【番外編完結】わんこ系年下騎士に懐かれたけど実家の愛犬に似ていて困る

かほなみり

文字の大きさ
4 / 36

一日目 夜のコンサバトリーと愛犬マーロウ2

しおりを挟む
「大きいわね!」
「建物三階建てほどの高さがあります。中には人口の池もあって水辺の植物も植えられているそうですよ」
「凄い、素敵だわ!」

 大きな硝子扉を開け中に入ると、むわっと緑の香りが広がる。人口池の周囲には見たことがない種類の植物が植えられ、周囲には背の高い木々が天井まで伸びている。
 あちこちに植えられた植物は美しく花を咲かせ、この季節でこれほど多くの鮮やかな色を見ることが出来るとは思わなかった。
 高い天井から吊るされたいくつもの明かりが丸く灯り、幻想的にすら見せている。

「お気に召しましたか」
「ええ、とても! 育てるのが難しい花もこんなにたくさん」
「ゆっくりご覧になってください。皆、舞踏会に参加していてここはほとんど人がいないようです」

 それでも見て回っていると、時折ゆっくりと花々を楽しみながら歩く老夫婦やご婦人に出会う。軽く会釈をすると、相手もゆったりと笑顔で返してくれる。
 華やかで賑やかな会場ではなく、ここに来て花々を愛でる人々の間に流れる、ゆったりとした時間。
 この、慎ましやかで静かな、けれど少しだけ贅沢な時間を共有できるのが私は好きだ。

(夜会や舞踏会よりもこういう方が私は好きなのよね)

 お父様の願いでドレスやレースの売り込み目的で王都までやって来たけれど、本当は私に良い相手を見つけて来て欲しいという思いがあるのだと思う。
 けれど、結局私は会場でレースに興味を持った御婦人方と話しただけ。
 そもそもこの年齢では、私を既婚者だと思う人がほとんどだろう。
 婚約者がいたこともあったけれど、仕事を優先しているうちに解消してしまった。
 それ以来、結婚せず職業婦人として生きていくと決めたのだ。今更、新しい出会いを求めてはいない。

「どうしました?」

 ぼんやりと池の水を見つめていると、そっと窺うように声を掛けられた。

「あ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」
「お疲れでは? 馬車を呼びましょうか」
「大丈夫よ。馬車停に家の馬車は待機させているから」
「そうですか。あちらにもまだ部屋がありますが、ご覧になりますか?」
「そうね。折角だもの全て見たいわ」

 差し出されたマリウスの手を取り足を向けると、部屋の入口からふわりと甘い香りが漂ってきた。金木犀の香りだ。

「……誰かいるみたいですね」
「え? あら、なにか……」

 部屋の近くまで行くと、奥から人の声がする。

(苦しそうな声?)

 マリウスと顔を見合わせ、耳をそばだてると、男女の声が聞こえて来た。

「……っ、ぁん」
「しっ、もう少し声を落として」
「だって……っ、ああんっ」
「はぁっ、だめだもう……っ」
「んっ、んんっ! やだぁ、まだ……」

(!? ちょっと待って何してるの!?)

 聞こえてきたそれは、明らかに男女の営みの声。驚いて固まっていると隣のマリウスがグッと腕に力を入れ、急に彼の存在を思い出した。

(……気まずすぎるわ!)

 エスコートされていた手でグイッとマリウスの腕を引っ張り来た道を慌てて戻った。

 二人とも早足で無言のままコンサバトリーを抜け外へ出る。
 はあっと深く息を吐きだしマリウスの顔を見ると、彼も気まずかったのだろう、口元に拳を当て眉根を寄せて視線を外に向けている。
 思春期の少年のような、居た堪れない雰囲気が伝わって来て、なんだかおかしさがお腹の底に集まって来た。
 堪らず手で口を覆うと、もう我慢が出来ない。

「あ、アメリア嬢?」

 顔を背け身体を震わせる私を見て、マリウスが背後から戸惑った声を掛けて来た。

「ご、ごめん、なさ……っ、ふっ、ふふっ! だ、だって、お、おかしくて……」
「おかしいって……」
「だって、き、気まずすぎるわっ! 何かしらこの状況……っ」

 おかしくておかしくて、涙すら滲んでくる。出会ったばかりの騎士とコンサバトリーに来ただけで、こんな場面に出くわすなんて!

「確かに気まずいですけど」

 マリウスも我慢していたのだろう、じわじわと笑いがこみ上げてきたようだ。ぶふっと笑い声を漏らし慌てて口を覆った。

「もう! 笑わせないで!」
「僕のせいじゃないですよ! 気まずいって言うから……!」

 もう何を言われてもおかしい私たちは、互いの顔を見て目が合い、そしてまた笑い合う。
 コンサバトリーの前で身体を揺らして笑っている私たち二人を、通りを行く人々が不思議そうに眺めていった。

「はあもう、おかしいわ……」

 一通り笑い、すっかり疲れてしまった。眦の涙をぬぐう。

「とんでもない場面に出くわしちゃったわ」
「すみません」
「ビューロウ卿のせいではないわよ! なんかもう色々楽しかったわ」
「楽しいって……」

 マリウスはそう言うとまた吹き出した。完全に何を言っても笑う状態だ。

「休憩時間なのに付き合わせちゃってごめんなさい。でも、貴方がいてくれてよかったわ。とても楽しかった」
「いえ、こちらこそとても楽しい休憩時間でした。本当に、変な意味じゃなく」
「やめて、そこを強調しないで!」

 マリウスの言葉にまた笑い出すと、つられて彼も笑い出す。

「あの、こちらにはいつまでご滞在ですか」
「秋の晩餐会の間だけ。終わったら領地へ帰るわ」
「そうですか。……楽しんでくださいね」
「ありがとう。今夜ほど楽しいことはないと思うけど」
「アメリア嬢!」

 また笑いだすマリウス。私もつられて笑いがこみ上げてくる。

「本当よ、楽しかったわ。任務、頑張ってくださいね、ビューロウ卿」
「あの、ぜひマリウスと」
「……ありがとう、マリウス」

 にっこりと笑いかけると、マリウスは嬉しそうに破顔し、騎士の礼を取った。
 
(そうか、うちのマーロウみたいなんだわ)

 黄金色の毛並みをした実家の愛犬マーロウを思い出して、輝く金髪の髪をふわふわさせた彼を見ながら、なんだか少しだけ早く帰りたい気持ちになる夜だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...