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いつまでもあなたと
しおりを挟む外は風もなく、しんしんと雪が降っている。さらさらとした雪が静かに降り積もる様子を、キャンはぼんやりと見つめていた。
いつから見つめていたのだろう。
窓に映る自分に焦点が合い、急に現実に引き戻された。のろのろと視線を手元の日記に戻す。
美しいシュバルツヴァルドの文字で書かれた日記は、今のキャンでは全てを読みとることが出来なかった。だが、父と出会う前の母の優しく愛に溢れた日常、そして番である父と出会い溢れる恋心。一人の女の子、そして女性としての思いが、日記に丁寧に綴られているのが分かった。
温かな家庭で育ち、美しい邸宅や優しい家族に友人たち。
優しく穏やかな日々を送っていた母が、番と出会い大きなうねりに飲み込まれ翻弄されていく。
(ひとりの、女性……)
一人の女性として父を愛し、自分を産んだ母。戻ると信じて待ち続け、悲惨な姿の愛する夫を目撃した女性。
ただそれだけだった一人の人物の人生が、鮮やかにキャンの中で降り積もっていく。
立ち上がり、近くにあった箱を開ける。中には小さな赤ん坊の服がたくさん詰められていた。
愛する人不在の中で迎えた出産。辛い日々の中、子供に会えるのを楽しみに毎日手縫いした、イニシャルを入れた赤ん坊の服、帽子や小さな靴下。
ひとつひとつ丁寧に仕上げ、毎日腹を撫で赤ん坊に話しかける。
愛している、早く会いたい、待ち遠しい、お父さまを一緒に待ちましょう。
母の愛の向こうに必ず存在する、自分たちを絶対的に愛してくれる父。母を愛し、未来の子供たちのために自ら外の世界へ目を向けた父。そんな父を信じる母、家族の姿。彼らの過ごした時間や思いが、しんしんとキャンの中に降り積もっていくようだった。
「……キャン」
箱の前でうずくまるキャンに、柔らかく優しい声がかけられた。
はっと慌てて顔を上げると、ガラスの扉の前で手に籠を持ったユーレクが立っていた。優しく微笑むその姿を見て、キャンの中からどうしようもなく思いが溢れて来る。
キャンはぱっと立ち上がりユーレクの胸に飛び込んだ。
「おっと!」
そう言うと籠を高く掲げ、片手でキャンを受け止めた。
「そろそろ寒くなったかと思って、温かい飲み物と軽食を持ってきた。気が利く王子様だろ」
ユーレクは笑いながらキャンの背中を優しく撫でる。キャンはぐりぐりと額をユーレクの服に擦り付けた。
「ユーレクさん」
「うん」
「ユーレクさん……」
ユーレクは優しくキャンの背中を撫で、布が取り払われた絵画に視線を向けた。
「あれがキャンの両親か。キャンは母上に似てるんだな」
「……一緒に見てくれます?」
「もちろん」
手にしていた籠をテーブルに置いて正面から絵画を見つめる。キャンの父の、まっすぐこちらを射抜くように見つめるその視線にユーレクはふっと口元を緩めた。
「娘の婚約者を威嚇してるみたいな目だ」
「え?」
恐らく番である妻を他人の目に晒したくないという執着の現れなのだろう。とてもじゃないが婚礼の絵に描かれる、幸せな表情とは程遠い気がする。
だがこれこそが、シュバルツヴァルド人の番に対する強烈な思いなのだろう。
「キャンも俺に執着しろよ」
「!」
赤くなったキャンを尻目に、ユーレクはスッと足を引き片膝を付いた。纏っていた黒いマントがふわりと広がる。腰の剣を鞘ごと外し柄を絵画に向かって差し出すと、頭を垂れ目を瞑った。
「イェールハルド・ライムンド・シュバルツヴァルド王子殿下、ニーナ・オイフェミア王子妃殿下にご挨拶申し上げます。ユリウス・ディートリッヒ・ヴゥル・ウォルバロム=フォルザヴィス、両殿下の至宝、リュディア・ニーナ・シュバルツヴァルド王女殿下との婚約についてお許しをいただきたく馳せ参じました」
キャンはそのユーレクの広い背中をじっと見つめる。知らず、身体が小さく震える。
「我が命を持ってリュディア王女を護り、慈しみ、生涯をかけて愛し抜くことを誓います」
キャンはこくりと小さく息を呑むと、静かにユーレクの横に立ち両親を見つめた。
「私も、ユリウス王子殿下と共に人生を歩み、支え合い、いつまでも彼の笑顔と共にありたい……愛するこの方と必ず幸せになることを誓います。だから」
心の内でずっと自分を守ってくれたコーイチの姿も浮かべながら、キャンはそっと微笑んだ。
「だから、お父様、お母様。……安心して見ていてくださいね」
「キャン」
ユーレクは立ち上がるとキャンの両手を取り、自らの方へ身体を向けさせた。初めて会った頃からキャンを見つめて来た美しい青い瞳を柔らかく優しく細める。
「これでキャンの両親から許しは得たな」
「許すって言ってた?」
「言ってたさ。ホラ、お父上の目が柔らかくなったろ」
ユーレクが絵画に視線を向け、キャンも父の表情を見る。先ほどまで怖いほどに鋭かった視線が、確かに柔らかくなった気がする。
「リュディア・ニーナ・シュバルツヴァルド王女殿下。……キャン」
絵画に視線を向けたキャンの両手を取ったまま、ユーレクは静かに片膝をついた。美しく愛しい人を見上げ、そしてその白い指に口付けを落とす。
「貴女の騎士ユーレクに、どうか生涯貴女と共にあることをお許しください。この命かけ貴女を愛することを、貴女と共に幸せになりたいという願いを、どうか叶えさせてください」
「……駄目です」
「えっ?」
キャンの言葉にユーレクがぱっと顔を上げる。
ユーレクの驚いた表情にキャンはふわりと微笑むと、腰を折り両頬をそっと包みユーレクの額に口付けを落とした。
「命なんて懸けないで。必ず私と共に、苦しくても二人で一緒に幸せになると誓ってください。私は、貴方がいなくては幸せになんてなれません」
キャンの言葉に目を見開いたユーレクは、すぐにくしゃりと破顔した。両膝を突きぐいっとキャンの腰を引き寄せる。キャンの顔を見上げながら、ユーレクは子供のように無邪気な笑顔を見せた。
そんなユーレクを、キャンは心から愛しいと思うのだ。
「まだしばらく国には帰れないけど、落ち着いたらまたあの丘の上の家に帰ろう。二人で、またカフェを開こう」
「王子様なのに」
「いいんだよ。そういうのが好きな王子様だっているさ」
キャンを見上げながらあの料理を食べたい、あのお茶がまた飲みたいと嬉しそうに話すユーレクの肩に手を置いて、キャンはゆっくりと覆いかぶさり、心を込めて口付けを贈った。
ちゅっと音を立てて離れると、見下ろすユーレクの顔が赤い。キャンからの口付けには慣れていないのだ。
「紅茶、冷めちゃうからいただきましょう? ユーレクさん、一緒に私の両親の歴史を見てくれるでしょう?」
「もちろんだ、俺の番」
ユーレクはそう言うとそのままキャンの腰を抱え立ち上がる。きゃあ、と小さく声を上げ首にしがみ付いたキャンに、今度はユーレクが心を込めて口付けを贈った。
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