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10話
札幌の夜【11】
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「データのバックアップは必ず取っておきなさいっていつも春川さん言ってますよね。だけど、パソコンにUSBメモリーを差しっぱなしにするのはやめた方がいいですよ。誰かが持って行っちゃいますから。それにパスワードもかけといた方がいいですね。簡単に開けますから」
クスクスっと新井さんが笑った。
悔しいけど反論できない。セキュリティー意識が低かった私が悪い。なんであの時、新井さんがいたのにパソコンから離れてしまったんだろう。取り返しのつかないミスだ。新井さんの言う通り、ある意味犯人は私だ。
「どうやって私のUSBメモリー戻したの?」
「一緒に食事に行った時に春川さんのバッグの中にこっそり返しておきましたよ」
そうだった。あの夜、新井さんと食事に行ったんだ。それで次の日、バッグの中からUSBメモリーが出て来た。普段だったら違和感を持つのに、全く気にしなかった。知らない間に入ってたぐらいにしか思わなかった。
仕事よりも森山君の事で頭がいっぱいだったのがいけなかった。私のバカ、バカ、バカ……。あのUSBには森山君と書いてたシナリオ以外にも十周年企画のシナリオが入ってたのに。
「ネットに流した以外のシナリオはどうするつもり?」
「ああ、他の5作品ですか。とりあえず人質ですかね。春川さんが私の言う事を聞いてくれるならもう悪い事はしませんよ」
新井さんが強調するように持ってるUSBを振った。
「どうしますか?またネットに流しましょうか?それともライバル会社に持って行きましょうか。そんな事になったら会社をあげてやってる十周年企画が潰れちゃいますけど」
十周年企画を潰す訳にはいかない。リリースを楽しみに待ってくれているユーザがいるし、企画に関わって動いてる全スタッフの努力も水の泡になる。
絶対に食い止めなきゃ。
「何が望み?」
新井さんが満面の笑みを浮かべた。
「春川さんからやっとその言葉が聞けた。嬉しいです」
「お金が欲しいの?」
「わかってますよね?私が欲しい物」
新井さんの視線がつき刺さる。
新井さんが手に入れたい物――多分、それは森山君だ。
胸が締め付けられる。森山君と別れるなんて嫌だ。
「涼君と別れて下さい」
聞いた瞬間、息が止まる。わかっていても聞きたくない。今、森山君と別れるなんて考えられない。やっと通じ合えたのに。
「新井さんは本当にそれで幸せなの?」
「幸せですよ。涼君が私の全てですから」
「森山君の気持ちを無視するの?」
「春川さんが消えれば、涼君だって諦めますよ」
「それって森山君を不幸にするんじゃないの?好きな人を不幸にして平気なの?」
「不幸になんてなりませんよ。私が一緒にいますから」
新井さんが幸せそうに微笑んだ。
何を言ってもこの子に私の言葉は届かないんだ。胸が千切れそう。なんて苦しい選択なんだろう。会社も森山君もどっちも大切だから困る。
でも、決めなきゃいけないんだ。会社か、森山君かを。
森山君を傷つけたくない。だけど、会社のみんなに迷惑はかけられない。十周年企画が流れたら、会社の信用を失う事になる。そうなったらみんなで作って来た会社が無くなってしまうかもしれない。――森山君を諦めるしかないんだ。
深く息を吸ってから新井さんを見た。
「森山君の無実をちゃんと夏目さんに話してくれる?それから会社も辞めてくれる?あなたみたいな人がアップルハートで働くのが許せないから」
新井さんが口の端をあげた。
「春川さんが涼君と別れて会社も辞めてくれるなら、社長にシナリオをネットに流した犯人は自分だと打ち明けて辞めますよ。春川さんに言われるまでもなくそのつもりですから」
良かった。森山君の無実が証明できる。私のせいで退職にならずに済む。
「会社辞めるわ。森山君とも別れる。それから森山君の前から完全に姿を消す」
そうしないと、私が平気じゃないから。別れた後も一緒に働き続ける事はできない。
「ありがとう春川さん、私の望んでいる事、言ってくれましたね」
嬉しそうに新井さんが表情を崩した。
「じゃあ、その言葉を証明して下さい。今すぐ涼君と別れて下さい」
新井さんがそう言ったタイミングでインターホンが鳴った。
多分、森山君だ。タイミングが良過ぎる。
「きっと涼君ですね」
「朝まで時間をちょうだい。今すぐなんて言ったら森山君は引き下がらないと思うから」
考えるように新井さんがこっちを見た。
「それもそうですね。わかりました。朝まで時間をあげます。わかってると思いますけど、私と約束した事は涼君には秘密ですからね。守って頂けないとどうなるかわかってますね?」
新井さんが念を押すようにUSBメモリーを見せた。
「言われなくても森山君に話すつもりはないわ」
「交渉成立ですね」
新井さんが微笑んだ。
しびれを切らしたようにさらに連続でインターホンが鳴った。
「せっかちだな。涼君は」
新井さんがドアに向かった。私もその後に続く。
新井さんがドアを開けると、額に汗を浮かべた森山君が立ってた。
「涼君、どうしたの?」
新井さんの質問には答えず、森山君は真っすぐ私を見た。眼鏡の奥の瞳が心配だって言ってるみたいだった。
「春川さん、大丈夫ですか?何かされてませんか?」
「うん。大丈夫よ」
「私が春川さんに何かすると思ったの?女同士の話し合いをしてただけよ。ねえ、春川さん」
同意を求めるように新井さんがこっちに視線を向けた。
「森山君、新井さんの言った通り話し合ってただけだから大丈夫よ」
「何を話し合ってたんですか?」
森山君が警戒するように表情を険しくさせた。
「涼君、そんな怖い顔しないでよ。春川さんに説得されたの。このままだと涼君が退職になるって。だから私、社長に本当の事話すよ。涼君には辞めて欲しくないから。会社も責任取って辞めるから安心して。持ち出したデータも春川さんの前で今、破棄したから」
新井さんは涙ぐみながら言った。弱々しい姿が反省したように見える。これなら森山君は信じるだろう。平気で嘘をつける新井さんが怖い。
「葵さん、本当ですか?」
森山君の視線が痛い。嘘はつきたくない。でも……。
「うん。本当よ」
会社を守る為には嘘に乗るしかない。
「そうですか」
森山君がほっとしたような息をついた。
信じてくれる森山君に胸が締め付けられる。森山君を騙すような事はしたくない。でも、こうするしかないんだ。罪悪感で苦しい。
「本当に春川さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
新井さんが深く私に頭を下げた。心の中では全くそんな事思ってないくせに。胸がムカムカする。
「涼君もごめんね。そうだ。預かってたバッグ持ってくるね」
そう言って新井さんは私たちをドア前に残して部屋の奥に向かった。
森山君と二人きりになる。本当の事を言いたい。新井さんは反省なんか全然してなくて、シナリオを人質に取って私を脅してるんだって。
クスクスっと新井さんが笑った。
悔しいけど反論できない。セキュリティー意識が低かった私が悪い。なんであの時、新井さんがいたのにパソコンから離れてしまったんだろう。取り返しのつかないミスだ。新井さんの言う通り、ある意味犯人は私だ。
「どうやって私のUSBメモリー戻したの?」
「一緒に食事に行った時に春川さんのバッグの中にこっそり返しておきましたよ」
そうだった。あの夜、新井さんと食事に行ったんだ。それで次の日、バッグの中からUSBメモリーが出て来た。普段だったら違和感を持つのに、全く気にしなかった。知らない間に入ってたぐらいにしか思わなかった。
仕事よりも森山君の事で頭がいっぱいだったのがいけなかった。私のバカ、バカ、バカ……。あのUSBには森山君と書いてたシナリオ以外にも十周年企画のシナリオが入ってたのに。
「ネットに流した以外のシナリオはどうするつもり?」
「ああ、他の5作品ですか。とりあえず人質ですかね。春川さんが私の言う事を聞いてくれるならもう悪い事はしませんよ」
新井さんが強調するように持ってるUSBを振った。
「どうしますか?またネットに流しましょうか?それともライバル会社に持って行きましょうか。そんな事になったら会社をあげてやってる十周年企画が潰れちゃいますけど」
十周年企画を潰す訳にはいかない。リリースを楽しみに待ってくれているユーザがいるし、企画に関わって動いてる全スタッフの努力も水の泡になる。
絶対に食い止めなきゃ。
「何が望み?」
新井さんが満面の笑みを浮かべた。
「春川さんからやっとその言葉が聞けた。嬉しいです」
「お金が欲しいの?」
「わかってますよね?私が欲しい物」
新井さんの視線がつき刺さる。
新井さんが手に入れたい物――多分、それは森山君だ。
胸が締め付けられる。森山君と別れるなんて嫌だ。
「涼君と別れて下さい」
聞いた瞬間、息が止まる。わかっていても聞きたくない。今、森山君と別れるなんて考えられない。やっと通じ合えたのに。
「新井さんは本当にそれで幸せなの?」
「幸せですよ。涼君が私の全てですから」
「森山君の気持ちを無視するの?」
「春川さんが消えれば、涼君だって諦めますよ」
「それって森山君を不幸にするんじゃないの?好きな人を不幸にして平気なの?」
「不幸になんてなりませんよ。私が一緒にいますから」
新井さんが幸せそうに微笑んだ。
何を言ってもこの子に私の言葉は届かないんだ。胸が千切れそう。なんて苦しい選択なんだろう。会社も森山君もどっちも大切だから困る。
でも、決めなきゃいけないんだ。会社か、森山君かを。
森山君を傷つけたくない。だけど、会社のみんなに迷惑はかけられない。十周年企画が流れたら、会社の信用を失う事になる。そうなったらみんなで作って来た会社が無くなってしまうかもしれない。――森山君を諦めるしかないんだ。
深く息を吸ってから新井さんを見た。
「森山君の無実をちゃんと夏目さんに話してくれる?それから会社も辞めてくれる?あなたみたいな人がアップルハートで働くのが許せないから」
新井さんが口の端をあげた。
「春川さんが涼君と別れて会社も辞めてくれるなら、社長にシナリオをネットに流した犯人は自分だと打ち明けて辞めますよ。春川さんに言われるまでもなくそのつもりですから」
良かった。森山君の無実が証明できる。私のせいで退職にならずに済む。
「会社辞めるわ。森山君とも別れる。それから森山君の前から完全に姿を消す」
そうしないと、私が平気じゃないから。別れた後も一緒に働き続ける事はできない。
「ありがとう春川さん、私の望んでいる事、言ってくれましたね」
嬉しそうに新井さんが表情を崩した。
「じゃあ、その言葉を証明して下さい。今すぐ涼君と別れて下さい」
新井さんがそう言ったタイミングでインターホンが鳴った。
多分、森山君だ。タイミングが良過ぎる。
「きっと涼君ですね」
「朝まで時間をちょうだい。今すぐなんて言ったら森山君は引き下がらないと思うから」
考えるように新井さんがこっちを見た。
「それもそうですね。わかりました。朝まで時間をあげます。わかってると思いますけど、私と約束した事は涼君には秘密ですからね。守って頂けないとどうなるかわかってますね?」
新井さんが念を押すようにUSBメモリーを見せた。
「言われなくても森山君に話すつもりはないわ」
「交渉成立ですね」
新井さんが微笑んだ。
しびれを切らしたようにさらに連続でインターホンが鳴った。
「せっかちだな。涼君は」
新井さんがドアに向かった。私もその後に続く。
新井さんがドアを開けると、額に汗を浮かべた森山君が立ってた。
「涼君、どうしたの?」
新井さんの質問には答えず、森山君は真っすぐ私を見た。眼鏡の奥の瞳が心配だって言ってるみたいだった。
「春川さん、大丈夫ですか?何かされてませんか?」
「うん。大丈夫よ」
「私が春川さんに何かすると思ったの?女同士の話し合いをしてただけよ。ねえ、春川さん」
同意を求めるように新井さんがこっちに視線を向けた。
「森山君、新井さんの言った通り話し合ってただけだから大丈夫よ」
「何を話し合ってたんですか?」
森山君が警戒するように表情を険しくさせた。
「涼君、そんな怖い顔しないでよ。春川さんに説得されたの。このままだと涼君が退職になるって。だから私、社長に本当の事話すよ。涼君には辞めて欲しくないから。会社も責任取って辞めるから安心して。持ち出したデータも春川さんの前で今、破棄したから」
新井さんは涙ぐみながら言った。弱々しい姿が反省したように見える。これなら森山君は信じるだろう。平気で嘘をつける新井さんが怖い。
「葵さん、本当ですか?」
森山君の視線が痛い。嘘はつきたくない。でも……。
「うん。本当よ」
会社を守る為には嘘に乗るしかない。
「そうですか」
森山君がほっとしたような息をついた。
信じてくれる森山君に胸が締め付けられる。森山君を騙すような事はしたくない。でも、こうするしかないんだ。罪悪感で苦しい。
「本当に春川さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
新井さんが深く私に頭を下げた。心の中では全くそんな事思ってないくせに。胸がムカムカする。
「涼君もごめんね。そうだ。預かってたバッグ持ってくるね」
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