【完結】黄金の騎士は丘の上の猫を拾う

かほなみり

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朝靄

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 蕩けてぐずぐずだったはずなのに、急に押し入って来た熱にキャンの身体が固くなった。
 経験したことのない痛みが走り、思わずきつく目を閉じる。

「……っ、キャン、大丈夫か」

 苦し気なユーレクの声にキャンがそっと瞳を開けると、黄金の瞳が心配そうにキャンを見下ろしている。
 ポタリ、とユーレクの汗がキャンの胸に落ちた。

「大丈夫……大丈夫、です」

 身体中に響くような痛みは引き、ズキズキとした痛みに変わってくる。
 キャンは手をユーレクの頬に寄せた。

「ユーレクさん……は?」
「俺? すごくいい、よすぎるくらい」
「でも……」

 眉を顰め苦しげな表情のユーレクにとてもそうは思えず、キャンは心配になった。
 ユーレクはふう、と息を一つ吐き出すとキャンに覆いかぶさり深く口付けを送る。そのキスに懸命に応えていると、段々と痛みが引いて行く。
 すると突然お腹にある熱い塊を意識して、キャンの中が強く蠢いた。

「っ! ……キャン」

 身体を起こしたユーレクは目許を赤く染め、その色香漂う表情にキャンのお腹がきゅんと熱く強く反応した。

「……くっ、キャン、ごめん」

 掠れた声で囁くその言葉の意味を問おうとキャンがユーレクに手を伸ばすと同時に、ガツンと奥を強く突かれた。

「あっ……っ」

 目の前に火花が散ったような感覚、痛みのあったそこに突然感じる大きな熱と快感の予感。
 キャンは身体を撓らせ嬌声を上げた。
 激しく打ち付けられるユーレクの熱はキャンに快感を齎した。ユーレクも、段々と激しくなる水音とキャンから上がる甘い声に理性が完全に焼き切れた。

 二人はただ黙って、激しく身体を合わせる。

 上から叩き付けるように激しくキャンの奥を突き、抉る。ユーレクを逃すまいと激しく蠢き絡みつくキャンの蜜壷はこれまでにない快感をユーレクに齎した。
 腰に走る痺れるような射精感を堪えながら、ユーレクは更に速度を上げる。そうして甘く上がるキャンの嬌声に、ユーレクは追い詰められた。
 息も荒く汗を滴らせながら激しく自分を求めるこの美しい男に、キャンは必死にしがみ付いた。先程までの痛みなど信じられないくらい、感じたことのない幸せと快感が身体中を駆け巡る。

 失いたくない、この人と共にありたい……
 その言葉を伝えられたらいいのに。

 自然と流れた涙は快感によるものなのか。
 キャンにはそれが分からないまま、ユーレクの熱に翻弄され、揺さぶられ、最奥に放たれたユーレクの熱い熱を感じ、きつい抱擁とキスを全身で受け止めた。

 あなたが好きだと、必ず伝えるから……

「……キャン…‥」

 霞む意識の中で聞こえる自分の名を呼ぶ愛しい人の声に、キャンは幸福と同時に、喪失を感じた。

 *

「別にいいのに」
「良くないです。それに、私がお腹空いたんです」

 翌朝、起きてすぐ店のカウンターに入って料理を始めたキャンを、ユーレクは後ろから抱き締めた。細い首元に顔を埋め、その甘い香りを嗅ぐ。

「ゆ、ユーレクさん……っもうっ、これじゃ何も出来ません!」
「んー、俺も腹減って来た」

 そう言って首筋をねっとりと舐め上げると「ひゃあ!」と変な声を上げて身を捩った。

「ユーレクさん! お皿出して!」

 真っ赤になりながらそんなことを言うキャンに、ユーレクは笑い声を上げる。
 言われたとおり木の皿を二つとスープカップを取り出し、温めたスープをカップによそうと、テラスに出て木漏れ日の落ちるテーブル席にセットした。
 店内に戻りカトラリーやピッチャーを準備しながらユーレクはキャンの手元を覗く。
 鉄のフライパンの上に並ぶこんがりと焼いたパンとベーコン、目玉焼きの上にチーズをかけて蓋をし、火を止める。
 ユーレクは布巾で鍋を掴みそのままテラスのテーブル席に運んだ。芳ばしい匂いに、お腹が空いてくる。嬉しそうに料理を運ぶユーレクの姿にキャンも自然と笑みが浮かんだ。

「これ、なんて料理?」
「んー、特に名前はないですよ。しばらくお店を空けてたから、そんなに食材もなくて」
「おー、いいね、あるもので作るメシ。なんか普通って感じだ」
「? どういう意味ですか?それ」
「美味そうってことだよ」
「何か食べたいものがあれば教えてください。用意しておきますよ」
「そうだなあ……なんか肉煮込んだやつ」
「肉?」
「初めてこの店に来た時に食べたんだよ。ほら、肉をさ、細かく切ったやつを丸くまとめた……」
「煮込みハンバーグ?」
「それだ! あれはソースも美味かった」

 ユーレクは機嫌良く笑い席に着くと蓋を取り、立ち上がる湯気と香りに歓声を上げた。
 キャンはそんな子供のような反応をするユーレクに声を出して笑う。
 フライパンから直接取り出して皿に盛り付け、朝の爽やかな風を感じながら二人で朝食を取る。
 温かな紅茶を一口飲むと身体の中にじわりと染みた。
 テラス席から見下ろす王都はまだ朝靄に包まれている。少しずつ登る太陽が、その靄を取り払うように王都を照らし、街が少しずつ動き出す。
 朝陽に照らされる王都を二人は黙って眺めていたが、ユーレクはカップをソーサーに戻すと静かに立ち上がった。
 キャンは視線を向けることができず、黙って王都を眺めている。

「キャン」

 ユーレクはそんなキャンの前に跪き顔を覗き込む。

「早く帰って来る。必ずだ。だから……そんな顔するな」

 ユーレクは笑いながらキャンの頬をするりと撫でた。キャンの頭上にある耳は後ろに倒れている。その耳もするりと撫でた。
 ユーレクは膝立ちになりキャンと視線を合わせると柔らかくその唇に己を押し当てた。
 何度も貪ったその唇に飽きることなどなく、もっと、もっととその柔らかな唇を堪能する。
 キャンがユーレクのシャツの袖を握ると、その手を取り指を絡めた。
 ちゅ、と音を立て唇を離し額を合わせる。

「じゃあ、行ってくるから」
「……はい」
「…俺の匂いはついた?」
「……、ふふ、……はい」

 また唇を触れ合わせ、どちらともなく柔らかく唇を押し当てる。

「でも、消えちゃうから」
「消える前に戻るよ」
「……約束ですよ」
「任せろ。約束は守る。それに、アイツにまだ名前をつけてないからな」
「ユーレクさんが戻るまで、あの子のこと呼べないじゃないですか」
「はは、そうだな。尚更早く戻らないとな」
 
 だから、とユーレクはキャンの後頭部に手を差し込み深く口付けた。舌を絡めキャンの口内を熱い舌が蠢き、堪能する。

「……キャン、ここで俺を待ってて」

 ユーレクはキャンの濡れた唇を舌でなぞり、最後に柔らかな頬にキスを贈ると静かに立ち上がった。
 キャンは視線をテラスの床に落としたまま動けずにいた。
 ユーレクはもう一度キャン、と名前を呼ぶと、こめかみに、柔らかな耳に、旋毛にキスを落とし、静かにキャンから離れた。


 暫く動けないままキャンはテラスでぼんやりしていた。夏の爽やかな風が髪を揺らす。
 ふと、先程までユーレクが座っていた席に、ユーレクのマントが置いてあるのに気が付いた。のろのろと立ち上がり手に取ると香る、ユーレクの香り。
 その、優しく力強い香りを嗅いだ途端、キャンの胸に言い表せない感情が渦巻き爆発した。
 例えようもないほど胸が熱く切ない。

 マントを手にしたまま、店の前に走り出る。
 延々と続く階段のその白い靄の中に、小さな黒い人影が見えた。

「……ユーレクさん」

 小さな声で名前を呼ぶと、その人影が動きを止めた。
 それがユーレクであると、キャンにははっきりと分かった。

「ユーレクさん」

 もう一度呼ぶと、その人影が振り返りキャンを仰ぎ見た。

「……っ、ユーレクさん! ユーレクさん!」

 何度も何度も、マントを胸に抱き、握り締めて、キャンはありったけの力を振り絞ってユーレクの名を呼んだ。

 行かないで、そばに居て、帰って来て。
 どうか無事で、必ず、必ず……

 言葉に出来ない思いを胸に、何度もユーレクの名を呼んだ。


「ユーレクさん!」


 暫くそこでじっとしていた黒い人影は、拳を高く空に掲げた。
 その時、小さな声でキャンの名を呼ばれた気がした。キャンはそれに答えるように、大きく手を振ってもう一度名前を呼んだ。

「ユーレクさん!」

 その小さな人影は暫くじっと丘の上を見上げていたが、やがて振り返ることなく、日の光に煌めく白い朝靄の中に消えて行った。

 キャンは店の前に蹲り、迷子の子猫のように声を上げて泣き続けた。

 ***

 ユリウス第三王子殿下率いる部隊が彼の国へ向かうべく秘密裏に王国を出立したと王太子殿下に報告が為されたのは、真っ青な空に大きな雲が立ち昇る、ある夏の日だった。

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