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死神
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とある葬儀の参列席で、王宮騎士のオリビエは涙を堪えて俯いている。
普段は鉄の甲冑を身につけて戦線に立つ勇敢な彼女も、今日ばかりは黒いドレスに身を包み、流れる鎮魂歌に細い肩を震わせていた。
『大丈夫か?』
隣に立つ騎士隊長のライガが、心配そうにオリビエの肩に手を置いた。
『隊長…。
どうしてこんなことに…』
か細く消えるようなオリビエの声にライガは瞼を閉じて首を振る。
『戦場に予期せぬ事態はつきものだ。
俺もこんなことは幾度も経験した、どうかお前には立ち直ってほしい…』
ライガの言葉に、オリビエは涙で濡れた顔をゆっくりと上げた。
『これからも、俺を支えてくれるかオリビエ』
『もちろんです…隊長…』
優しく、されど力強い瞳のライガに手を引かれたオリビエは席を立つ。
城内にある祭壇の間で行われている葬儀。
多くの王宮関係者や衛兵たちが、死者に黙祷を捧げている中を、オリビエはライガに連れられるようにして歩いた。
『オリビエ』
葬儀会場を出ようとしたオリビエを、一人の少女が呼び止めた。
『姫様…』
そこに居たのは、王女フィリリアだった。
後ろには使用人のスカーレットもいる。
『ああ…とても、とても辛そうだわ…』
フィリリアはそう言うと、オリビエの耳許に真紅の唇を近づけると、さらにそっと囁いた。
『その憔悴しきった表情、たまらなく綺麗よ…。
死神が好みそうな顔ね…』
オリビエは弾かれるように、フィリリアから離れた。
『お、お戯れを…!
私はこれで失礼します…!』
『あ!おい待て!オリビエ!
姫様にその態度は何だ!』
気を害したオリビエが扉を開け広げて出ていく後ろを、ライガが慌てて追いかけて行く。
その様子を見ながら微笑むフィリリアを、スカーレットは無表情で見つめていた。
『いくら傷心中とはいえ、王宮騎士の身分で姫様にあの態度は不味いぞオリビエ』
中庭に出たオリビエの隣に駆け寄るライガは、明らかに彼女の様子がおかしいことに気がついた。
『どうした?』
オリビエはその場に立ち尽くし、怯えた瞳で前を食い入るように見つめているのだ。
その視線を追うようにライガが顔を向ける。
『なっ…!』
中庭にある噴水の前に「何か」が立っている。
その「何か」は、黒いローブと黒いフードで全身を漆黒に染めており、一目で異質な存在だと理解できた。
『死神だ!
逃げるぞオリビエ!』
ライガはそう叫ぶのと同時に、オリビエの手を握るなり走りだした。
『死神…!?
それは一体何なんですか!?』
訳がわからないオリビエは走りながらも声を投げる。
振り返ると、あの黒い「何か」は浮遊するかのように地を滑り、こちらを追って来る。
『そのままの意味だ!
死から逃れようとする魂を狩る存在…!
それが死神だ!』
二人は無人の渡り廊下を抜けて、奥の通路に飛び込み扉を閉めて施錠する。
『死者の魂を狩る…?全然わかりません!
何にしても我々は王宮騎士ですから、逃げずに戦うべきです!!とりあえず武器を探しましょう…!』
『今日は誰の葬儀だ?』
息を切らし興奮しているオリビエに、ライガはやけに冷静に話しかけた。
『こんな時に…何の話を…?』
『いいから俺の質問に答えろ。
お前は誰の葬儀に出ていた?』
オリビエは混乱する頭の中を必死に整理しようとするが、靄がかかったかのようで全く何も思い出せない。
『オリビエ…。
今日は、お前の葬儀だ。
お前は自らの死を受け入れられずに、この世に魂として残っているのだ』
『あ…あ…そん…な…。
死んだ…?私が…?』
信じている隊長からの信じがたい言葉に、ショックを受けたオリビエは耳を塞ぎ涙を溢す。
だが、無情にも扉は轟音をたてて歪む。
向こう側から死神が叩いているのだ。
『だが安心しろオリビエ!
俺が守る!絶対にお前を狩らせやしない!』
ライガは再びオリビエの手を掴むと、横の階段へと誘う。
『隊長…
ありがとうございます…』
涙で霞む背中に、オリビエは昔から変わらぬ頼もしさを思い出す。
階段の下から扉が破られる音が聞こえてきたが、もう恐怖も焦りもない。
階段を上がりきり、屋上の眩い陽光に視界を奪われる頃に、オリビエはやっと気がついた。
戦場でいつも前に立ち、自分を守ってくれていたこの背中に…隊長であるライガに恋焦がれていたことを…。
『さあ、行くぞ!』
ライガの掛け声が響く中を勢いそのままに走り続ける二人。
だが、突然オリビエの視界を暗黒が遮った。
それと同時に繋いでいた手が離れる。
『隊長!!』
悲鳴に近い声をあげるオリビエの視界に、黒衣の死神の白い横顔が垣間見えた。
それは、死神と呼ぶにはあまりにも綺麗な顔だった。
『くそ!待て死神…!
オリビエ…手を…のばせ…!』
黒衣に飲み込まれながら、ライガが必死に手を伸ばす。
『どうして…隊長が…?
死神は…死者の魂を…狩るのでは…?』
屋上の縁からブーツの先を出して立つオリビエは、空中で死神にまとわり付かれて、もがいているライガを呆然と見つめていた。
『オリビエェェェェエーーー!!』
最後に空気を引き裂くかのような声をあげたライガは、渦をまく黒衣の中に完全に呑み込まれて消えた。
そして、空中で静止した黒衣はゆっくりと広がり始め、やがて綺麗な顔を見せた死神はオリビエを見つめる。
『死神が人の命を救うなんて、どうやらアナタ本当に死神に好かれているようね』
その声にオリビエが振り返ると、そこにはフィリリアが立っていた。
『姫…様…。
どうして…死神は、隊長を…』
オリビエは、抜け落ちていた大事なことを見つけて真実が頭の中で組上がったはずなのに、それを直視できないでいる様子だ。
フィリリアは愉しそうに声を弾ませながらオリビエに問いかけた。
『さて、今日は一体誰の葬儀だったかしら?』
~完~
普段は鉄の甲冑を身につけて戦線に立つ勇敢な彼女も、今日ばかりは黒いドレスに身を包み、流れる鎮魂歌に細い肩を震わせていた。
『大丈夫か?』
隣に立つ騎士隊長のライガが、心配そうにオリビエの肩に手を置いた。
『隊長…。
どうしてこんなことに…』
か細く消えるようなオリビエの声にライガは瞼を閉じて首を振る。
『戦場に予期せぬ事態はつきものだ。
俺もこんなことは幾度も経験した、どうかお前には立ち直ってほしい…』
ライガの言葉に、オリビエは涙で濡れた顔をゆっくりと上げた。
『これからも、俺を支えてくれるかオリビエ』
『もちろんです…隊長…』
優しく、されど力強い瞳のライガに手を引かれたオリビエは席を立つ。
城内にある祭壇の間で行われている葬儀。
多くの王宮関係者や衛兵たちが、死者に黙祷を捧げている中を、オリビエはライガに連れられるようにして歩いた。
『オリビエ』
葬儀会場を出ようとしたオリビエを、一人の少女が呼び止めた。
『姫様…』
そこに居たのは、王女フィリリアだった。
後ろには使用人のスカーレットもいる。
『ああ…とても、とても辛そうだわ…』
フィリリアはそう言うと、オリビエの耳許に真紅の唇を近づけると、さらにそっと囁いた。
『その憔悴しきった表情、たまらなく綺麗よ…。
死神が好みそうな顔ね…』
オリビエは弾かれるように、フィリリアから離れた。
『お、お戯れを…!
私はこれで失礼します…!』
『あ!おい待て!オリビエ!
姫様にその態度は何だ!』
気を害したオリビエが扉を開け広げて出ていく後ろを、ライガが慌てて追いかけて行く。
その様子を見ながら微笑むフィリリアを、スカーレットは無表情で見つめていた。
『いくら傷心中とはいえ、王宮騎士の身分で姫様にあの態度は不味いぞオリビエ』
中庭に出たオリビエの隣に駆け寄るライガは、明らかに彼女の様子がおかしいことに気がついた。
『どうした?』
オリビエはその場に立ち尽くし、怯えた瞳で前を食い入るように見つめているのだ。
その視線を追うようにライガが顔を向ける。
『なっ…!』
中庭にある噴水の前に「何か」が立っている。
その「何か」は、黒いローブと黒いフードで全身を漆黒に染めており、一目で異質な存在だと理解できた。
『死神だ!
逃げるぞオリビエ!』
ライガはそう叫ぶのと同時に、オリビエの手を握るなり走りだした。
『死神…!?
それは一体何なんですか!?』
訳がわからないオリビエは走りながらも声を投げる。
振り返ると、あの黒い「何か」は浮遊するかのように地を滑り、こちらを追って来る。
『そのままの意味だ!
死から逃れようとする魂を狩る存在…!
それが死神だ!』
二人は無人の渡り廊下を抜けて、奥の通路に飛び込み扉を閉めて施錠する。
『死者の魂を狩る…?全然わかりません!
何にしても我々は王宮騎士ですから、逃げずに戦うべきです!!とりあえず武器を探しましょう…!』
『今日は誰の葬儀だ?』
息を切らし興奮しているオリビエに、ライガはやけに冷静に話しかけた。
『こんな時に…何の話を…?』
『いいから俺の質問に答えろ。
お前は誰の葬儀に出ていた?』
オリビエは混乱する頭の中を必死に整理しようとするが、靄がかかったかのようで全く何も思い出せない。
『オリビエ…。
今日は、お前の葬儀だ。
お前は自らの死を受け入れられずに、この世に魂として残っているのだ』
『あ…あ…そん…な…。
死んだ…?私が…?』
信じている隊長からの信じがたい言葉に、ショックを受けたオリビエは耳を塞ぎ涙を溢す。
だが、無情にも扉は轟音をたてて歪む。
向こう側から死神が叩いているのだ。
『だが安心しろオリビエ!
俺が守る!絶対にお前を狩らせやしない!』
ライガは再びオリビエの手を掴むと、横の階段へと誘う。
『隊長…
ありがとうございます…』
涙で霞む背中に、オリビエは昔から変わらぬ頼もしさを思い出す。
階段の下から扉が破られる音が聞こえてきたが、もう恐怖も焦りもない。
階段を上がりきり、屋上の眩い陽光に視界を奪われる頃に、オリビエはやっと気がついた。
戦場でいつも前に立ち、自分を守ってくれていたこの背中に…隊長であるライガに恋焦がれていたことを…。
『さあ、行くぞ!』
ライガの掛け声が響く中を勢いそのままに走り続ける二人。
だが、突然オリビエの視界を暗黒が遮った。
それと同時に繋いでいた手が離れる。
『隊長!!』
悲鳴に近い声をあげるオリビエの視界に、黒衣の死神の白い横顔が垣間見えた。
それは、死神と呼ぶにはあまりにも綺麗な顔だった。
『くそ!待て死神…!
オリビエ…手を…のばせ…!』
黒衣に飲み込まれながら、ライガが必死に手を伸ばす。
『どうして…隊長が…?
死神は…死者の魂を…狩るのでは…?』
屋上の縁からブーツの先を出して立つオリビエは、空中で死神にまとわり付かれて、もがいているライガを呆然と見つめていた。
『オリビエェェェェエーーー!!』
最後に空気を引き裂くかのような声をあげたライガは、渦をまく黒衣の中に完全に呑み込まれて消えた。
そして、空中で静止した黒衣はゆっくりと広がり始め、やがて綺麗な顔を見せた死神はオリビエを見つめる。
『死神が人の命を救うなんて、どうやらアナタ本当に死神に好かれているようね』
その声にオリビエが振り返ると、そこにはフィリリアが立っていた。
『姫…様…。
どうして…死神は、隊長を…』
オリビエは、抜け落ちていた大事なことを見つけて真実が頭の中で組上がったはずなのに、それを直視できないでいる様子だ。
フィリリアは愉しそうに声を弾ませながらオリビエに問いかけた。
『さて、今日は一体誰の葬儀だったかしら?』
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