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第67話 求婚行動
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暫くすると、シスの呼吸が穏やかなものに変わり始めた。大量に出血したから身体が回復を図る為に休もうとしているんだろう、とはロウの見解だ。
今のこの状態で地べたに寝かせ続けたら、いくら頑丈なシスでも具合が悪化するんじゃないか。心配になった私は、私が愛用していた伸縮性のマットを地面に敷くと、ロウにお願いしてシスをその上に寝かせてもらった。
「ここに寝かせたままで、動物に齧られたりしないかな?」
シスが寝てしまっている間に、早くこの場から立ち去らないといけない。頭では分かっているのに、どうしても離れ難くてそんなことをロウに尋ねる。
起きたらきっと、お腹が空いたって言うんじゃないか。そう思って、買い込んだばかりの携帯用簡易食をシスの前に並べた。
ロウが、私の荷物も背負って私に手を差し出す。ちょっと困った様な笑顔は、どういう意味なんだろう。
「吸血鬼は亜人の中でも頑丈で強いよ。だから大丈夫。さ、シスが起きる前に早く行こう」
「……うん」
最後にと、シスの前にしゃがみ込むと、シスの青髪をそっと撫でた。触っても瞼は開かない。黄金色の瞳は、私を見ない。
「……シス、さよなら」
涙が溢れそうになって慌てて立ち上がると、貧血でクラリとした。
「小町っ」
ロウが飛んできて、私の腰を支えてくれる。へらりと笑う顔は、やっぱりちょっと困った表情のままだ。
「あー……あのさ、小町」
「うん?」
「婚約してすぐに別れた女の子にこんなことするのもどうかと思うんだけどさ……」
「はい?」
婚約? 別れる? 何のことだろう。首を傾げると、ロウが私の腿を腕に抱え、持ち上げた。
「わっ」
「早く距離を稼いだ方がいいと思うから、抱いていくね。小町、血を吸われすぎて歩けないでしょ」
「ま、まあそうだけど……大丈夫? 重くない?」
びっくりした。シスはいつも私をお姫様みたいに横抱きにしていたけど、ロウは子供を抱っこするみたいに縦抱きにしている。
ロウが、あははと小さく笑いながら歩き始めた。
「あはは、俺人狼だよ? 亜人の中ではそれなりにパワーもある方だから、あの規格外の吸血鬼ほどじゃないけど、頑丈だから安心してよ」
「そ、そうなんだ。ありがと」
すっかり暗くなった森は、私の目には何も映らない。だけどロウの目には見えているのか、ロウの足は迷いなく前へと進んで行っている。
ロウが、しんみりと呟いた。
「……番との別れは、辛いよね」
「は?」
「亜人の中には番を取っ替え引っ替えやる種族もいるけどさ、吸血鬼も人狼も、基本は一生涯にひとりだからね。相手が死んじゃって、とかの例外はあるけど」
「はあ……」
亜人の結婚感はよく知らないけど、そういうものなのか。へえーと思ったけど、そもそもなんでこんな話になっているのかが分からない。
「ねえロウ。さっきから言ってる意味が分かんないんだけど」
「え?」
お互い目を見合わせると、お互いに首を傾げた。
「婚約してすぐに別れたって、何のこと?」
「えっ! 小町、まさか知らないであれやったの?」
「は?」
「うわあ……っ」
そうか、そうなんだ、とロウはひとりで納得してしまっている。だから教えてってば。
「説明してよ」
「そうか、ヒトって本当俺たちと文化が違うんだなあ」
「はっきり言ってってば」
軽く睨むと、ロウはあははと笑った。
「ごめんごめん。さっき小町がシスとやった、あの血の吸い方あるでしょ?」
「う……うん」
思わずカアッと頬が火照る。あの時は必死だったけど、よく考えたら他の人が見ている前で堂々とシスとキスしちゃった訳でしょ。恥ずかしくない訳がない。
「舌から血を飲ませてほしいって言うのは、吸血鬼の求婚なんだよ。それで、相手が舌を差し出して無事に飲めたら婚約したってこと」
一瞬、頭の中が真っ白になった。――は? え? なに、じゃあ私はシスが嫌がってるのに口の中に自ら舌を突っ込んで顎を閉じさせたから、私から求愛して無理やり婚約させたってこと? 嘘でしょ。どんだけ肉食女子よ。
「……は? 嘘! だって、前にシスがあれは滅茶苦茶美味いらしいって言ってただけなのに」
「そりゃそうでしょ。求愛が成功してもらえた血なんて、ご馳走以外の何物でもないもんね」
「そ、そういうものなんだ……」
それにしても、どうしてロウは他種族についてこんなに詳しいんだろうか。
「ロウは吸血鬼のことに詳しいの? それともそれって一般常識?」
私の質問に、ロウはちょっと誇らしげに胸を反らせた。
「俺は黒狼一族の跡目だからね! 他種族の風習や特徴は知っておかないといけないって、知識を叩き込まれてるから!」
「へえ……」
そういえば、お目付け役が付くくらいの立場のシスも、何だかんだ言って他種族については詳しかったかもしれない。内容の殆どは血の味ランキングだったけど。
「あ、でも吸血鬼の求婚行動は割と有名だよ? 吸血鬼って頑丈だし強い奴多いからさ、他の亜人族から結構モテるんだよなー悔しいことに」
そうなのか。やっぱりここでも強さが一番らしい。
「だから、どこそこの吸血鬼と血の接吻を交わしたい! て騒ぐ女子は結構多い」
「そ、そうなんだ……」
「そう考えると、シスがあれの意味を知らなかったとは思えないなあ」
「……」
シスが私にあれを求めてきたのは、亜人街の宿に行った時だ。ご褒美に飲ませてと言われた時にちょっと妖しい目つきで言われた記憶がある。……一体どういうつもりで言ってたんだろう。
気になる。気になったけど、でももう聞くことは出来ない。
私が黙り込んでいると、ロウはペラペラと喋り続けた。
「とにかく、飲ませて欲しいと言われてそれに応えたら、そこで婚約成立。後は物理的にいただかれたら、無事婚姻完了だね!」
「ぶ、物理的?」
意味が分からなさすぎて聞き返すと、ロウはエヘヘと楽しそうに笑うじゃないの。笑い方が、若干いやらしいさを伴っている。
「嫌だなあ、いただくって言ったらひとつしかないでしょ! 交尾だよ、交尾!」
「ぶっ」
あまりにもストレートな物言いに、思わず吹いた。ちょっと、私は乙女なんですけど! やっぱり亜人ってデリカシーが足りないのかもしれない。
「ちなみに人狼の求愛行動は、首を噛むことだよ! 相手から噛み返してもらえたら、婚約成立なんだ」
「そ、そうなんだ……」
「そう! で、後は一緒だね」
「……」
私の沈黙を何と受け取ったのか、ロウは楽しそうに続ける。
「異種族間の婚約は、基本は強い方の慣習に合わせる感じなんだ」
ということは、シスは私よりも遥かに強いから、あれで婚約成立……はああっ!?
ロウが、私の腰をぎゅっと引き寄せた。森の中はどんどん暗くなり、もう表情は窺えない。
「結婚して番になった後の別れは相当辛いみたいだけど、まだ婚約期間だったならマシだよ……」
しんみり言わないでほしい。私に婚約したつもりは一切なかったんだから。シスとの離れたことだって、まだ実感が湧いてないのに。
すると、ロウの声が急に明るいものに変わった。
「でもさ! だからまだ俺にもチャンスがあるってことでもある、うん!」
「は?」
「小町、俺に首を噛んでほしくなる様に、俺頑張るから!」
えへへあはは、と照れた様な笑いを繰り返すロウ。シスに会えなくなった喪失感で落ち込み切っていた気持ちが、ロウの馬鹿な話で少しだけ上がる。励まそうとしてくれてるのかな。そう思うと、ロウの心遣いが嬉しかった。
「え、いや、結構ですから」
「即答! そんなあーっ!」
ロウの情けない声が、静かな森に響いた。
今のこの状態で地べたに寝かせ続けたら、いくら頑丈なシスでも具合が悪化するんじゃないか。心配になった私は、私が愛用していた伸縮性のマットを地面に敷くと、ロウにお願いしてシスをその上に寝かせてもらった。
「ここに寝かせたままで、動物に齧られたりしないかな?」
シスが寝てしまっている間に、早くこの場から立ち去らないといけない。頭では分かっているのに、どうしても離れ難くてそんなことをロウに尋ねる。
起きたらきっと、お腹が空いたって言うんじゃないか。そう思って、買い込んだばかりの携帯用簡易食をシスの前に並べた。
ロウが、私の荷物も背負って私に手を差し出す。ちょっと困った様な笑顔は、どういう意味なんだろう。
「吸血鬼は亜人の中でも頑丈で強いよ。だから大丈夫。さ、シスが起きる前に早く行こう」
「……うん」
最後にと、シスの前にしゃがみ込むと、シスの青髪をそっと撫でた。触っても瞼は開かない。黄金色の瞳は、私を見ない。
「……シス、さよなら」
涙が溢れそうになって慌てて立ち上がると、貧血でクラリとした。
「小町っ」
ロウが飛んできて、私の腰を支えてくれる。へらりと笑う顔は、やっぱりちょっと困った表情のままだ。
「あー……あのさ、小町」
「うん?」
「婚約してすぐに別れた女の子にこんなことするのもどうかと思うんだけどさ……」
「はい?」
婚約? 別れる? 何のことだろう。首を傾げると、ロウが私の腿を腕に抱え、持ち上げた。
「わっ」
「早く距離を稼いだ方がいいと思うから、抱いていくね。小町、血を吸われすぎて歩けないでしょ」
「ま、まあそうだけど……大丈夫? 重くない?」
びっくりした。シスはいつも私をお姫様みたいに横抱きにしていたけど、ロウは子供を抱っこするみたいに縦抱きにしている。
ロウが、あははと小さく笑いながら歩き始めた。
「あはは、俺人狼だよ? 亜人の中ではそれなりにパワーもある方だから、あの規格外の吸血鬼ほどじゃないけど、頑丈だから安心してよ」
「そ、そうなんだ。ありがと」
すっかり暗くなった森は、私の目には何も映らない。だけどロウの目には見えているのか、ロウの足は迷いなく前へと進んで行っている。
ロウが、しんみりと呟いた。
「……番との別れは、辛いよね」
「は?」
「亜人の中には番を取っ替え引っ替えやる種族もいるけどさ、吸血鬼も人狼も、基本は一生涯にひとりだからね。相手が死んじゃって、とかの例外はあるけど」
「はあ……」
亜人の結婚感はよく知らないけど、そういうものなのか。へえーと思ったけど、そもそもなんでこんな話になっているのかが分からない。
「ねえロウ。さっきから言ってる意味が分かんないんだけど」
「え?」
お互い目を見合わせると、お互いに首を傾げた。
「婚約してすぐに別れたって、何のこと?」
「えっ! 小町、まさか知らないであれやったの?」
「は?」
「うわあ……っ」
そうか、そうなんだ、とロウはひとりで納得してしまっている。だから教えてってば。
「説明してよ」
「そうか、ヒトって本当俺たちと文化が違うんだなあ」
「はっきり言ってってば」
軽く睨むと、ロウはあははと笑った。
「ごめんごめん。さっき小町がシスとやった、あの血の吸い方あるでしょ?」
「う……うん」
思わずカアッと頬が火照る。あの時は必死だったけど、よく考えたら他の人が見ている前で堂々とシスとキスしちゃった訳でしょ。恥ずかしくない訳がない。
「舌から血を飲ませてほしいって言うのは、吸血鬼の求婚なんだよ。それで、相手が舌を差し出して無事に飲めたら婚約したってこと」
一瞬、頭の中が真っ白になった。――は? え? なに、じゃあ私はシスが嫌がってるのに口の中に自ら舌を突っ込んで顎を閉じさせたから、私から求愛して無理やり婚約させたってこと? 嘘でしょ。どんだけ肉食女子よ。
「……は? 嘘! だって、前にシスがあれは滅茶苦茶美味いらしいって言ってただけなのに」
「そりゃそうでしょ。求愛が成功してもらえた血なんて、ご馳走以外の何物でもないもんね」
「そ、そういうものなんだ……」
それにしても、どうしてロウは他種族についてこんなに詳しいんだろうか。
「ロウは吸血鬼のことに詳しいの? それともそれって一般常識?」
私の質問に、ロウはちょっと誇らしげに胸を反らせた。
「俺は黒狼一族の跡目だからね! 他種族の風習や特徴は知っておかないといけないって、知識を叩き込まれてるから!」
「へえ……」
そういえば、お目付け役が付くくらいの立場のシスも、何だかんだ言って他種族については詳しかったかもしれない。内容の殆どは血の味ランキングだったけど。
「あ、でも吸血鬼の求婚行動は割と有名だよ? 吸血鬼って頑丈だし強い奴多いからさ、他の亜人族から結構モテるんだよなー悔しいことに」
そうなのか。やっぱりここでも強さが一番らしい。
「だから、どこそこの吸血鬼と血の接吻を交わしたい! て騒ぐ女子は結構多い」
「そ、そうなんだ……」
「そう考えると、シスがあれの意味を知らなかったとは思えないなあ」
「……」
シスが私にあれを求めてきたのは、亜人街の宿に行った時だ。ご褒美に飲ませてと言われた時にちょっと妖しい目つきで言われた記憶がある。……一体どういうつもりで言ってたんだろう。
気になる。気になったけど、でももう聞くことは出来ない。
私が黙り込んでいると、ロウはペラペラと喋り続けた。
「とにかく、飲ませて欲しいと言われてそれに応えたら、そこで婚約成立。後は物理的にいただかれたら、無事婚姻完了だね!」
「ぶ、物理的?」
意味が分からなさすぎて聞き返すと、ロウはエヘヘと楽しそうに笑うじゃないの。笑い方が、若干いやらしいさを伴っている。
「嫌だなあ、いただくって言ったらひとつしかないでしょ! 交尾だよ、交尾!」
「ぶっ」
あまりにもストレートな物言いに、思わず吹いた。ちょっと、私は乙女なんですけど! やっぱり亜人ってデリカシーが足りないのかもしれない。
「ちなみに人狼の求愛行動は、首を噛むことだよ! 相手から噛み返してもらえたら、婚約成立なんだ」
「そ、そうなんだ……」
「そう! で、後は一緒だね」
「……」
私の沈黙を何と受け取ったのか、ロウは楽しそうに続ける。
「異種族間の婚約は、基本は強い方の慣習に合わせる感じなんだ」
ということは、シスは私よりも遥かに強いから、あれで婚約成立……はああっ!?
ロウが、私の腰をぎゅっと引き寄せた。森の中はどんどん暗くなり、もう表情は窺えない。
「結婚して番になった後の別れは相当辛いみたいだけど、まだ婚約期間だったならマシだよ……」
しんみり言わないでほしい。私に婚約したつもりは一切なかったんだから。シスとの離れたことだって、まだ実感が湧いてないのに。
すると、ロウの声が急に明るいものに変わった。
「でもさ! だからまだ俺にもチャンスがあるってことでもある、うん!」
「は?」
「小町、俺に首を噛んでほしくなる様に、俺頑張るから!」
えへへあはは、と照れた様な笑いを繰り返すロウ。シスに会えなくなった喪失感で落ち込み切っていた気持ちが、ロウの馬鹿な話で少しだけ上がる。励まそうとしてくれてるのかな。そう思うと、ロウの心遣いが嬉しかった。
「え、いや、結構ですから」
「即答! そんなあーっ!」
ロウの情けない声が、静かな森に響いた。
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