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第45話 勝者サーシャさん
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風が吹き込む暗くなってきた窓の外を、タロウさんを真似た訳じゃないけどぼんやりと眺めた。
そういえば、さっきまで聞こえていたシスとサーシャさんが戦う音や、野次馬たちの声が聞こえなくなっている。
柵に肘をついて外を覗いているタロウさんに、問いかけた。
「……もう勝負は決まったんですかね?」
「だろうね。静かになってるし、今頃サーシャがシスくんにお説教でもしてる頃じゃないかなあ?」
サーシャさんが絶対勝つって思っているあたり、さすがだなあと思う。絶対的信頼ってやつかな。私とシスの間にはまあないやつだ。
「そろそろ戻ってくるんじゃないかなあ?」
タロウさんが言ったその時。
バサ、バサ、と羽音がしたかと思うと、柵の向こうからシスが飛び込んできた。いや、正確には放り投げられたっぽい。
「うわぷっ!」
私の上に落ちてきた大きな身体を受け止めることなんて出来なくて、クッションの上に一緒にひっくり返る。上から押し潰される様な体勢になった私は、当然のことながら慌てた。
「ちょ、ちょっとシス! 早く退きなさいよっ」
シスの足の間から飛び出した足をジタバタさせていると、やけに静かだったシスが顔をゆっくりと上げる。
癖のある青い髪には、埃や葉っぱが絡みついていた。端正すぎて至近距離で直視すると心臓が辛い顔には、泥みたいな汚れが沢山付いている。
平坦な頬骨の一番出た部分には擦り傷が出来ていて、赤い筋が何本も入っていた。
「シス!? あんた怪我してるじゃないの!」
超絶美形の顔が、なんてこと! ガッと両頬を手で掴むと、傷を確認する。赤い筋の間には砂が入り込んでいた。なんて勿体ない!
「……別に痛くないぞ」
「そんな訳ないでしょ! ちょっと、他は!?」
シスの胸を両手で押すと、シスの協力もあって、私とシスの間に隙間が生まれる。横では「サーシャおかえり」なんて声が聞こえるけど、いやいやいや、それどころじゃないって!
「うわ、これ痛そう……っ」
剥き出しのお腹を見ると、脇腹に赤紫色のそこそこ大きな痣が出来てる。思わず手で触れると、シスが「つっ!」と小さく声を上げた。やっぱり痛いんじゃない!
「他は!?」
「大丈夫だぞ」
「あんたの大丈夫は信用出来ないの!」
よく見ると、肘も擦りむいてるし、顎の下も擦りむいている。背中も見たかったけど、シスが乗ったままだから見れなかった。
「……ボロボロじゃないの」
「……他種族に初めて負けた」
しょんぼりとしているシス。傷の痛みよりも、鳥亜人に負けたってことが相当響いてるみたいだ。
「小町ちゃん、ちゃんとお説教しておいたわよ!」
白い翼を毛繕い中のサーシャさんが、私に向かって言った。そうだ、そういえばシスが負けたら匂いが気になっちゃう理由を教えるんだったっけ。
シスを見る。項垂れていて落ち込んでいるのは分かったけど、ちゃんと話を聞けたのかな。
サーシャさんがニマニマとしているので、こっちに尋ねてみることにした。
「それで、匂いが気になる理由ってなんだったんですか?」
サーシャさんのニマニマが、ニタニタに変わる。
「さあ? それはシスくんに聞いてご覧なさいな」
「ええー……。じゃあシス、分かったんでしょ? 教えてよ」
ていうかさっさと退いてほしい。お姫様抱っことか、正面を向いて寝ることはあったけど、こんな風にのしかかられる様になったのは初めてだから、……ああもう! 心臓が保たない!
シスの胸を押しても、やっぱりびくともしない。
「シス? とにかく退いて、それから教えてってば」
「……やだ」
「は?」
思わず聞き返した。コイツ今、嫌って言った?
「……小町、帰ろう」
そう言うと、シスは立ち上がるついでに私をひょいと横抱きにする。うひゃあ!
シスの横顔を手で押して、抵抗した。
「ちょっとちょっと! まだ二人との話が途中なんだけど!」
ついでに足もバタバタさせて暴れると、可笑しそうに微笑んでいたタロウさんが、片手を上げる。
「あ、小町ちゃん。サーシャと今話したんだけど、明日俺たちが地図屋に連れて行ってあげるよ」
「へ? 地図屋?」
何のことだろう。キョトンとしていると、タロウさんが続けた。
「死都に行くルート、分かってないんだろ? 地図屋に行けば、そこまでのルートと、もしかしたら簡単な内部の地図もあるかもしれないよ」
「え……! 是非! お願いします!」
ああ、やっぱりこの二人はとてもいいヒトと亜人! 手を顔の前で組むと、「ありがとうございますっ!」と感謝の気持ち一杯でお礼を言う。
「分かったよね、シス!」
「……分かった」
ボソリと答えるシスは、相変わらず暗い。勝負に負けたのがよほど悔しいんだろう。へこんでいる奴は、放っておくに限る。
「私たち、広場にある宿屋に泊まってます!」
「あの大きな所かな? 分かった、じゃあ明日午前中に迎えに行くよ」
「きゃー! ありがとうございます!」
ウロウロ彷徨かなくても、亜人街に着いた初日にここまでトントン拍子で情報が得られるなんて。まあ風呂場で裸をシスに見られたり、その後は逆上せてシスに膝枕までされるなんていう未知の体験をしてしまった訳だけど、それもこれもこの情報を得る為だったと考えれば、大したこと――なくはないけど、ない!
「シス! やったやったー!」
あまりにも嬉しくてシスを振り向き、笑顔全開でシスを見ると。
黄金色の瞳がハッと動いて、その後シスがフイッとそっぽを向いてしまったじゃないか。
え……え? シスの様子が変!
慌ててサーシャさんの方を見ると、口に指先を当てて、プクク、と笑っている。
「シ、シス……? どうしたの?」
「なんでもないし」
「いや、でもあんたの様子、どう考えても変だよ」
怪我をしてるから、熱でも出てきちゃったんじゃないか。思わず手をシスの額に当てたけど、熱はないみたいだ。
シスは、目を細めて私の手を見つめている。やっぱり変。絶対変。
「……帰るぞ、小町」
「あ、うん。その方がよさげだね……」
よく分からないけど、お疲れみたいだから今夜はゆっくり寝かせてあげよう。
殊勝にも、そんなことを思った私だった。
そういえば、さっきまで聞こえていたシスとサーシャさんが戦う音や、野次馬たちの声が聞こえなくなっている。
柵に肘をついて外を覗いているタロウさんに、問いかけた。
「……もう勝負は決まったんですかね?」
「だろうね。静かになってるし、今頃サーシャがシスくんにお説教でもしてる頃じゃないかなあ?」
サーシャさんが絶対勝つって思っているあたり、さすがだなあと思う。絶対的信頼ってやつかな。私とシスの間にはまあないやつだ。
「そろそろ戻ってくるんじゃないかなあ?」
タロウさんが言ったその時。
バサ、バサ、と羽音がしたかと思うと、柵の向こうからシスが飛び込んできた。いや、正確には放り投げられたっぽい。
「うわぷっ!」
私の上に落ちてきた大きな身体を受け止めることなんて出来なくて、クッションの上に一緒にひっくり返る。上から押し潰される様な体勢になった私は、当然のことながら慌てた。
「ちょ、ちょっとシス! 早く退きなさいよっ」
シスの足の間から飛び出した足をジタバタさせていると、やけに静かだったシスが顔をゆっくりと上げる。
癖のある青い髪には、埃や葉っぱが絡みついていた。端正すぎて至近距離で直視すると心臓が辛い顔には、泥みたいな汚れが沢山付いている。
平坦な頬骨の一番出た部分には擦り傷が出来ていて、赤い筋が何本も入っていた。
「シス!? あんた怪我してるじゃないの!」
超絶美形の顔が、なんてこと! ガッと両頬を手で掴むと、傷を確認する。赤い筋の間には砂が入り込んでいた。なんて勿体ない!
「……別に痛くないぞ」
「そんな訳ないでしょ! ちょっと、他は!?」
シスの胸を両手で押すと、シスの協力もあって、私とシスの間に隙間が生まれる。横では「サーシャおかえり」なんて声が聞こえるけど、いやいやいや、それどころじゃないって!
「うわ、これ痛そう……っ」
剥き出しのお腹を見ると、脇腹に赤紫色のそこそこ大きな痣が出来てる。思わず手で触れると、シスが「つっ!」と小さく声を上げた。やっぱり痛いんじゃない!
「他は!?」
「大丈夫だぞ」
「あんたの大丈夫は信用出来ないの!」
よく見ると、肘も擦りむいてるし、顎の下も擦りむいている。背中も見たかったけど、シスが乗ったままだから見れなかった。
「……ボロボロじゃないの」
「……他種族に初めて負けた」
しょんぼりとしているシス。傷の痛みよりも、鳥亜人に負けたってことが相当響いてるみたいだ。
「小町ちゃん、ちゃんとお説教しておいたわよ!」
白い翼を毛繕い中のサーシャさんが、私に向かって言った。そうだ、そういえばシスが負けたら匂いが気になっちゃう理由を教えるんだったっけ。
シスを見る。項垂れていて落ち込んでいるのは分かったけど、ちゃんと話を聞けたのかな。
サーシャさんがニマニマとしているので、こっちに尋ねてみることにした。
「それで、匂いが気になる理由ってなんだったんですか?」
サーシャさんのニマニマが、ニタニタに変わる。
「さあ? それはシスくんに聞いてご覧なさいな」
「ええー……。じゃあシス、分かったんでしょ? 教えてよ」
ていうかさっさと退いてほしい。お姫様抱っことか、正面を向いて寝ることはあったけど、こんな風にのしかかられる様になったのは初めてだから、……ああもう! 心臓が保たない!
シスの胸を押しても、やっぱりびくともしない。
「シス? とにかく退いて、それから教えてってば」
「……やだ」
「は?」
思わず聞き返した。コイツ今、嫌って言った?
「……小町、帰ろう」
そう言うと、シスは立ち上がるついでに私をひょいと横抱きにする。うひゃあ!
シスの横顔を手で押して、抵抗した。
「ちょっとちょっと! まだ二人との話が途中なんだけど!」
ついでに足もバタバタさせて暴れると、可笑しそうに微笑んでいたタロウさんが、片手を上げる。
「あ、小町ちゃん。サーシャと今話したんだけど、明日俺たちが地図屋に連れて行ってあげるよ」
「へ? 地図屋?」
何のことだろう。キョトンとしていると、タロウさんが続けた。
「死都に行くルート、分かってないんだろ? 地図屋に行けば、そこまでのルートと、もしかしたら簡単な内部の地図もあるかもしれないよ」
「え……! 是非! お願いします!」
ああ、やっぱりこの二人はとてもいいヒトと亜人! 手を顔の前で組むと、「ありがとうございますっ!」と感謝の気持ち一杯でお礼を言う。
「分かったよね、シス!」
「……分かった」
ボソリと答えるシスは、相変わらず暗い。勝負に負けたのがよほど悔しいんだろう。へこんでいる奴は、放っておくに限る。
「私たち、広場にある宿屋に泊まってます!」
「あの大きな所かな? 分かった、じゃあ明日午前中に迎えに行くよ」
「きゃー! ありがとうございます!」
ウロウロ彷徨かなくても、亜人街に着いた初日にここまでトントン拍子で情報が得られるなんて。まあ風呂場で裸をシスに見られたり、その後は逆上せてシスに膝枕までされるなんていう未知の体験をしてしまった訳だけど、それもこれもこの情報を得る為だったと考えれば、大したこと――なくはないけど、ない!
「シス! やったやったー!」
あまりにも嬉しくてシスを振り向き、笑顔全開でシスを見ると。
黄金色の瞳がハッと動いて、その後シスがフイッとそっぽを向いてしまったじゃないか。
え……え? シスの様子が変!
慌ててサーシャさんの方を見ると、口に指先を当てて、プクク、と笑っている。
「シ、シス……? どうしたの?」
「なんでもないし」
「いや、でもあんたの様子、どう考えても変だよ」
怪我をしてるから、熱でも出てきちゃったんじゃないか。思わず手をシスの額に当てたけど、熱はないみたいだ。
シスは、目を細めて私の手を見つめている。やっぱり変。絶対変。
「……帰るぞ、小町」
「あ、うん。その方がよさげだね……」
よく分からないけど、お疲れみたいだから今夜はゆっくり寝かせてあげよう。
殊勝にも、そんなことを思った私だった。
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