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4話
友人という立場<7>
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「えっ、僕が探偵?」
「違うんですか?」
希美は本気で僕が探偵だと思っているようだ。
「違いますよ。ただの会社員です」
希美が意外そうな表情を浮かべる。
「会社って、建設会社とかですか?」
この辺りにある大きな会社は建設会社だから、希美はそう思ったんだろう。
「いえ。東京にある広告代理店に勤めています。基本リモートワークなので、仕事は家でしています」
「なるほど。リモートワーク。だから平日も凪に来て下さったんですね。佐藤さん、どんなお仕事をしているんだろうって、ずっと気になっていたんですよね」
僕の職業を気にしてくれていたとは思わなかった。
「歩きましょうか」
ずっと立ち止まったまま話していた。
「そうですね。これでは全然帰れませんね」
希美がクスクスと笑う。
「綺麗ですね」
希美が歩きながら夜空を見上げる。
東京では見られない満天の星が広がっている。
「本当に」
こんな風に星空の下を希美と歩いていることに感動する。
「あの、手をつなぎませんか」
遠慮ぎみに希美が聞いてくる。
「綺麗な星空の下は手をつないで歩きたくなるんです」
木村圭の歌にそういう歌詞があったのを思い出す。
「いいですよ」
差し出された希美の手を握ると、思ったよりも冷たかった。
「佐藤さんの手あったかいですね」
歩きながら希美が口にする。
「倉田さんの手は冷たいですね」
「……少し緊張しているからかな。実は魚将を出てから、手をつなごうっていつ言おうかと思って」
「手つなぎたかったんですか?」
「……はい」
恥ずかしそうに希美が頷く。そんな希美が可愛い。
「さっきも言いましたが、星空の下は手をつなぎたくなるんです」
いつも希美と自然と手をつないでいたから気づかなかったが、希美と手をつないで歩くのは夜が多かった気がする。
――ねえ、手つなごう。
ちょっと照れくさそうな顔をして、希美はいつもそう僕に言って来た。
そのことを思い出して、頬が緩む。
隣を歩く希美は機嫌良さそうに木村圭の歌をハミングしている。星空の下を片思いの相手と一緒に歩く歌だ。歌詞の中の男は女性に片思いをしていて、女性との距離を壊したくないから、好きだと言えない。そのジレンマが伝わってくる歌詞が、今夜は身に染みる。こんなに希美が好きなのに僕は友達以上にはなれない。いや、なってはいけない。末期がんなのだから。
「ここまでで大丈夫ですよ」
最寄りのコンビニに到着すると、希美が言った。
「家まで送らなくて大丈夫ですか?」
「はい。ここから十分くらいなんで」
希美が帰る方向を指さす。
大きな道路沿いなので、海沿いの道よりも明るい。
「じゃあ、着いたら連絡して下さい。心配だから」
希美とさっき魚将で連絡先を交換していた。交換するべきではなかったが、断れなかった。
「わかりました。佐藤さんも連絡下さいね。心配だから」
「はい。連絡します」
「それから、また凪にも来て下さいね」
「ええ、行きますよ」
希美が嬉しそうな笑みを浮かべ、「おやすみなさい」と口にし、僕も「おやすみなさい」と返した。
歩き出した希美の背中を見ていると、希美が振り返り、僕に手を振る。そんな希美の様子を見て微笑ましくなる。
つき合っている時、希美との別れ際が寂しくて、希美の姿が見えなくなるまで僕は希美を見ていた。希美は何度も僕の方を振り返り手を振ってくれた。こっちを気にしてくれる希美が愛しかった。
今思うと、幸せな瞬間だったんだ。
希美の姿が見えなくなり、僕も家に向かって歩き出した。
*
希美とメッセージアプリで一日に一度はメッセージのやり取りをするようになった。
火・水・木・土が希美の出勤日だと教えてもらい、僕は希美のいる日に凪に昼を食べに行くようになった。
凪に行く時は希美の目を意識して、以前よりも身だしなみに気をつけるようになった。おかげでネットで服を沢山買うことになったが、それも楽しい。
『倉田、女が出来ただろう?』
パソコン画面越しの坂本に言われた。
今はオンラインでの打ち合わせが終わった所で、坂本以外のメンバーはもういないが、私的な会話はやめて欲しい。
「そんな訳ないだろ」
『なんかこざっぱりした』
「それは床屋に行ったばかりだから」
『恋するオーラが俺には見える』
相変わらずおかしなことを言う奴だ。
「切るぞ。忙しいんだ」
今日は希美が凪にいる日だから、昼は凪で食べると決めている。そのためにはまだ片付けなければいけない仕事がある。
『倉田、週末そっちに行ってもいいか?』
今週末は希美と約束がある。
「ダメだ。予定がある。じゃあな」
ミーティングルームから退出し、仕事に取り掛かる。
変更の出たデザインを直していると、坂本からメッセージが送られてくる。
【奥さんとよりが戻ったんだろう?】
坂本のメッセージを見て、相変わらず鋭いと思った。それとも僕が単純なのだろうか? 坂本に見破られる程ウキウキしていたのだろうか。
【今度話す】と返信し、再び仕事に集中した。
「違うんですか?」
希美は本気で僕が探偵だと思っているようだ。
「違いますよ。ただの会社員です」
希美が意外そうな表情を浮かべる。
「会社って、建設会社とかですか?」
この辺りにある大きな会社は建設会社だから、希美はそう思ったんだろう。
「いえ。東京にある広告代理店に勤めています。基本リモートワークなので、仕事は家でしています」
「なるほど。リモートワーク。だから平日も凪に来て下さったんですね。佐藤さん、どんなお仕事をしているんだろうって、ずっと気になっていたんですよね」
僕の職業を気にしてくれていたとは思わなかった。
「歩きましょうか」
ずっと立ち止まったまま話していた。
「そうですね。これでは全然帰れませんね」
希美がクスクスと笑う。
「綺麗ですね」
希美が歩きながら夜空を見上げる。
東京では見られない満天の星が広がっている。
「本当に」
こんな風に星空の下を希美と歩いていることに感動する。
「あの、手をつなぎませんか」
遠慮ぎみに希美が聞いてくる。
「綺麗な星空の下は手をつないで歩きたくなるんです」
木村圭の歌にそういう歌詞があったのを思い出す。
「いいですよ」
差し出された希美の手を握ると、思ったよりも冷たかった。
「佐藤さんの手あったかいですね」
歩きながら希美が口にする。
「倉田さんの手は冷たいですね」
「……少し緊張しているからかな。実は魚将を出てから、手をつなごうっていつ言おうかと思って」
「手つなぎたかったんですか?」
「……はい」
恥ずかしそうに希美が頷く。そんな希美が可愛い。
「さっきも言いましたが、星空の下は手をつなぎたくなるんです」
いつも希美と自然と手をつないでいたから気づかなかったが、希美と手をつないで歩くのは夜が多かった気がする。
――ねえ、手つなごう。
ちょっと照れくさそうな顔をして、希美はいつもそう僕に言って来た。
そのことを思い出して、頬が緩む。
隣を歩く希美は機嫌良さそうに木村圭の歌をハミングしている。星空の下を片思いの相手と一緒に歩く歌だ。歌詞の中の男は女性に片思いをしていて、女性との距離を壊したくないから、好きだと言えない。そのジレンマが伝わってくる歌詞が、今夜は身に染みる。こんなに希美が好きなのに僕は友達以上にはなれない。いや、なってはいけない。末期がんなのだから。
「ここまでで大丈夫ですよ」
最寄りのコンビニに到着すると、希美が言った。
「家まで送らなくて大丈夫ですか?」
「はい。ここから十分くらいなんで」
希美が帰る方向を指さす。
大きな道路沿いなので、海沿いの道よりも明るい。
「じゃあ、着いたら連絡して下さい。心配だから」
希美とさっき魚将で連絡先を交換していた。交換するべきではなかったが、断れなかった。
「わかりました。佐藤さんも連絡下さいね。心配だから」
「はい。連絡します」
「それから、また凪にも来て下さいね」
「ええ、行きますよ」
希美が嬉しそうな笑みを浮かべ、「おやすみなさい」と口にし、僕も「おやすみなさい」と返した。
歩き出した希美の背中を見ていると、希美が振り返り、僕に手を振る。そんな希美の様子を見て微笑ましくなる。
つき合っている時、希美との別れ際が寂しくて、希美の姿が見えなくなるまで僕は希美を見ていた。希美は何度も僕の方を振り返り手を振ってくれた。こっちを気にしてくれる希美が愛しかった。
今思うと、幸せな瞬間だったんだ。
希美の姿が見えなくなり、僕も家に向かって歩き出した。
*
希美とメッセージアプリで一日に一度はメッセージのやり取りをするようになった。
火・水・木・土が希美の出勤日だと教えてもらい、僕は希美のいる日に凪に昼を食べに行くようになった。
凪に行く時は希美の目を意識して、以前よりも身だしなみに気をつけるようになった。おかげでネットで服を沢山買うことになったが、それも楽しい。
『倉田、女が出来ただろう?』
パソコン画面越しの坂本に言われた。
今はオンラインでの打ち合わせが終わった所で、坂本以外のメンバーはもういないが、私的な会話はやめて欲しい。
「そんな訳ないだろ」
『なんかこざっぱりした』
「それは床屋に行ったばかりだから」
『恋するオーラが俺には見える』
相変わらずおかしなことを言う奴だ。
「切るぞ。忙しいんだ」
今日は希美が凪にいる日だから、昼は凪で食べると決めている。そのためにはまだ片付けなければいけない仕事がある。
『倉田、週末そっちに行ってもいいか?』
今週末は希美と約束がある。
「ダメだ。予定がある。じゃあな」
ミーティングルームから退出し、仕事に取り掛かる。
変更の出たデザインを直していると、坂本からメッセージが送られてくる。
【奥さんとよりが戻ったんだろう?】
坂本のメッセージを見て、相変わらず鋭いと思った。それとも僕が単純なのだろうか? 坂本に見破られる程ウキウキしていたのだろうか。
【今度話す】と返信し、再び仕事に集中した。
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