33 / 42
33 先輩は百人力▶月森side
「おはようございます」
週明けに、先輩がプロジェクトに戻った。
声のトーンが少し低く笑顔が消えた先輩を見て、皆が一斉に笑顔になる。
「中村?!」
「中村さん?!」
「もしかして?!」
歩き方から動作まで、先週までとはどこか違う懐かしい先輩を皆が期待の目で見つめた。
「あー……その、中村、戻りました。迷惑かけてすみません」
先輩が頭を下げた。ペコっと。ちょっとだけ。
それでも皆にはきっと伝わった。先輩の最大級の謝罪だと。
「記憶戻ったんで、今日から死ぬ気でやります」
先輩の言葉に皆が口々に歓声を上げ、勢いよく立ち上がる後輩もいた。
先輩はいつもの口癖『言い訳よりも手を動かせ』を実践するかのように、すぐにPCを立ち上げ進捗を確認する。
「……マジか」
そして案の定、眉を寄せた。
俺も、皆も、先輩の次の言葉に緊張が走る。
先輩が抜けただけで、申し訳ないほど進捗状況が悪い。毎日遅くまで残業すれば納期には間に合うだろうけれど、先輩が抜けるまでは驚くほど順調だっただけに、先輩に知られるのが怖いレベルだった。
どんな厳しい言葉を向けられるかと緊張しながら、皆で息を詰めてその瞬間を待つ。
すると、先輩がスッと立ち上がって深々と頭を下げた。
「俺のせいで本当にすみません。マジで死ぬ気で頑張ります」
その瞬間、皆が静まり返った。先輩が頭を下げるなんて、誰も見たことがなかったからだ。
そもそも先輩はミスなんてしないし、謝るようなことがなかった。
「中村が……」
驚きが皆の顔に広がり、息を呑む音が聞こえる。
あまりの意外さに、皆が目を見開いて先輩を見つめていた。
記憶が戻った先輩は、気を張りつめた感じが取れて少し穏やかになった。時々素直になれず照れ隠しにぶっきらぼうな物言いになったりもして、この週末は先輩のギャップに俺は始終やられた。
職場でも肩の力を抜けるようになったんだ。
先輩の変化に嬉しさが込み上げた。
「俺も死ぬ気で頑張ります」
俺がそう宣言をして椅子に座ると、皆がハッとしたように動き出す。
「よし、頑張るかっ」
「中村が戻ってきたら百人力だな」
皆の言葉に、いつも大人しい後輩が声を上げた。
「すごいやる気出ました!」
鼻息まで荒い後輩に「やる気は常に出せよ」と先輩が睨み、「やっぱり中村だ」と皆が笑った。
「月森」
「はい」
「お前、これで金曜定時に上がったのか」
「え……っ、と」
ギクリとして手が止まる。
金曜日に終わらせたい部分までは終わらせたけれど、それは進捗が悪い中での話であって、余裕があるならもっと進めるべきなのは明らかだ。
「ご……ごめんなさ――――」
「それは禁止だっつったろ」
え、今のごめんなさいも禁止?
「お前、この状況で俺を優先するのはねぇだろ」
「……はい」
言葉は厳しいけれど、先輩の声にはわずかに喜びがにじんでいて、口元が緩みそうになった。
「おい、なに笑ってんだ。怒ってんだぞ?」
「でも、あのままだと俺、仕事にならなかったんです」
「……そ、それでも、だな」
「あの日、先輩に会いに行ったから今があるんですよ? 今日からは増し増しで頑張れます」
「…………あっそ」
ふいっと視線を逸らしてモニターを見る先輩の耳が赤い。頬もちょっと赤い。
……やばい。これじゃ嘘つきになりそうだ。先輩から目が離せない。仕事にならない。先輩が可愛い。やばい。
「おい」
「……はい」
「手」
「……手?」
「早く動かせ」
「あ、はい」
なんとかモニターに視線を戻してキーボードを打ち込み始めたけれど、気になってまた先輩を見る。
あの唇が、俺を愛してると言ったんだ。
金曜の夜、記憶のない先輩はとにかく可愛くてたまらなかった。そして、記憶の戻った先輩は、素直になりきれない感じがやっぱり可愛かった。
もう何もかも終わったと絶望していた俺の元に、記憶が戻った先輩が帰ってきてくれて、「愛してる」と言ってキスをされた。
……本当に言った? 夢じゃない?
キスもその先も……本当に夢じゃない?
週末の先輩を思い出して、顔が火照ってきた。
「俺も、一生お前を愛してる」
信じられない言葉と一緒に、うなじを引き寄せられてキスをされた。
先輩の記憶が戻れば、また振られるだろうと思っていたから、幸せすぎて夢みたいで目眩がした。
そんな夢見心地な俺の手を引いて、先輩はベッドに向かう。
「え、あの、先輩?」
「なんだよ」
口調はぶっきらぼうなのに頬が赤い。繋いだ手が熱い。
話したいこと、聞きたいことがいっぱいあるのに、誘われれば俺の身体は期待で熱くなり胸が高鳴る。
でも、先輩の身体が心配だ。
「先輩、今日は無理しないほうが……」
「なんでだよ」
「だって……今朝は歩くのもやっとだったんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、先輩はベッドに俺を押し倒して組み敷いた。
「心配ない。俺がお前を抱くからな」
え……今なんて……?
「え……あの……」
「お前、言ってたよな。前の俺なら『俺が抱く』って言いそうだって」
確かに言った。言ったけど……っ。
「まさか嫌とは言わねぇよな?」
「え……っ」
「俺、先輩。お前、後輩。な?」
先輩が口角を片方だけ上げて、クッと笑う。
い……言えないけど……っ!
嘘だよね……?!
「ま、待って……あの、心の準備が……っ! んぁ……っ」
先輩に耳を口に含まれ、舌で優しく舐められ、「諦めろ」とささやかれ、俺の思考はそこで停止した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※リバではありません。
ネタバレに当たるかもしれませんが、地雷の方もいらっしゃるかもなのでお知らせしておきます。
週明けに、先輩がプロジェクトに戻った。
声のトーンが少し低く笑顔が消えた先輩を見て、皆が一斉に笑顔になる。
「中村?!」
「中村さん?!」
「もしかして?!」
歩き方から動作まで、先週までとはどこか違う懐かしい先輩を皆が期待の目で見つめた。
「あー……その、中村、戻りました。迷惑かけてすみません」
先輩が頭を下げた。ペコっと。ちょっとだけ。
それでも皆にはきっと伝わった。先輩の最大級の謝罪だと。
「記憶戻ったんで、今日から死ぬ気でやります」
先輩の言葉に皆が口々に歓声を上げ、勢いよく立ち上がる後輩もいた。
先輩はいつもの口癖『言い訳よりも手を動かせ』を実践するかのように、すぐにPCを立ち上げ進捗を確認する。
「……マジか」
そして案の定、眉を寄せた。
俺も、皆も、先輩の次の言葉に緊張が走る。
先輩が抜けただけで、申し訳ないほど進捗状況が悪い。毎日遅くまで残業すれば納期には間に合うだろうけれど、先輩が抜けるまでは驚くほど順調だっただけに、先輩に知られるのが怖いレベルだった。
どんな厳しい言葉を向けられるかと緊張しながら、皆で息を詰めてその瞬間を待つ。
すると、先輩がスッと立ち上がって深々と頭を下げた。
「俺のせいで本当にすみません。マジで死ぬ気で頑張ります」
その瞬間、皆が静まり返った。先輩が頭を下げるなんて、誰も見たことがなかったからだ。
そもそも先輩はミスなんてしないし、謝るようなことがなかった。
「中村が……」
驚きが皆の顔に広がり、息を呑む音が聞こえる。
あまりの意外さに、皆が目を見開いて先輩を見つめていた。
記憶が戻った先輩は、気を張りつめた感じが取れて少し穏やかになった。時々素直になれず照れ隠しにぶっきらぼうな物言いになったりもして、この週末は先輩のギャップに俺は始終やられた。
職場でも肩の力を抜けるようになったんだ。
先輩の変化に嬉しさが込み上げた。
「俺も死ぬ気で頑張ります」
俺がそう宣言をして椅子に座ると、皆がハッとしたように動き出す。
「よし、頑張るかっ」
「中村が戻ってきたら百人力だな」
皆の言葉に、いつも大人しい後輩が声を上げた。
「すごいやる気出ました!」
鼻息まで荒い後輩に「やる気は常に出せよ」と先輩が睨み、「やっぱり中村だ」と皆が笑った。
「月森」
「はい」
「お前、これで金曜定時に上がったのか」
「え……っ、と」
ギクリとして手が止まる。
金曜日に終わらせたい部分までは終わらせたけれど、それは進捗が悪い中での話であって、余裕があるならもっと進めるべきなのは明らかだ。
「ご……ごめんなさ――――」
「それは禁止だっつったろ」
え、今のごめんなさいも禁止?
「お前、この状況で俺を優先するのはねぇだろ」
「……はい」
言葉は厳しいけれど、先輩の声にはわずかに喜びがにじんでいて、口元が緩みそうになった。
「おい、なに笑ってんだ。怒ってんだぞ?」
「でも、あのままだと俺、仕事にならなかったんです」
「……そ、それでも、だな」
「あの日、先輩に会いに行ったから今があるんですよ? 今日からは増し増しで頑張れます」
「…………あっそ」
ふいっと視線を逸らしてモニターを見る先輩の耳が赤い。頬もちょっと赤い。
……やばい。これじゃ嘘つきになりそうだ。先輩から目が離せない。仕事にならない。先輩が可愛い。やばい。
「おい」
「……はい」
「手」
「……手?」
「早く動かせ」
「あ、はい」
なんとかモニターに視線を戻してキーボードを打ち込み始めたけれど、気になってまた先輩を見る。
あの唇が、俺を愛してると言ったんだ。
金曜の夜、記憶のない先輩はとにかく可愛くてたまらなかった。そして、記憶の戻った先輩は、素直になりきれない感じがやっぱり可愛かった。
もう何もかも終わったと絶望していた俺の元に、記憶が戻った先輩が帰ってきてくれて、「愛してる」と言ってキスをされた。
……本当に言った? 夢じゃない?
キスもその先も……本当に夢じゃない?
週末の先輩を思い出して、顔が火照ってきた。
「俺も、一生お前を愛してる」
信じられない言葉と一緒に、うなじを引き寄せられてキスをされた。
先輩の記憶が戻れば、また振られるだろうと思っていたから、幸せすぎて夢みたいで目眩がした。
そんな夢見心地な俺の手を引いて、先輩はベッドに向かう。
「え、あの、先輩?」
「なんだよ」
口調はぶっきらぼうなのに頬が赤い。繋いだ手が熱い。
話したいこと、聞きたいことがいっぱいあるのに、誘われれば俺の身体は期待で熱くなり胸が高鳴る。
でも、先輩の身体が心配だ。
「先輩、今日は無理しないほうが……」
「なんでだよ」
「だって……今朝は歩くのもやっとだったんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、先輩はベッドに俺を押し倒して組み敷いた。
「心配ない。俺がお前を抱くからな」
え……今なんて……?
「え……あの……」
「お前、言ってたよな。前の俺なら『俺が抱く』って言いそうだって」
確かに言った。言ったけど……っ。
「まさか嫌とは言わねぇよな?」
「え……っ」
「俺、先輩。お前、後輩。な?」
先輩が口角を片方だけ上げて、クッと笑う。
い……言えないけど……っ!
嘘だよね……?!
「ま、待って……あの、心の準備が……っ! んぁ……っ」
先輩に耳を口に含まれ、舌で優しく舐められ、「諦めろ」とささやかれ、俺の思考はそこで停止した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※リバではありません。
ネタバレに当たるかもしれませんが、地雷の方もいらっしゃるかもなのでお知らせしておきます。
あなたにおすすめの小説
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
【完結/番外編準備中】
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
----------
追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!!
完結しましたが回収しきれていないエピソードが私の中でいくつかあるので笑、後日番外編をアップしたいなと現在準備中です。
詳しい更新日まだ未定ですが、もしよろしかったらゼヒまた覗いてやってくださいねー!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
【完結】それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。
するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。
だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。
過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。
ところが、ひょんなことから再会してしまう。
しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。
「今度は、もう離さないから」
「お願いだから、僕にもう近づかないで…」
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。