【完結】黄金の騎士は丘の上の猫を拾う

かほなみり

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ヨシュカ

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「俺がまだ騎士団に顔が利いて良かったよなあ」
「くどい」

 馬に跨った旅装姿のウェイが馬車の御者台に座るアミアに声を掛けると、アミアは被せるようにウェイに答えた。クスクスとキャンがその隣で笑う。
 元騎士であるアミアとウェイの入国許可証を手に入れ、支援物資を運ぶ輸送団に紛れ込めたのはウェイの働きによるものなのだが、移動の間、ことある毎に感謝を求めるウェイをアミアはすっかり相手にしなくなった。

「ウェイさん、ありがとうございます」
「甘やかしちゃだめだよ、キャン」

 アミアはへらへら笑うウェイを横目で睨む。

「その腹でよく乗れる馬があったな?ウェイ」
「この腹は俺の人当たりの良さを表現するために態と作り上げたもんなんだよっ」
「はっ、何を言っている、馬鹿め」


 支援物資を運ぶ一団は他国の国境を越え船に乗り、無事シュバルツヴァルドと隣接する公国へ入国した。港町から更に奥地へと入り、シュバルツヴァルドを目指す。
 港では公国の騎士団が合流し、ここまで気を張り詰めていた騎士達も漸く一息つくことが出来た。これまでの道中では、騎士団に護衛された輸送団を襲うような蛮族も現れず、他国の越境も滞りなく済ませることが出来た。
 緊張から解放されたのか、団員達の空気も柔らかなものになっている。自然と会話も増え、笑顔で騎士と話をする者もいた。

 だが、周囲の柔らかな雰囲気とは裏腹に、港に到着してからキャンの顔色はどんどん悪くなる一方だった。

 微かに漂う、嫌な匂い。
 内陸に進むほど匂いが強くなり、キャンの身体に澱のように積もっていく。胃の腑が重く、視線がどうしても足元に落ちる。この、常とは程遠い異様な空気に、キャンは飲み込まれていた。

 公国とシュバルツヴァルドの国境には、今回制定された同盟加入国が設営した医療施設があり、逃げてきたり怪我を負ったシュバルツヴァルド人を保護している。
 施設では特に子供や年寄り、重症者を多く受け入れ、同盟国から派遣された医師や看護師、薬師が軍隊の護衛の下、その地で活動を行なっていた。
 更に同盟国は軍隊をシュバルツヴァルド国境に派遣し、外海には船団を配置した。
 彼の国とシュバルツヴァルドの間に横たわる二カ国は既に同盟への参加を表明し、同盟国軍は彼の国国境まで迫っているという。
 それらの采配を全てユリウス第三王子が執っていると、道中で団員達がよく話題にしていた。
 己の国の王子が彼の国に対し圧力を掛け、シュバルツヴァルドを救うため活躍しているのだと興奮気味に話しているのを、キャンは複雑な思いで聞いていた。

 *

 見渡すと木々はすっかり葉を落とし、道端の草もすっかりその色を失い風に吹かれている。
 低く垂れる鈍色の雲からはチラチラと雪が舞い、時間の間隔を失わせた。
 御者台に座りガタガタと馬車に揺られていると、吹く風が服の隙間に入り込み余計に寒さが身に染みた。ここでは雪は積もらないが寒風は王都よりも強く、落ち込むキャンの心を追い詰めるようだった。
 アミアが隣に座るキャンにそっと声を掛ける。

「キャン、大丈夫? 今朝もほとんど食べていなかっただろう」
「あ、大丈夫です、お腹が空かなくて……」

 へらりと笑って見せるその顔色は悪い。
 アミアが何事か言おうと口を開いた瞬間、パッと視線を道の先に向けた。

「キャン」

 アミアに促され前方に目を凝らすと、かなり離れた位置にシュバルツヴァルドの騎馬隊が五騎、行く手を塞いでいるのが見えた。
 王国の騎馬が数騎、一行から離れて騎馬隊に向かうと、ゆっくりと馬車が停車した。
 それまで緩んでいた空気が一瞬で張り詰める。

 突如現れた彼らの気配にキャンの心臓が激しく音を立てた。
 五感全てが彼等の中にいる一人に囚われ視線が外せない。
 アミアは眼鏡の向こうの瞳が大きく瞠かれるのを見て、キャンの手をギュッと握りしめた。
 その手は氷のように冷たい。

 暫くして騎士団とシュバルツヴァルドの騎馬が一騎ずつ一団に向かって来た。囚われたかのように目が離せない、あの獣人だ。ウェイが馬を促しキャン達より前に出て騎士と話をする。
 その騎乗の獣人は迷うことなくキャンを見つめている。キャンが獣人だとすぐに分かったのだろう。
 銀色の大きな三角の耳と薄い紫眼が真っすぐにキャンに向けられていた。

(ティエルネさんと同じような気配がする)

 キャンは僅かに身体が震えた。この覚えのある気配、薄い紫の瞳。重かった気持ちが深く深く沈んでいく。目の前が暗くなり、自分の鼓動がガンガンと頭の中に鳴り響いた。

 ―― お前に流れる血を呪う者がいることを忘れず生きていけばそれでいい――

 ティエルネの言葉が頭の中に響き渡る。

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。
 やがて獣人の騎士は一言二言ウェイに声を掛けると、静かにキャンとアミアが乗っている馬車に馬を寄せた。
 キャンの心臓が激しく音を立て、無意識にアミアの手を強く握り締めると、アミアが宥めるようにキャンの手の甲を指で撫でた。

「キャン」

 隣に座るアミアがそっとキャンに声を掛け、背中を撫でた。
 無意識に息を止めていたのか、はっ、と小さく息を吸うと心が少しだけ落ち着きを取り戻す。アミアはもう一度、優しくキャンの背を撫でた。

「……リュディア?」

 そっと囁くようにキャンに掛けられたその声の、思いもよらない柔らかさと心地よい響きに、キャンの鼓動がふわりと楽になった。
 ティエルネにそっくりな銀色のサラサラと靡く髪、薄紫の瞳。目の前の騎士が口にしたその名を聞いて、キャンはゆっくりと息を吸い静かに答えを返した。

「……はい」

 騎士はキャンの視線を受け止めると、銀色の耳をぴくぴくと震わせ柔らかく破顔した。

「初めまして、僕の姪」

 騎士は何も言えず固まっているキャンに近付くと、そっと手を差し出す。吸い込まれるようにその掌に手を乗せると、騎士は両手でキャンの手を柔らかく包み込んだ。

「無事でよかった」

 キャンの手を持ち上げ、祈るように自分の額を寄せる。その手は微かに震え、キャンが思わず手を握り返すと、俯いていた顔をパッと上げた騎士は泣きそうな笑顔を向けた。
 その優しい薄紫の瞳を見上げた途端、ギリギリと張り詰めていたキャンの心が、ゆっくりと解けていった。

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