あなただけが私を信じてくれたから

樹里

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一度目の人生

第5話 逢瀬現場に立ち会う

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 私は殿下の、妹はバーナード卿のエスコートを受けて王宮の会場に降り立った。
 殿下の登場に会場が騒めき立つのは当然のことだったが、私たちの後ろから入って来た妹たちも義母の言う通り、注目の的だったようだ。いつもと雰囲気が異なる気品あるバーナード卿は女性の視線を集めたが、妹の愛らしさも男性の気を引いた。まさにお似合いの美男美女だ。もっとも王太子殿下と並んだとしても、妹の愛らしい輝きが失われることはないだろう。

「何を考えている?」

 殿下から声をかけられて、顔を上げた。

「久々ですので、上手く踊れるか不安に思っておりました」
「そうか。別に競技会に出るわけでもない。適当に踊っておけばいい。それよりもっと愛想良くしてろ」
「……申し訳ありません」


 前方に設けられた上座に王太子殿下を含めた王族らがずらりと並び、国王陛下は祝賀会開催の挨拶を始められた。

「我が愛すべき民よ、我が愛すべき臣下よ。本日は娘の十七の誕生を祝う席に足を運んでくれたことを感謝する。そして諸公のたゆまぬ忠誠心と努力によってこの国が発展してきたことを改めてここに感謝する。今宵は存分に楽しんでくれ!」

 祝賀会開催のお言葉を終えると会場が拍手と共に盛り上がりを見せ、晩餐会が始まった。


 食事会は滞りなく終わり、若い男女が楽しみにしているダンスパーティーが始まる。
 私は家族と一緒にエレーヌ王女殿下にお祝いのお言葉を述べ、王族の方々に挨拶することになった。
 今日の主役であるエレーヌ王女殿下はリーチェと同じご年齢だ。ただ、同じご年齢でもやはり王族が持つ風格のようものを感じた。一方、ミラディア王女殿下は私より二つ上の二十一歳だが、気さくな方でよくお声をかけていただいて親しみやすさを感じる。

「ねえ、アリシア。あの話、考えてくれた?」

 しかしこんな場で、悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねて来られるのはどうかと思う。
 私は苦笑しつつ、肯定も否定もしなかった。するとミラディア王女殿下は肩をすくめる。

「まあ、いいわ。今夜は楽しんでちょうだい」
「ありがとう存じます」

 その後、私は最初の約束通り、殿下と一曲だけ踊ると別れた。一方、リーチェは一度だけバーナード卿とダンスした後、他の男性から申し込みされ、それに応じているようだった。
 私はこれ以上踊るつもりも、男性からの申し込みもなかったので、会場に設けられた軽食と飲み物に手をつけることにした。口当たりの良い甘い飲み物が渇いた喉を潤す。けれど本当に渇いているのは自分の心だ。

 一人離れた所で会場を見渡すと、皆、談笑したり、男女で語り合っていたり、楽しそうに踊っている姿が見える。孤独は大勢の中にいるほど感じるものだ。
 私は何となく居心地が悪くなって、会場を後にした。

 特に目的地もなく廊下を歩いていると、廊下に敷かれている絨毯がいつもより柔らかく感じた。足音さえ吸収する重厚な絨毯には違いないが、今日はなぜこんなにふわふわするのだろう。

 そう思いながら足を進めていると気付いた。景色がゆらゆらと揺れていると。――違う。揺れているのは景色ではない。私のほうだ。

 お酒を飲める体質ではないのに、間違ってお酒を飲んだらしい。会場を出て来て良かったと思う。
 このまま酔いを醒まそうと、あてもなかった目的地から化粧室へと変えて前に進んだその時、男女が囁き合う声が聞こえてきた。

 こういった晩餐会では男女の逢瀬が行われる。貴族の交流はこの社会には必要なもので、主催者側もそれを見越して部屋を開放しているものだが、王宮でもそうらしい。しかしせっかく部屋が開放されているのだから、愛を語り合うのならば廊下ではなくて部屋でやってほしい。
 少しうんざりしながら元の道を戻ろうしたその時。

「やだ、殿下ったら。こんな所で誰かが来たらどうするの」

 よく聞いたことがある甘い女性の声が聞こえて私の体は硬直した。

「ここに来るのは私たちのような色恋にふける男女だ。気にも留めないだろう」

 男性の声も聞き覚えのある人物だ。
 私は一歩進んでおそるおそる角から覗き込むと、オースティン王太子殿下とリーチェが深い口づけを交わしている姿が見えた。体をぴったりと密着させ合い、何度も何度も甘い吐息をもらして相手を求めている。
 私は気付かれない内に身を潜めた。

「――早く殿下と一緒になりたいな」

 口づけを終えたリーチェが甘え口調で殿下に言った。

「それは早く部屋で愛し合いたいという意味か?」
「違いますぅ! 早く王室に入りたいという意味です。……ねえ。やっぱり私が王妃になるのでは駄目ですか? そしたらこんなこっそりと逢わなくて済むのにぃ」
「悪いが、それはそうだな。父上がアリシアを気に入って決めた話だ。確かに彼女が優秀なのは否めない事実だからな」

 口では何だかんだと辛辣な言葉を言いながらも、王太子殿下は私を認めてくれていたらしい。こんな形で知るとは皮肉なものだ。

「酷ぉい。それって、私が無能ってことですか?」
「そう拗ねるな。君に雑務は似合わないだろう? 面倒なことは全てアリシアに押し付けてしまえばいい。まだ公表するなと言われているが、父上も愛妾を持つことは許してくださったんだ。だから君は、ただ私に存分に愛でられて甘く華やかに花を咲かせるだけでいい」
「やだ。その言い方、好色親爺っぽいですよぉ」
「そうか。じゃあ、本当に好色かどうか、これからたっぷり知るといい」
「もうっ、殿下ったら! ちゃんと今日中に自宅に帰してくださいよ?」
「さあな。――さあ、行こう」

 二人がこちらにやって来る気配がして焦っていると、不意に後ろから腕を取られて近くの部屋に引き込まれた。
 そのまま扉を閉められ、壁に押し付けられた形で口に手を当てられる。灯がともっていない部屋は薄暗く、顔をはっきりと認識できなかったが、相手が誰か私には分かっていた。

「ご無礼をどうぞお許しください、アリシア様」

 ほら、やはり。
 私の耳元に囁く彼の声もまた聞き馴染みがある。――バーナード卿だった。
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