文字の大きさ
大
中
小
383 / 877
連載
道のり⑥
リアルロッククライミングが進んでいく。
だが、天候不順も度々あり、立ち止まらなくてはならないけど。ビアンカとルージュ曰くそれでも順調だと。回り道のおかげで怖かった高山病にもならず経過している。
足場の安定した場所から、見下ろして見ると、正に緑の絨毯が広がり絶景だ。テレビとかの特集ものの、美しい緑の絨毯。ドローンとかで撮影したら、もっとゆっくり堪能できるんだろうけど。
ビアンカとルージュの話では、後数日したら抜けるそうだ。
『明日が山場なのですよ』
『そうね、そこを抜けたら下りよ。そこさえ抜ければ、魔境に入るわ』
従魔の部屋で寛いでいるビアンカとルージュより情報あり。ホークさんに通訳。
「毎日、ありがとうございます」
こんなに順調なのは、ホークさんの騎乗能力のおかげだ。本来なら年単位でかかる道のりなのに。こんな岩山越えなんて絶対無理だ。
「それが俺の役割ですから」
ホークさんは笑顔でノワールのブラッシングをしている。鷹の目のメンバーは、ミゲル君は母の手伝いでせっせと洋裁している。新作はかわいかぬいぐるみだ。ビアンカとルージュ、仔達のぬいぐるみだ。あまりにもかわいかぬいぐるみなので、お地蔵さんの下の段で、きちんと並んでいる。チュアンさんとマデリーンさんは裁断のお手伝い。エマちゃんとテオ君は矢の製作をしている。適宜戦闘訓練や魔力訓練を行っている。晃太は両方を手伝いながら、仔達の世話をしている。
明日が岩山の山場ね。天気が良ければよかなあ。よし、お地蔵さんにお祈り、と。
その日の夜、夜中、トイレに行って、さ、寝ようと思ったら、中庭に誰かいた。
ホークさんや。ぽつん、とベンチに座っている。
ど、どうしたんやろ? なんか、横顔が無表情と言うか、悩んでいると言うか、考え込んでいるというか。なんやろ。このまま、見なかった事になんてできん雰囲気やけど。
いつも、私が悩んだりした時、励ましてくれる。ここは一応、主人として声をかけた方がよかよね? どうしよう。声をかけたら、逆に嫌な気分にさせてしまったら。ホークさんにしかない悩みとかだったら。
うーん、うーん、声だけかけて、様子でどうするか決めよう。
私は少し足音を立てて、中庭に出る。
その音でホークさんが振り返る。
「ユイさん」
「ホークさん、夜は冷えますよ」
私はホークさんの表情を見ると、少しだけ苦笑い。ばれた、みたいな感じかな。直ぐにいつもの表情。
「もう少ししたら休みます」
と、答えるが、違和感がある。本当にちょっとの違和感。いつもとどこかが違う。やっぱり何か考えていたんや。ど、どうしよう、やっぱり声をかけんほうが良かったかな。
私じゃ、やっぱり無理やったかな? どうしたものかと思ったが、ホークさんの顔が拒絶の表情ではない。
「ホークさん、どうしたんですか?」
咄嗟に出た言葉。
「いえ、なんと言うか、色々思い出しまして」
少し考えてホークさんが話す。
「1年経ったなあ、と」
あ、あの時の痛みとか思い出して、トラウマになったりしてたり? あ、どうしよう、私じゃどうしようもないやつやっ。
ホークさんが、更にぽつりと呟く。
「あの女が消えて、15年も経つのかと」
「あの女?」
まさか、まさか、ホークさんの彼女? いや、礼儀正しいホークさんが、あの女なんて言う? おかしか。
頭の中、クエスチョンマークが浮かぶ。
「ユイさん。主人の貴女に聞かせる話ではないのですが…………」
「私が聞いたら、気が少しは軽くなります?」
私の口から出たのは、いつも助けて貰っているホークさんの役に立ちたいから出た。
たまには、役に立ちたか。
「……………下らない愚痴ですが。聞いて貰えますか?」
「聞くくらいで、気がはれるなら」
私は失礼して、ホークさんの隣に腰かける。
ホークさんはぽつりぽつりと語りだした。
ホークさんは馬の牧場の飼育員の息子として、お兄さんと一緒に育った。両親はホークさんが10歳の時に立て続けて亡くなった。だけど、お兄さんが飼育員として働き、他のスタッフからもホークさんは可愛がられて育った。だがある日、経営者が代わり、お兄さんとホークさんは牧場から出されてしまった。
「兄は冒険者になりましたが、メンバーも気のいい人達で、俺の事も邪険にしませんでした」
ホークさんはお兄さんにお世話されながら成長。ただ、お世話されるだけではない。未成年でもできる小遣い稼ぎをし、読み書きだって学んだ。家事だってした。
「兄は、しばらくしてある女性と夫婦になりました。赤毛の。エマとテオの母親と」
その女性はミノラさん。ホークさんはミノラと呼び捨てにしてた、やっぱりおかしか、ミノラさんはホークさんにしてみたら、お義姉さんよね。
「ミノラは直ぐに妊娠し、出産、俺の成人する2ヶ月前です」
難産だったが、無事に男女の双子を出産。それが、エマちゃんとテオ君だ。
「エマとテオは今では顔立ちが違って見えますが、生まれた時は区別がつかないくらいにそっくりで、かわいくて」
ホークさんの顔が、すごく優しい。
「難産だったミノラの為に、俺も兄も毎日がてんてこ舞いで、大変でした」
懐かしむようにホークさんが続ける。
「ですが、俺が冒険者になった頃からミノラの様子がおかしくなって」
十分に栄養と休養をして、母乳の出も悪くなかった。だけど、ホークさんが冒険者になることを大反対した。
「理由は、エマとテオの世話をするのに、自分一人じゃ無理だから、俺に家に残れと言うんです」
分からない訳ではない。おそらくホークさんが手伝ってくれるのに、ミノラさんが頼っていたんだろう。初めての子育て、しかも双子。不安で仕方なかったのではないだろうか。
ミノラさんには近くに頼れる親類も友達もおらず、旦那さんとその義弟のホークさんしか頼る人がいなかった。
「でも、俺には俺の生活がありました。だから、出産前から話をしていたんです。成人して、冒険者資格を取ると。そして、新人試験を受けて、合格したらそれを受け入れると」
ホークさんは無事に一発合格。
だけど、ミノラさんは断固として反対した。ホークさんは軽くしか話さないが、ミノラさん、かなりきつい性格に感じる。でもねえ、子育てしてたら、誰だってきつい性格になりそうやけど。
そして、お兄さんも冒険者活動しなくては、そろそろ蓄えが厳しい状況だった。
「兄は、ミノラの反対を気にすることないって、俺を送り出してくれました。2ヶ月も手伝ってくれたから、と。先代のリーダーに挨拶して、兄は、ファルコンは町を出る俺を見送ってくれました。それが、兄を最後にみた姿です」
最後、って事は。もう、亡くなったって事かな。
「5年後、俺が二十歳になり、町に戻ってみたら、家は別の人がすんでいて、兄家族の行方が心配だったんです」
息を吐き出すホークさん。
「直ぐに分かりました。俺は、兄と生き写しのようにそっくりなんです。それで近所の人が血相変えて来ました」
ファルコンさん、あんた、生きていたのっ?
その言葉で、ホークさんは悟った。兄はもういないのだと。茫然自失になるホークさんの代わりに、当時の鷹の目のリーダー・ワゾーさんが話を聞いて回った。
ファルコンさん家族は、ホークさんが冒険者として旅立った後も、なんとか生活していたそうだ。双子育児に、ミノラさんはずっと悲鳴をあげていた。だけど、ミノラさんは器用な人ではなく、人見知りもあり、ご近所さんに助けを求めなかった。
エマちゃんとテオ君が生後1年と半年を過ぎて、稼ぐ為にファルコンさんはパーティーメンバーと共にダンジョンに。
「兄達は、帰って来なかった」
私は言葉が出ない。
しばらく、ミノラさんはエマちゃんとテオ君を育てながら、ファルコンさんを待った。待って、待って、待って。
半年後、姿を消した。
金目のものを根こそぎ持ち、家に鍵、窓に閂。エマちゃんとテオ君は近所の人が、泣き声はするが、窓が開かないのに気がついて、警備を呼び、家を確認。そして、弱っていたエマちゃんとテオ君を発見、保護。
「ミノラは、元冒険者でしたが、そのカードは破損して見つかっています。別の国で、別の名前で登録されたら、ミノラ当人と証明できないのを知っていたんです」
冒険者カードは、身分証明書だ。ただ、正確にその人だと証明するには、登録した国で、専用魔道具に魔力を流すこと。人の魔力っていうのは、けっして同じものはない。例えば一卵性双生児でもだ。魔力情報は登録した国でしか管理されない。期限は10年でリセット。例えば私が今ある冒険者カードを割って、別の国で別の名前での登録も可能。只しばれたら罰則あり。
「エマとテオは孤児院で保護されていました」
その孤児院に直ぐに行くと、庭で遊んでいた数人のうち、赤毛の幼児2人がホークさんを見たとたんに泣き出した。ホークさんの顔を覚えていたわけではない、表情を見て直感した。
自分を守ってくれる人だと。だから、叫んだ。
「おとうさん、おいていかないでっ」
「おとうさんっ、おとうさんっ」
泣いてすがる双子を抱き締めるしかなかったホークさん。
「胸が、抉られそうでした」
当時を思い出したのか、ホークさんの顔が、歪む。
だが、こんな小さい子どもを連れて、冒険者なんて不可能だし、まだホークをリーダーであるワゾーさんが手離すつもりもなかった。やっと無属性魔法を覚醒し、一人前になったばかりで貴重な戦力だったからだ。ワゾーさんは泣きじゃくるエマちゃんとテオ君に、根気よく話をした。
今は渡してやれんが、坊主達が成人した頃には、いっぱしの冒険者に仕上げてみせる。そして、必ず迎えに越させると。
「それからが大変でした」
まずしたのは、今後の行動計画。
本当はチュアンさんは修道院に戻る予定だったのだけど、エマちゃんとテオ君を引き取るまでは付き合うことになった。
「本当にチュアンには感謝しています。神官の道を閉ざしてしまって。今でも申し訳ない気持ちで一杯です」
ホークさんの話を聞きながら、私は以前チュアンさんから聞いた、友に巡りあったって話を思い出す。チュアンさんは、ホークさんが思うように受け取ってないと思うけど。私の印象ではね。
そして、10年。ホークさんが鷹の目のリーダーとなり、ワゾーさんから鎧を受け継いだ。サブ・リーダーだったマデリーンさんのお姉さんも引退し、杖を受け継いだ。
エマちゃんとテオ君を引き取り、冒険者登録や装備品の準備。いずれにしてもチュアンさんの故郷に行く予定を考えていた時に、馬車の護衛依頼があり受けた。私達がディレナスから出た馬車の依頼だ。なるほど。
「エマとテオは素直に育ってくれて、本当に孤児院には感謝しています。だから、余計にあの女が許せなくて」
息を吐き出すホークさん。
「確かに赤ん坊の世話が大変なのは、2ヶ月世話した俺でも分かります。でも、何も、家に閉じ込めるなんて。少しでも発見が遅かったら、どうなっていたか。エマとテオは、兄が遺してくれた宝物なんです」
いつも礼儀正しく頼りになるホークさんの顔に、浮かぶのは、怒り。
ミノラさんは、結局帰って来なかった。一時の気の迷いで、置いていったかと思ったが、結局2人が成人するまで姿を現さず、現在に至る。
「だから、俺はあの女が許せなくて」
「そう、ですか」
私はそう答えるしかない。だけど、ミノラさんの気持ちも分からない訳ではない。実際に私は出産経験も子育て経験もないが。
うーん、なんて言おうか。
エマちゃんとテオ君は、素直で、とってもいい子やけど。
私がそもそも言う資格は、ないのは分かっているが。かつて育児ノイローゼになった人達の特集とか見たし、実際にあの気丈な従姉妹ですらなりかけて、従姉妹の娘と共に母がしばらく引き取ったこともあった。従姉妹の母親は、癌で早くに亡くなり、父親は私の父以上に仕事人間だったために、気が付かず。旦那さんは海外赴任もしていて、異常に気付いたのは、私の母。当時私は寮にいて、後日落ち着いた頃に会ったけど、頬が窶れた従姉妹に、どう言葉をかけていいか、分からなかった。あれだけ高校生時代に助けてもらったのに、なんの役にも立てなくて申し訳なかった。自分の無力さを痛感した。
後日、従姉妹の父親、つまり母の兄は、祖母に電話口で相当しかられ、母からも絞られ、他県に在住する兄妹達にも叱られた。今では、家事をするいいお爺ちゃんだ。
だから、ミノラさんがあの時の従姉妹と重なる。勝手な想像なのは、分かっているけど。どうしてもホークさんの様に思えないのは、やはり、エマちゃんとテオ君がいい子やってこと。
「でも、ミノラさんは、ミノラさんなりにエマちゃんとテオ君を愛していたと思いますよ。まあ、閉じ込めて、姿消したのは許される事ではないですけど」
私の発した言葉に、ホークさんは顔を上げる。
「事情を知らない私が言うのは間違いだと思いますが、エマちゃんとテオ君見てるとそう感じるんです」
「何故ですか?」
ホークさんの声が少し硬い気がするのは、間違いではない。
「三つ子の魂百までって言葉、知ってます?」
「いいえ」
やっぱりこっちにないかあ。
「私がいた日本の言葉です。小さい頃にどれだけ大事にしたかで、その子の性格が決まるって意味です。昔からの諺で、実際にそうだとは限らないって考えもあります。でも、エマちゃんもテオ君も、とってもいい子じゃないですか。それは、ミノラさんが精一杯の愛情を注いで育てたんではないでしょうか」
「でも、ミノラは、あの女は、エマとテオを閉じ込めて」
「そうです。それは確かに許せませんよね。だけど、そこまで追い詰められたミノラさんの気持ち分かります? 難産だったんでしょ? そんな苦しい思いをして生んだ我が子を残して、閉じ込める精神状況って、ホークさんに分かります?」
だが、天候不順も度々あり、立ち止まらなくてはならないけど。ビアンカとルージュ曰くそれでも順調だと。回り道のおかげで怖かった高山病にもならず経過している。
足場の安定した場所から、見下ろして見ると、正に緑の絨毯が広がり絶景だ。テレビとかの特集ものの、美しい緑の絨毯。ドローンとかで撮影したら、もっとゆっくり堪能できるんだろうけど。
ビアンカとルージュの話では、後数日したら抜けるそうだ。
『明日が山場なのですよ』
『そうね、そこを抜けたら下りよ。そこさえ抜ければ、魔境に入るわ』
従魔の部屋で寛いでいるビアンカとルージュより情報あり。ホークさんに通訳。
「毎日、ありがとうございます」
こんなに順調なのは、ホークさんの騎乗能力のおかげだ。本来なら年単位でかかる道のりなのに。こんな岩山越えなんて絶対無理だ。
「それが俺の役割ですから」
ホークさんは笑顔でノワールのブラッシングをしている。鷹の目のメンバーは、ミゲル君は母の手伝いでせっせと洋裁している。新作はかわいかぬいぐるみだ。ビアンカとルージュ、仔達のぬいぐるみだ。あまりにもかわいかぬいぐるみなので、お地蔵さんの下の段で、きちんと並んでいる。チュアンさんとマデリーンさんは裁断のお手伝い。エマちゃんとテオ君は矢の製作をしている。適宜戦闘訓練や魔力訓練を行っている。晃太は両方を手伝いながら、仔達の世話をしている。
明日が岩山の山場ね。天気が良ければよかなあ。よし、お地蔵さんにお祈り、と。
その日の夜、夜中、トイレに行って、さ、寝ようと思ったら、中庭に誰かいた。
ホークさんや。ぽつん、とベンチに座っている。
ど、どうしたんやろ? なんか、横顔が無表情と言うか、悩んでいると言うか、考え込んでいるというか。なんやろ。このまま、見なかった事になんてできん雰囲気やけど。
いつも、私が悩んだりした時、励ましてくれる。ここは一応、主人として声をかけた方がよかよね? どうしよう。声をかけたら、逆に嫌な気分にさせてしまったら。ホークさんにしかない悩みとかだったら。
うーん、うーん、声だけかけて、様子でどうするか決めよう。
私は少し足音を立てて、中庭に出る。
その音でホークさんが振り返る。
「ユイさん」
「ホークさん、夜は冷えますよ」
私はホークさんの表情を見ると、少しだけ苦笑い。ばれた、みたいな感じかな。直ぐにいつもの表情。
「もう少ししたら休みます」
と、答えるが、違和感がある。本当にちょっとの違和感。いつもとどこかが違う。やっぱり何か考えていたんや。ど、どうしよう、やっぱり声をかけんほうが良かったかな。
私じゃ、やっぱり無理やったかな? どうしたものかと思ったが、ホークさんの顔が拒絶の表情ではない。
「ホークさん、どうしたんですか?」
咄嗟に出た言葉。
「いえ、なんと言うか、色々思い出しまして」
少し考えてホークさんが話す。
「1年経ったなあ、と」
あ、あの時の痛みとか思い出して、トラウマになったりしてたり? あ、どうしよう、私じゃどうしようもないやつやっ。
ホークさんが、更にぽつりと呟く。
「あの女が消えて、15年も経つのかと」
「あの女?」
まさか、まさか、ホークさんの彼女? いや、礼儀正しいホークさんが、あの女なんて言う? おかしか。
頭の中、クエスチョンマークが浮かぶ。
「ユイさん。主人の貴女に聞かせる話ではないのですが…………」
「私が聞いたら、気が少しは軽くなります?」
私の口から出たのは、いつも助けて貰っているホークさんの役に立ちたいから出た。
たまには、役に立ちたか。
「……………下らない愚痴ですが。聞いて貰えますか?」
「聞くくらいで、気がはれるなら」
私は失礼して、ホークさんの隣に腰かける。
ホークさんはぽつりぽつりと語りだした。
ホークさんは馬の牧場の飼育員の息子として、お兄さんと一緒に育った。両親はホークさんが10歳の時に立て続けて亡くなった。だけど、お兄さんが飼育員として働き、他のスタッフからもホークさんは可愛がられて育った。だがある日、経営者が代わり、お兄さんとホークさんは牧場から出されてしまった。
「兄は冒険者になりましたが、メンバーも気のいい人達で、俺の事も邪険にしませんでした」
ホークさんはお兄さんにお世話されながら成長。ただ、お世話されるだけではない。未成年でもできる小遣い稼ぎをし、読み書きだって学んだ。家事だってした。
「兄は、しばらくしてある女性と夫婦になりました。赤毛の。エマとテオの母親と」
その女性はミノラさん。ホークさんはミノラと呼び捨てにしてた、やっぱりおかしか、ミノラさんはホークさんにしてみたら、お義姉さんよね。
「ミノラは直ぐに妊娠し、出産、俺の成人する2ヶ月前です」
難産だったが、無事に男女の双子を出産。それが、エマちゃんとテオ君だ。
「エマとテオは今では顔立ちが違って見えますが、生まれた時は区別がつかないくらいにそっくりで、かわいくて」
ホークさんの顔が、すごく優しい。
「難産だったミノラの為に、俺も兄も毎日がてんてこ舞いで、大変でした」
懐かしむようにホークさんが続ける。
「ですが、俺が冒険者になった頃からミノラの様子がおかしくなって」
十分に栄養と休養をして、母乳の出も悪くなかった。だけど、ホークさんが冒険者になることを大反対した。
「理由は、エマとテオの世話をするのに、自分一人じゃ無理だから、俺に家に残れと言うんです」
分からない訳ではない。おそらくホークさんが手伝ってくれるのに、ミノラさんが頼っていたんだろう。初めての子育て、しかも双子。不安で仕方なかったのではないだろうか。
ミノラさんには近くに頼れる親類も友達もおらず、旦那さんとその義弟のホークさんしか頼る人がいなかった。
「でも、俺には俺の生活がありました。だから、出産前から話をしていたんです。成人して、冒険者資格を取ると。そして、新人試験を受けて、合格したらそれを受け入れると」
ホークさんは無事に一発合格。
だけど、ミノラさんは断固として反対した。ホークさんは軽くしか話さないが、ミノラさん、かなりきつい性格に感じる。でもねえ、子育てしてたら、誰だってきつい性格になりそうやけど。
そして、お兄さんも冒険者活動しなくては、そろそろ蓄えが厳しい状況だった。
「兄は、ミノラの反対を気にすることないって、俺を送り出してくれました。2ヶ月も手伝ってくれたから、と。先代のリーダーに挨拶して、兄は、ファルコンは町を出る俺を見送ってくれました。それが、兄を最後にみた姿です」
最後、って事は。もう、亡くなったって事かな。
「5年後、俺が二十歳になり、町に戻ってみたら、家は別の人がすんでいて、兄家族の行方が心配だったんです」
息を吐き出すホークさん。
「直ぐに分かりました。俺は、兄と生き写しのようにそっくりなんです。それで近所の人が血相変えて来ました」
ファルコンさん、あんた、生きていたのっ?
その言葉で、ホークさんは悟った。兄はもういないのだと。茫然自失になるホークさんの代わりに、当時の鷹の目のリーダー・ワゾーさんが話を聞いて回った。
ファルコンさん家族は、ホークさんが冒険者として旅立った後も、なんとか生活していたそうだ。双子育児に、ミノラさんはずっと悲鳴をあげていた。だけど、ミノラさんは器用な人ではなく、人見知りもあり、ご近所さんに助けを求めなかった。
エマちゃんとテオ君が生後1年と半年を過ぎて、稼ぐ為にファルコンさんはパーティーメンバーと共にダンジョンに。
「兄達は、帰って来なかった」
私は言葉が出ない。
しばらく、ミノラさんはエマちゃんとテオ君を育てながら、ファルコンさんを待った。待って、待って、待って。
半年後、姿を消した。
金目のものを根こそぎ持ち、家に鍵、窓に閂。エマちゃんとテオ君は近所の人が、泣き声はするが、窓が開かないのに気がついて、警備を呼び、家を確認。そして、弱っていたエマちゃんとテオ君を発見、保護。
「ミノラは、元冒険者でしたが、そのカードは破損して見つかっています。別の国で、別の名前で登録されたら、ミノラ当人と証明できないのを知っていたんです」
冒険者カードは、身分証明書だ。ただ、正確にその人だと証明するには、登録した国で、専用魔道具に魔力を流すこと。人の魔力っていうのは、けっして同じものはない。例えば一卵性双生児でもだ。魔力情報は登録した国でしか管理されない。期限は10年でリセット。例えば私が今ある冒険者カードを割って、別の国で別の名前での登録も可能。只しばれたら罰則あり。
「エマとテオは孤児院で保護されていました」
その孤児院に直ぐに行くと、庭で遊んでいた数人のうち、赤毛の幼児2人がホークさんを見たとたんに泣き出した。ホークさんの顔を覚えていたわけではない、表情を見て直感した。
自分を守ってくれる人だと。だから、叫んだ。
「おとうさん、おいていかないでっ」
「おとうさんっ、おとうさんっ」
泣いてすがる双子を抱き締めるしかなかったホークさん。
「胸が、抉られそうでした」
当時を思い出したのか、ホークさんの顔が、歪む。
だが、こんな小さい子どもを連れて、冒険者なんて不可能だし、まだホークをリーダーであるワゾーさんが手離すつもりもなかった。やっと無属性魔法を覚醒し、一人前になったばかりで貴重な戦力だったからだ。ワゾーさんは泣きじゃくるエマちゃんとテオ君に、根気よく話をした。
今は渡してやれんが、坊主達が成人した頃には、いっぱしの冒険者に仕上げてみせる。そして、必ず迎えに越させると。
「それからが大変でした」
まずしたのは、今後の行動計画。
本当はチュアンさんは修道院に戻る予定だったのだけど、エマちゃんとテオ君を引き取るまでは付き合うことになった。
「本当にチュアンには感謝しています。神官の道を閉ざしてしまって。今でも申し訳ない気持ちで一杯です」
ホークさんの話を聞きながら、私は以前チュアンさんから聞いた、友に巡りあったって話を思い出す。チュアンさんは、ホークさんが思うように受け取ってないと思うけど。私の印象ではね。
そして、10年。ホークさんが鷹の目のリーダーとなり、ワゾーさんから鎧を受け継いだ。サブ・リーダーだったマデリーンさんのお姉さんも引退し、杖を受け継いだ。
エマちゃんとテオ君を引き取り、冒険者登録や装備品の準備。いずれにしてもチュアンさんの故郷に行く予定を考えていた時に、馬車の護衛依頼があり受けた。私達がディレナスから出た馬車の依頼だ。なるほど。
「エマとテオは素直に育ってくれて、本当に孤児院には感謝しています。だから、余計にあの女が許せなくて」
息を吐き出すホークさん。
「確かに赤ん坊の世話が大変なのは、2ヶ月世話した俺でも分かります。でも、何も、家に閉じ込めるなんて。少しでも発見が遅かったら、どうなっていたか。エマとテオは、兄が遺してくれた宝物なんです」
いつも礼儀正しく頼りになるホークさんの顔に、浮かぶのは、怒り。
ミノラさんは、結局帰って来なかった。一時の気の迷いで、置いていったかと思ったが、結局2人が成人するまで姿を現さず、現在に至る。
「だから、俺はあの女が許せなくて」
「そう、ですか」
私はそう答えるしかない。だけど、ミノラさんの気持ちも分からない訳ではない。実際に私は出産経験も子育て経験もないが。
うーん、なんて言おうか。
エマちゃんとテオ君は、素直で、とってもいい子やけど。
私がそもそも言う資格は、ないのは分かっているが。かつて育児ノイローゼになった人達の特集とか見たし、実際にあの気丈な従姉妹ですらなりかけて、従姉妹の娘と共に母がしばらく引き取ったこともあった。従姉妹の母親は、癌で早くに亡くなり、父親は私の父以上に仕事人間だったために、気が付かず。旦那さんは海外赴任もしていて、異常に気付いたのは、私の母。当時私は寮にいて、後日落ち着いた頃に会ったけど、頬が窶れた従姉妹に、どう言葉をかけていいか、分からなかった。あれだけ高校生時代に助けてもらったのに、なんの役にも立てなくて申し訳なかった。自分の無力さを痛感した。
後日、従姉妹の父親、つまり母の兄は、祖母に電話口で相当しかられ、母からも絞られ、他県に在住する兄妹達にも叱られた。今では、家事をするいいお爺ちゃんだ。
だから、ミノラさんがあの時の従姉妹と重なる。勝手な想像なのは、分かっているけど。どうしてもホークさんの様に思えないのは、やはり、エマちゃんとテオ君がいい子やってこと。
「でも、ミノラさんは、ミノラさんなりにエマちゃんとテオ君を愛していたと思いますよ。まあ、閉じ込めて、姿消したのは許される事ではないですけど」
私の発した言葉に、ホークさんは顔を上げる。
「事情を知らない私が言うのは間違いだと思いますが、エマちゃんとテオ君見てるとそう感じるんです」
「何故ですか?」
ホークさんの声が少し硬い気がするのは、間違いではない。
「三つ子の魂百までって言葉、知ってます?」
「いいえ」
やっぱりこっちにないかあ。
「私がいた日本の言葉です。小さい頃にどれだけ大事にしたかで、その子の性格が決まるって意味です。昔からの諺で、実際にそうだとは限らないって考えもあります。でも、エマちゃんもテオ君も、とってもいい子じゃないですか。それは、ミノラさんが精一杯の愛情を注いで育てたんではないでしょうか」
「でも、ミノラは、あの女は、エマとテオを閉じ込めて」
「そうです。それは確かに許せませんよね。だけど、そこまで追い詰められたミノラさんの気持ち分かります? 難産だったんでしょ? そんな苦しい思いをして生んだ我が子を残して、閉じ込める精神状況って、ホークさんに分かります?」
感想 854
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、王都の端で小さな香水店を開きます 〜「匂いしか分からない無能令嬢」と捨てられましたが、実は人の嘘と運命を嗅ぎ分ける王国唯
鳳凰院暁月刃夜婚約破棄されたので、王都の端で小さな香水店を開きます
〜「匂いしか分からない無能令嬢」と捨てられましたが、実は人の嘘と運命を嗅ぎ分ける王国唯一の調香師でした〜
☆あらすじ☆
王太子から婚約破棄され、家族にも見捨てられた公爵令嬢リリアーナ。
妹をいじめた悪女。
匂いしか分からない無能令嬢。
王妃にふさわしくない女。
夜会場でそう笑われた彼女は、すべてを失った――はずだった。
けれどリリアーナの嗅覚は、ただ香りを嗅ぎ分けるだけのものではない。
人の嘘。
隠された悪意。
病の兆し。
呪いの残り香。
そして、運命の匂いまで嗅ぎ分ける、王国唯一の異能だった。
公爵家を出たリリアーナは、亡き祖母が残した王都の端の小さな香水店「夜明けの瓶」を開く。
最初は誰にも見向きされない店だった。
けれど、眠れない少女を救い、毒を盛られた貴婦人を助け、夫婦の嘘をほどいていくうちに、店は王都中の秘密が集まる場所になっていく。
そんな彼女の前に現れたのは、冷血公爵と恐れられる辺境公爵ヴァルト。
彼は王宮由来の呪いに蝕まれていた。
リリアーナは彼の呪いを解くため、契約婚約を結ぶことになる。
不器用すぎる公爵に守られ、時に振り回されながら、彼女は王宮に隠された大きな嘘へと近づいていく。
なぜ王太子は婚約破棄を急いだのか。
なぜ妹は姉を憎み続けるのか。
なぜ王宮には、焦げた薔薇の匂いが漂っているのか。
無能と捨てられた令嬢は、もう誰かの言いなりにはならない。
「私は、私の鼻で生きていきます」
香水店から始まる、婚約破棄令嬢の逆転恋愛ファンタジー。
ざまぁあり、契約婚約あり、冷血公爵の不器用な溺愛あり。
最後には、彼女を捨てた者たちが気づくことになる。
本当に失ってはいけなかったのは、彼女だったのだと。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
聖女って無給で無休なんですか?じゃあやらないです
こじまき異世界に聖女として召喚されたイラストレーターのチヒロ。しかし聖女には給料も休みもないことを知って「じゃあやらないです」と聖女就任を断る。
「国と人を救う崇高な仕事には、私どもからの感謝を捧げよう」
「心底いらないです」
異世界でまで、やりがい搾取されてたまるかよ。
※小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
妹を踏みにじった奴らに、復讐の花束を
楠ノ木雫 妹を傷つけたやつは誰だ。
隣国に嫁いだこの国の王女であり双子の妹でもあるクラリスが2年後に亡き人となって帰ってきた。死因すら伝えられず嫁ぎ先の墓にも入れてもらえずに隣国の使者が連れてきた。
この事実に信じられずにいると、クラリスが帰ってくる半年前に戻っていた。
一体隣国でクラリスの身に何があったのか。
絶対に、もうクラリスのあんな姿を見たくない。堅く決意し使節団の使者として隣国に乗りこむ事になった。
※一話で過激なシーンがあります。
【第1回新エンタメ小説大賞】にエントリー中です。
五年も笑わなかった辺境伯の娘が、追放された保育係の令嬢の前で初めて笑った
歩人(あゆと)侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!