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第4編:88星座巡礼編
第67章 いて座の風
しおりを挟む――深い紫の霧が、僧侶の意識を包んでいた。
船が静かに着陸すると、そこは銀河の中心方向、いて座領域に浮かぶ惑星、サジタリウス・アルボル。
目の前に広がるのは、果てしない“螺旋の森”だった。森は天へと昇る巨大な螺旋を描き、まるで惑星そのものが祈りの柱となって銀河に語りかけているかのようだった。枝は山脈のように連なり、葉は光を反射して淡い緑と銀色の光を散らす。風はほとんど吹かず、代わりに森の奥から“歌うような低い振動”が絶え間なく響いていた。
僧侶は意識体の“足”を進めながら、柔らかな共鳴音を聴いた。
――声ではない。
――けれど確かに、こちらの心を撫でてくる。
「……おまえは、祈りを持っている」
紫の霧の奥から、無数の光が浮かび上がる。
それらは“アルボルナイト”――この惑星を見守る知性だった。幹のような肉体から光の脈動を放ち、会話を交わす代わりに、心の奥深くへ直接、意味を伝えてくる。
「この森は、星々の記憶を抱いている。
おまえの祈りもまた、その記憶の一部になるだろう」
僧侶は静かに頭を垂れた。
この旅は巡礼のため。だが、その底には、数百万年前に失った恋人を探す――そんな自分だけの願いも潜んでいる。
その未練と祈りの狭間で、僧侶は時折、途方もない孤独に襲われることがあった。
アルボルナイトたちは螺旋の森の奥、惑星の心臓部へと僧侶を導いた。
そこにあったのは、“歌う泉”――惑星全体の生命と意識が集まり、共鳴を続ける場所だった。
泉の水面は、銀河の星々を映す鏡のように輝き、僧侶が近づいた瞬間、波紋が広がった。
「――君……?」
聞き慣れた声が、泉の奥から響いた。
それは、かつての恋人の声だった。幻影だとわかっていても、僧侶の心は激しく揺れた。
あの日、反重力戦争の渦の中で別れた声。
意識を失う間際、触れられなかった手。
――なぜ、今、ここで。
泉は答えなかった。
ただ、無数の記憶と感情を映し出し、僧侶の心を試すかのように波紋を繰り返した。
「……私は、進む。
この祈りが、いつか君に届くと信じて」
僧侶の声に、泉はひときわ強く光を放ち、深い静寂を取り戻した。
そのとき、アルボルナイトのひとりが近づき、螺旋状に輝く結晶を差し出した。
“螺旋の結晶”――惑星の共鳴エネルギーを閉じ込めた特別な石だった。
「これは、祈りを遠くへ運ぶ結晶。
おまえの声は、銀河の果てにも届くだろう」
僧侶はそれを受け取り、静かに胸に抱いた。
旅立ちの時、螺旋の森全体がざわめき、淡い緑の光を放った。
まるで、この星が僧侶の旅立ちを祝福しているかのようだった。
船が上昇し、薄紫の霧を突き抜けると、いて座の星々がきらめいた。
その光を背に、僧侶は小さく祈りをつぶやいた。
「――銀河のどこかで、君も見ているだろうか。
この旅は、まだ終わらない」
そして、巡礼の旅路は続く。
“祈りを銀河に響かせる者”として、僧侶の道はさらに広がっていった。
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