心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

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58〈黒木〉

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「くろきぃ……っ」

 俺にしがみついて泣きじゃくる野間の心から呪文が消えた。拒否反応が流れてきても大丈夫。俺は平気だ。そう思いながらも緊張が走った。
 でもその瞬間、野間の心から信じられないほどあたたかい感情の波が押し寄せてきた。
 ただ聞こえる程度ではなく、まるで俺が丸ごと包まれる感覚。野間の『大好き』の感情が俺を包み、身体の中まで流れ込み埋めつくされる感じ。

「の……野間……?」

 なんだこれは……どういうことだ……?
 
『黒木、黒木……っ。好きだっ。好きだよ。大好きだっ』
『……っ、え?』

 野間は俺の胸に顔をうずめて泣き崩れる。
 
『黒木の心はいつだって本ばっかで……こんな気持ち俺だけなんだって思って……だからっ。だからもし知られたら……もう抱いてもらえねぇって……俺たち終わっちゃうって思って。俺、ずっとずっと黒木に抱かれていたかったから……だから……』
「……ふっ、……ぅっ……」
『の……野間……っ』

 しがみついてた野間の手が背中に回ってしっかりぎゅっと抱きしめられ、俺の心臓はドクンとはねた。
 
『好きだよ黒木っ。もう俺……好きで好きでどうしたらいいかわかんねぇくらい大好きだ……っ。もう二度と呪文で隠したりしねぇから。だから……ずっと黒木のそばにいたい。ずっと黒木と離れたくねぇよ……っ』

 こんなにあふれるほどのあたたかい『大好き』を全身に浴びたのは生まれて初めてで、身体中が歓喜でビリビリと震えた。
 まるで夢の中にいる気分で、とても現実だと思えない。
 野間に会ったら呪文が解かれて拒絶の言葉を聞くことになるだろうと思い、その覚悟しかしてなかった。
 俺の心を解放したら野間が困って離れていくかも、もう友達にも戻れないかも、もしそうなったら俺は泣いてしまうかもしれない、と気を張っていた。
 だからこんなことは想定外で、ある意味俺は無防備だった。

「……黒木?」

 顔を上げて俺を見た野間が驚いた顔をして、両手で俺の頬を包んだ。
 優しく頬を撫でる野間の手で、初めて自分がいま涙を流していると知った。

『これは……夢か……?』

 野間が……俺を好き……?
 
『俺もまだ夢みたいで信じらんねぇ……。黒木、ほんとに俺が好き……?』
『……好きだ……大好きだ……』
『俺も黒木が好きっ。大好きっ』

 野間は涙でぐちゃぐちゃの顔のまま破顔した。
 それを見て、本当に夢じゃなく現実なんだとやっと実感できた。
 野間の言葉が、感情が、心に深く響いて魂が揺さぶられる。
 喉の奥がグッと熱い。嬉しくて幸せで泣くなんてたぶん生まれて初めてだ。
 俺の頬を包んでるの野間の手をつかんで引き寄せ、腕の中にぎゅっと閉じ込めた。

『もう絶対俺から離れるな……野間』
『もう……絶対離れねぇ……っ。ずっと黒木のそばにいるかんなっ。…………ってか離れてったのは黒木のほうじゃんかっ』
『……そう、だったな』

 二人で泣きながら笑った。
 
『幸せすぎて……怖いな……』
『俺も……まだ夢みたい……』

 もう本で心を閉ざさなくてもいいんだと思うと、開放感でどんどん好きの気持ちがあふれてくる。
 ずっとこうしていたい。もう離したくない。
 野間が離れて行かなくてよかった。本当によかった。
 俺は、野間がいれば他にはもうなにもいらない。
 
『……う……うわっ、やべぇっ、俺……ときめきすぎて苦しい……』
「……ゔゔー……」

 痛くらいに抱きつく野間が愛しくてたまらない。
 次から次へと野間から『大好き』の気持ちが俺の中に流れてきて、嬉しくて胸が苦しくて涙がとまらなかった。
 
 どれくらいそうしていたのか、俺たちは到着ロビーの椅子の前で、ずっと膝をついて抱き合っていた。

『野間……すまん。空港だった……』
『なにが……すまん、なんだ?』

 身体を離そうとした俺に野間がさらにぎゅっと抱きついて、胸に頬をすり寄せながら不思議そうに聞いた。

『いや……俺たち、すごい見られてる……』
『別にいいじゃん。見られたって』
『いや、でもな……』
『黒木は男同士とかそういうの、知られたら困る?』

 困るかと聞かれたら、俺は全く困らない。
 人からどう見られようが、そんなものはどうでもいい。
 ろくに友人もいないから、敬遠されるかもと恐れる必要もない。
 困るのは友人の多い野間のほうだろう、と心配になった。

『俺友達多くねぇし。全然困んねぇよ? だってこの力がバレることに比べたら、そんなの可愛いもんじゃね?』

 そう言われると確かにそうだなと納得してしまい、思わず笑った。

『野間らしいな』
『へ? そうか?』
『ところで俺たち、またやらかしてるな』
『ん?』
『はたから見たら、なにもしゃべらず見つめ合って抱き合って泣いてた』

 顔を上げた野間とまた見つめ合い、お互いの涙を拭いながら二人で声を出して笑った。

「帰ろう、野間」
「うん」
 
 野間の身体を支え立ち上がると、俺は手を差し出した。
 野間はびっくりしたように目を見開いて俺の手と顔を交互に見てくる。

『いい……のか?』
『困らないんだろう?』
『困んねぇよっ。俺、黒木と堂々と手つないで歩きた
いっ。いいのっ?』
『力がバレることを考えたら、他はなにも怖くないよな』

 そう笑いかけると、野間は満面の笑みで『うんっ、だよなっ!』と言って俺とぎゅっと手をつないだ。

『うわ、やば……っ。嬉しすぎてドキドキすんだけどっ。……なんか俺、顔あっちぃっ』

 野間の顔は真っ赤に染まっていた。
 ただ手をつなぐだけで真っ赤になる野間、ほんと可愛いな。
 野間がじっと俺を見つめてくるから『どうした?』と聞くと『へへっ』とはにかむように笑った。

『もう、いつでも黒木の可愛いが聞けるんだなって思って。俺、めっちゃ幸せ』
『……これからは一日中聞こえるぞ。うざいくらいな』
『うわぁ……俺心臓もつかな……』

 野間の心からは『大好き』『嬉しい』『カッコイイ』が流れてきて、俺も幸せすぎて本当に心臓がもちそうになかった。
 

 
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