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3 つまみ食い
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母はまだ帰宅していなかった。
同じ職場の違う部署で働く義父も同様で、二人で一緒に帰ってくるので先に晩ごはんを食べてて、と連絡が入った。
またカイトと二人だ。
私はばれないようそっと溜息をついた。そのカイトは、テレビを点けてソファーに寝そべりながらスマホをいじっている。優雅なものだ。少しは手伝え。
「カイト、お父さんとお母さん、二人とも残業だって。先に食べててだってさ」
「んー」
聞いてるのか聞いてないのか、微妙な返事が返ってきた。私はまた小さな溜息をつくと、残りを仕上げることにした。
今日は肉じゃが、朝の内に漬け込んでおいた豚肉の味噌漬け焼き、なめこの味噌汁にブロッコリーの醤油和え。ザ・和食だ。
母と二人だけの時は、この半分の量で済んでいた。でも、さすがに大人四人分ともなると足りない。自然、おかずは倍に増えたけど、それを毎日考えるのはものすごく大変だった。
だから、カイトには予め言い渡してある。何を食べたいかを聞かれた時、「なんでもいい」だけはやめろと。その瞬間、お前の嫌いなニラを出しまくってやると。
学校でのカーストはカイトの方が上でも、家庭内順位は私の方が上。主婦は強し。働かざるもの食うべからずのルールを徹底した結果、あまり動かなかったカイトも、大分使えるようになってきた。
風呂掃除とゴミ捨てはもう言わなくても自然にやるようになってきたので、これぞ教育の賜物。偉いぞ私。
肉じゃがの味見をする。ほかほかと湯気の立つじゃがいも。美味しそうだ。
ひと口、小さく齧った。熱くてハフハフしながら味わうこの瞬間は、主婦ならではのもの。
「ん、美味しい」
肉じゃがは砂糖三、みりん一、醤油四の割合で味付けをする、少し甘さ控えめのものが私の好みだった。どれ人参も、と菜箸で人参を掴んでふうふうしていると、カイトが目ざとく近寄ってきた。
「お前さっきからつまみ食いばっかじゃね?」
いちいち言い方が嫌味っぽい。
「失敬な。これは味見ですから」
カイトに背中を向けて、ふうふうと続ける。カイトは回り込んでくると、私の正面に立った。
「何回味見してるんだよ」
うるさい。
「うるさいな」
学校では目が合えば睨みつけてくる癖に、家だと随分と馴れ馴れしい。こういうのを人間の二面性というのかもしれない。ああ、やだやだ。
カイトは急に菜箸を持つ方の私の手をギュッと握ると、菜箸に挟まっていた色鮮やかなほかほか人参をパクリと掻っ攫っていった。
「ああ! 私の人参!」
「ざまあ」
カイトの口の端が、意地悪そうに上がる。
「く……っ!」
こいつは、親がいないと途端にこうだ。
思い切り睨みつけると、滅多に見せない楽しそうな笑顔に変わった。
やっていることは、明らかに性格が悪い行ないだ。つまり、いい笑顔は意地悪いことをすると出てくる。とんでもない奴だ。
「もう出来たんだろ? 皿出しとくから」
そう言うと、鼻歌を歌いながら食器を取り出して並べ出した。やけに機嫌がいいのが気持ち悪い。
私の警戒心は、マックスになった。
カイトを横目で観察しながら、料理を大皿によそってダイニングテーブルに並べる。
「あすみ、米どれくらいにする?」
「あ、自分で入れるからいい」
普段外ではお前お前としか言わない奴に向かって、急に名前で呼ばないでほしい。ドキッとするじゃないの。
私とカイトは向かい合わせに座ると、手を合わせて「いただきます」と言った。
カイトが肉じゃがを大量に取り皿に盛っていると、カイトの横に置いてあるスマホがピロン、と鳴った。カイトがスマホを手に持つ。
「食事中は携帯やめようよ」
「あー、うん、今日の夕飯何か聞かれたからそれだけ返す」
わざわざ夕飯の内容を聞いてくる? 随分と変わった質問だ。
そこでピンときた。私という同い年の血が繋がらない女子が家にいると知っていて、かつ私が調理担当だと分かっている人間からじゃないか。
ちょっとしたライバル心、てとこだろうか。こんなモブにすら対抗心を燃やすとしたら――。
「分かった。彼女でしょ」
人差し指をピンと立てると、カイトが呆れ顔で軽く睨む。
「彼女なんていねえし」
「え? そうなの?」
てっきりあのカースト上位の中のどれかだと思っていたんだけど。
スマホを操作しながら、カイトが大袈裟な溜息を吐いた。
「お前、俺にももう少し興味持てよ。いる素振りないだろ」
一体何て返してるんだろう。
カイトのスマホを覗き込もうと座ったまま背伸びをすると、カイトは画面を傾けて隠した。
「怪しいな。やっぱり彼女じゃん」
にやりと笑ってみたけど、カイトは慌てた素振りも見せない。
「違うって」
返事は素っ気ない。だけど画面を見えない様に微妙に傾けている。私なんか女じゃないから心配するなとか送ってるんじゃないか。
「余計怪しい。あの中のどれかだ絶対」
「違うって」
パッと立ち上がると、カイトが打っていた文章が見えた。「肉じゃがだいいだろ。お前にゃやらん」と書いてあった。
カイトがスマホを胸に押し当てて画面を隠す。
「見るなって!」
別に見られても何の問題もなさそうな文面だったけど、こいつは私から何を隠そうとしているのか。
そこで思いついた。肉じゃがが嬉しかったけど、作った相手が私だから喜んでいると思われたくないのかもしれない。うん、カイトならありそうだ。
まあ、内心喜んでいるなら、ヨシとしてあげよう。実は見えたとは言いづらいし。
「じゃあスマホしまいなさいよ。食事中なんだから」
「わかったようるせえなあ」
カイトが鼻に皺を寄せた。素直じゃない奴には、このひと言がてきめんだろう。
「食べたくないならいいけど?」
「……しまう」
私は着席すると、食事を再開することにした。カイトも大人しくスマホを後ろのポケットにしまったのを確認する。よしよし。
しかし、お前にゃやらん? まあ確かに彼女に言うような台詞ではなさそうけど、なら一体誰に送ったんだろう。
気にはなったけど、カイトの交友関係はキラキラしているので出来ればお近づきになりたくない。
そう思った私は、この件にはもう触れないことにした。
同じ職場の違う部署で働く義父も同様で、二人で一緒に帰ってくるので先に晩ごはんを食べてて、と連絡が入った。
またカイトと二人だ。
私はばれないようそっと溜息をついた。そのカイトは、テレビを点けてソファーに寝そべりながらスマホをいじっている。優雅なものだ。少しは手伝え。
「カイト、お父さんとお母さん、二人とも残業だって。先に食べててだってさ」
「んー」
聞いてるのか聞いてないのか、微妙な返事が返ってきた。私はまた小さな溜息をつくと、残りを仕上げることにした。
今日は肉じゃが、朝の内に漬け込んでおいた豚肉の味噌漬け焼き、なめこの味噌汁にブロッコリーの醤油和え。ザ・和食だ。
母と二人だけの時は、この半分の量で済んでいた。でも、さすがに大人四人分ともなると足りない。自然、おかずは倍に増えたけど、それを毎日考えるのはものすごく大変だった。
だから、カイトには予め言い渡してある。何を食べたいかを聞かれた時、「なんでもいい」だけはやめろと。その瞬間、お前の嫌いなニラを出しまくってやると。
学校でのカーストはカイトの方が上でも、家庭内順位は私の方が上。主婦は強し。働かざるもの食うべからずのルールを徹底した結果、あまり動かなかったカイトも、大分使えるようになってきた。
風呂掃除とゴミ捨てはもう言わなくても自然にやるようになってきたので、これぞ教育の賜物。偉いぞ私。
肉じゃがの味見をする。ほかほかと湯気の立つじゃがいも。美味しそうだ。
ひと口、小さく齧った。熱くてハフハフしながら味わうこの瞬間は、主婦ならではのもの。
「ん、美味しい」
肉じゃがは砂糖三、みりん一、醤油四の割合で味付けをする、少し甘さ控えめのものが私の好みだった。どれ人参も、と菜箸で人参を掴んでふうふうしていると、カイトが目ざとく近寄ってきた。
「お前さっきからつまみ食いばっかじゃね?」
いちいち言い方が嫌味っぽい。
「失敬な。これは味見ですから」
カイトに背中を向けて、ふうふうと続ける。カイトは回り込んでくると、私の正面に立った。
「何回味見してるんだよ」
うるさい。
「うるさいな」
学校では目が合えば睨みつけてくる癖に、家だと随分と馴れ馴れしい。こういうのを人間の二面性というのかもしれない。ああ、やだやだ。
カイトは急に菜箸を持つ方の私の手をギュッと握ると、菜箸に挟まっていた色鮮やかなほかほか人参をパクリと掻っ攫っていった。
「ああ! 私の人参!」
「ざまあ」
カイトの口の端が、意地悪そうに上がる。
「く……っ!」
こいつは、親がいないと途端にこうだ。
思い切り睨みつけると、滅多に見せない楽しそうな笑顔に変わった。
やっていることは、明らかに性格が悪い行ないだ。つまり、いい笑顔は意地悪いことをすると出てくる。とんでもない奴だ。
「もう出来たんだろ? 皿出しとくから」
そう言うと、鼻歌を歌いながら食器を取り出して並べ出した。やけに機嫌がいいのが気持ち悪い。
私の警戒心は、マックスになった。
カイトを横目で観察しながら、料理を大皿によそってダイニングテーブルに並べる。
「あすみ、米どれくらいにする?」
「あ、自分で入れるからいい」
普段外ではお前お前としか言わない奴に向かって、急に名前で呼ばないでほしい。ドキッとするじゃないの。
私とカイトは向かい合わせに座ると、手を合わせて「いただきます」と言った。
カイトが肉じゃがを大量に取り皿に盛っていると、カイトの横に置いてあるスマホがピロン、と鳴った。カイトがスマホを手に持つ。
「食事中は携帯やめようよ」
「あー、うん、今日の夕飯何か聞かれたからそれだけ返す」
わざわざ夕飯の内容を聞いてくる? 随分と変わった質問だ。
そこでピンときた。私という同い年の血が繋がらない女子が家にいると知っていて、かつ私が調理担当だと分かっている人間からじゃないか。
ちょっとしたライバル心、てとこだろうか。こんなモブにすら対抗心を燃やすとしたら――。
「分かった。彼女でしょ」
人差し指をピンと立てると、カイトが呆れ顔で軽く睨む。
「彼女なんていねえし」
「え? そうなの?」
てっきりあのカースト上位の中のどれかだと思っていたんだけど。
スマホを操作しながら、カイトが大袈裟な溜息を吐いた。
「お前、俺にももう少し興味持てよ。いる素振りないだろ」
一体何て返してるんだろう。
カイトのスマホを覗き込もうと座ったまま背伸びをすると、カイトは画面を傾けて隠した。
「怪しいな。やっぱり彼女じゃん」
にやりと笑ってみたけど、カイトは慌てた素振りも見せない。
「違うって」
返事は素っ気ない。だけど画面を見えない様に微妙に傾けている。私なんか女じゃないから心配するなとか送ってるんじゃないか。
「余計怪しい。あの中のどれかだ絶対」
「違うって」
パッと立ち上がると、カイトが打っていた文章が見えた。「肉じゃがだいいだろ。お前にゃやらん」と書いてあった。
カイトがスマホを胸に押し当てて画面を隠す。
「見るなって!」
別に見られても何の問題もなさそうな文面だったけど、こいつは私から何を隠そうとしているのか。
そこで思いついた。肉じゃがが嬉しかったけど、作った相手が私だから喜んでいると思われたくないのかもしれない。うん、カイトならありそうだ。
まあ、内心喜んでいるなら、ヨシとしてあげよう。実は見えたとは言いづらいし。
「じゃあスマホしまいなさいよ。食事中なんだから」
「わかったようるせえなあ」
カイトが鼻に皺を寄せた。素直じゃない奴には、このひと言がてきめんだろう。
「食べたくないならいいけど?」
「……しまう」
私は着席すると、食事を再開することにした。カイトも大人しくスマホを後ろのポケットにしまったのを確認する。よしよし。
しかし、お前にゃやらん? まあ確かに彼女に言うような台詞ではなさそうけど、なら一体誰に送ったんだろう。
気にはなったけど、カイトの交友関係はキラキラしているので出来ればお近づきになりたくない。
そう思った私は、この件にはもう触れないことにした。
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