推しの速水さん

コハラ

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2話 速水さんからのオファー

《4》

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起き上がって、眼鏡をかけると視界がくっきりする。寝ていたのは自宅のベッドではなく、医務室のような場所にある白いベッドだった。

速水さんは近くの椅子に座り、困ったような表情でこちらを見ている。

ああ、なんで私、好きだって言っちゃったの。
速水さん、今のは違うんです。
好きって、恋愛感情の好きではなく、好物と同じ好きというか……。

頭の中で言い訳がぐるぐると回るけど、速水さんを目の前にして言葉に出来ない。

「卯月先生」
「はい」

好きって言いましたよね? って突っ込まれたらどうしよう。

「ご気分は?」

あれ? 好きはスルー?
もしかして聞こえなかった?

「だ、だ、大丈夫です」
「良かったです。いきなり倒れたから心配しました」

恥ずかしい。私、倒れちゃったんだ。

「ご迷惑をおかけしました」
「いえ。今日は嘱託医がいる日ですから、診てもらえました。寝不足らしいですよ」

寝不足……。
昨日の夜は緊張し過ぎて、一睡もできなかった。

「もしかして、昨夜は緊張で眠れませんでしたか?」

速水さん、鋭い。

「お恥ずかしいですが、その通りで」
「先ほども凄く緊張されていましたよね。威圧感を与えないように心がけているつもりなのですが、私が怖いですか?」

いえ。全く。という言葉が出て来ず頭をぶんぶん振る。

「そのリアクションは怖くないって事かな?」
「はい」

大きく頷くと、速水さんの表情がフッと柔らかくなる。

図書館で見た事のある柔らかな表情。
速水さんがその表情をしている時はゆりさんと話している時だった。

特別な表情を私にも向けてくれるとは思わなかった。
感動で泣きそう。

「今日のお話はよく考えてからお返事を下さい。私としては引き受けて頂けるとありがたいのですが」
「……書きます」
「え?」
「書かせて下さい」

速水さんのお役に立てるのなら、何だってしたい。
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