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一日目 夜のコンサバトリーと愛犬マーロウ2
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「大きいわね!」
「建物三階建てほどの高さがあります。中には人口の池もあって水辺の植物も植えられているそうですよ」
「凄い、素敵だわ!」
大きな硝子扉を開け中に入ると、むわっと緑の香りが広がる。人口池の周囲には見たことがない種類の植物が植えられ、周囲には背の高い木々が天井まで伸びている。
あちこちに植えられた植物は美しく花を咲かせ、この季節でこれほど多くの鮮やかな色を見ることが出来るとは思わなかった。
高い天井から吊るされたいくつもの明かりが丸く灯り、幻想的にすら見せている。
「お気に召しましたか」
「ええ、とても! 育てるのが難しい花もこんなにたくさん」
「ゆっくりご覧になってください。皆、舞踏会に参加していてここはほとんど人がいないようです」
それでも見て回っていると、時折ゆっくりと花々を楽しみながら歩く老夫婦やご婦人に出会う。軽く会釈をすると、相手もゆったりと笑顔で返してくれる。
華やかで賑やかな会場ではなく、ここに来て花々を愛でる人々の間に流れる、ゆったりとした時間。
この、慎ましやかで静かな、けれど少しだけ贅沢な時間を共有できるのが私は好きだ。
(夜会や舞踏会よりもこういう方が私は好きなのよね)
お父様の願いでドレスやレースの売り込み目的で王都までやって来たけれど、本当は私に良い相手を見つけて来て欲しいという思いがあるのだと思う。
けれど、結局私は会場でレースに興味を持った御婦人方と話しただけ。
そもそもこの年齢では、私を既婚者だと思う人がほとんどだろう。
婚約者がいたこともあったけれど、仕事を優先しているうちに解消してしまった。
それ以来、結婚せず職業婦人として生きていくと決めたのだ。今更、新しい出会いを求めてはいない。
「どうしました?」
ぼんやりと池の水を見つめていると、そっと窺うように声を掛けられた。
「あ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」
「お疲れでは? 馬車を呼びましょうか」
「大丈夫よ。馬車停に家の馬車は待機させているから」
「そうですか。あちらにもまだ部屋がありますが、ご覧になりますか?」
「そうね。折角だもの全て見たいわ」
差し出されたマリウスの手を取り足を向けると、部屋の入口からふわりと甘い香りが漂ってきた。金木犀の香りだ。
「……誰かいるみたいですね」
「え? あら、なにか……」
部屋の近くまで行くと、奥から人の声がする。
(苦しそうな声?)
マリウスと顔を見合わせ、耳をそばだてると、男女の声が聞こえて来た。
「……っ、ぁん」
「しっ、もう少し声を落として」
「だって……っ、ああんっ」
「はぁっ、だめだもう……っ」
「んっ、んんっ! やだぁ、まだ……」
(!? ちょっと待って何してるの!?)
聞こえてきたそれは、明らかに男女の営みの声。驚いて固まっていると隣のマリウスがグッと腕に力を入れ、急に彼の存在を思い出した。
(……気まずすぎるわ!)
エスコートされていた手でグイッとマリウスの腕を引っ張り来た道を慌てて戻った。
二人とも早足で無言のままコンサバトリーを抜け外へ出る。
はあっと深く息を吐きだしマリウスの顔を見ると、彼も気まずかったのだろう、口元に拳を当て眉根を寄せて視線を外に向けている。
思春期の少年のような、居た堪れない雰囲気が伝わって来て、なんだかおかしさがお腹の底に集まって来た。
堪らず手で口を覆うと、もう我慢が出来ない。
「あ、アメリア嬢?」
顔を背け身体を震わせる私を見て、マリウスが背後から戸惑った声を掛けて来た。
「ご、ごめん、なさ……っ、ふっ、ふふっ! だ、だって、お、おかしくて……」
「おかしいって……」
「だって、き、気まずすぎるわっ! 何かしらこの状況……っ」
おかしくておかしくて、涙すら滲んでくる。出会ったばかりの騎士とコンサバトリーに来ただけで、こんな場面に出くわすなんて!
「確かに気まずいですけど」
マリウスも我慢していたのだろう、じわじわと笑いがこみ上げてきたようだ。ぶふっと笑い声を漏らし慌てて口を覆った。
「もう! 笑わせないで!」
「僕のせいじゃないですよ! 気まずいって言うから……!」
もう何を言われてもおかしい私たちは、互いの顔を見て目が合い、そしてまた笑い合う。
コンサバトリーの前で身体を揺らして笑っている私たち二人を、通りを行く人々が不思議そうに眺めていった。
「はあもう、おかしいわ……」
一通り笑い、すっかり疲れてしまった。眦の涙をぬぐう。
「とんでもない場面に出くわしちゃったわ」
「すみません」
「ビューロウ卿のせいではないわよ! なんかもう色々楽しかったわ」
「楽しいって……」
マリウスはそう言うとまた吹き出した。完全に何を言っても笑う状態だ。
「休憩時間なのに付き合わせちゃってごめんなさい。でも、貴方がいてくれてよかったわ。とても楽しかった」
「いえ、こちらこそとても楽しい休憩時間でした。本当に、変な意味じゃなく」
「やめて、そこを強調しないで!」
マリウスの言葉にまた笑い出すと、つられて彼も笑い出す。
「あの、こちらにはいつまでご滞在ですか」
「秋の晩餐会の間だけ。終わったら領地へ帰るわ」
「そうですか。……楽しんでくださいね」
「ありがとう。今夜ほど楽しいことはないと思うけど」
「アメリア嬢!」
また笑いだすマリウス。私もつられて笑いがこみ上げてくる。
「本当よ、楽しかったわ。任務、頑張ってくださいね、ビューロウ卿」
「あの、ぜひマリウスと」
「……ありがとう、マリウス」
にっこりと笑いかけると、マリウスは嬉しそうに破顔し、騎士の礼を取った。
(そうか、うちのマーロウみたいなんだわ)
黄金色の毛並みをした実家の愛犬マーロウを思い出して、輝く金髪の髪をふわふわさせた彼を見ながら、なんだか少しだけ早く帰りたい気持ちになる夜だった。
「建物三階建てほどの高さがあります。中には人口の池もあって水辺の植物も植えられているそうですよ」
「凄い、素敵だわ!」
大きな硝子扉を開け中に入ると、むわっと緑の香りが広がる。人口池の周囲には見たことがない種類の植物が植えられ、周囲には背の高い木々が天井まで伸びている。
あちこちに植えられた植物は美しく花を咲かせ、この季節でこれほど多くの鮮やかな色を見ることが出来るとは思わなかった。
高い天井から吊るされたいくつもの明かりが丸く灯り、幻想的にすら見せている。
「お気に召しましたか」
「ええ、とても! 育てるのが難しい花もこんなにたくさん」
「ゆっくりご覧になってください。皆、舞踏会に参加していてここはほとんど人がいないようです」
それでも見て回っていると、時折ゆっくりと花々を楽しみながら歩く老夫婦やご婦人に出会う。軽く会釈をすると、相手もゆったりと笑顔で返してくれる。
華やかで賑やかな会場ではなく、ここに来て花々を愛でる人々の間に流れる、ゆったりとした時間。
この、慎ましやかで静かな、けれど少しだけ贅沢な時間を共有できるのが私は好きだ。
(夜会や舞踏会よりもこういう方が私は好きなのよね)
お父様の願いでドレスやレースの売り込み目的で王都までやって来たけれど、本当は私に良い相手を見つけて来て欲しいという思いがあるのだと思う。
けれど、結局私は会場でレースに興味を持った御婦人方と話しただけ。
そもそもこの年齢では、私を既婚者だと思う人がほとんどだろう。
婚約者がいたこともあったけれど、仕事を優先しているうちに解消してしまった。
それ以来、結婚せず職業婦人として生きていくと決めたのだ。今更、新しい出会いを求めてはいない。
「どうしました?」
ぼんやりと池の水を見つめていると、そっと窺うように声を掛けられた。
「あ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」
「お疲れでは? 馬車を呼びましょうか」
「大丈夫よ。馬車停に家の馬車は待機させているから」
「そうですか。あちらにもまだ部屋がありますが、ご覧になりますか?」
「そうね。折角だもの全て見たいわ」
差し出されたマリウスの手を取り足を向けると、部屋の入口からふわりと甘い香りが漂ってきた。金木犀の香りだ。
「……誰かいるみたいですね」
「え? あら、なにか……」
部屋の近くまで行くと、奥から人の声がする。
(苦しそうな声?)
マリウスと顔を見合わせ、耳をそばだてると、男女の声が聞こえて来た。
「……っ、ぁん」
「しっ、もう少し声を落として」
「だって……っ、ああんっ」
「はぁっ、だめだもう……っ」
「んっ、んんっ! やだぁ、まだ……」
(!? ちょっと待って何してるの!?)
聞こえてきたそれは、明らかに男女の営みの声。驚いて固まっていると隣のマリウスがグッと腕に力を入れ、急に彼の存在を思い出した。
(……気まずすぎるわ!)
エスコートされていた手でグイッとマリウスの腕を引っ張り来た道を慌てて戻った。
二人とも早足で無言のままコンサバトリーを抜け外へ出る。
はあっと深く息を吐きだしマリウスの顔を見ると、彼も気まずかったのだろう、口元に拳を当て眉根を寄せて視線を外に向けている。
思春期の少年のような、居た堪れない雰囲気が伝わって来て、なんだかおかしさがお腹の底に集まって来た。
堪らず手で口を覆うと、もう我慢が出来ない。
「あ、アメリア嬢?」
顔を背け身体を震わせる私を見て、マリウスが背後から戸惑った声を掛けて来た。
「ご、ごめん、なさ……っ、ふっ、ふふっ! だ、だって、お、おかしくて……」
「おかしいって……」
「だって、き、気まずすぎるわっ! 何かしらこの状況……っ」
おかしくておかしくて、涙すら滲んでくる。出会ったばかりの騎士とコンサバトリーに来ただけで、こんな場面に出くわすなんて!
「確かに気まずいですけど」
マリウスも我慢していたのだろう、じわじわと笑いがこみ上げてきたようだ。ぶふっと笑い声を漏らし慌てて口を覆った。
「もう! 笑わせないで!」
「僕のせいじゃないですよ! 気まずいって言うから……!」
もう何を言われてもおかしい私たちは、互いの顔を見て目が合い、そしてまた笑い合う。
コンサバトリーの前で身体を揺らして笑っている私たち二人を、通りを行く人々が不思議そうに眺めていった。
「はあもう、おかしいわ……」
一通り笑い、すっかり疲れてしまった。眦の涙をぬぐう。
「とんでもない場面に出くわしちゃったわ」
「すみません」
「ビューロウ卿のせいではないわよ! なんかもう色々楽しかったわ」
「楽しいって……」
マリウスはそう言うとまた吹き出した。完全に何を言っても笑う状態だ。
「休憩時間なのに付き合わせちゃってごめんなさい。でも、貴方がいてくれてよかったわ。とても楽しかった」
「いえ、こちらこそとても楽しい休憩時間でした。本当に、変な意味じゃなく」
「やめて、そこを強調しないで!」
マリウスの言葉にまた笑い出すと、つられて彼も笑い出す。
「あの、こちらにはいつまでご滞在ですか」
「秋の晩餐会の間だけ。終わったら領地へ帰るわ」
「そうですか。……楽しんでくださいね」
「ありがとう。今夜ほど楽しいことはないと思うけど」
「アメリア嬢!」
また笑いだすマリウス。私もつられて笑いがこみ上げてくる。
「本当よ、楽しかったわ。任務、頑張ってくださいね、ビューロウ卿」
「あの、ぜひマリウスと」
「……ありがとう、マリウス」
にっこりと笑いかけると、マリウスは嬉しそうに破顔し、騎士の礼を取った。
(そうか、うちのマーロウみたいなんだわ)
黄金色の毛並みをした実家の愛犬マーロウを思い出して、輝く金髪の髪をふわふわさせた彼を見ながら、なんだか少しだけ早く帰りたい気持ちになる夜だった。
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