30 / 61
4話
友人という立場<7>
しおりを挟む
「えっ、僕が探偵?」
「違うんですか?」
希美は本気で僕が探偵だと思っているようだ。
「違いますよ。ただの会社員です」
希美が意外そうな表情を浮かべる。
「会社って、建設会社とかですか?」
この辺りにある大きな会社は建設会社だから、希美はそう思ったんだろう。
「いえ。東京にある広告代理店に勤めています。基本リモートワークなので、仕事は家でしています」
「なるほど。リモートワーク。だから平日も凪に来て下さったんですね。佐藤さん、どんなお仕事をしているんだろうって、ずっと気になっていたんですよね」
僕の職業を気にしてくれていたとは思わなかった。
「歩きましょうか」
ずっと立ち止まったまま話していた。
「そうですね。これでは全然帰れませんね」
希美がクスクスと笑う。
「綺麗ですね」
希美が歩きながら夜空を見上げる。
東京では見られない満天の星が広がっている。
「本当に」
こんな風に星空の下を希美と歩いていることに感動する。
「あの、手をつなぎませんか」
遠慮ぎみに希美が聞いてくる。
「綺麗な星空の下は手をつないで歩きたくなるんです」
木村圭の歌にそういう歌詞があったのを思い出す。
「いいですよ」
差し出された希美の手を握ると、思ったよりも冷たかった。
「佐藤さんの手あったかいですね」
歩きながら希美が口にする。
「倉田さんの手は冷たいですね」
「……少し緊張しているからかな。実は魚将を出てから、手をつなごうっていつ言おうかと思って」
「手つなぎたかったんですか?」
「……はい」
恥ずかしそうに希美が頷く。そんな希美が可愛い。
「さっきも言いましたが、星空の下は手をつなぎたくなるんです」
いつも希美と自然と手をつないでいたから気づかなかったが、希美と手をつないで歩くのは夜が多かった気がする。
――ねえ、手つなごう。
ちょっと照れくさそうな顔をして、希美はいつもそう僕に言って来た。
そのことを思い出して、頬が緩む。
隣を歩く希美は機嫌良さそうに木村圭の歌をハミングしている。星空の下を片思いの相手と一緒に歩く歌だ。歌詞の中の男は女性に片思いをしていて、女性との距離を壊したくないから、好きだと言えない。そのジレンマが伝わってくる歌詞が、今夜は身に染みる。こんなに希美が好きなのに僕は友達以上にはなれない。いや、なってはいけない。末期がんなのだから。
「ここまでで大丈夫ですよ」
最寄りのコンビニに到着すると、希美が言った。
「家まで送らなくて大丈夫ですか?」
「はい。ここから十分くらいなんで」
希美が帰る方向を指さす。
大きな道路沿いなので、海沿いの道よりも明るい。
「じゃあ、着いたら連絡して下さい。心配だから」
希美とさっき魚将で連絡先を交換していた。交換するべきではなかったが、断れなかった。
「わかりました。佐藤さんも連絡下さいね。心配だから」
「はい。連絡します」
「それから、また凪にも来て下さいね」
「ええ、行きますよ」
希美が嬉しそうな笑みを浮かべ、「おやすみなさい」と口にし、僕も「おやすみなさい」と返した。
歩き出した希美の背中を見ていると、希美が振り返り、僕に手を振る。そんな希美の様子を見て微笑ましくなる。
つき合っている時、希美との別れ際が寂しくて、希美の姿が見えなくなるまで僕は希美を見ていた。希美は何度も僕の方を振り返り手を振ってくれた。こっちを気にしてくれる希美が愛しかった。
今思うと、幸せな瞬間だったんだ。
希美の姿が見えなくなり、僕も家に向かって歩き出した。
*
希美とメッセージアプリで一日に一度はメッセージのやり取りをするようになった。
火・水・木・土が希美の出勤日だと教えてもらい、僕は希美のいる日に凪に昼を食べに行くようになった。
凪に行く時は希美の目を意識して、以前よりも身だしなみに気をつけるようになった。おかげでネットで服を沢山買うことになったが、それも楽しい。
『倉田、女が出来ただろう?』
パソコン画面越しの坂本に言われた。
今はオンラインでの打ち合わせが終わった所で、坂本以外のメンバーはもういないが、私的な会話はやめて欲しい。
「そんな訳ないだろ」
『なんかこざっぱりした』
「それは床屋に行ったばかりだから」
『恋するオーラが俺には見える』
相変わらずおかしなことを言う奴だ。
「切るぞ。忙しいんだ」
今日は希美が凪にいる日だから、昼は凪で食べると決めている。そのためにはまだ片付けなければいけない仕事がある。
『倉田、週末そっちに行ってもいいか?』
今週末は希美と約束がある。
「ダメだ。予定がある。じゃあな」
ミーティングルームから退出し、仕事に取り掛かる。
変更の出たデザインを直していると、坂本からメッセージが送られてくる。
【奥さんとよりが戻ったんだろう?】
坂本のメッセージを見て、相変わらず鋭いと思った。それとも僕が単純なのだろうか? 坂本に見破られる程ウキウキしていたのだろうか。
【今度話す】と返信し、再び仕事に集中した。
「違うんですか?」
希美は本気で僕が探偵だと思っているようだ。
「違いますよ。ただの会社員です」
希美が意外そうな表情を浮かべる。
「会社って、建設会社とかですか?」
この辺りにある大きな会社は建設会社だから、希美はそう思ったんだろう。
「いえ。東京にある広告代理店に勤めています。基本リモートワークなので、仕事は家でしています」
「なるほど。リモートワーク。だから平日も凪に来て下さったんですね。佐藤さん、どんなお仕事をしているんだろうって、ずっと気になっていたんですよね」
僕の職業を気にしてくれていたとは思わなかった。
「歩きましょうか」
ずっと立ち止まったまま話していた。
「そうですね。これでは全然帰れませんね」
希美がクスクスと笑う。
「綺麗ですね」
希美が歩きながら夜空を見上げる。
東京では見られない満天の星が広がっている。
「本当に」
こんな風に星空の下を希美と歩いていることに感動する。
「あの、手をつなぎませんか」
遠慮ぎみに希美が聞いてくる。
「綺麗な星空の下は手をつないで歩きたくなるんです」
木村圭の歌にそういう歌詞があったのを思い出す。
「いいですよ」
差し出された希美の手を握ると、思ったよりも冷たかった。
「佐藤さんの手あったかいですね」
歩きながら希美が口にする。
「倉田さんの手は冷たいですね」
「……少し緊張しているからかな。実は魚将を出てから、手をつなごうっていつ言おうかと思って」
「手つなぎたかったんですか?」
「……はい」
恥ずかしそうに希美が頷く。そんな希美が可愛い。
「さっきも言いましたが、星空の下は手をつなぎたくなるんです」
いつも希美と自然と手をつないでいたから気づかなかったが、希美と手をつないで歩くのは夜が多かった気がする。
――ねえ、手つなごう。
ちょっと照れくさそうな顔をして、希美はいつもそう僕に言って来た。
そのことを思い出して、頬が緩む。
隣を歩く希美は機嫌良さそうに木村圭の歌をハミングしている。星空の下を片思いの相手と一緒に歩く歌だ。歌詞の中の男は女性に片思いをしていて、女性との距離を壊したくないから、好きだと言えない。そのジレンマが伝わってくる歌詞が、今夜は身に染みる。こんなに希美が好きなのに僕は友達以上にはなれない。いや、なってはいけない。末期がんなのだから。
「ここまでで大丈夫ですよ」
最寄りのコンビニに到着すると、希美が言った。
「家まで送らなくて大丈夫ですか?」
「はい。ここから十分くらいなんで」
希美が帰る方向を指さす。
大きな道路沿いなので、海沿いの道よりも明るい。
「じゃあ、着いたら連絡して下さい。心配だから」
希美とさっき魚将で連絡先を交換していた。交換するべきではなかったが、断れなかった。
「わかりました。佐藤さんも連絡下さいね。心配だから」
「はい。連絡します」
「それから、また凪にも来て下さいね」
「ええ、行きますよ」
希美が嬉しそうな笑みを浮かべ、「おやすみなさい」と口にし、僕も「おやすみなさい」と返した。
歩き出した希美の背中を見ていると、希美が振り返り、僕に手を振る。そんな希美の様子を見て微笑ましくなる。
つき合っている時、希美との別れ際が寂しくて、希美の姿が見えなくなるまで僕は希美を見ていた。希美は何度も僕の方を振り返り手を振ってくれた。こっちを気にしてくれる希美が愛しかった。
今思うと、幸せな瞬間だったんだ。
希美の姿が見えなくなり、僕も家に向かって歩き出した。
*
希美とメッセージアプリで一日に一度はメッセージのやり取りをするようになった。
火・水・木・土が希美の出勤日だと教えてもらい、僕は希美のいる日に凪に昼を食べに行くようになった。
凪に行く時は希美の目を意識して、以前よりも身だしなみに気をつけるようになった。おかげでネットで服を沢山買うことになったが、それも楽しい。
『倉田、女が出来ただろう?』
パソコン画面越しの坂本に言われた。
今はオンラインでの打ち合わせが終わった所で、坂本以外のメンバーはもういないが、私的な会話はやめて欲しい。
「そんな訳ないだろ」
『なんかこざっぱりした』
「それは床屋に行ったばかりだから」
『恋するオーラが俺には見える』
相変わらずおかしなことを言う奴だ。
「切るぞ。忙しいんだ」
今日は希美が凪にいる日だから、昼は凪で食べると決めている。そのためにはまだ片付けなければいけない仕事がある。
『倉田、週末そっちに行ってもいいか?』
今週末は希美と約束がある。
「ダメだ。予定がある。じゃあな」
ミーティングルームから退出し、仕事に取り掛かる。
変更の出たデザインを直していると、坂本からメッセージが送られてくる。
【奥さんとよりが戻ったんだろう?】
坂本のメッセージを見て、相変わらず鋭いと思った。それとも僕が単純なのだろうか? 坂本に見破られる程ウキウキしていたのだろうか。
【今度話す】と返信し、再び仕事に集中した。
1
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
課長のケーキは甘い包囲網
花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。
えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。
×
沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。
実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。
大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。
面接官だった彼が上司となった。
しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。
彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。
心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる