放課後高速騎兵隊クラブ

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三. 奇妙キテレツ国家誕生

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西暦2009年の国連。
日本の破天荒な歴史は、民需党政権下、第93代日本国内閣総理大臣の鷺山の不用意であまりにも無責任な一言から始まった。
日本の2020年までの温室効果ガスの削減目標(中期目標)について、何の根拠もなく「1990年比25%削減を目指す」ことを国際社会に約束してしまったのであった。まさかその7年後に、それが日本にとって大きな足枷になろうとは誰も知る由もなかった。
鷺山総理の次なる不容易な発言の後、民需党の総理大臣は1年ごとに3代続いた。その後、やっと総選挙が行われ民需党は政権政党から追われることになった。
2013年、政権政党は、民需党政権前の自尊党+共明党の保守政権に戻ってしまった。しかし、それまで地域を牽引してきた政治家達が作った日本偉人の会もたくさんの票をとって、一大勢力となった。
自尊党は、基本的に保守的で、既得権益保護体質は変わらなかった。しかし、民需党時代に近隣諸国から舐められ放題となったことには挙党一致でなんとかしたいと考え、日本の自立を許さない日本国憲法改正のハードルを下げることに取り組もうとした。すると、今度は自分たちの利権を保護してくれる憲法を変えられては困る共明党が憲法改正反対に回り出した。困った自尊党は、日本の自立を目指す日本偉人の会へ急接近し始めた。そして、共明党とは袂を分ち、日本偉人の会と連立を組むことに成功し、憲法改正のプロセスを緩和することにも成功した。
しかし、自尊党は、日本偉人の会と連立を組むことにより、それまでなれ合い既得権益を票田としてきた既存の老人政党に疑問を持っていた若手議員と偉人の会が急接近し始めた。
20年後30年後に存在し得ない人達は、また共明党と組んで理想論をかかげながらも既得権益という蜜に浸ろうとしたが、多くの人々はドラスティックな決断を下せない政治に辟易していた。日本では、何かが変わろうとしていた。
 そうして、おらが町の自尊党先生方を立てて自分達のために金をバラまいてくれる老人・農家・商店主・土建屋に対して、本当に日本経済を支えている遠距離通勤で早朝から夜遅くまで働いているサイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)すなわちサラリーマンを本気で支えようとしている若手自尊党議員が見切りを付け始めたのだ。
 2013年の選挙で大勝した自尊党内では当選回数の多い議員に気圧され、旧来の公共事業投資型政治で刹那的に景気を盛り上げることができた。しかし、意味のない費用対効果を無視した公共事業投資は徐々に馬脚を露呈し始めた。
自尊党政権は、任期半ばの2年目にして急速な景気減速を招き始めたのだ。これに対して、固定の組織票を持たない自尊党若手議員達は、道州制・首相公選性・一院制・議員定年制・先進技術投資・国際プロジェクト投資を掲げる日本偉人の会と急接近していった。そして、2015年に次の選挙を見据えて雪崩を打って、若手の自尊党議員達は日本偉人の会へ移党し始めた。
2016年、早い目に新勢力の芽を摘んでしまいたかった自尊党の古株たちは、解散総選挙に持ち込んだが、今度は日本偉人の会が大勝した。言うまでもなく、自尊党の現職閣僚はほとんど全滅し、民需等に至っては論外であった。
新政権は、総選挙で圧倒的な議員数を確保し、首相公選制、国会議員定年制、一院制や道州制などの政策を矢継ぎ早に成し遂げていった。
これらにより、日本は経済発展しはじめた。日本は老人政治家たちが社会老齢化を前提とした少子化のための政策を考える時代から、若い人たちが社会を牽引していく世の中へ変貌を遂げ始めた。日本は、国際社会を牽引するステージへ再び浮上し始めた。
しかし、国際社会は2009年の鷺山の発言を忘れていなかった。
2011年、東日本大震災で、日本は世界中からトモダチ作戦などの同情を集め様々な支援を受け、しばらく日本に対する厳しい風当たりを受けることはなかったのだが、2015年に急激に国力が伸び始めた日本に対して、景気低迷に悩む国際社会は結束して叩く陰謀を企んでいた。
2016年春、日本国内では政治的決断力を発揮できる体制を作り上げた日本偉人の会の沖田代表は、意気揚々としてドイツで開催された国連首脳会議へ出席した。
すると、まずEUを代表して、比較的親日の議長を務めるドイツのメルコール首相が口火を切った。
「沖田さん、あなたは今地球温暖化で、世界中がCO2削減に取り組んでいるのはご存知ですね」
「もちろん。日本は、あの震災で原発を全面ストップし、火力発電への依存度が増えはしましたが、地熱発電、太陽光発電や風力発電などを拡大し、CO2削減は国策として進めています」
 「確かにその努力は認めますが、私が言っているのは、そのことではありません。あなたに対して、このことを主張するのは大変心苦しいのですが、あなたの国は7年前に1990年比25%削減を2020年に達成すると、国際社会に約束したのです」
「そんな無茶苦茶な話があるかいな」
 「モルディブ共和国大統領、発言してください」
 「はい、議長。そんな無茶苦茶な話あるかいな。という言葉を、私は、そっくりそのまま沖田総理にお返しします。私の国は、温暖化のために海中へ沈もうとしているのですよ。それも、私の国だけではないんですよ」
 「そんなこと言ったって、日本は、企業活動、エネルギー、生活にいたるまで、そりゃ、ものすごい努力してきたんですよ。ここで、名指しで非難されるのは心外だ。中国やアメリカなんて、経済発展に比べりゃ、温暖化対策努力は日本と比べたら皆無に等しいんじゃないですか」
 「しかし、あなたの国は国際社会に対して約束した。日本がそれを守らなければ、他の国は絶対守ってくれるわけないじゃないですか」
 沖田が、周りを見渡すと、どこの国の代表者も極めて冷静な表情をしていた。いや、あるいは心の中で、せせら笑っているようにも見えた。
 「こいつら」と、心の中で自分の叫び声が頭の中をこだました。また、既に自分自身の甘さと手遅れ感に襲われた。こいつらが、次に言ってくることは予想できた。
「次は、絶対中国だ。でなければ、こんな所に首を突っ込むはずがない」
沖田はそれならそれでと、腹をくくった。
「オレを舐めんなよ。いったん腹をくくったオレを」

 「沖田総理、あなたには全く何の落ち度もない。ただ、鷺山という稀代まれに見る狂った総理の尻拭いをされようとしいているだけです。でも、国際社会はあんな馬鹿げた宣言で日本を窮地に追い込もうというような愚行は犯しません。もし、日本が25%CO2削減を達成できないのであれば、国際社会が抱えている問題を少しでも解決する方向に協力を要請するものであります。まず、中国としては、中国の主導でエネルギー問題の解決に日本の協力を要請します。それは至って簡単なことで、中国が主権を持って尖閣諸島での海底油田開発を進めるのです」と中国の寒草玲主席が発言した。
 沖田の予想通りの発言ではあったが、沖田は絶対そんなことは譲れないという形相を浮かべながら、目の前の机を思い切り、左手でぶっ叩いた。骨折の音と共に拳は腫れ上がっていた。
 続いても、沖田の予想通りアメリカのトラボルタ大統領が発言を始めた。
 「寒主席、そりゃ、タダで尖閣をくれと言っているようなもんだ。沖田が可哀想すぎるよ。そんなことより、アメリカは日本が日本の良さを全面的に押し出して、日本では補えない弱いところを世界中の国で補う提案をする用意がある。つまり、日本の農作物や鉱物資源の面倒を世界で見るから、日本は技術者を世界中に派遣してくれるだけでいいんだ」
 沖田の目は釣り上がり、顔は真っ赤になり、額の血管は浮かび上がっていた。
 「トラボルタさん、あなたは日本をぶっ潰す気ですか。ロシアは、そんな非人道的なことは言ったりしませんよ。日本の立場から、北方領土を返してほしがっていることは理解している。一方、ロシアの経済力では、北方領土のポテンシャルを十分活かせていない。そこでだ。ロシアには、圧倒的な天然エネルギーがある。日本の資本と技術協力を得ながらエネルギー問題で困っている北海道をロシアが主体的に支援し、日本は北方領土に自由に出入りすることを可能とし、逆にロシア人は北海道まで自由に出入りできるようにするというのはどうだろうか」とロシアのエフゲニー大統領が発言した。
 さすがにこの発言には、沖田の血管が切れる前に、韓国の桃大統領が黙っていなかった。
 「そこまで言うか。あの中国ですら、沖縄までは口に出さず、尖閣でがまんしているのに。エゴ丸出しじゃあないか。韓国は、日本とロシアとアメリカと中国に責任をとってもらわなくてはならない問題がある。それは、言わずとしれた朝鮮半島の南北統一だ。ドイツのメルコール首相ならわかってくれると思うが、これは第2次世界大戦が生んだ大変な問題なのです。戦敗国のドイツが1989年代に統一を果たしたのに、無理やりアメリカとロシアに引き裂かれたままで、未だに北朝鮮はトラブルメーカー国家として、放置されたままなのです。あれから。20年以上も経っているのですよ。無理やり引き裂かれた家族・親族、拉致、亡命、国境紛争、核、ミサイル問題だけが、断片的な問題として取り上げられるだけで、本質的な問題をアメリカもロシアも議論しようとしない。その理由は、ドイツと事情が異なることも十分理解しています。ドイツが統一できたのは、富める西ドイツと貧しかった東ドイツの人口比が、4:1だったからのです。
乱暴な言い方をすると、ドイツは合併当初だけ4人で1人の面倒を見ればよいという目算があったからはずです。ところが、北朝鮮はそういうわけにはいかないのです。人口比が、2:1で、また乱暴な言い方をすると、合併当初韓国人の1人あたりの所得が半分に減ってしまうということになってしまうからなのです。これは、朝鮮半島に住む住民のせいでそうなったのでしょうか。
まったく違います。
日本が、引き金を引いて占領した朝鮮半島を、アメリカと中国・ソ連が折半したのです。しかし、誰もそのことには触れず、北朝鮮を仮想敵国的扱いにして、政治の道具にしているのです。
しかも、第2次世界大戦中平和だった朝鮮半島を、大国のエゴによる朝鮮戦争で、焦土と化し、何百万人もの人が死に国家を分断したのですよ。
私は言いたい。
少なくとも、アメリカとロシアと日本は、南北統一に全面的に協力してほしい。特に、日本は合併当初の資金負担を支援して欲しい。アメリカとロシアは軍事力で仲裁と監視に協力してほしい。そして、何といっても中国は、北朝鮮を牛耳っている銀一族の受け皿になって欲しい。無論、普通なら戦争犯罪者として罰せられなければならない北朝鮮の軍人たちの受け皿にもなって欲しいという意味です。日本が、戦争責任として資金さえ負担してくれれば、他国に異存はないでしょう。この悲願を達成してもらえるなら、韓国は竹島を日本に譲ってあげてもいい」
 この発言には、さすがに沖田の血の気も引いた。
 ここで、今回の議長を務めるドイツのメルコール首相が議論を遮った。
 「無茶苦茶な要求は別として、とにかく現段階でCO2・25%削減が99%不可能な日本は、それなりの覚悟を国際社会に担保しなければならない」
 なぜか、沖田の表情が穏やかで、自信にみなぎった表情に変わっていた。
 「メルコールさん、あなたは何か勘違いをしていませんか。いつ、私がCO2・25%削減ができないと発言しましたか」
 「えっ。あなたこそ何を言ってるんですか。あと、4年しかないんですよ。いくら、あなたが有能な首相でも、そのやり方を決めるのにリサーチで1年はかかるでしょう。それから、プランや予算での野党駆け引きで少なくとも1年はかかるでしょう。CO2・25%削減というのは、小手先の施策では達成できない。産業構造のドラスティックな変革が必要なんですよ。老人大国の日本で、実質2年の実働で何ができるんですか」
 「ふふっ。日本という国を見縊らないでくださいよ。あの太平洋戦争で、アメリカと対等にやりあった国ですよ。日本は、必ずCO2・25%削減を達成します。そして、全ての国に対して例外なく数値目標を出してもらいますよ。ただ、日本は実質5年で数値目標を達成するのですから、当然あなたたちには2030年までに達成してもらいます。それも、各国の事情は関係なしだ。一律10%削減だ。わかりましたか。それから、目標を達成できなかった国は、それ相応のペナルティを背負ってもらいます。いいですな。中国は、尖閣付近の海底油田開発を日本主体の共同開発とします。それから南沙諸島からの即時撤退、台湾を独立国家として、正式調印する。アメリカは、日本からの自動車やハイテク製品の関税撤廃、ロシアは北方領土の即時返還、韓国に対しては竹島の返還してもらいますが南北統一には日本は全面的協力を約束しましょう。以上」
「あっ一つ言い忘れていました。日本は、CO2削減のために全力をつくします。したがって、2020年の東京オリンピック開催は行いません。今日は、IOCの委員長もお見えになっているようですので、あとどうするかお好きなようにして下さい」
IOC委員長は、顔をひきつらせた。
「えっ、そんな」
IOC委員長は、それ以上の言葉を返せなかった。各国首脳は、2020年オンリピック開催不可能な状態だと思った。
 各国代表者の表情は、まちまちだった。これまで、CO2削減努力をしてきたEU諸国は、醒めた表情で「やれるもんなら、やってみな。日本の関税撤廃は決まりだな」という表情を浮かべていた。逆に、その努力を怠ってきた中国、アメリカやロシアの代表者の表情は、引きつっていた。
 「もう、決まりだな。こんな茶番は日本には通用せえへんからな。後は事務レベルで契約書を取り交わしだ。オレは帰る」と捨て台詞をはいて、沖田は目の前の机を思いっきり蹴っ飛ばしてひっくり返してしまたため、両脇を警備員に抱えられながら、テロ対策で待機していた医者と看護師を引き連れて、議場を退出してしまった。
 翌日、沖田が松葉杖をつきながら折れた拳の手を吊って成田空港に到着した時、ロビーはマスコミ、右翼、左翼、便乗政治屋、野次馬、警備員と警察官ですし詰めの状態になっていた。空港としての機能を果たせない状態になっており、沖田は飛行場へ逆戻りして、急遽別のチャ-ター機に押し込まれた。行き先は、関空と見せかけて神戸空港に着陸した。そして、ポートアイランドへ移動して、記者会見が始まった。
 「日本の置かれた状況は、皆さんがテレビで見てもらった通りです。私は、世界中を相手にちゃぶ台をひっくり返してしまいました。正直、今度ばかりは、尋常なやり方では喧嘩に勝てる見込みはありません。政治評論家先生たちのおっしゃる通りです。私は、今回のことで鷺山元総理をどうのこうのというつもりはありません。これは、世界が日本に売った喧嘩だと捉えています。そして、皆さんの力を合わせれば、必ず勝てると信じています。でも、勘違いしないで下さい。世界を相手に戦争するような失敗を繰り返すのではありません。25%、CO2をたったの25%、1年間削減するだけでよいのです。確かに、2020年にCO2・25%削減を達成しなければ、日本は崩壊の危機に曝されてしまいます。しかし、逆の見方をすれば、たったそれだけのことを達成すれば、100年近くもかかって取り返せなかった北方領土や竹島を取り返せかつ、多くの問題を解決できるのですよ。
世界一モラルのある日本が、世界中がかかえる問題解決に対して主導権を握ることができるのです。地球温暖化対策は、これまで、政治家、経団連、民間企業やご家庭の皆さんが努力に努力を重ねてきていただいたことを、十分承知しているつもりです。しかしながら、私も戦後生まれなので大きな声では言えませんが、第二次世界大戦前、戦中、戦後の日本国民の努力を考えれば、これくらいのことは乗り切れるはずです。まだ、具体策はありません。でも、1ヶ月以内に対策基本方針を必ず固めます。結果がどうなろうと、2021年に私を国外永久追放や無期懲役あるいは死刑にしてもらっても結構です。でも、でも、でも、私は、私は、日本のため、いや世界のために命をかけて取り組もうとしていることだけは、わかっていただきたい。幕末の志士達のように。うちの妻も7人の子供も、その覚悟はしています」
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