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第一部
01 神の定義
しおりを挟むちょっとした演説が済むと、アマレティアはデヴォートに案内され、子どもたちがいる広間から出ていった。
ロゼは去っていく二人の背中を見つめると
「私、アマレティア様苦手」
と愚痴をこぼした。
「なぜですか?」
ロゼのロボットが問うた。
「なんか、怖いんだよねー」
ロゼは無表情な彼女に、間延びしたような答えを述べた。
マキナは「ほう?」とわかるのか、わからないのか、小首をかしげた。
次の瞬間、ゲームセットの合図がした。
「チェックメイトです」
声が聞こえてロゼが振り返ると、白いキングの逃げ場は完全に失せていた。
「ええ!? ずるいよお」
ロゼは勝者マキナに文句を言った。
しかしその言葉の真意が伝わらなかったのか、マキナは頭上に実体のないハテナマークを浮かべた。
「ルール違反はありませんでした」
ずれたモノクルを直しながら淡々と述べている。
「そうじゃなくて。もっと、優しくしてくれたって
……ロボットだから言っても仕方ないよね」
ロゼは直ぐに引き下がった。
内心、盤面を巻き戻したとて、勝てるわけないのことはわかっていた。
敗者が勝敗のついたチェスをいつまでも眺めていると、頭上から
「ロゼ。買い出しの時間です。今日の当番は私たちです」
と言われ、顔を上げた。
マキナはゲームの余韻に浸ることも無く予定時間通りに事を進めようとしている。
「うん。そうだね」
ロゼは返事をし、玩具を箱に戻す仕草をした。手を動かしながら不意にロボットに訊いてみる。
「ねえ、マキナ。神様っていると思う?」
思い付いたセリフだ。
片付けを手伝うロボットはその無表情をもたげ主人を見た。
静止したマキナは主人の青色の瞳を見ると
「神様の定義を教えてください、ロゼ」と逆に問うた。
それはそれは、ロゼは驚いた。完璧だと思っていたロボットにも知らないことがあったのだ。
これはチャンスだと思った。ロボットに唯一、優位に立てる盤面かもしれない。
「えっとねえ、それは……」しかし言葉が続かない。
主人に対しマキナは
「神様……〝人〟なのでしょうか?」と質問を重ねた。
「人、じゃないと思うよ? えーっと……全知全能で、世界――私たち、全てを創った……人?」
「人なのですか?」
「ひとぉ……うーん」
ロゼはそれきり黙ってしまった。
「……アマレティア様のような存在、でしょうか」
「えっ?」
「アマレティア様は私たち――ロボットさんの創造主です」
レンズ越しに自分の所有者を見るその瞳は純真無垢だった。
「違うよ。神様って目に見えないもん! どこにでも在って、どこにもいないの!」
ロゼは自棄になって少し意地悪した。
「そうですか……」
ロゼは少し言い過ぎたと思いマキナを横目で見やった。
ロボットは答えの用意されていないなぞなぞの答えを必死に考えているようで「うーん、うーん」と頭をひねっている。
「マキナ、もういいよ。買い物行こう?」
「は! もしかすると『空気』のような存在なのですか? 見えませんし触れることはできません。しかしいつもそこにあるものです」
ロゼは一瞬、マキナの表情が変わったような気がした。
マキナは、ロゼの反応を見てはバラ色の瞳をきらりと光らせた。
「では――『太陽』のような存在はどうでしょう。光の反射は視認できますが、光そのものを捉えることは難しい。特に太陽は、皆を平等に照らしています。植物も日光なしでは育ちません」
ロゼは自分が出した問なのだが、だんだん飽きてきて、この問答を終わらせてやろうと立ち上がった。
「もう、マキナ行くよ」
「そうでなければ、広大な『海』! かつて生き物は、始まりは海から生まれたと言います。全てをお創りになったと、言えますよね!」
何がそんなに楽しいのか、ロゼにはわからなかった。兎に角、早く買い出しに行こうと、ロゼは熱の入ったマキナを引っ張って孤児院を出ていった。
ロゼの企みは違う方向へ行ってしまったが、マキナの新しい一面が知れたのは一つ収穫だった。
先を歩くロゼは自然と笑みがこぼれたのであった。
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