心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

文字の大きさ
58 / 83

58〈黒木〉

しおりを挟む
「くろきぃ……っ」

 俺にしがみついて泣きじゃくる野間の心から呪文が消えた。拒否反応が流れてきても大丈夫。俺は平気だ。そう思いながらも緊張が走った。
 でもその瞬間、野間の心から信じられないほどあたたかい感情の波が押し寄せてきた。
 ただ聞こえる程度ではなく、まるで俺が丸ごと包まれる感覚。野間の『大好き』の感情が俺を包み、身体の中まで流れ込み埋めつくされる感じ。

「の……野間……?」

 なんだこれは……どういうことだ……?
 
『黒木、黒木……っ。好きだっ。好きだよ。大好きだっ』
『……っ、え?』

 野間は俺の胸に顔をうずめて泣き崩れる。
 
『黒木の心はいつだって本ばっかで……こんな気持ち俺だけなんだって思って……だからっ。だからもし知られたら……もう抱いてもらえねぇって……俺たち終わっちゃうって思って。俺、ずっとずっと黒木に抱かれていたかったから……だから……』
「……ふっ、……ぅっ……」
『の……野間……っ』

 しがみついてた野間の手が背中に回ってしっかりぎゅっと抱きしめられ、俺の心臓はドクンとはねた。
 
『好きだよ黒木っ。もう俺……好きで好きでどうしたらいいかわかんねぇくらい大好きだ……っ。もう二度と呪文で隠したりしねぇから。だから……ずっと黒木のそばにいたい。ずっと黒木と離れたくねぇよ……っ』

 こんなにあふれるほどのあたたかい『大好き』を全身に浴びたのは生まれて初めてで、身体中が歓喜でビリビリと震えた。
 まるで夢の中にいる気分で、とても現実だと思えない。
 野間に会ったら呪文が解かれて拒絶の言葉を聞くことになるだろうと思い、その覚悟しかしてなかった。
 俺の心を解放したら野間が困って離れていくかも、もう友達にも戻れないかも、もしそうなったら俺は泣いてしまうかもしれない、と気を張っていた。
 だからこんなことは想定外で、ある意味俺は無防備だった。

「……黒木?」

 顔を上げて俺を見た野間が驚いた顔をして、両手で俺の頬を包んだ。
 優しく頬を撫でる野間の手で、初めて自分がいま涙を流していると知った。

『これは……夢か……?』

 野間が……俺を好き……?
 
『俺もまだ夢みたいで信じらんねぇ……。黒木、ほんとに俺が好き……?』
『……好きだ……大好きだ……』
『俺も黒木が好きっ。大好きっ』

 野間は涙でぐちゃぐちゃの顔のまま破顔した。
 それを見て、本当に夢じゃなく現実なんだとやっと実感できた。
 野間の言葉が、感情が、心に深く響いて魂が揺さぶられる。
 喉の奥がグッと熱い。嬉しくて幸せで泣くなんてたぶん生まれて初めてだ。
 俺の頬を包んでるの野間の手をつかんで引き寄せ、腕の中にぎゅっと閉じ込めた。

『もう絶対俺から離れるな……野間』
『もう……絶対離れねぇ……っ。ずっと黒木のそばにいるかんなっ。…………ってか離れてったのは黒木のほうじゃんかっ』
『……そう、だったな』

 二人で泣きながら笑った。
 
『幸せすぎて……怖いな……』
『俺も……まだ夢みたい……』

 もう本で心を閉ざさなくてもいいんだと思うと、開放感でどんどん好きの気持ちがあふれてくる。
 ずっとこうしていたい。もう離したくない。
 野間が離れて行かなくてよかった。本当によかった。
 俺は、野間がいれば他にはもうなにもいらない。
 
『……う……うわっ、やべぇっ、俺……ときめきすぎて苦しい……』
「……ゔゔー……」

 痛くらいに抱きつく野間が愛しくてたまらない。
 次から次へと野間から『大好き』の気持ちが俺の中に流れてきて、嬉しくて胸が苦しくて涙がとまらなかった。
 
 どれくらいそうしていたのか、俺たちは到着ロビーの椅子の前で、ずっと膝をついて抱き合っていた。

『野間……すまん。空港だった……』
『なにが……すまん、なんだ?』

 身体を離そうとした俺に野間がさらにぎゅっと抱きついて、胸に頬をすり寄せながら不思議そうに聞いた。

『いや……俺たち、すごい見られてる……』
『別にいいじゃん。見られたって』
『いや、でもな……』
『黒木は男同士とかそういうの、知られたら困る?』

 困るかと聞かれたら、俺は全く困らない。
 人からどう見られようが、そんなものはどうでもいい。
 ろくに友人もいないから、敬遠されるかもと恐れる必要もない。
 困るのは友人の多い野間のほうだろう、と心配になった。

『俺友達多くねぇし。全然困んねぇよ? だってこの力がバレることに比べたら、そんなの可愛いもんじゃね?』

 そう言われると確かにそうだなと納得してしまい、思わず笑った。

『野間らしいな』
『へ? そうか?』
『ところで俺たち、またやらかしてるな』
『ん?』
『はたから見たら、なにもしゃべらず見つめ合って抱き合って泣いてた』

 顔を上げた野間とまた見つめ合い、お互いの涙を拭いながら二人で声を出して笑った。

「帰ろう、野間」
「うん」
 
 野間の身体を支え立ち上がると、俺は手を差し出した。
 野間はびっくりしたように目を見開いて俺の手と顔を交互に見てくる。

『いい……のか?』
『困らないんだろう?』
『困んねぇよっ。俺、黒木と堂々と手つないで歩きた
いっ。いいのっ?』
『力がバレることを考えたら、他はなにも怖くないよな』

 そう笑いかけると、野間は満面の笑みで『うんっ、だよなっ!』と言って俺とぎゅっと手をつないだ。

『うわ、やば……っ。嬉しすぎてドキドキすんだけどっ。……なんか俺、顔あっちぃっ』

 野間の顔は真っ赤に染まっていた。
 ただ手をつなぐだけで真っ赤になる野間、ほんと可愛いな。
 野間がじっと俺を見つめてくるから『どうした?』と聞くと『へへっ』とはにかむように笑った。

『もう、いつでも黒木の可愛いが聞けるんだなって思って。俺、めっちゃ幸せ』
『……これからは一日中聞こえるぞ。うざいくらいな』
『うわぁ……俺心臓もつかな……』

 野間の心からは『大好き』『嬉しい』『カッコイイ』が流れてきて、俺も幸せすぎて本当に心臓がもちそうになかった。
 

 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

従順な俺を壊して 【颯斗編】

川崎葵
BL
腕っ節の強い不良達が集まる鷹山高校でトップを張る、最強の男と謳われる火神颯斗。 無敗を貫き通す中、刺激のない毎日に嫌気がさしていた。 退屈な日常を捨て去りたい葛藤を抱えていた時、不思議と気になってしまう相手と出会う。 喧嘩が強い訳でもなく、真面目なその相手との接点はまるでない。 それでも存在が気になり、素性を知りたくなる。 初めて抱く感情に戸惑いつつ、喧嘩以外の初めての刺激に次第に心動かされ…… 最強の不良×警視総監の息子 初めての恋心に戸惑い、止まらなくなる不良の恋愛譚。 本編【従順な俺を壊して】の颯斗(攻)視点になります。 本編の裏側になるので、本編を知らなくても話は分かるように書いているつもりですが、話が交差する部分は省略したりしてます。 本編を知っていた方が楽しめるとは思いますので、長編に抵抗がない方は是非本編も……

才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  15,000字程度の予定です。

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

処理中です...