創発のバイナリ

ミズイロアシ@文と絵

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第一部

02 ルール違反、だけど正しい判断

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 諦めかけた正にその時、ロゼの隣を颯爽とした足取りで通り過ぎる影があった。

 メイド型ロボット、マキナだ。

「いいえ! それは孤児院に支給された硬貨。あなたたちに使用する権利はありません」

「マキナ……」

 少女にはその背中がいつもより大きく頼もしく見えた。

「はあ? 権利?」

 赤毛の男はあからさまに機嫌を悪くした。
 茶色いスタジャンのポケットに手を突っ込んでマキナと対峙する。

「何言ってんだ?」と、長身の男は栗色の短髪を掻きむしって狼狽えた。

 黒髪の男はぶかぶかのカーディガンのポケットにロゼの財布を仕舞い、冷静を装って、仲間に食って掛かるお付きのメイドを見やった。

 メイドの虹彩は濃いピンク色で、それはカラーコンタクトだろうと思っていたのだが

「ん? お、おい。こいつ、ロボットなんじゃ……?」

と、彼女の瞳孔の中心にある白い光を見て言った。

 仲間二人は目を見開いて顔を見合わせた。

「〝資源は平等に〟です」
 マキナは臆せず三人の男に言ってのけた。

 相手は金眼に動揺を宿しながらも

「ハッ。まあ〝ロボットサン〟なら、俺ら人間様には危害加えねぇや」

 と冷や汗を流しながら後ろの仲間たちに言った。

 ロボットと見抜いた男は顔色一つ変えない。

「早く行こうよ?」

 赤毛の男の後ろで言い、仲間を催促した。
 しかしながらネイビーのカーディガンの袖を摘んでいる仕草は、盗品を持っていたくないという潜在的な気持ちが現れた結果だろう。

「あっ、待って!」

 ロゼは咄嗟に手を伸ばした。近くの腕にしがみついた。

「チッ、うるせぇ!」
 スタジャンの袖を払って、少女の拘束から難なく逃れた。

 突き飛ばされたロゼは、小さな悲鳴を上げ、受け止めようとしたマキナごと地面に転がった。

「いったあ……マキナ!」

 背中を地面に打ち付けたマキナに呼びかける。しかし応答がない。

「マキナっ!」

 打ち所が悪かったのだろう。マキナは機能を停止させた。

 動かぬロボットを揺さぶる涙目の少女の腕を、黒髪の男が引っ張って立ち上がらせた。
 ロゼは思いがけない優しさに「え?」と声を漏らした。

「俺らに権利がないんならさあ……君が、俺らに何か買ってよ?」

 前髪の隙間から見える黒い瞳が狡猾に笑った。

「お~、いいねえそれ~」
 長身の男は考えなしでヘラヘラ笑った。

「ああ? なんだそれ」
 赤毛の男は、連れの思惑がわからないらしかった。

 黒髪の男は、優しい仮面を被って少女に

「行こ?」

と甘ったるく微笑みかけた。

 ロゼが返事をせずにいると、柔らかい声と裏腹に絶対に逃がさないと言わんばかりに腕を固く握られた。

 無理やり連れていこうと腕を引かれて「いやっ! 離して!」とロゼはじたばたと抵抗を見せた。

「マキナ、助けて!!」

 小さな主人は自分のロボットの名を腹の底から必死に叫んだ。

「助けて。マキナ!!」

 主人の悲鳴が届いたのか、マキナは意識を取り戻した。二つの眼で主人と男たちを捉えた。

「ロゼ? まあ!」

 マキナは主人の空いてる方の腕を取った。男たちに「主人を返してください」と必死に訴える。

「おいロボットサンさあ、邪魔すんなよ」
「大人しくするんだ」

 男二人がかりでマキナの両腕を押さえつけ、ロゼ奪還を阻止した。

「マキナ!」
「おい」
「やだ! やめて!」

 暴れるロゼは強く腕を引っ張っぱられた。

「主人を――」

 身動きの取れないマキナは呟くように口にした。

「ロゼを、傷つけないで!」

 そう叫ぶと二人の男をぶん回し、振り抜けると、ロゼの元へ駆けた。

 黒髪の男はロボットの言動にたじろぎ、金髪の少女を拘束する力を緩めてしまった。

「マキナあ!」
 一瞬の隙をついて抜け出し、マキナの胸元に飛びつくように抱きついた。

「なっ、こいつ、本当に人じゃないのか?」
  唖然とした赤毛の彼は呟いた。

「俺らに暴力を……」
 一緒に投げ飛ばされた方も茫然と呟くばかりだった。

「おい、町が騒がしく……!」

 黒髪の男の言った通り、騒動を嗅ぎつけ、人だかりができ始めていた。

 居心地が悪くなったのか、黒髪の男は赤毛の男に手を貸しながら周囲をキョロキョロと見回した。

 三人の男たちがここから立ち去ろうとした時、ロゼの見知った人がこちらに駆けてきた。

「こんなところで何の騒動ですかー?」

「神父様!」
 その姿を見て胸を撫で下ろした。

「ロゼくん? 一体何が……」

 デヴォート神父は状況の説明を乞うた。

 少女とロボットは安堵し抱き合った。

 後ろからヒールをつかつかと響かせて、少し苛立った声で女性が人混みから現れた。

「デヴォート、騒ぎは収めたの?」

「アマレティア様」
 
 マキナはその女性の名前を口にした。

 そう呼ばれた女性は、孤児院に現れた時と打って変わって、赤いドレスにボレロと随分と粧し込んでいた。
 真昼間からダンスホールにでも行くのだろうか。ロゼには一瞬、誰だかわからないくらいだった。
 しかしあの特徴的な眼鏡チェーンはアマレティア様に間違いない。

「あら、あなたじゃない?」

 アマレティアは手の平を返したように声色を変えてマキナに向き直った。

「お、おお俺たちは悪くない!」

 大男のくせに気は小さいのか、砂にまみれたグリーンのパーカーを叩きながら声を張った。健康そうな褐色肌が、今だけは青く見える。

「そそ、そうだっ、あの、あれが! 俺たちに暴力を振るったんだ!」

 赤毛の男も「そうだそうだ」とけしかける。

 全員の視線が砂汚れのロボットに注がれた。

「待って! 違う、マキナは悪くない」

 彼女の所有者は瞬時に否定した。

「……そうよ。あるはずもないわ」
 アマレティアはまるで自分に言い聞かすようだった。

「嘘じゃない! 俺らはこいつに殺されかけたんだ」
 赤毛の男はマキナを指さし訴えた。

「違うわ! マキナは私を助けようとして――」

「人間を攻撃した」

 黒髪の男が放った冷たい言葉がその場にいた者全員を凍らせた。

 ロゼは、トドメの言葉を言い放った彼を見た。

 漆黒の瞳は、底が無いかの如く黒かった。

「攻撃……?」
 創始者の彼女もまた、信じられない出来事に徐々に顔を曇らせていく。

「違うわ? 第一、先にあなたたちが!」
 ロゼは必死に否定した。

 野次馬がひそひそと何か言っている。

「待ってくれ」
 デヴォート神父が両手を上げて、間に割って入った。

「このままじゃ、話が平行線だ。ロゼくん、一旦怒りを鎮めてくれるね?」

 ここは神父らしく、喧嘩を止めようと尽力した。その気持ちを汲んだロゼが渋々頷くのを確認すると、今度は三人の男、もとい青年たちにもこう尋ねた。

「君たちも。ここは私に免じてどうか、お引き取り願えないかね?」

 三人は顔を見合って、素直に頷いた。

 神父は彼らの反応を見て満足そうに微笑み、ロゼに向き直った。

「ロゼくん、帰ろうか」

 優しく促されて、ロゼも「はい……マキナ」と返事をして自分のロボットと孤児院に帰ろうと体の向きを変えた。

「待って」

 アマレティアはロゼたちを呼び止めた。

「その子、私に預けてちょうだい?」

「え? なんで、ですか?」

 ロゼは眉をハの字に曲げ拒否を示した。

「マキナはどこも悪くは――」

 アマレティアは首を横に振った。

「そうでなくて。一度見たいの。点検よ」

 脇のデヴォートも、いつもの調子に戻った。
「そうですね。見たところ、汚れているし、修理が必要な場合もある」
とアマレティア様の意見を後押しした。

「え、修理?」
 ロゼは不安になった。

 その不安を知ってか、アマレティアは

「大丈夫よ、見るだけだから」

と、人間相手にはぶっきら棒に言った。

「ロゼくん、心配いらないよ。なんてったってロボット創始者のアマレティア様なんだから」

 
 神父は安心させようとして少女を宥めた。

 ロゼは断腸の思いでロボットを第一人者に託した。
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