なく猫になりきる。

そして、相変わらず試合→デートを繰り返す毎日の
流れ人手合わせ二百四十日目に最大の強敵が
不意に俺の目の前に現れる。
その日、闘技場に現れた長身の老人を見て、俺は一瞬目を疑った。

なんと、菅だった。

それも真っ白な頭髪と無精ひげ、そして白眉毛の
老けた菅正樹だ。思念の部屋で俺は、死ぬ数年前の菅を模した
思念体と会っているが、こんなに老けてはいない。
偽者か……と戸惑っていると
筋骨隆々とした体格で、真っ白な髪の菅は
にゃからんてぃを肩に乗せた俺の姿を見て
一瞬、目を細め
「ふっふっふっ、あっはっは!!」
と闘技場に響き渡るような大きな声で笑い、
そして真っ白な二メートルほどの長い棒を取り出して、構える。
次の瞬間、前動作なしに即座に七体に分身して、俺に襲い掛かってきた。
にゃからんてぃが耳を引っ張って、進むべき方向を細かく指示してくる。
俺は、分身を避けつつ、本体の菅に、至近距離から渾身の衝撃波を打ち込む。
菅はそれを即座に白棒で受け流すと、そのまま俺の身体に
白棒を縦にして、瞬時に十発の強烈な突きを叩き込んだ。
ガードが間に合わず、あばら骨の砕けた音を聞きながら
俺は闘技場の端まで、吹き飛ばされる。
にゃからんてぃは、飛ばされる前に俺の身体から素早く飛び降りて
闘技場の壁に叩きつけられた俺に駆け寄ってくる。
心配そうに首をかしげて、見つめるにゃからんてぃに
「まだいける」
と言ってから立ち上がり、にゃからんてぃをふたたび肩に乗せる。
菅はそれを闘技場の端から太い腕を組みながら見つめている。
止めようか戸惑っている観客席の美射に、俺が手を大きく横に振り続行させると
菅に駆け寄って、奴が再び繰り出した分身を避けながら
飛び上がり衝撃波を撃ち、そのまま幽鬼斬、トルネードハリケーン斬り
そして竜巻発生のコンボをやつに叩き込む。
なんと菅は、全て受け流して、しかも白棒を逆回転でまわして
巻き上がる竜巻すら軽く消してしまった。
やつはニヤリと笑うと白棒で地面を思いっきり叩き
俺の周囲の地面をトゲのように隆起させ、足元から攻撃してくる。
コンボ中に飛び降りていたにゃからんてぃを、再び肩に乗せた俺は
観客席に退避してそれを避ける。
「でたらめに強いな……」
美射が遠くの席で立ち上がってから
「もうやめないーっ!?ギブアップしようよー!」
とこちらに向け、叫んでいる。
俺は観客席から、再び闘技スペースに飛び降りると
「戦わないといけない気がする!!ごめんーっ!!」
叫び返して、また菅へと向かっていく。
老菅はニヤリと笑って、大げさな動作で白棒を地面に投げ捨てると
素手でファイティングポーズを取る。
そうか……今の俺程度なら、武器もいらんということか……。
いいだろう。受けて立つわ。先輩の威厳を見せてやんよ。
俺は素早く飛び退いて、彗星剣を地面に置き、にゃからんてぃも肩から降ろした。
「スノビズムとキュビズムの相関性について字体のみを問題にしてはなりません」
あたふたと手を振り回して"それは止めとけ"と告げるにゃからんてぃの
頭を撫でて、俺は菅に殴りかかりにいく。

それからはノーガードで壮絶な殴り合いを延々と俺と菅は繰り広げた。
やはり実力差から徹底的にボコボコにされた俺は
手が拉げ、足が折れても、胸でぶつかり、ヘッドバットで応酬をした。
しまいには、もげた俺の左手を右腕に抱えて、それで殴りかかるということまでして、
三十分後には、横たわる血まみれの肉塊のようになった俺の上で、
ほぼ無傷の老菅が、駆け寄ってきた美射に首を横に振り、試合終了を告げた。
痛みはないが、顔もほとんど原型をとどめていないので
喋れない。俺は唯一僅かに開いている左目と、まだ聞こえる右耳で
美射とにゃからんてぃに話しかける老菅の話を聞いていた。
「うわー。但馬、元に戻るかなぁ……」
美射は俺を見て心配そうに呟く。
肩車されたにゃからんてぃは肉球で美射の肩を叩き
"だいじょうぶだ"と落ち着かせているようだ。
「先輩、俺が死んだ後に来たんですね」
「そうね。予言の通りよ」
「鈴中先輩もいるし、思念の部屋に全て置いてきたので、憂いはないですが……」
「会いたかった?思念体の菅君も同じ感想だったわよ」
「ははっ。ならば、出来の良い、まがい物に任せるとしますか」
「それがいいと思うわよ。心配しなくても、いつか但馬がきっと……」
「そうですね……。俺はこのまま深層意識の底に留まります」
「予定通りね。但馬、菅君の抜け殻、見たみたいよ」
「そりゃびっくりさせて悪いなぁ。鬼みたいだったでしょ」
「どうだろ。知らないことにしときます」
「俺も今更知りたくは無いですね。生きてる間はただ必死だっただけですから」
「細長いモニュメントは、雨を受け流して、舗装された道に流れます」
「どうもどうも。元絶対神の式神ですか。豪華だなぁ」
「拭った木綿のハンカチは、口紅の跡がもの悲しいものですね」
「そうですか。どうぞ先輩を頼みますね。神殿とかお寺とか神社欲しいですか?」
「例えば、斜め四十五度の角度で、草滑りをしたとします。
 結果による相対的な導きは、栄枯必衰の輝きを要します。またはそのクスミも」
「無欲ですね。神社ぐらいは建てて貰ってくださいよ。
 式神といえば、マガルヴァナには悪いことしたな」
「但馬が片付けてくれたわ。輪廻に戻ったみたい」
「……そうですか、ご迷惑かけて……」
と菅は口ごもりながら
「何か言っておくべきことはあったかな。ああ、そうだ、お礼に」
と俺の血まみれの頭に近寄って、耳に顔を近づけ
「先輩に俺ごときが、差し出がましいんですが……」
と少し戸惑った後
「盾を使わない先輩のスタイルなら、
 二刀流にすると攻撃回数が上がっていいと思いますよ。
 それと衝撃波を竜巻にするアイデアはいいと思いますが
 少し大味すぎるので、もっと小技も磨いたほうがいいかと」
先輩を血まみれの肉塊になるまでボコッた上に、ダメだしかよ……。
と若干思いながら、そのアドバイスは使えそうなので
覚えておくことにする。
そのまま俺は意識を失った。

次に気付いた時は、脳内の時間で三日後だったらしい。
美射が「もう三日経つよ……起きてよぉ」と呟いているのを
聞きながら目覚めると
現代日本風の病院の真っ白なベッドの上だった。
俺が意識が戻ったのに気付いたナース姿の美射が
「先生ーっ!!先生ーっ!!患者さんの意識が」
と白衣を着たにゃからんてぃを呼び
ベッド脇に飛び乗って聴診器で適当な診察をしたにゃからんてぃが
「視界の端に映るものは幽霊であったり、または飛蚊症であったりします」
と意味不明な診断をして、力強く頷く。
どうやら意識不明の俺をネタに、何らかのデートが行われていたらしい。
動かしてみると、手足はあるようだ。千切れた指も五本ある。
顔も手で触ってみると問題ない、頭髪もある。
良かった。身体は問題なく回復したらしい。
看護婦と医者プレイを続ける二人は放っておいて
俺は白いカーテンが揺れる病室の窓をぼうっと見て
肉塊だったときに聞いたことを考える。
菅は、おそらく死ぬ間際に意識だけ、
この無意識の底に退避させたんじゃないか。
という推測がなんとなく浮かんだ。
そしてそれは美射と計画した通りのことだったらしい。
そんな話をしていた。
ということはつまり……なるほど分からん。
早くも考えるのに疲れた俺は、目を閉じて、再び眠りについた。
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