勘違いから始まりましたが、最強辺境伯様に溺愛されてます

かほなみり

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第五章 結婚前夜

歴史

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「これじゃないなぁ」
 
 ロイトン先生の講義を受けた後、屋敷の図書室へ来た。
 ザイラスブルクの屋敷にある図書室は、街の図書館とは違って古いものが多い。どちらかというと、以前行ったことのある王城の図書室に近いかもしれない。
 一般的な書籍よりも、家系図や王族の成り立ち、神話についての考察や、個人が編纂したような詩集などもあった。
 
(えーっと、歴史……、歴史の本)
 
 薄暗い室内でランプを片手に、背の高い本棚を見上げる。オレンジ色の光に照らし出されて浮かび上がる本の文字を見ながら、ウルと一緒に室内を歩き回った。

 今日の授業では、王国の歴史について学んだ。
 以前、エーリクが学んでいたのを隣でよく分からないながらも一緒に聞いていたことだったけれど、王家の成り立ちや姻戚関係、他国との歴史的な繋がりや戦争についてで、いわゆる私の世界で学ぶ歴史の授業と似ている。先生はまとめた本も貸してくれて、大きな流れは理解できた。
 けれどそれは、王国の話だ。
 では、ここは? この、バルテンシュタッドの歴史はどうなんだろう。
 知りたいと思った私に先生は、「地域の歴史は、その土地の領主の元に記録がある」と、図書室にある歴史の本を勧めてくれた。
 
「あ、あった」
 
 高い位置に目的のものを見つけた。先生が言っていたタイトルと同じ本が、他の本に埋もれて収まっていた。
 深緑の背表紙にくすんだ金色の箔押しがされたその本は、踏み台がないと取れない位置にある。あたりを見渡して踏み台を探すと、足元にいたウルが奥へ行ってしまった。
 
「ウル?」
 
 後を追い、入り組んだ奥へ向かった先に、隅に置かれた踏み台の前でウルが座っていた。
 
「いい子ね! 私が何を探していたか分かるの?」
 
 頭を撫でて耳の後ろを掻けば、気持ちよさそうに目を細めて尻尾を一振りする。
 わしゃわしゃと一通りウルを撫で回してからさっきの位置に戻ろうと立ち上がり振り返ると、すぐ目の前にレオニダスがいた。
 
「!!」
 
 驚いてランプを落としそうになるのを、彼はひょいっと受け取った。
 
「れ、レオニダス!」
(心臓が! 止まるかと思った!)

 心臓がバクバクと大きな音を立てている。薄暗い室内で見る黒い軍服は、闇に溶け込んでいるようで分かりにくい。
 レオニダスは手で胸を押さえて目を見開く私を見て、声を上げて笑った。
 
「ははっ、驚かせてすまない」
「もう! 声をかけてくれたらいいのに!」
「くっくっ、そうだな、すまなかった」
 
 肩を揺らして笑いながらランプを返してくれる。これがないと見えにくいのは私で、ギフトのある彼は暗くても平気だ、ということを知ったのは最近のこと。
 ふーっと息を吐き出して、改めてレオニダスの顔を見る。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 笑顔のまま身をかがめたレオニダスから、ちゅっと頬に口付けを受ける。こんな自然な仕草になんだかまだ慣れなくて、ドキドキしてしまう。いつか慣れる日が来るんだろうか。

「食事の後に見せたいものがあるから早く帰ってきたんだ」
「見せたいもの?」
「ああ。お楽しみだ」
 
 そう言ってニヤリと口端を上げ、踏み台を持って私の手を引いて歩き出した。
 これは食後まで内緒の感じかな?
 
「図書室の前にカレンの護衛アレクセイが立っていたから何かと思ったが、本を探していたのか」
「うん、ちょっと調べたいことがあって」
「どれだ?」
「えっとね」
 
 タイトルを聞いた彼は、「ああ」と言ってすぐに目的の場所に到着し、本を取ってくれた。
 
「ありがとう」
 
 表紙を手でポンポンと叩くと、埃が舞う。
 
「うわ」
「もうずいぶん開いていないな。エーリクは子供のころ読んだはずだが」
(え、今もまだ十分子供ですよ……?)
 
 どれだけ天才少年なんだろう!
 
「バルテンシュタッドの歴史か」
「うん、今日の授業で歴史を学んだんだけどね、ここの歴史については分からなかったから」

 そう言うと、レオニダスはひとつ頷いて私の手の中の本に視線を落とした。
 
「一般的に出回っている歴史の本は、この国の歴史だ。大きな流れしか書かれていないし、仮に書かれていたとしても、一行だけのことがほとんどだ」
 
 それは、魔物との熾烈な戦いの日々を送り続けるバルテンシュタッドで暮らすからこそ、身に沁みて思うことだと思う。先祖の頃からここで暮らす彼らの、命をかけた日々を、一般的に語られる歴史で目にすることはない。それこそ、せいぜい一行だけ、『深淵の森を警備する辺境』としか語られていない。
 私にはそれが、どうしても馴染まなかった。
 レオニダスのお母さま、ラケルさんや、先代公爵、魔物との戦いで命を落としてきた人々。彼らの歴史はどこで知ればいいのだろう。歴史で語られることがなくても、彼らの生きた証をどうやって後世に伝えていけばいいのだろうと、なんだかモヤモヤしてしまったのだ。
 レオニダスはそんな私の表情を見て何を思ったのか、ふっと笑みを零し、私の顎に長い指をかけて上を向かせた。見上げた碧い瞳が優しげに揺れる。
 
「歴史というものは、混沌として多様性を持っているものの中から、目に見えるもの、分かりやすいものが選ばれ語られていくものだ。そういったものが一国の歴史として語られるのは当然だが、並行してまた別の歴史があるのを見落としがちではある」
「じゃあ、バルテンシュタッドの歴史も埋もれてしまった?」
「埋もれてはいないさ。ここに限らず、それぞれの領地にも独自の歴史がある。こうしてカレンのように向き合い知ろうとする人々によって語り継がれ、その遺志が受け継がれるんだ」
「知ろうとしないと分からないってこと?」
「そうだな。だが、俺たちは、自然に知ろうと思える環境に身を置いている。だからこそ、例え一瞬のことでも失われることなく語り継がれているんだ」

 今日の授業でも、ロイトン先生が言っていた。
『連続するものもあれば、なくなるものもある』
 いい悪いではなく、大きな歴史の流れの中で取捨選択されて今に繋がり、語られている。
 それら一つひとつを拾い上げて行くことは難しいけれど、彼らを知る手掛かりを探して、私たちは受け継いでいくのだ、と。

「私にできることは、知ろうと思うことと、知ることだね」
「それでいいんだ」
 
 長い指が私の唇を優しく撫でた。

「我々は過去の悲惨な出来事や過ち、それらすべてを知って、未来のために最善を尽くさねばならない。嘆き悲しんだ後に、必ず立ち上がらなければならないからな」
 
 レオニダスはそこまで言うと、ふっと表情を和らげて私の頬に掌を寄せた。その上に手を重ねて彼を見上げると、碧い瞳に黄金色がゆらりと揺れる。
 
「俺たちの子どものためにも」
「~~っ!」
 
 かぁっと顔が熱くなる。
 
「そっ、そうだね……?」
 
 未来の子どもたちのために。
 魔物が少ない今、この平和を享受するだけではなく、では今後どうしたらいいのか考えなければならない。またいつか、魔物が増える可能性だってある。その時私たちにできることを、今こそ考えなければ。
 
「俺の未来の妻は先を見据える力を持っているな」
 
 レオニダスはそう囁くと、優しく唇を合わせた。
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