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五度目の人生
第40話 これからの輝かしい未来のために
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王太子殿下から次にかけられる言葉は、午後からの処刑のことだろう。私はただ黙って受け入れようと頭を垂れたままでいた。すると。
「――アリシア。顔を上げなさい」
明らかに王太子殿下とは違う人物から声をかけられた。
……え? この声は。この聞き馴染みのある声は。気高く凛とした女性の声は。
高鳴る鼓動を抱えて顔を上げると、そこに立っていたのはミラディア王女殿下だった。
「ミラ、ディア……王女、殿下。ああ、ミラディア王女殿下……王女殿下」
目覚めていらっしゃった。ミラディア王女殿下もご無事でいらっしゃった……。
まだお目覚めになったばかりなのか、頬がこけたお顔で顔色もいいとは言えず、ミラディア王女殿下の側に仕える護衛騎士によって体を支えられている。ただ、それでもこうしてご自分の足で立つことができる状態にまで回復してくださっていた。
心が震えて名をお呼びする以上の言葉が出ず、ただひたすらに滲む王女殿下を見つめるばかりの私に、王女殿下もそれ以上は声をかけない。やがて視線をすっと横に流した。
「リッチャレッリ卿、調査は間違いないのね」
王女殿下の護衛騎士の姓は、リッチャレッチ、いや、リッチャレッリと言うのか。知らなかった。王女殿下はいつもレイモンドとおっしゃっていたから。確かにリッチャレッリでは舌を噛みそうだ。
この場にふさわしくないそんなことをぼんやりと考えてしまう。
「――は」
「その通りです、姉上!」
護衛騎士の言葉を遮って答えたのは王太子殿下だ。
「目の前のアリシア・トラヴィスが、いえ、昨日付けでトラヴィス侯爵による除籍願いが受理されたため、現在、名無しとなったアリシアが、姉上のお茶に毒を盛った卑劣な犯人です!」
「トラヴィス侯爵がアリシアを除籍に?」
王太子殿下に視線を移したミラディア王女殿下は、目を細め、眉をぴくりと上げる。
すると、リーチェが胸に手を当てた。
「ええ、ミラディア王女殿下! そうです! お父様――父もアリシアはトラヴィス侯爵家とはもう一切無関係だから、しっかりと厳罰を与えてほしいと言っていました!」
「トラヴィス侯爵がそんなことを。侯爵もそのような意見で一致しているのね」
「はい! ですからトラヴィス侯爵家のことはお構いなく!」
リーチェは喜々として答える。
トラヴィス侯爵家は、高位貴族で財力も発言力もあり、王家とは持ちつ持たれつの密接な関係にもある。王家が私を厳罰に処する場合、その関係にヒビが入ってしまうことになると危惧したのだろう。だから私を除籍し、無関係になった人間だから忌憚なく処分してくれて良いと私を差し出したということだ。父もまた、人生を何度繰り返しても私を助けるために動いてくれることはなかった。
「そう。――リッチャレッリ卿?」
「はい、ミラディア王女殿下。調査に相違ありません」
ミラディア王女殿下がリーチェから護衛騎士に視線を戻すと彼は頷いた。
……ああ、そうか。
ミラディア王女殿下は事件のことをうろ覚えだったようだ。無理もない。毒を服されて苦しまれ、長らく臥せていらっしゃったのだから。夢か現か、事件の前後のことはもはや曖昧になってしまわれたのだろう。
シメオン様は王太子殿下とリーチェのみならず、ご回復されたミラディア王女殿下もお連れして皆で私を裁きに来たらしい。当然ながら、シメオン様を責めるつもりは全くない。
「アリシア、最後にあなたから何か言いたいことはない?」
私に向き直ったミラディア王女殿下はそう尋ねた。
聡明で慈愛に満ちた王女殿下は、私にも最後の申し開きの機会を与えてくださるらしい。
――けれど。
これからのシメオン様の輝かしい未来のために、このまま私に騙されたと憎んでいてほしい。一欠片の同情も後悔も残してほしくない。シメオン様の知る悪女の姿のままで去って行きたい。だから私は。
「いいえ。……何も。何もありません」
王女殿下のご厚情を無下にして静かに首を振った。
「そう。残念だわ。こんな命令をわたくしの口から下さなければならないとはね」
ミラディア王女殿下はため息をつくと改めて私を見つめる。
王女殿下は痩せ細ったお姿でも威厳は一切失われておらず、その瞳にはためらいの揺らぎはなく、ただ冷徹に命令を下そうとする光だけが宿っていた。
この崇高なミラディア王女殿下に処分されるのならば本望だ。
「では、ブルシュタイン王国の第一王女、ミラディア・アン・カルロッテ・クリーヴランドが命じます」
私は王女殿下の命令を前に再び頭を垂れ、目を閉じた。
「――アリシア。顔を上げなさい」
明らかに王太子殿下とは違う人物から声をかけられた。
……え? この声は。この聞き馴染みのある声は。気高く凛とした女性の声は。
高鳴る鼓動を抱えて顔を上げると、そこに立っていたのはミラディア王女殿下だった。
「ミラ、ディア……王女、殿下。ああ、ミラディア王女殿下……王女殿下」
目覚めていらっしゃった。ミラディア王女殿下もご無事でいらっしゃった……。
まだお目覚めになったばかりなのか、頬がこけたお顔で顔色もいいとは言えず、ミラディア王女殿下の側に仕える護衛騎士によって体を支えられている。ただ、それでもこうしてご自分の足で立つことができる状態にまで回復してくださっていた。
心が震えて名をお呼びする以上の言葉が出ず、ただひたすらに滲む王女殿下を見つめるばかりの私に、王女殿下もそれ以上は声をかけない。やがて視線をすっと横に流した。
「リッチャレッリ卿、調査は間違いないのね」
王女殿下の護衛騎士の姓は、リッチャレッチ、いや、リッチャレッリと言うのか。知らなかった。王女殿下はいつもレイモンドとおっしゃっていたから。確かにリッチャレッリでは舌を噛みそうだ。
この場にふさわしくないそんなことをぼんやりと考えてしまう。
「――は」
「その通りです、姉上!」
護衛騎士の言葉を遮って答えたのは王太子殿下だ。
「目の前のアリシア・トラヴィスが、いえ、昨日付けでトラヴィス侯爵による除籍願いが受理されたため、現在、名無しとなったアリシアが、姉上のお茶に毒を盛った卑劣な犯人です!」
「トラヴィス侯爵がアリシアを除籍に?」
王太子殿下に視線を移したミラディア王女殿下は、目を細め、眉をぴくりと上げる。
すると、リーチェが胸に手を当てた。
「ええ、ミラディア王女殿下! そうです! お父様――父もアリシアはトラヴィス侯爵家とはもう一切無関係だから、しっかりと厳罰を与えてほしいと言っていました!」
「トラヴィス侯爵がそんなことを。侯爵もそのような意見で一致しているのね」
「はい! ですからトラヴィス侯爵家のことはお構いなく!」
リーチェは喜々として答える。
トラヴィス侯爵家は、高位貴族で財力も発言力もあり、王家とは持ちつ持たれつの密接な関係にもある。王家が私を厳罰に処する場合、その関係にヒビが入ってしまうことになると危惧したのだろう。だから私を除籍し、無関係になった人間だから忌憚なく処分してくれて良いと私を差し出したということだ。父もまた、人生を何度繰り返しても私を助けるために動いてくれることはなかった。
「そう。――リッチャレッリ卿?」
「はい、ミラディア王女殿下。調査に相違ありません」
ミラディア王女殿下がリーチェから護衛騎士に視線を戻すと彼は頷いた。
……ああ、そうか。
ミラディア王女殿下は事件のことをうろ覚えだったようだ。無理もない。毒を服されて苦しまれ、長らく臥せていらっしゃったのだから。夢か現か、事件の前後のことはもはや曖昧になってしまわれたのだろう。
シメオン様は王太子殿下とリーチェのみならず、ご回復されたミラディア王女殿下もお連れして皆で私を裁きに来たらしい。当然ながら、シメオン様を責めるつもりは全くない。
「アリシア、最後にあなたから何か言いたいことはない?」
私に向き直ったミラディア王女殿下はそう尋ねた。
聡明で慈愛に満ちた王女殿下は、私にも最後の申し開きの機会を与えてくださるらしい。
――けれど。
これからのシメオン様の輝かしい未来のために、このまま私に騙されたと憎んでいてほしい。一欠片の同情も後悔も残してほしくない。シメオン様の知る悪女の姿のままで去って行きたい。だから私は。
「いいえ。……何も。何もありません」
王女殿下のご厚情を無下にして静かに首を振った。
「そう。残念だわ。こんな命令をわたくしの口から下さなければならないとはね」
ミラディア王女殿下はため息をつくと改めて私を見つめる。
王女殿下は痩せ細ったお姿でも威厳は一切失われておらず、その瞳にはためらいの揺らぎはなく、ただ冷徹に命令を下そうとする光だけが宿っていた。
この崇高なミラディア王女殿下に処分されるのならば本望だ。
「では、ブルシュタイン王国の第一王女、ミラディア・アン・カルロッテ・クリーヴランドが命じます」
私は王女殿下の命令を前に再び頭を垂れ、目を閉じた。
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