心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

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 午後の授業はなにも頭に入らなかった。
 黒木が気になって仕方がなかった。
 黒木のことをあれこれ考えては、これも聞かれてるかも……と警戒した。
 人の心を聞くことには慣れていても、聞かれることは初めてで怖い。『気味悪いだろ』と言った黒木の言葉は、まさにその通りだった。
 黒木と話したい。でも聞かれるのが怖い。どうしたらいい?
 午後いっぱい天秤にかけて考え、HRのあと、結局俺は黒木の元へ行った。
 
「ちょっと……話せるか?」

 俺が話しかけると、黒木は意外そうな顔をした。
 
「……ああ」
『すごいな、逃げるかと思った』
「はぁ? に……っ」

 逃げるってなんだよっ?! と声を上げそうになって慌てて飲み込んだ。
 俺はめったにミスなんてしないのに……。黒木相手だとミスばかりだ。なぜか心の声に反応してしまう。どうしてだ……。
 帰り支度を終わらせた黒木が、リュックを背負って立ち上がり、俺をじっと見ながら歩き出した。

『俺が話しかけたから反応しただけだろ。ミスじゃない。これも反応するなよ?』

 言われて気がついた。そうだ、話しかけられたからだ、と。
 心の声で話しかけられるなんて初めてで、違いに気が付かなかった。
 俺は黒木のあとを追いながら文句をつけた。

『おい黒木! 今度からあんまむやみに話しかけんなよなっ。心の声でっ! またミスったらお前のせいだかんなっ!』

 睨むように見ると、黒木は一瞬吹き出すように笑った。
 あ、笑った。なんだ普通に笑うんじゃん。どんな寡黙なヤツかと思った。

『俺は、本当は逃げたかったんだが』
『……あ、マジか、ごめんっ』
『逃げなくて良かったなと、いま思った』
 
 俺を見て一瞬ふんわりと笑って、すぐにまた無表情に戻った。
 もしかして、こっちが素の黒木なのか?
 第一印象よりずっと柔らかい雰囲気の黒木に、ちょっとだけ嬉しくなる。
 どうして友達も作らず一人でいるのか、この力のせいなのか、聞きたいことが山ほどある。特に家族は知ってるのか……知らないのか……。
 黒木のことをもっと知りたい。

 
『野間だったか?』

 学校を出て校門をくぐると、黒木は駅とは逆に足を進めた。

『あ、ああ、うんそう。徹平でいいよ』

 心の声で話しかけられることに、まだ慣れない。

「どこ行くんだ? こっちになにがあんの?」
「俺ん家」
「あ、マジか。徒歩圏内なの? いいなーっ」

 通学に一時間近くかかる俺には、徒歩圏内ってマジでうらやましい話だ。
 
『話、俺ん家でいいか』
「うん、あ……」

 また心の声に反応してしまった。
 
『うん、いいよ。……てか口で話せよ。なんでこっちで話すの?』
『別に。ただ楽だから』
『楽……か? 俺は慣れなくて気持ちわりぃんだけど』

 今日初めて経験してることを楽だという黒木が不思議だ。
 もしかして、他にも同じ力を持つ人が身近にいるのか?

『そんなに何人もいたら怖すぎるだろ……』
『……だよな』
『俺は……普段声を使わないから、そっちの方が慣れないだけだ』

 言われた意味がいまいちわからなくて言葉に詰まった。
 声を使わない? しゃべらないってことか?
 確かに学校での黒木を見てるとそうかもしれないが、さすがに家に帰ればしゃべるだろう、と首を傾げた。
 
『まあいいや。あ、そうだ黒木さ、学校ではちゃんと口で話せよなっ。さっきも言ったけど俺またミスっちゃうからさっ』

 ニッと笑いかけると、黒木はまたじっと俺を見返してなにも言わない。
 相変わらず黒木の心は聞こえてこない。本当になんでこんなに静かなんだろう。
 いつもは他人の心が勝手に聞こえてうざいと思うのに、聞こえないとなると気になる。
 俺は黒木の心を読んだ。

『今日はただ話をするだけじゃないのか? これからも付き合っていくつもりなのか? なんで野間は俺に近寄ろうとするんだ。聞かれるのが嫌だと思わないのか?』
『えっ! あ……ごめんっ! そうだよな、聞かれるの嫌だよなっ! 俺黒木の気持ち全然考えてなかったっ! ごめんほんとっ!』

 そうだった。そもそも気味が悪いと初めに言ったのは黒木だった。黒木は俺から逃げたいと思ってたんじゃん……。すっかり頭から抜けていた。
 今日はただ話をするだけ。それ以上でも以下でもない。それなのにちょっと勘違いしちゃってた俺。
 もう友達になったつもりでいた。
 残念に思って落ち込んだとき、黒木が声をあげた。

「違うっ!」
「え?」

 あ、しゃべった。
 
 
 
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