2 / 13
マナーについて
「カタリーナ様!」
「おはよう。どうかしたの?」
近くの公園に馬車を横付けし、そこから徒歩で騎士団の詰め所に向かっていると、すでに騎士団に来ていた友人二人が小走りに近付いてきた。
「カタリーナ様、見てくださいませ、あの馬車!」
視線で指し示す騎士団の入り口を見ると、大きな黒い馬車が入り口を塞ぐように路上に停まっている。
「あの家紋は……」
「非常識ですわ! あそこは騎士の方たちが出入りする入口でもあるのに!」
入口周辺には他の貴族令嬢もいるが、恐らくあの家よりも家格が下か付き合いのある家門なのだろう。言い出しにくいのかチラチラと横目で見るだけで誰も何も注意する者がいない。御者と従者はその視線を分かっているのかいないのか、気にする様子もなく世間話をしている。
私はスカートの裾を少し持ち上げて、大股で馬車に近付いた。友人たちが小走りで後をついてくる。
「ちょっとあなたたち! ここは公道であり騎士団の詰め所入り口前よ。一体どんな有事があってこんな愚かなことをしているの⁉」
腰に手を当てて馬車の御者席を見上げながらそう言うと、煙草を吸っていた御者が眉根を寄せて見下ろしてきた。
「おいお嬢さん、この馬車がどこの馬車か分かって言ってんのか」
ぎろりと睨みつけてくる従者の男。騎士団には平民の女性も多く集まるので、私もあまり派手になりすぎないデイドレスにシンプルなボンネットをかぶっている。そのためか、私がただの通りすがりくらいにしか思わないのだろう。
「そうね、こんな素養のない人間を雇うなんて、大したことのない家門なんじゃないかしら」
「なんだと⁉」
御者席から従者が飛び降りた。「ひっ」と小さく悲鳴を上げて友人たちが後ろに下がる。
「ホラン子爵様は素晴らしい御仁だとお聞きしているけれど、お忙しすぎて屋敷の事には手が回らないのね」
「おい、黙ってりゃ調子乗りやがって……!」
「貴族の家に仕えると言うのなら、まずは自分自身の振舞いを省みなさい!」
ビシッと人差し指を従者に向けると、従者はわなわなと肩を震わせ顔を赤くした。こんなに人が大勢いる前で何かすることはないだろう。あ、でも頭が悪そうだから分からないわね?
「おやめなさい」
そこに、騎士団の入口から声がかかった。ちらりと視線を向けると、胸元が大きく開いたドレスを纏った、赤い髪の令嬢がやって来た。後ろには困った顔の衛兵がいる。
「わたくしの従者がどうかしましたか?」
にっこりと微笑み首を傾げるその顔は、やはり私が誰だか分かっていないようだ。品定めをするように目を細め、私をじっくりと見ている。まさか貴族の自分が文句を言われるなんて思っていなかったんでしょうね。
「このような場所に馬車を停めていては騎士団のご迷惑になります」
「まあ、そんな……騎士様に日頃の感謝を込めて差し入れをお持ちしただけですわ」
令嬢はわざとらしく振り返り、後ろにいた衛兵に視線を送る。衛兵は困ったように頭を掻いた。
「騎士団では個人的な差し入れは受け入れておりませんわ。差し入れをすると言うのなら、家門を通して正式に騎士団へお送りすべきです。こんな風に突然やって来るのは非常識ではありませんか?」
その言葉に令嬢はすっと表情を鋭くした。
「騎士様がご判断なさることですわ。どうかお嬢さんはお気になさらず」
あ。これ、私が貴族ではないと判断したわね。
令嬢は私に背を向けると、下から覗き込む様に衛兵の顔を覗き込んだ。完全に顔を赤くする衛兵。
ちょっと衛兵! しっかりしてよ! 何なのよ、ほんと男って!
「騎士様……今回だけ、こちらを受け取っていただけません? このままでは無駄になってしまいますし……、あ、もちろん中へ運ぶのをお手伝いいたしますわ」
なるほど、中に入ろうとこんな事をしているのね。見た目とおり手口が姑息ね!
「規則は規則です、お持ち帰りになってください」
常より少し低い声で念押しすると、令嬢の瞳が鋭くこちらを睨みつけた。
「この場に置いていくわけにもいきませんもの、とりあえず中に運びましょう」
その言葉を合図のように、従者が馬車から荷物を運び出し始めた。
「ちょっと、いい加減になさい!」
従者の前に立ち塞がり、その両手に抱えていた箱をグッと抑えると、行く手を阻まれた従者が険しい顔で私を睨みつけた。
「邪魔だ、どけ!」
従者は持っていた箱を乱暴に横に振り、私の身体を箱で振り払うように押しのけた。
「きゃ……っ!」
身体を押しのけられ大きくバランスを崩し、衝撃に備えてギュッと目を瞑る。
けれど次の瞬間、ふわりと身体が柔らかく受け止められた。
驚いて背後の人間を見上げると、濃紺の詰襟の隊服に金の釦、肩章。王都騎士団の隊服を身に纏った騎士が私を背後から抱き留めていた。くすんだ金色の髪がふわりと揺れ、青灰色の瞳がふわりと細められた。
「大丈夫ですか」
途端、周囲でハラハラと見守っていた女性たちから、きゃーっと黄色い声が上がった。
なに、有名人なのね? 確かに凄く美丈夫だとは思うわ、イヴァン様には敵わないけれど。
騎士はふっと息を吐きだすと、周囲を見渡した。
あなたにおすすめの小説
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜
唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。
身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。
絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。
繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。
孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。
「君のためなら、国にだって逆らう」
けれど、再会した彼の正体は……?
「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」
通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
来栖 蘭
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。