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「――カタリーナ!」
友人たちと入れ替わりで、すぐにアデルがやってきた。
隊服姿の彼は、私を見て満面の笑みで両手を広げた。
「よかった、もう身体は大丈夫?」
ぎゅうっと抱きしめられて、顔が熱くなる。あの日のことが蘇って恥ずかしい。
「だっ、大丈夫よ! それよりどうしたの? 連絡をいただいていないけれど!?」
グッと胸を押し返すと、彼はパッと身体を離した。
「ごめんね、どうしてもあなたにすぐ知らせたくて。これ」
そう言って、サッと封書を差し出す。
「なにかしら」
受け取って中を検めると、そこには仰々しい文面と署名がされていた。
「――アデル・グライスナー王都騎士団第三小隊分隊長を、第二部隊部隊長に任命する……」
最後には王太子殿下の署名もある。
「えっ!?」
「あなたとの結婚の前に昇進が叶ったよ」
そう言って、アデルは嬉しそうに肩をすくめた。
「すごいわアデル、おめでとう!」
小隊長から部隊長に昇進なんて異例だ。
「ありがとう、今回の一件も影響してると思うんだけどね」
「媚薬の?」
「そう。まだ薬の製造元までは判明していなから、責任者として指揮を執ることになったよ」
「まあ! 気を付けてね」
「うん、ありがとう」
そう言って、アデルは両手を広げた。
「――?」
「くちづけをしてくれないの?」
「なっ! わた、私が!?」
「あなた以外にいないよ」
クスクス笑いながら首をこてん、と倒す彼を見て、カッと顔が熱くなる。
「しないわ!」
「え~、そんな元気に否定しなくても」
「ひっ、否定とかじゃなくて人の目があるからそんなのできないというかイヤなわけじゃないけれどまだ私にはハードルが高くて突然そんなこと言われても戸惑うからできれば事前に教えてもらいたいというか」
「事前に教えてたらつまらないでしょ」
「つまらないってなに!?」
「それにね」
アデルは仕方ないな、と言いながら、ふわりと私を正面から抱きしめた。
「あ、アデル! し、使用人の皆がいるのに!」
「彼らはプロだからね、壁になりきってるから大丈夫」
「そうだけどでも耳も目もあるわ!」
いくらなんでも人前で恥ずかしいからやめてほしい!
「ふふ、恥ずかしがるカタリーナが大好きだけど、あんまりかわいいあなたを他の人に見せるのはもったいないから、これくらいで止めておこうかな」
そう言って、彼はすぐに身体を離した。
(そ、そこまで言うならアデルからしてくれたらいいのに!)
私からくちづけをするのが恥ずかしいのであって、決してしてほしくないわけではないのだ。
なにも言えない私を見たアデルは、背中を丸めてそっと耳元に顔を寄せてきた。
「くちづけ、してほしい?」
「!」
まるで、私の気持ちなんてお見通し、とでも言いたげなそのいじわるな表情に、ますます顔が熱くなる。
今日は化粧も薄いのだから、きっといつもより赤いのだろうけれど、そんなふうに言われるのは悔しい。
「いらないわ!」
「え~? 素直じゃないなぁ。そんなあなたが好きなんだけど」
そう言って、彼はちゅっ、と横を向く私の頬に口付けをした。
「ア、アデル!」
「まとまった休みがもらえたんだ。約束どおり旅行へ行こう」
「え、お休み?」
「うん。急で申し訳ないけど、明日とかどうかな」
それは行きたい。アデルと王都以外でゆっくり過ごすなんて初めてのことだ。
「い、行きたいけれど、レディには準備というものがあるのよ。明日なんて急すぎるわ!」
「そうだよねぇ。出発を遅らせるしかないかな。日程は短くなるけど」
「そ、そんなの、でも、あの、前に話していた辺境へ行くの? いつも人気で、宿を取るのが難しいと聞くわ」
「知り合いがね、そこの丘の上に別荘を持っていて、今回貸してくれることになったんだ」
「えっ、本当!?」
「ちょっと距離があるから、移動も含めて長めの日程で考えていたんだけど」
難しい? と、アデルはまた首を傾げた。
彼の、この時々あざとく見せるしぐさはなんなのだろう。私が簡単に絆されるのを絶対に分かっている。絆されるんだけれど!
「そ、そんなに遠いのなら仕方ないわ! 侍女のみんなに手伝ってもらって急いで用意するしかないわね!」
「うん、よかった」
完全に彼の口車に乗っている。でも仕方ないのだ。
ゆっくり滞在するためには早く出発たほうがいいのだから!
(ドレスも選ばなくちゃいけないわ。そうだわ、今回は王都から離れるのだし、もしかして……、揃いのコーディネートとかできるかしら……?)
「――ねぇ、アデル」
「ん?」
「今回の旅行も、あなたは騎士服で来るの?」
「え?」
今まで、いつ呼び出しがあるから分からないと、彼はいつも隊服を着ていた。それはとても似合っているし、素敵だからいいのだけれど。
「いや、今回はさすがに私服だよ。完全に休暇だし、王都を離れるからね」
「そう!」
首を振る彼の言葉に、思わずパッと両手を胸の前で合わせて喜んでしまった私を見て、アデルは不思議そうに首を傾げた。
「どうして?」
「だ、だって、その、あなたの騎士服以外を見るのは初めてだから……、素敵だろうなと思って」
夜会でも、正装姿で参加するので礼服を見たことがない。ものすごくスタイルがいいから、きっと燕尾服も似合うだろうなと思っていた。
「礼装はいるかしら? もし必要ならドレスを選ぶからあなたも燕尾服を着てほしいというか準礼服でもいいからいつもと違う姿が見れたらなって思うしできれば揃いのコーディネートとか楽しんでみたいというか一度もしたことがないからしてみたいだけでどうしてもってことでは……、アデル? どうしたの?」
彼は、目の前で口を片手で覆って目を閉じてしまった。
「な、なに? 私なにか変なこと言った?」
「いや、言ってない。かわいいことを言っただけ」
「え?」
どの辺りでそう思ったのだろう。
「カタリーナ」
彼はそっと私の耳元に顔を寄せて、囁いた。
「覚悟していてね」
「!?」
(覚悟ってなに? どうしてそうなるの!?)
「楽しみだね、カタリーナ」
いい笑顔でそんなことを言う彼の言葉に、なんとなく構えてしまう。
「し、仕方ないから、急いで準備するわ!」
「うん、ごめんね。じゃあ明日の早い時間に迎えに来るよ」
そう言って、あっさり退室しようとする彼の腕をグイッと引っ張る。
「ん? どうし……」
こちらを振り返って屈んだ彼の頬に、背伸びをしてちゅっとくちづけをする。
(私だって、やられてばかりではいられないんだから!)
「~~っ、たっ、楽しみにしてるわ、アデル!」
パッと手を離して、彼から一歩下がる。
恥ずかしくて彼の顔を見ることはできない。
「それじゃあ、私、準備があるから! これで失礼するわね!」
アデルを残して急いで私室へと駆けこんだ私は、彼が一人、顔を赤くして立ち尽くしていたのを知らない。
そして、その後の長く甘い旅行で、「お返しだよ」と、わけが分からないまま、いい笑顔のアデルに翻弄されるのだった。
友人たちと入れ替わりで、すぐにアデルがやってきた。
隊服姿の彼は、私を見て満面の笑みで両手を広げた。
「よかった、もう身体は大丈夫?」
ぎゅうっと抱きしめられて、顔が熱くなる。あの日のことが蘇って恥ずかしい。
「だっ、大丈夫よ! それよりどうしたの? 連絡をいただいていないけれど!?」
グッと胸を押し返すと、彼はパッと身体を離した。
「ごめんね、どうしてもあなたにすぐ知らせたくて。これ」
そう言って、サッと封書を差し出す。
「なにかしら」
受け取って中を検めると、そこには仰々しい文面と署名がされていた。
「――アデル・グライスナー王都騎士団第三小隊分隊長を、第二部隊部隊長に任命する……」
最後には王太子殿下の署名もある。
「えっ!?」
「あなたとの結婚の前に昇進が叶ったよ」
そう言って、アデルは嬉しそうに肩をすくめた。
「すごいわアデル、おめでとう!」
小隊長から部隊長に昇進なんて異例だ。
「ありがとう、今回の一件も影響してると思うんだけどね」
「媚薬の?」
「そう。まだ薬の製造元までは判明していなから、責任者として指揮を執ることになったよ」
「まあ! 気を付けてね」
「うん、ありがとう」
そう言って、アデルは両手を広げた。
「――?」
「くちづけをしてくれないの?」
「なっ! わた、私が!?」
「あなた以外にいないよ」
クスクス笑いながら首をこてん、と倒す彼を見て、カッと顔が熱くなる。
「しないわ!」
「え~、そんな元気に否定しなくても」
「ひっ、否定とかじゃなくて人の目があるからそんなのできないというかイヤなわけじゃないけれどまだ私にはハードルが高くて突然そんなこと言われても戸惑うからできれば事前に教えてもらいたいというか」
「事前に教えてたらつまらないでしょ」
「つまらないってなに!?」
「それにね」
アデルは仕方ないな、と言いながら、ふわりと私を正面から抱きしめた。
「あ、アデル! し、使用人の皆がいるのに!」
「彼らはプロだからね、壁になりきってるから大丈夫」
「そうだけどでも耳も目もあるわ!」
いくらなんでも人前で恥ずかしいからやめてほしい!
「ふふ、恥ずかしがるカタリーナが大好きだけど、あんまりかわいいあなたを他の人に見せるのはもったいないから、これくらいで止めておこうかな」
そう言って、彼はすぐに身体を離した。
(そ、そこまで言うならアデルからしてくれたらいいのに!)
私からくちづけをするのが恥ずかしいのであって、決してしてほしくないわけではないのだ。
なにも言えない私を見たアデルは、背中を丸めてそっと耳元に顔を寄せてきた。
「くちづけ、してほしい?」
「!」
まるで、私の気持ちなんてお見通し、とでも言いたげなそのいじわるな表情に、ますます顔が熱くなる。
今日は化粧も薄いのだから、きっといつもより赤いのだろうけれど、そんなふうに言われるのは悔しい。
「いらないわ!」
「え~? 素直じゃないなぁ。そんなあなたが好きなんだけど」
そう言って、彼はちゅっ、と横を向く私の頬に口付けをした。
「ア、アデル!」
「まとまった休みがもらえたんだ。約束どおり旅行へ行こう」
「え、お休み?」
「うん。急で申し訳ないけど、明日とかどうかな」
それは行きたい。アデルと王都以外でゆっくり過ごすなんて初めてのことだ。
「い、行きたいけれど、レディには準備というものがあるのよ。明日なんて急すぎるわ!」
「そうだよねぇ。出発を遅らせるしかないかな。日程は短くなるけど」
「そ、そんなの、でも、あの、前に話していた辺境へ行くの? いつも人気で、宿を取るのが難しいと聞くわ」
「知り合いがね、そこの丘の上に別荘を持っていて、今回貸してくれることになったんだ」
「えっ、本当!?」
「ちょっと距離があるから、移動も含めて長めの日程で考えていたんだけど」
難しい? と、アデルはまた首を傾げた。
彼の、この時々あざとく見せるしぐさはなんなのだろう。私が簡単に絆されるのを絶対に分かっている。絆されるんだけれど!
「そ、そんなに遠いのなら仕方ないわ! 侍女のみんなに手伝ってもらって急いで用意するしかないわね!」
「うん、よかった」
完全に彼の口車に乗っている。でも仕方ないのだ。
ゆっくり滞在するためには早く出発たほうがいいのだから!
(ドレスも選ばなくちゃいけないわ。そうだわ、今回は王都から離れるのだし、もしかして……、揃いのコーディネートとかできるかしら……?)
「――ねぇ、アデル」
「ん?」
「今回の旅行も、あなたは騎士服で来るの?」
「え?」
今まで、いつ呼び出しがあるから分からないと、彼はいつも隊服を着ていた。それはとても似合っているし、素敵だからいいのだけれど。
「いや、今回はさすがに私服だよ。完全に休暇だし、王都を離れるからね」
「そう!」
首を振る彼の言葉に、思わずパッと両手を胸の前で合わせて喜んでしまった私を見て、アデルは不思議そうに首を傾げた。
「どうして?」
「だ、だって、その、あなたの騎士服以外を見るのは初めてだから……、素敵だろうなと思って」
夜会でも、正装姿で参加するので礼服を見たことがない。ものすごくスタイルがいいから、きっと燕尾服も似合うだろうなと思っていた。
「礼装はいるかしら? もし必要ならドレスを選ぶからあなたも燕尾服を着てほしいというか準礼服でもいいからいつもと違う姿が見れたらなって思うしできれば揃いのコーディネートとか楽しんでみたいというか一度もしたことがないからしてみたいだけでどうしてもってことでは……、アデル? どうしたの?」
彼は、目の前で口を片手で覆って目を閉じてしまった。
「な、なに? 私なにか変なこと言った?」
「いや、言ってない。かわいいことを言っただけ」
「え?」
どの辺りでそう思ったのだろう。
「カタリーナ」
彼はそっと私の耳元に顔を寄せて、囁いた。
「覚悟していてね」
「!?」
(覚悟ってなに? どうしてそうなるの!?)
「楽しみだね、カタリーナ」
いい笑顔でそんなことを言う彼の言葉に、なんとなく構えてしまう。
「し、仕方ないから、急いで準備するわ!」
「うん、ごめんね。じゃあ明日の早い時間に迎えに来るよ」
そう言って、あっさり退室しようとする彼の腕をグイッと引っ張る。
「ん? どうし……」
こちらを振り返って屈んだ彼の頬に、背伸びをしてちゅっとくちづけをする。
(私だって、やられてばかりではいられないんだから!)
「~~っ、たっ、楽しみにしてるわ、アデル!」
パッと手を離して、彼から一歩下がる。
恥ずかしくて彼の顔を見ることはできない。
「それじゃあ、私、準備があるから! これで失礼するわね!」
アデルを残して急いで私室へと駆けこんだ私は、彼が一人、顔を赤くして立ち尽くしていたのを知らない。
そして、その後の長く甘い旅行で、「お返しだよ」と、わけが分からないまま、いい笑顔のアデルに翻弄されるのだった。
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